異世界女王とヤクザ者

門久一

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襲撃

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早朝の大阪道頓堀-

週末の喧騒の余韻が街のあちらこちらに残っている。泥酔して道端で蹲る若者たち、橋のたもとで怪しげな取引をする外国人、行き場をなくしてゴミ箱を漁るホームレス。

朝方までの営業を終えた場末のラウンジから、派手なワンピースの女が出て来る。
朱美は、乱暴にラウンジの扉の鍵をかけると、咥えタバコの煙にむせながら、覚束無い足取りで家路に着くのだった。

古めかしい二階建てのアパートの階段を上がり、一番奥のドアを開けようとカギを差し込んだ時、通路の蔭から男が二人現れた。

「な、何やの…アンタら」

男たちは朱美を挟み込むようにして体を密着させる。

「姐さん、昇のヤツどこに居てるか知りまへんか?」

パンチパーマの小柄なその男は下から舐めるような目つきで朱美を見上げている。

「何処て…なんでやの」

「当番やいうのに事務所にも詰めてませんのや」

「そんなん…知らんわよ。この二、三日ウチにも帰ってないし」

「ホンマでっか?中、見さしてもろてもよろしか?」

「な、何よ!居らへん言うたらおらへんわよ!アンタら、おかしなこと言うんなら虎徹さんに言うわよ!」

「その虎徹も行方知らずなんや」

奥からもう一人、キッチリとした背広姿の男が現れた。

「…瀬戸さん」

「朱美ちゃん、この週末ちょっとした取引が有るの知ってたやろ。昇から聞いてなかったか?」

「詳しいことまでは…虎徹さんがなんか動いてはるいう事は聞いてますけど」

「昇にはアンタがおるさかいココへ来さしてもろたが、虎徹のアパートはもぬけのからでな。アイツは女っ気もさっぱりやし、まさに音信不通でワシらも困ってんねや。アンタなんか、心当たりないか?」

「…さぁ、私に聞かれても」

瀬戸の鋭く突き刺さるような視線に、思わず目を逸らす朱美。

「…まぁええわ。もしアイツらから連絡あったらワシとこへ言うて来てくれや。一応言うとくけど、万一にでもかくまうようなことしたらアンタもやけど昇の為にもならんのやでな」

顎で合図してその場を去りかけた瀬戸の背中に「…そう言えば」と、声をかける朱美。

「まえにウチの店で飲んでた時に、虎徹さんが言うてはったんやけど…」

「なんや?」

「近くで妹さんが働いてる言うて…アニメかなんかの会社とか」

「ほぉ、虎徹に妹なんかおったんか。オマエら知っとるか?」

「いや、初耳ですわ」

首を振る手下に「アニメか…ちょっと調べとけや」と告げる瀬戸。

「おおきに、朱美ちゃん。また店寄らしてもらうわな」

瀬戸は朱美の頭を鷲掴みにして撫でると、手下と共に去っていった。

朱美は男たちの後ろ姿を不安げに見送るのだった。

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オーサカアニメの事務所では、デスクの上に所狭しと食べ物や飲み物が並べられている。

リーリウム女王は、いかにも珍しそうにデスクに並んだ食べ物に目を輝かせながら、右手には大判のピザを握りしめ、左手に持ったフライドチキンにかぶりつきながら口いっぱいに頬張っている。

梅野とサンペーは女王の食いっぷりに呆然として見とれている。

「こりゃまた美味いのぉ。梅さん、これは何ちゅー食いもんじゃ」

「それはケンタッキー。右手に持ってるのはマルゲリータってピッツアよ」

女王がピザにかぶりつくと、チーズがビヨーンと伸びる。

「オゥ!なんじゃコレ!なんじゃコレは!」

おどける女王に、向かいに座ってハンバーグを頬張っていたサンペーは「ハハハ…」と引きつった笑みを浮かべる。

「マァマァ、そんないっぺんに口に入れたら喉に詰まりますわよ。飲み物もお飲みなさいな」

「飲みもんて…コレか?」

女王はペットボトルのコーラを豪快に振り回すと、間髪入れず蓋を回した。

「アァっ!ダメよ」

コーラはまるで祝勝会のシャンパンファイトのごとく勢い良く吹き出すとサンペーの顔に直撃した。

「ちょっとォ!女王様っ!」

サンペーはチリチリのアフロヘアーをコーラでびしょ濡れにしながら叫んでいる。

「オゥ!変わった飲みもんじゃの!こやって人に飲ましてやるんか」

「そんなわけないでしょ!自分で飲むんですよっ!」

女王はコーラをラッパ飲みしながら「サンペー、そっちの方が似合うちょるぞ」とニヤついている。

「もぉ、びしょびしょじゃないですかー」

梅野もサンペーの姿を見て笑いを堪えている。

チェリーは三人のやり取りを呆れた顔で見ながら、虎徹の腕に包帯を巻いてやっている。

「オゥ、虎徹とチェリーと…もう一人。お前らもこっち来て食わんか。この世界の食いもんはホンマに美味いのぅ」

昇はサッと手を挙げて「あの…オレ、昇っす」とデスクに近き、ペコペコと恐縮しながらチキンを何本か手に取る。

「お言葉に甘えて、いただきますッ!」

昇はチェリーにチキンを差し出すが、チェリーは要らないというように首を振る。

「チッ!なぁにが女王じゃ。調子に乗りくさって」

虎徹は昇の手からチキンを引ったくると、不機嫌そうにかぶりついた。

梅野は小指を立てて上品にハーブティーか何かを飲んでいる。

「それにしても、リーリウム女王ってとっても綺麗なお名前よねェ」

「ほうかの?」

「あの僕、さっきネットでググってみたんですけど、リーリウムってラテン語みたいですね」

スマホを片手に読み上げるサンペー。

梅田は「へぇーどれどれ?」と覗き込む。

「リーリウムはラテン語でユリの花を意味しており…語源はギリシャ語のレイリオン…日本語では…あらヤダ、マドンナリリーだって!ステキッ!」

「レイリオンちゅーのはワシの世界の国王の名前じゃ。つまりワシの父親じゃな」

「え、待って、お父様が国王ということは、女王さまは奥様…というかお妃様じゃ」

「女王は死んだんじゃ。ほいで娘のワシが跡を継いだちゅー訳じゃ」

「あら…そうなの。ごめんなさい…」

「じゃあじゃあ、せっかくだから女王様のことリリーさんって呼びましょうよ」

「あら、いいわねぇ。リリーさん、どうかしら?」

女王は関心無さげに「好きに呼べばええ」と変わらずチキンを頬張っている。

「ねぇ、いいんじゃないチェリーちゃん。リリーさんとチェリーちゃんで姉妹みたいで。ネェ」

チェリーは苦笑いして「姉妹…」と答えると「食べ物の匂いが充満してる…」と手を振り払いながら窓を開ける。

「フン、アホどもが」

虎徹は吐き捨てるように言うと、身の無くなったチキンの骨を、開いた窓の外に放り投げる。

それを見たリリーは、右手に持ったチキンの骨に目をやって、虎徹と同じように窓へ投げつけた。

ビルの窓からチキンの骨が飛んでいく。

「ちょ、ちょっと、ダメよォ!窓から捨てるなんて!」

「なんじゃ、イカンのか?」

キョトンとするリリー。

「イカンイカン!」

「虎徹がやっとったから…」

「常識が無いのよ。ホント野蛮人なんだから。あんなの真似しちゃダメですよ」

梅田は虎徹を横目で睨みながら、耳打ちするように言う。

「ところで虎徹。車にもう一人のっとったじゃろ。ここへ来る途中で居らんようになったようじゃが、どうしたんじゃアレは」

「あぁ?そがなこと聞いてどうするんなら?」

「どうという事はないが、まぁちょっと気になっての。アレもお前らの仲間か?」

「アホ抜かせ。ワシが武器を探しよったらいきなり出てきてぶっ放しよったんじゃ。ワシゃてっきり武器を横取りしたロシアのマフィアかと思うてガラさろうて来たんじゃがの」

「アレか、黒い背広にサングラスの連中か」

「なんじゃい、お前の方がなんか心当たりでもあんのかい」

「…まぁな。で、その男はもう始末したんか?」

昇がここぞとばかりに立ち上がる。

「オ、オレとこの車庫で監禁してます。足、怪我しとったんで一応手当もして…」 

「…ほうか」と、しばし考え込むリリー。

虎徹は胸ポケットからマルボロを取り出して火をつけると、サンペーに「オイ、灰皿無いんかい」と尋ねる。

サンペーは仕方無いなというふうに、「事務所内は禁煙なんですよっ」と空いた缶コーヒーを差し出す。

「なあ、アニキ、あの黒服のロシアンマフィアみたいなヤツら何人くらいおったんや?」

「さあのぉ、最初に三人出てきて、そのあと車五、六台で追ってきたから、まぁ十人以上はおるじゃろ」

「そんな数の集団、どこの組織やろか…全員同じ格好って事?」

「あぁ、同じじゃった」

「黒い背広にサングラスって、マトリックスのエージェントみたいな?」

サンペーが興味ありげに聞く。

「…なんじゃいソレは」

「逃走中のハンターみたいな?ほら、テレビでやってるじゃない」

梅田も続ける。

「おお、そうじゃそうじゃ!ハンターじゃ」

ひと通り食べ終わったサンペーがナフキンで口元を拭きながら口を挟む。

「で、その車のトランクの中でリリーさんを見つけたんですよね」

「そうそう。アタシもそこ気になってたの。しかも…裸だったワケじゃない?聞きづらい事だけど…リリーさんひょっとして、その組織に拉致されてたとか?」

梅田がチラリとリリーに視線を送ると、全員が同じようにリリーを見る。

リリーは全く意に介さないようにグビグビとコーラを飲み干すと、思いついたように「よしッ!」と立ち上がり、空になったペットボトルを窓に向かって放り投げる。

「あぁっ!またっ!」

たまらず梅田が窓に駆け寄る。

「オイ、虎徹。そいつに話がある。そこに案内せえ」

「なんじゃ、お前のやるべき事ちゅーのになんか関係でもあるんか」

「まあ、そういう事じゃ」

梅田は思いついたように目をときめかせると、徐ろにチェリーの傍に回り込む。

チェリーは「な、何?」と、身構える。

「ねぇねぇ、アタシとチェリーちゃんもご一緒していいかしら?」

梅田がチェリーの腕をしがみつきながら、瞳を輝かせている。

「えぇっ!なんであたしが行くのよ!」

「いいじゃない!こんないいネタ、滅多に無いわよ」

「えぇ~怖いからヤダ~行きたくない~」

「じゃあ僕も行きますよ!」

と、サンペーが続くも「アンタはダメっ!お留守番」と梅田がたしなめる。

「えぇ~なんでですかぁ」

「事務所カラにする訳にいかないでしょ!それにアンタ、リテークの作業もまだ終わってなかったじゃない」

「チェーッ」

「アホゥ。遠足に行くのと違うんど」

と、サンペーの頭を小突く虎徹。

「オレ、車の用意して来ます。ええと、いちにさんしいご…っと」

昇は頭数を勘定しながら、小走りで出ていく。

虎徹とリリーは、デスクを挟んで並び立つ。背丈は大柄の虎徹が遥かに上回るが、リリーはその圧倒的な存在感でまるで引けをとっていない。

虎徹は上からリリーを睨みつける。

「オゥ、ええか、事がすんだらサッサと武器の隠し場所教えるんど。裏切ったらタダですまんけぇの」

「そっちこそ、また怪我しとうなかったら、そのフトコロの物騒なモン、こっちに向けんなよ」

虎徹はフンと鼻息を鳴らすと、吸い終わったマルボロをコーヒー缶の上に押し付けて、肩を怒らせながらドカドカと出ていった。

「じゃあね、サンペー。サボんないでお仕事するのよ」

梅田はサンペーに声をかけると、リリーとチェリーの背中に手をやりながら虎徹の後を追った。

ポツンと残されたサンペーは「あーあ、つまんねーの」と不貞腐れて椅子にふんぞり返るのだった。

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昼下がりの御堂筋。
週末の休日が開けた平日にもかかわらず、日本を観光で訪れる多くの外国人や、忙しく行き来するサラリーマン達でごった返す街並みを、リリーは昇の運転する車の窓から物珍しそうに眺めている。
昼間の日差しを受けて黒光りするそのアルファードは、御堂筋から宗右衛門通りに入り込む。

昇はハンドルを握りながら、しまったというような表情を浮かべている。

「あちゃー。御堂筋渋滞避けよ思たらコッチもえらい混んでるわー」

助手席の虎徹は腕組みをしてふんぞり返って、後部座席にチェリーとリリーが座り、最後列の真ん中から梅田が顔をのぞかせている。

「何か事故でもあったのかしらね」

「事故?なんじゃ、事故ゆうのは」

「なんじゃって…ホラ、人と車がぶつかったり、車同士が衝突したりとか」

「ふーん。そういえば人と車の距離が近いのう」

「最近は特に通行人が多くなったんですよ。外国人のインバウンドで。ねえ」

交差点を抜けようとした時、突然デリバリーの自転車が車の目の前に飛び込んできた。

昇は自転車に気付くと慌ててブレーキをかける。

乾いたブレーキ音とともに急停車するアルファード。

「キャーッ!」

梅田の絶叫が響く車内では全員が前のめりに投げ出される。

虎徹はダッシュボードに、チェリーは運転席の背もたれに身体を打ち付けられ、梅田は後部シートの間に挟まっている。

「…なんじゃい、危ないのう」

昇はやにわに窓を開け「どこ見とるんじゃボケ!殺されたいんか!」と如何にもチンピラらしい怒声を張り上げる。

「イタタタタ…」

「…もう、何ぃ…」

「す、すんません、皆さん大丈夫ですか?」

梅田とチェリーがぶつけた箇所を擦りながら座り直すと、リリーは涼し気な顔でじっと隣のチェリーを見ている。

「…な、何ですか?」

リリーは無言のままゆっくりと手のひらをチェリーの顔のすぐそばに向ける。

「え、ちょ、ちょっと何…」

暫くチェリーの顔の前で静止させた後、そのまま手のひらを梅田の方へ移動させていく。

「ヤ、ヤダっ!」

梅田は両手を顔の前に掲げ精一杯の防御の体勢をとっている。

「ふーん…やっぱしそうか」

怯える梅田を尻目に何かに納得したように手を元に戻すリリー。

「んもう…怖がらせないでちょうだい。虎徹っちゃんみたいに『ドンッ』てされるのかと思ったじゃない」

リリーは同じように前に座る虎徹の後頭部に手のひらを向けてじっとする。

気配に気づいた虎徹が「ウン?」と振り返ると同時に、リリーは『ペシッ!』と虎徹の頭をはたく。

「何をしよるんじゃ!」

虎徹は大きな身体をよじってリリーに抗議するが、「フン」と鼻であしらうリリー。

「あれじゃな、こっちの世界の人間はどうにもこう気ィが無いのう」

顔を見合わせるチェリーと梅田。

「気ィ?気って…あの、気ってこと?」

「気合い…とかの気?オーラとか…」

「ワシらの世界では、咄嗟の時に気を強めたり弱めたりして自分の身を守ったり攻撃したりするんじゃ」

「…サイヤ人みたい」

「あー、それで事故を知らないわけね。じゃそちらの世界の人は怪我したり事故で亡くなったりしないのかしら」

「いいや、能力にも差があるからの。誰でもカレでも出来る訳じゃない」

「じゃ虎徹っちゃんを弾き飛ばしたのも、その能力ってこと?」

「あんなモンは能力とは言わん。屁みたいなもんじゃ」

「…へぇー…」

ダジャレのような返答をした梅田をキッと睨みつけるチェリー。

「ったく…何が能力じゃ。今に見とれよ。このクソ女が」

虎徹はリリーにはたかれた後頭部を掻きむしりながら、ブツクサと悪態をつくのだった。

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オーサカアニメの事務所では、留守番を命じられたサンペーがバソコンの画面を前にして黙々と作業をしている。

「フン、フン、フン~」

お気に入りのアニソンをBGMに、リズムを取りながらペンタブレットを操作していると、玄関ドアをドンドンとノックする音が響いた。

「すんませーん、郵便ですぅー」

「郵便…ちょっとお待ちくださーい」

サンペーはイソイソと立ち上がり玄関に向かう。

「ハーイ」と愛想よく扉を開けると、パンチパーマの小柄な男が立っている。

男はジロリとサンペーを見上げ「山本さん、いてはりまっか?」と、低い口調で問いかけた。

「ヤマモト?えーと…」

「山本さんの妹さん、こちらにいてはりまへんか?」

「あぁ、チェリーさん?あ、いやサクラコさんですか?虎徹さんの…」

男はサンペーの答えに目を細めると「ココですわ!」と後方に声をかける。

通路の奥からチンピラ風の男達がドカドカと現れると、サンペーの首根っこを掴んで室内に押し入ってきた。

「な、何?何ですか!あなたがた」

後方から瀬戸が現れ、大男の太い腕で壁に押し付けられたサンペーに顔を近づける。

「兄サン、山本虎徹の妹、サクラコいうんか?」

「あっ、いや…」

サンペーは男達の只事ではない雰囲気を察して口ごもる。

「ここで働いてんのやな?」

「…そのォ」

「すまんけど、呼んでもらえんやろか」

「…今は…ココにはいないです…」

室内をチョコマカと動き回っているパンチの小男が、ゴミ箱を抱えてくる。

「アニキ、瀬戸のアニキ、コレ」

「ん?」と覗き込む瀬戸。

ゴミ箱には虎徹を手当てした際に使った血のついたガーゼや包帯の切れ端などが捨てられている。

「なんや、誰か怪我でもしたんか?」

「いや、あの…それは」

「こんな事務所やのに、えらい物騒やないか」

瀬戸はデスクの上に置かれたコーヒー缶に目をやる。飲み口のところで白と茶色のツートンの吸い殻が、くの字に曲がっている。

「洋モク…これアンタのんと違うわな」

押し黙るサンペー。

「…虎徹か。ここへ来たんやな?」

否定する事で自分の身に危険を及ぼす事を想像したサンペーは無言を貫くほかに術はなかった。

「何処に行ったんじゃ!言わんかい!」

サンペーの首根っこを掴んでいる大男は、サンペーを左右に揺さぶりながら怒声を上げる。

「い、言います!言いますから!」

サンペーは押さえつけられていた首元を擦りながら不服そうに口を尖らせている。

「…もう一人の、子分みたいな人の…えーと」

「昇か?」

「あ、そうそう、その人その人」

飄々としたサンペーの返答に大男が咄嗟に反応し激高する。

「オイコラッ!ワレ誰に口聞いとんじゃ!」

「ヒィッ!」

思わず頭を抱えるサンペー。瀬戸がまあいいからと右手を上げて大男をたしなめる。

「だからっ!その昇って人のガレージに皆で行ったんですッ!僕は留守番だけど」

「虎徹と昇はそこにおるっちゅー事やな?」

「そうなんじゃないですか?ボクは知らないけど…」

パンチの小男は、デスクの上に積まれているアニメの原画やセル画を掴み、興味深そうに光に当てたり眺めたりしている。

「あぁ、ちょっと!そのへん触んないでくださいよっ!」

「昇のガレージか…お前ら、知っとるか」

後ろに控える二人のチンピラが瀬戸の耳元で言う。

「たぶん河川敷の貸ガレージのことですわ。昇のヤツ、荷物置き場につこてましたから」

「場所わかるか?」

「オレ知ってます。こっからすぐですわ。なぁ」

言われたチンピラの一人が頷く。

「…よっしゃ、お前ら行ってアイツらのガラ押さえてこい」

「ええんでっか?これ使うても」

胸ポケットに手を差し入れるチンピラ。

「まぁ場合によってはしゃあないやろ。せやけど相手虎徹やぞ。舐めてかかんなよ」

チンピラ達は瀬戸に頷くと「オイ行くぞ」と声を掛け合い駆け出していく。

「ちょ、ちょっっと!堅気の人間も一緒なんですよっ!サクラコさん達に何かあったら、あなた方もタダじゃすみませんよッ!」

必死の形相で訴えるサンペーに、思わず吹き出す瀬戸。

「ほぉ、兄ちゃん、えらい威勢がええやないか、その風貌で。ヤクザに脅しでもかけるつもりか?」

「…そ、そんな、ボクはただ…」

大男が再びサンペーの胸倉を掴む。

「どうなんじゃい!コラッ!」

「だ、だから…」

と、半開きになった玄関ドアの隙間から、ビルの掃除のおばさんが中を覗き込んでいる。

「…サンペーちゃん、なに、どないしたん?」

「お、おばさん…」

瀬戸はおばさんに向かって会釈をすると、ゆっくりと扉を閉めた。

「兄サン、ポリさん呼ばれたらワシらもかなんから、ちょっとウチの事務所で話聞かせて貰えるか」

「え~、そ、そんな~…困りますぅ~」

懇願するサンペーに構うことなく「連れて行け」と言い放つ瀬戸。

「ちょ、ちょっとぉ~、何でボクが…」

「オウ、サッサと歩かんかい」

大男に首根っこを掴まれ、ジタバタしながら連れていかれるサンペー。

瀬戸はサンペーのデスクに置かれたペン立てを見て、ふと思いつく。

「あ~いや、ちょっと待て」

瀬戸はデスクのペン立てからマジックを取り、乱暴に書き殴るとキャップもせず放り投げ、ハサミを手に取る。

「オイ、こっち連れてこい」

大男は怯えるサンペーの身体をガッシリと掴み、瀬戸の前にグイッと差し出す。

「え、ちょ、ちょっと…」

瀬戸は手に持ったハサミをサンペーの目の前でゆっくり開くとニヤリと口を歪める。

「兄さん、カンニンやで」

オーサカアニメのビルの外まで、サンペーの悲鳴が轟いた。

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暗闇の中、突然音を立てて開け放たれたガレージの中に強烈な西日が差し込み、男は眩しさのあまり思わず顔を背けた。

「どうじゃ、生きとるか?」

オレンジ色の西日を背にして巨体の虎徹は背をかがめて男の様子を覗き込む。

昇が男に近づき「オイ、どないや。イケるか?」と肩の当たりを揺さぶる。

男は強い太陽光を目に入れないように慎重に顔を向けた。

「あぁ、大丈夫や、アニキ。生きてるわコイツ」

後ろ手に回された手首と両足首には何重にも結束バンドが巻かれており、両腕は水道管に固定されているので体勢を変えることも儘ならない。

「傷はどないや?見せてみいや」

昇は包帯で止血した男のズボンを捲りあげふくらはぎ辺りを確認する。

「えーと、アレ?どこやった?」

ガレージの入口辺りで恐る恐る様子を伺うチェリーと梅田。

「この人が…ロシアンマフィア?」

「想像してたのと違うわねぇ。なんか、ナヨっとしてるっていうか」

「顔だって…ロシアっていうよりアジア系じゃない?」

「ホント。明らかにコッチ寄りよね。どこら辺がロシアなのよねぇ」

チラチラ見ながら聞こえよがしに言う二人に憤慨する虎徹。

「う、うるさいわい!暗かったから、よう見えんかったんじゃ!」

すると、後方からリリーが間に割って入り、男を一瞥すると、深くため息をつく。

「ワト…やっぱりお前か」

ワトと呼ばれた男は、細めた視線の中にリリーの姿を認めると、ギョッとして目を見開き、恐れおののくように後ずさりする。

「+$#"\☆ゝ灬⊂?『ひ…姫?』」

リリーは凍りつくような目で男を見下ろしている。

「+$#"\☆$#"\☆ゝ灬⊂?ゝ灬⊂?『な、何故ここへ?ど、どうやって…?』」

「+$#"\☆ゝ灬⊂+$#"\☆ゝ灬⊂?『お前こそ、どうしてここにいる?』」

「ゝ灬⊂+$#"『そ、それは…』」

「ゝ灬⊂+⊂+$#"『将軍にそそのかされたか?』」

「ゝ灬⊂+$#"\『まさか!そんな事は…!』」

皆、困惑しながらリリーとワトのやり取りを交互に見比べている。

「ちょ、ちょっと、リリーさん…この人って、リリーさんと同じ世界の人?」

リリーはちらりと梅田を見て「ああ、そうじゃ」と呟く。

「え~ヤダ、異世界人の会話なのォ~、ちょっとホラ、チェリーちゃん!」

未知の体験に興奮する梅田はチェリーの腕にしがみつく。

「わかった、わかったから!痛いってば!」

「ねえねえ、リリーさん!どういう会話?あの人なんて言ってるのォ?」

「ん…どうやって来たとか、そういう…」

瞳を輝かせながらリリーに尋ねる梅田。チェリーも釣られてにわかに高揚している。

リリーは仕方ないといった風に「オイ」と耳の当たりを指さしながらワトに呼びかける。

「+$#"+$#"\☆ゝ灬⊂?\☆ゝ灬⊂?『お前もサンプリングシステムを使え。いちいちこいつらに翻訳するのが面倒なのよ』」

ワトはリリーと虎徹達を交互に見る。

「+$#"\☆ゝ灬⊂?\☆ゝ灬⊂『…この者たちは一体何なのです?なぜ姫と行動を共にしておるのです?…特にこの男は』」

廃墟で足に銃撃を受けた虎徹を怯えた目で睨みつける男。

「$#"+$#"\☆ゝ灬⊂?\☆ゝ灬⊂『まぁ、おいおい説明してやるわよ。私もお前から聞くことが山ほどあるんだし』」

ワトは納得したのか、静かに目を閉じて片方の耳を皆の方へと向けた。

ワトの耳の奥の方から、オレンジ色の光が漏れ出てくる。

「あ!光った!」

梅田がワトの様子に気づき、歓喜の声を上げる。

「ね、アレでしょ、補聴器…じゃなくて翻訳システム発動してるのよね!虎徹ッちゃん、静かにして!前みたいに喋っちゃダメよっ!」

「…わしゃ別に何も…」

「シーッ!黙って!これ以上ヘンテコな広島弁喋る人が増えたらややこしくなるんだから!」

チェリーが口に指を当てて梅田を窘める。

「お前が一番うるさいんじゃろ…」 

「黙って!メッ!シャラップ!」

ワトの耳の中から放たれる光がグリーンに変わった。

「アラ…随分早いわね」

ワトはゆっくりと目を開き、皆の顔をまじまじと見回す。

固唾を飲んで静まり返る一同。

ワトはリリーと同じように「ウン、ウン…アーアー」と喉の調子を整えると、不服そうに口を開いた。

「…なんなのよ、アンタたち。ジロジロ見ないでよ」

聞いた途端、ガックリ肩を落とす梅田とチェリー。

「ほれみんかい、お前のがうつったやないか」

「なんじゃ、オカマがもう一人増えたようじゃの」

「何でー!どうしてアタシなのよ~」

「だって梅さんしか喋ってなかったじゃない!」

昇は皆のやり取りををやれやれと苦笑いを浮かべながら見守っていると、ふと河川敷の橋のたもとに黒塗りのセダンが近づいて来るのに気がついた。

「…あれは」

目を凝らして見ると、見覚えのあるチンピラ達が運転している。

「あかん!アニキ、組のヤツらや!」

「なにィ!」

セダンは橋を渡り切り、河川敷に降りる坂を砂煙を上げながら下ってくる。

「みんな、はよう!早よ乗って!」

昇はアルファードのドアを開けて手招きする。

「キャーッ!」

慌てて飛び乗るチェリーと梅田。

「オイ、コイツも連れていくぞ」

リリーが虎徹に声をかけると「無理じゃ!ガッチリ縛っとるからハサミかナイフが無いと外れんわい!」と答える。

リリーはワトの背中越しに指を向ける。

リリーの指から衝撃波が放たれると、ワトの手首を拘束していた結束バンドが「パチンッ!」と弾け飛んだ。

虎徹は「チッ!」と舌打ちすると、ワトの首根っこを掴んで力任せにアルファードの後部座席へ放り投げる。

隣に飛び込んできたワトの姿に「キャーッ!」と絶叫をあげる梅田。

「ちょっと!ヤダ、怖いっ!」

慌てる素振りも無く悠々と乗り込んできたリリーは、慌てふためく梅田を振りながらほくそ笑む。

「大丈夫じゃ。ソイツは人を攻撃する能力は持っとらんけぇ」

「アニキっ!はよう乗って!」

虎徹が助手席に乗り込むと同時にアルファードを急発進させる昇。

後ろから迫ってきた黒のセダンはスピードをあげて右側に回り込む。

「ノボルッ!ワレ停めんかいッ!」

助手席の窓を全開にしてチンピラの一人が怒鳴り散らす。

「アホかっ!誰が停まるかい!」

チンピラは「このクソがァ!」と胸ポケットから銃を取り出す。

運転手のチンピラは「オイ、人に当てんな!車狙え!」と叫ぶ。

助手席の男は「わかっとるわい!」と、アルファードに向けて一発二発発砲する。

銃弾は乾いた音と共にサイドミラーに命中して粉砕する。

「キャーッ!!」

チェリーと梅田は頭を抱えてうずくまる。

「あのボケェ!撃ってきやがった!」

「あのクソガキ共がっ!」

後ろからリリーが「虎徹、何をしとんなら。打ち返したらええじゃないか」とのんびりした口調で言う。

「アホゥ!身内にそんな事できるかっ!」

虎徹は「お前ら、しゃがんどけ!」と後ろに叫び、目の前のダッシュボードの扉を開ける。

中をガサゴソ探り赤い発煙筒を取り出すと、手際良く着火させる。

「オイ、昇!窓じゃ!窓開けェ!」

「えっ!?」

昇は言われて慌てて運転席の窓を開ける。

虎徹は「この腐れ外道がっ!これでも喰らえ!」と叫ぶと並走するセダンに向かって発煙筒を投げつけた。

しかし虎徹の手から勢いよく飛び出した発煙筒は、グルグルと回転しながら運転席の窓枠にぶつかり、そのまま昇の股ぐらに落下した。

「ウワーッ!熱ッあつッ!」

ドタバタしながら慌てふためく昇。

投げた虎徹、後ろの席の皆、相手のチンピラ達もポカンと見ている。

「ア、アニキ!何してんねん!」

「…スマン、手元が…」

昇は股ぐらから発煙筒を取り上げて、力任せに窓から放り投げた。

発煙筒はセダンの助手席の窓に吸い込まれて、運転席の下へ転がっていった。

途端に煙に包まれるセダンの車内。

「ゴホッゴホッ!前がっ、前が見えへん!」

「何さらしとんじゃ!昇ッ!」

助手席のチンピラは立ち込める煙を払いながら、窓から手だけ出して闇雲に発砲する。

放たれた銃弾はアルファードの運転席のドアに二発三発と命中した。

昇は一瞬顔色を変えると「このクソがッ!」とハンドルを思いっきり右に切る。

アルファードの右側はセダンに激しく激突し車体が大きく揺さぶられる。

コントロールを失ったセダンは河川敷に敷き詰められた転落防止の車止めに乗り上げ、のり面となった斜面を滑り落ちて行くと、勢いもそのままに水しぶきを上げながら川の中へと突っ込んで行った。

「オラァ!ざまぁみさらせ!ワシを誰やと思うとるんじゃいッ!」

後ろを振り返りながら拳を突き上げる虎徹。

「お前は何にもしとらんじゃないか」

リリーは冷めた目で虎徹を見る。

「あぁ…怖かった。大丈夫?チェリーちゃん」

「ほんっとに勘弁して欲しいわ…」

走行不能になったセダンと十分に距離をとったアルファードは、スピードを落とし河川敷をノロノロと進んでいる。

「…アニキ、悪い、運転代わってくれんか」

「ん?どうしたんなら」

「…腹、撃たれたみたいや」

左手で押さえた昇の横腹辺りが見る見る赤く染まっていく。

「な、なんじゃと!」

アルファードは河川敷を上がる路側帯の手前で音も無く停車する。

「オイッ!見せてみい!」

虎徹は覆い被さるかのように運転席のシートを倒すと、昇の体を横にしてシャツを捲りあげる。

昇の横腹辺りには小さな銃創が空いており、その穴からブクブクと血液が溢れ出てくる。

「な…」

思わず言葉を失う虎徹。

チェリーも両手で口を押さえ呆然としている。

「し、止血よっ!虎徹ッちゃん、とにかく血を止めなきゃ!」

「オ、オゥ…」

虎徹は徐ろに自分のシャツを脱ぎ、昇の腹に巻つけようとする。

「ノ、ノボル~ッ!死ぬなよォ~」

「ア、アニキ…すまん…。けど、もうアカンわ…ボーっとしてきた…」

「ア、アホウッ!しっかりせえっ!」

「昇ちゃん!目を開いてっ!」

「悪かったなぁ…アニキ。オレが…オレのせいで、ヤクザの道…アニキ引き摺り混んでしもて」

「な、何を言いよるんなら!お前のせいなんかじゃ無いわい!ホレ!目ェ開けんかいや!」

後部座席で冷静に見つめているリリーが、後ろの男を振り返る。

「オイ、ワトよ。お前の出番じゃ」

最後列で押し黙って静観していた男に全員が視線を向ける。

「…な、何でアタシが」

リリーの呼びかけにワトは戸惑ったように呟く。

「虎徹に撃たれたトコを、コイツに手当てしてもろうたんじゃろ。お返しじゃ」

ワトはふぅとため息をつくと「…仕方ないわね」と立ち上がり、中腰で運転席へと移動する。

「この男はワトといっての、人を攻撃することは出来んが、治療する事は出来る。それがコイツの能力じゃ」

キョトンとしてワトを見る虎徹。

「…ちょっと、邪魔なんだケド」

言われた虎徹はおずおずと後ずさりして助手席に戻る。

ワトは顔をしかめながら、昇の腹に巻かれた虎徹のシャツをまるで汚物でも触るように指先を立てて取り除くと、傷口を露わにする。

「うっわ…えっぐ…」

「え、ええから!はようせんかいっ!」

ワトは虎徹をじろりと睨むと、リリーが虎徹を弾き飛ばしたときと同じ様に右手を伸ばし、手のひらを昇の傷口に向けた。

「大丈夫かしら…昇ちゃん」

梅田は不安げにリリーの腕を掴む。

「まぁ見とれ」

ワトの手のひらからは暖かな光が放たれ、昇の傷口を包み込んでゆく。

傷口から溢れていた出血が明らかに減っていき、やがて完全に止まった。

「見てっ!血が止まったわ!」

すると、傷口が僅かに盛り上がり銃弾の尻の部分が現れた。

「オウ!弾が!弾が出てきよったわい!」

「す、すごい…」

虎徹とチェリーはまさに異次元の出来事を目にして興奮している。

「フン。これはサービスよ」

ワトは得意げに言うと、ニヤリと口元を歪める。

銃弾は昇の体内からすっかり排出されると、バウンドして転がり虎徹の足元へ落下した。

虎徹は銃弾を拾い上げると、嬉々として昇の顔の前に掲げる。

「オウ、昇!弾は出たからもう大丈夫じゃ!頑張れ!」

「…オォ…だいぶ楽になってきたわ…」

ワトの腕にさらに力がこもり、額には大粒の汗が滲んでくる。

「…信じられない。傷口が塞がって行くわ」

梅田の言うように、昇の脇腹にあった傷が小さくなって行き、やがて跡形もなく塞がっていった。

痛みに歪んでいた昇の顔が穏やかな表情に変わる。

「ど、どないじゃ、昇」

「…痛みが、嘘みたいにスーッと無くなった…」

昇は傷口の辺りを擦りながら安堵する。

「傷は塞いだけど、出血が酷いから安静にしないとショック死するわよ」

「…あぁ、おおきに。助かったわ」

ワトは額の汗を拭いながらヨロヨロと最後列に戻ると、もんどり打ってシートに倒れ込んだ。

「アナタ、ワトさん!凄いじゃない!昇ちゃんの命の恩人よっ!」

「…疲れた…少し…休ませて…」

「ほうじゃろ。この世界で力を使うと、どういう訳かドっと疲れが来るんじゃ」

リリーの言葉に反応することもなく、ワトは身動きもせず眠り込んでしまった。

「アイツ、自分の傷も治しよったんやな。どうりで探しても見当たらんかったはずや」

「オゥ昇、どうじゃ、起きれるか?ワシが運転しちゃるけ、こんなコッチ座れや。のォ」

「あぁ、何とか動ける。そやけどアニキ…シート血だらけやで」

「構うか、そんなモン。あのクソガキ共が戻ってきてもかなんから、はよ代われ」

昇が運転席を譲ると、虎徹が血溜まりを自分のシャツでゴシゴシ拭い、どっかりと腰掛けた。

「それにしてもアイツら、何で俺とこのガレージに来たんやろ」

「…そりゃあ、お前の車庫の場所を知っとったからじゃろ」

虎徹はシートを調節してエンジンをかける。

「知ってるにしても、何で俺らがガレージにおることまでわかってたんや?」

梅田は「そうねェ。待ち伏せしてた感じでもなかったし…タイミングが…」と言いながら、ハッとして両手を口に当てる。

「まさかっ!サンペーちゃん!」

虎徹は前方を見据え、アクセルを踏み込んだ。

---------

オーサカアニメの事務所。
サンペーのデスクに書かれた文字を皆が囲んで注視している。

『虎徹 事務所で待ってるで』

デスクの上には開いたままのハサミと、一見してサンペーのものと分かるアフロヘアーの髪がひと束、散乱している。

重苦しい空気が室内を包む。

「アニキ、この字…」

「ああ、瀬戸…じゃろうな」

「…これって、サンペーちゃん拉致されたって事よね」

チェリーは厳しい表情で腕を組み、虎徹を睨んでいる。

「…ねぇ、どうすんのよ、無関係の人間まで巻き込んで、ヤクザに攫われて。アンタどう責任取るつもりなのよ」

返す言葉もなく、じっと俯いて押し黙る虎徹。

「いや…あの、それは…」

昇は言葉に詰まり、皆から離れてサンペーの椅子にふんぞり返って座っているリリーを横目でチラリと伺う。

「ええい、クソ!もう我慢ならんっ!」

虎徹はその大柄な身体を震わせながら、リリーの眼前に立ちはだかると、胸ポケットから愛用のリボルバーを抜き、リリーの脳天に突き当てた。

「おどれがッ!おどれが武器を隠したりするからこんな事になっとるんじゃ!」

リリーは額に突き当てられた銃口を顔色一つ変えずにじっと見つめる。

「今すぐ言わんかい!武器はどこじゃい!言わんとドタマぶち抜いちゃるぞ、オウッ!」

リリーは銃越しに虎徹の顔を見据えている。

「…引かんかい」

虎徹は一瞬顔色を変えると、親指で撃鉄を引く。

リボルバーは、カチャリという音と共に一発分のシリンダーを回転させた。

「言うとくが…」

「やかましいッ!おどれを殺ってもアイツがおるわい。アイツをシメて口を割らせるわい。どっちにするんじゃ!オウッ!」

「ア、アニキ…」

遠巻きに見ていたワトが「ア、アタシ、何にも知らないわよ!」と慌てて答える。

「…虎徹よ。よう聞け」

「なんじゃい!」

「ワシが死んだら、虎徹。お前はもちろんじゃが、サンペーも、お前の大事な妹も、みーんなおわりになるんで」

「なにィ?」

「もっと言えば、この街、いやこの国の人間も一人残らず絶滅するかもしれんぞ」

「ぜ…絶滅…?」

梅田はチェリーの腕にしがみつく。

「な、何を言いよるんじゃ。それと武器となんの関係があるんじゃ!」

「アニキ、ちょ、ちょっと落ち着いて。リリーさんの話聞こうや」

「そうよ、虎徹っちゃん。またドンってされるだけよ」

二人の言葉に思わず躊躇する虎徹。

「さっきも試したが、コッチの世界の人間はまるで気というものが無い。さっきのソイツの様に傷を負っても自力で治すことも出来ん」

「…ソイツ…って」

「この虎徹にしてもそうじゃ。体はこがいにデカくて力も強いのに、今ワシに銃を向けちょる。この世界では全て道具が頼りなんじゃろ」

「…な、なんじゃとぅ。ワシらを小バカにしよるんか」

「バカにしとる訳じゃない。進化の過程が違うちゅー事を言いよるんじゃ」

「進化の過程…」

「そ、そうね。リリーさんもワトさんも、姿かたちはこちらの世界の人と同じだものね。だけど、人を攻撃したり守ったりする方法が違うって事よね」

「こっちの世界でもその武器を使った争いがあるように、ワシらの世界でも当然争いはある。こっちの世界で言う紛争とか内乱というやつじゃな」

「…内乱」

「これまで武器を使うという概念も、そんな必要もワシらには無かったんじゃが…」

「こちらの世界へ来る方法を見つけて、武器の存在を知った!ってこと…」

リリーの話を一気に理解したチェリーが言葉を引き継ぐ。

「ああ、そういう事じゃ」

「そんで、お前が争いのために武器を集めよるいう事かい、オウッ?」

「アホゥ。ワシを誰じゃ思うとるんじゃ。それをこの男から聞き出すつもりじゃが…」

リリーに視線を送られたワトは、思わず目を逸らせる。

リリーは銃を握った虎徹の腕をサラリと払い除け、椅子から立ち上がる。

「ま、ややこしい話はあとじゃ。おい、行くぞ」

「い、行くって、何処へ行くんじゃい!」

「何処って、サンペーを取り返しに行くに決まっとろうが」

「と、取り返すって…」

昇が慌ててリリーの背に追いすがる。

「無理っすよ!オレはこんな状態で、アニキは事務所に入られへんし!何より事務所の中には何人も武装した奴らも居てるし、話の通じる連中やないんやから!」

「あぁーもうええ!もうええ!昇、ワシが行って、中川のアニキと話つけて来るけえ」

「アカンて!カシラ、アタマに血い昇っとるから、何するやわからんて!」

「原因はどうあれ、ここの事務所のモンを巻き込んだのはワシじゃけえ。ワシが責任取るわい」

リリーは顔だけ振り返ると、虎徹と昇の顔をじっと見つめて言い放った。

「アホか。ダァレがお前らに話ししてくれ言うて頼みよんじゃ。攫われたんなら、攫い返せばええだけじゃろ」

「…さ、攫い返す?」

スタスタと先を行くリリーの背中を、皆が顔を見合せて見送りつつ、戸惑いながらも後を追うのだった。
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