〈とりあえずまた〆〉婚約破棄? ちょうどいいですわ、断罪の場には。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
56 / 168
六角盤将棋ミツバチ杯の顛末(セルーメとデタームとセレジュ)

18 流刑囚ラルカ・デブン

しおりを挟む
「あの男と、話をしても構わないだろうか」

 護衛騎士に俺は訊ねた。

「自分達と共になら」

 無論了承した。
 すぐにその記憶にある男は呼び出され、作業場の柵の脇に立っている俺達の元へと白い息を切らしながらやってきた。

「何でしょう」

 そういう顔は、帝都の学生のそれとはまるで違っていた。
 皮膚は雪焼けし、目も眇め、まつげも凍り付いている。

「違っていたら済まない。俺は何年か前、君を帝都で見た。チェリから帝都に留学していたんだ。何とかデブ…… という名の学生だったよね」
「……ラルカ・デブンだ」

 男は短く答えた。
 あまり長く話したくない、と言いたげだった。

「ここの生活は、厳しいとは思うけど」

 そう言いかけた時だった。

「厳しい。だが妻子が居る」

 結婚しているのか、と俺は目を見開いた。

「女の流刑者だって居る。元々住んでいた者と知り合うこともある。俺は今はそれで充分だ」

 余計なことは喋りたくない、とばかりにラルカ・デブンは言い放つ。

「充分、なのか」
「ああ。仕事をすれば対価は入ってくる。妻と子も養える。図書館だってある」
「図書館」
「伯は流刑者が飽きることは良く無いと考えているのだろう。慧眼だ」

 仕事に戻る、とラルカ・デブンはそれだけ言って俺に背中を向けた。

「図書館があるのか?」
「行ってみますか」

 護衛騎士は俺をうながした。俺は大きくうなづいた。

「……え」

 まず建物の大きさと古さ、頑丈さに驚いた。
 次に中の蔵書量に驚いた。

「領主様は代々帝都から大量の本を集めてはご自宅とここに納めておられます」
「でも、何故これだけ……」
「流刑者の多くが思想犯だ。彼等は知を求めて脱走する場合もある。我々とて、無駄な血は流したくない」
「ああ、それは判る気がする」
「自分には判りませんが」

 そう一人がつぶやくと、他の三人もにやりとした。

「だけど確かに、これだけの蔵書があるなら、無理に脱走して常に身を潜めて生きていくより、確実に働き時々本を読むというのもありなのかもしれない」
「お客人もそう思うのですか」
「学問やら何やらに取り憑かれた奴の気持ちは判る。何を置いても、家族を捨てても、それを調べ尽くしたい、という願いがある人間ってのは確かにあるんだよ」

 しかし、それを考えると先ほどの男はここで妻子を持った、と言っていた。
 思想や何やら、ここに至るまで抱えてきた大事なものを、家庭を持つことで捨てたのか。

「君等には家庭はあるのかい?」

 俺は四人に訊ねた。
 ある、と三人までが答え、あと一人がまだまだ、と答えた。

「仕方ないですなお客人、まだまだこいつは若いんですから」

 若い? 

「幾つなのかい?」
「まだ十三かそこらですよ」

 驚いた。
 身体が大きいし、この地方の住人の年齢はなかなか掴みづらいものがある。
 そしてこの寒い場所においては、顔周りに毛皮が張られたフードをかぶるので、そもそも顔自体が判りづらいのだ。
 ラルカ・デブンにまだ気付けたのは、本当に偶然だったとしか言い様が無い。
 いや、この見分けづらい顔とは異なる骨格のせいだったのだろう。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...