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魔王と勇者 編【L.A 2034】
ばんじうまくは、いかない
しおりを挟む「おはようござ……あれっ?もしかして起きてたんですか……」
「いいや、ちょっと前に目が覚めちまってな」
寝顔を眺める、ということをしていたのはトーマだけではなかった。ドレアスも、奴隷となって数日しかこの二人と共にいなかったが眠ったところを初めて見たのだ。獣のような目をぎらつかせて、その瞳の奥には憎しみの炎を抱きながら。きっと自分も同じ目をしていたのだろうけれども。
「ふふ、トーマさんとジェイソンさんって、似てますね」
「双子だしな」
「……えっ!?そうなんですか!?いいなぁ……兄弟かぁ……」
泣き腫らした目元はまだ少し赤かった。でも、寝顔を見て微笑む顔に釣られて、ドレアスも微笑み返してしまう。
「憧れがあるのかい?」
「私……家族がいたのは、前世だけなんです。それまではなぜか……生まれて間もなく両親は事故で亡くなって……ずっと一人っ子で転生を繰り返してきました」
ドレアスにも、双子として転生したトーマとジェイソンにも両親はいた。自分たちが転生者ではなく、前世の記憶などなければ奴隷にはならなかった未来があったのかもしれない。けれど、ベネットのように両親を失うことだってままあるのだ。
「……前世だけなんです。とても、優しい兄がいたんです。ふたりぼっちの家族だったけど、すごく……すごく、幸せでした」
「う゛っ……」
さみしい、健気な話だと聞いていたら邪魔が入る。こいつずっと起きていたな、と軽く足蹴にするが効いていない。悶えているのは痛みではなくベネットの健気さにだった。
「鼻血出すなよ」
「出てませんよ。おはようございます、ベネット様……昨日より、すすだらけになってませんか?」
素早く起き上がり微笑みかける。前世でもこんないい笑顔はそうそう見なかった。別に女好きとか、幼女趣味というわけでもなかったはず。いや、目覚めただけかもしれない。ドレアスは気付いていたが、トーマもベネットの目の下のクマに気付いて肩を落とす。
「色んな本を探してて……やっと見つけました。うまくできるか、分かりませんけど……やってみたいんです」
きっと一晩中、探していたのだ。すすだらけになりながら、クマを作りながら。ヒトが良すぎる、親切すぎる。自分たちはここへきて特になにもしていない、なのにベネットは無償の働きで睡眠時間さえも割いてくれていることに胸が痛んだ。
「んん……おはよ」
「このねぼすけ。ベネット様の最高に可愛いはにかみ顔を見逃しましたね」
「えっ!?ずるいぞトーマ!!」
ぽやぽやと中々開かない目をこすっていたが勢いをつけて飛び起きてきた。
「お前ら元から似てたんだな……双子で生まれたのも納得だぜ」
「「なんでこんなやつと!!」」
うんうん、とドレアスは一人で頷く。その様子を見ていたベネットは、こっそり笑っているつもりだったが三人はしっかり見ていて、胸を撫でおろしたのだった。
これです、と次にベネットに見せられたのはやはり同じく挿絵と模様がついたもの。だが、文字が読めなくともなんとなくどういう意図の魔術かは分かる。
「……あの、それ」
「うぅ~ん……あのな、ベネット様」
ジェイソンもドレアスも、眉尻を下げて言葉を濁した。どう言えば、傷付けないかと案じて。
「はっきり言わせて頂きますが……ベネット様、治癒の魔術は高位僧侶の中でも少数しか使えないうえ……、この枷に使っても特に意味がないと思われます」
挿絵を見るにこれは壊れたものを直す、怪我を治すといった用途のものだった。つまりは治癒の魔術に該当する。さらに治癒の魔術を使えるのは高位の僧侶や聖歌隊といった地位のものたちだ。王の恩寵を受けるものたちが使える、そういう認識でいた。
「私も、そうだと思っていました……でも、この本では傷に対する魔術でもあり元の状態に復元する効果もあるんだそうです!枷であっても道具であっても……元々は部品を組み合わせてできたものです。時間を巻き戻すとまではいかずとも、最初の状態に至らせることができるかも……しれません」
「確かにそうとも捉えられますが……」
否定したいのではない、けれど現実味がなさすぎる。そんな魔術自体、見たことも聞いたこともないのだ。だが、本に記述されている魔術や模様そのものが初めて見るもの。そしてベネットはそれを行使することができる。やってみなければ分からないと自分に言い聞かせた。
「とにかく、やってみましょう。ベネット様が……寝る間も惜しんで探してくれたのですから」
「えっ、いえ、私は」
「目の下、ちょっとクマできてる。眠たい?」
そっと指先でベネットの頬を撫でるジェイソンはしれっと呼び捨てるし、手やら顔やら遠慮なく触る。その様子をトーマは後ろから目を見開いて恨めしそうに睨みつけているのはドレアスしか知らないことであった。
「いいえ!大丈夫です!それじゃあ……いきます」
失敗したあのとき……あれはあれで成功ではあるのか、発動したことには変わりないのだから。あのときと同じように模様をなぞればベネットの指にともる光はどんどん膨れていく。それはあっという間にジェイソンを覆い尽くした。
「……おい、見ろよ」
「えぇ……見えてますよ。錆が消えていく」
自分の声が震えていることは分かった。トーマはこの中で唯一、魔術に長けているという自負がある。しかしベネットに出会って、見たことのない言語で描かれた本を見て、自分の中の魔術の常識が瞬く間に覆されていくのだ。その魔術が自分にも使えていれば、前世は、その前は、もっと前は違うものだったかもしれない。違う未来があったのかもしれない。言葉にすることもできず、ただ唇を噛むことしかできなかった。
「……オレの傷も治ってる、見て見て」
「じっとしていなさい!」
ジェイソンはわぁわぁと喜びながら体を見渡す。あたたかな日差しに包まれてるようだった。痛いところをやさしく撫でられているような。
「ちぇ……ん、ベネット……?」
顔色を変えたジェイソンを、二人は見逃さなかった。明らかに焦っている、と。
「……どうした、ジェイソン」
「ベネット、変……」
「……っ、ベネット様!!」
間一髪のところで後ろに倒れ込んだベネットをトーマとドレアスで支える。頬を赤くして、息は乱れている。苦しそうに顔をしかめて、短い呼吸を繰り返していた。
「ベネット?……ベネット!!」
手を伸ばしたのと光が消えたのは同時だった。その手はベネットに届かなかった……代わりに、ゴトリと重い音が響く。
「ほんとに……取れた……」
首枷に続くように、手も足も、痣も残さず枷は勝手に外れていった。作られたばかりの新品のように、憎たらしく輝いている。
「あ、れ……ジェイソン、さん……体、なんとも、ないですか?私、今度は……うまく……」
震える瞼は開いてるのがやっとだろうに、それでもジェイソンを気遣っていた。ぱたりと落ちたのは、ジェイソンが溢した涙で。静かに、ゆっくりと石造りの床を濡らし、消える。
「……っ、取れてる、どこも、痛くない。ベネットが頑張ったからだよ」
これ以上泣かないようにと、ジェイソンは下手くそに笑ってみせた。鼻のてっぺんも真っ赤にして、下唇をくんと上げて。
「……ふふ、よか、った」
ベネットは安心したようにふっと微笑んだ。ゆるゆると瞼は落ちて表情は消える。
三人が必死に名前を呼んでいるのは、聞こえなかった。
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