もう転生しませんから!

さかなの

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魔王と勇者 編【L.A 2034】

 おなかいっぱいのごはん

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「ごはん!!」

 ジェイソンが突然飛び跳ねる。

「突然なんだよ」
「大きい声なんか出して……行儀が悪いですよ、ジェイソ≪グウウゥゥゥキュルキュル≫ン」

 喋っている人物に視線が向くのは当然のことである。しかし、その視線が固まったのは別の理由もあるのだ。

「…………」
「まったく、お腹の虫の声も大きいようですね、ジェイソ≪クウウゥゥキュルルルゥ~~~ン≫ン」

 ドレアスの目線はトーマとジェイソンを行き来している。

「今のはオレ、前のは、トーマ」

 トーマは羞恥に肩を震わせて頬を赤らめているがジェイソンはしれっと涼しい顔で腹の虫のあるじを告げた。『腹の虫の鳴き声までそっくりだな』と言おうか言うまいか思案しているドレアスは噴き出しそうな震えをなんとか堪える。これで二人をからかった自分まで同じく腹を鳴らしてしまえばそれもまた、かなり恥ずかしいからだ。

「可愛いお腹の虫さんですね」
「ンンブフゥッン゛ッッ」

 やさしく微笑むベネットに恥ずかしさで居た堪れなくなったトーマは両手で顔を覆うが、長く伸びた耳は先まで真っ赤だった。ドレアスはもう我慢できず頬いっぱいにためた空気を噴き出し、涙目になりながら笑い転げる。一緒になって笑いだしたジェイソンはトーマに思い切り殴られていた。

「もう夕方も間近ですね……今の時間くらいなら、売れ残りを安く売ってくれるところもあるかもしれません」
「いこいこ」

 トーマに殴られてぎゃあぎゃあと喚いていたのに、けろりと態度を変えたジェイソンは今にも鼻歌を歌いだしそうな足取りでベネットの元へ行ったのだった。


 先ほどと同じ市場へ移動した一行は食材の並ぶ区画を目指す。ベネットのように売れ残りを狙う住人は多かったらしく、日も沈む時刻も間近だというのに市場は賑わっていた。

「公衆の面前でさすがに腹の虫は鳴らすなよぉ、トーマ」
「うるさいぞ、ドレアス」

 ベネットにからかわれたときは言葉も失って赤面していたのに、とさっきの様子を思い出してしまうので、語気を強くしたって怖くもなんともない。まだ笑いの波がおさまっておらず、ぶり返しそうになるのを堪えているドレアスの変顔をトーマは冷ややかな目で蔑んだ。

「おぉこわ、にしても機嫌わりぃな」
「当たり前です、ジェイソンときたら……さも……当然のように……ベネット様と……うっ」

 怒ったり冷静になったり、今度は悲しむものだからドレアスは百面相するトーマを優しく見守る。それでもやはり、あのえらく可愛らしい腹の虫が脳内で反芻するものだからにやついてしまうのだが。

「ジェイソンさん!走ったら危ないですよ!」
「じゃあはぐれないようにベネットと手、つなぐね。なにから買う?」
「一通りの調理器具と、麦と塩を買いましょう」

 出発してから二人はあの様子なのだ。トーマは嫉妬と先ほどの醜態のせいで一歩踏み出せず、後ろで歯を食いしばりながらついていくしかない。

「ま、残りの手持ちじゃその分くらいだろ」

 今日の収入を全て散財させては万が一の備えがなくなるため、いくらか残しておかなくてはいけない。ベネットの見立て通り、歩きながら値札を確認してみれば購入できるものが限られていると理解する。

「あの肉……食べるんですか……」
「次からは二手に分かれようぜ」

 なんとしてもオオサソリや大蛇を食べたくない二人は何度目か分からないため息をこぼした。

「ドレアスが森、ジェイソンが洞窟、私はベネット様と菜園を作ります」
「トーマずるい」

 それを言いたいのは自分だ、という言葉を呑み込みベネットとジェイソンの繋いでいる手が視界に入り、トーマは目と口をぎゅっと絞る。

 必要なものだけに目星をつけ、値札と質の良し悪しを吟味しながら買い揃えていく。目的のもの全てを手に入れるのにそう時間はかからなかった。しかし、初めての地で顔見知りもいない、しかも顔を隠すくらいのローブを羽織っていれば不審がられるのも仕方ないわけで。つまり、他の収穫は無かったということ。夕飯はやはり、あのオオサソリか大蛇になることは間違いなかった。

「あー腹減ったなぁ」

 食べたくないと繰り返しぼやいても、調達できたものは限られている。自分たちはベネットと違って食料が必要不可欠なのだ。そして今現在、胃の中はほぼ空っぽと言ってもいい。ただし水は含めない。

「我慢しなさい」
「お前さっきからずっと腹鳴ってんぞ」
「空耳じゃないですか」

 さすがにドレアスも市場より少し離れた繁華街からかおる香ばしいにおいに鼻をひくつかせ、腹の虫も我慢できなかったようだったらしく腹をさする。一仕事終えたものたちの夜が始まる前、酒と食べ物で客を呼び込む夕刻時。
 軽口を叩きあっていた二人は、ベネットの自分たちを微笑んで眺める視線が外れたことを確認し表情をストンと落とした。

「……それが空耳だとしても……さっきから追ってくる足音は気のせいではなさそうですね」
「だな」
「早くかえろ」

 ベネットの傍から一度も離れなかったジェイソンも同じことに気付いていた。

「……ちょっと走るね、ベネット」
「はい?」

 とん、とベネットの体を軽く押し体勢を崩した拍子に手に持っていた麦と塩の袋が宙を舞う。音も立てずジェイソンはそれらを両脇に抱え、トーマは自分より背丈のあるベネットの体を薄布を扱うかのようにふわりと横抱きにした。

「ど、どうしたんですか!?」

 ベネットはようやく事態の異常さを察する。言葉が終わる頃には風が頬を打つくらいに高速で細い裏路地を駆け抜けていた。

「ちょっと……何者かに尾けられてたみたいで、申し訳ありません。早く帰りましょうね」

 優しく微笑むトーマだが、先を見る目は厳しい。肩の向こうから見えるのは、ドレアスともう一人の誰か。距離があるものだから姿も大きさも分からない。だけど追われているのは確かなようだ。

「ベネット!あそこの行き止まりで移動魔術!」
「えっ、あっ!はい!」

 行き止まりならばヒトの往来はない。移動魔術を展開するには絶好の場所だ。ただ……追いつかれない限りは。
 ベネットとて、急いで閉じたはずだったのだ。ドレアスが魔術陣を通った姿を確認して。

「……嘘だろ……ついてきやがった」

 滑り込んで着地した城内には、自分たちの立てた砂埃が充満していた。その中から揺らめく人影。思ったよりも、小さいそれが。

「何者ですか」

 空間が敵意で満ち溢れそうになる。息ができないのは砂埃のせいじゃない。

「……その口調、名前を聞いてもしやと思い追いかけたが確信したよ」

 発されたものは、少し高い子供の声。晴れてきた視界の真ん中にいたのは、トーマたちとさほど変わらない子供だ。

「トーマくん、ジェイソンくん、ドレアスくん、久しぶりだね」
「うげぇっ」
「まさか……」
「………あーっ!わかった!」

 雲のない晴天の色の髪、閉じ切った目蓋だが笑みを浮かべていることは分かる。そしてその子供は三人の名前を順に連ねた。

「お知り合いなんですか?」

 状況についていけないベネットだけが未だ肩を震わせている。後ろ頭を掻きながら、悩ましく眉間に皺を寄せてドレアスはベネットを振り返った。ため息交じりに伸ばされた手を取って立ち上がり、スカートの砂を払う。

「あいつだよあいつ、ゲテモノ料理専門の……」
「どうしてこのタイミングで……」
「サイロン!久しぶり!」

 三者三様。悩むドレアスと、がっくりと目に見えて肩を落とすトーマ、両手を広げて駆け寄るジェイソン。洞窟に入る前の話を思い出す。料理ができる……という人物はてっきりジェイソンなのだと思っていた。しかしあれはジェイソンの話ではなく、全くの別人の話をしていたらしい。

「初めまして、僕はサイロンといいます。前世では彼らとパーティーを組んでいました」

 礼儀正しく名乗り、大人の紳士と同じ振る舞いで礼をする。ベネットも思わずスカートの裾を少し持ち上げてお辞儀をした。

「それにしても……君まで奴隷とは……やはり私たちの身分は完全に剥奪されたようですね」

 ぐっと奥歯を噛みしめ、トーマは落胆する。奴隷になった経験のないベネットは話のすじが見えていない。

「転生局に行ったらあっという間に奴隷市場さ。ということは君たちもということかな?そうは見えないが」
「私たちはベネット様に救われ、枷も外して頂きここにいます」

 転生局に行っただけで、と聞いて寒気が指先から首元までせり上がる。犯罪を犯したとすればきっと刑務所に行くだろう。けれど、何をすれば奴隷なんかに……と考え込んでも答えが出るはずもなかった。

「ベネット……様……」
「わ、私です」

 名を呼ばれ、思わず返事をしてしまったが、もしかして別に呼んだわけではなかったのかも……と目を泳がせる。

「……かつての仲間を救ってくださったこと、深く感謝致します。不躾とは分かっておりますが、何卒ご慈悲を僕にも頂けないでしょうか」
「そんな!頭を上げてください!奴隷制度なんて間違ってます……」
「しかし、それがなくては社会が成り立たない世界になってしまったのです。それが理というもの、受け入れがたくとも……目をつむるしかないのですよ」

 瞳の見えない、その目蓋の裏側には何が見えているのだろう。それとも、見たくないがために目をつむっているのか。奴隷など存在しない小さな村や町に産まれる人生ばかりだった。なぜ奴隷が必要なのか、人々が助け合えば済む話じゃないのだろうか。やはり、世界を知らなさすぎる自分が考えを巡らせたって、何もできないし答えも出ない。

「おや……あそこにいるのはオオサソリかな?」

 軽やかな口調でサイロンは部屋の隅を指差す。

「ちがう!何もいないぞ!」
「サイロンのごはんだぁ」
「ベネット様の手料理だったはずでしょう!」

 一気に賑やかな空間に変わり、体いっぱいを使ってオオサソリを二人掛かりで隠そうにも隠しきれていない。でも、栄養をつけるため、明日を生きるためにも食べなければ。

「あっ!ではサイロンさんはオオサソリの解体をお願いしてもいいですか?今日は麦粥と栄養満点のスープにしましょう」
「おかゆだけでいい……」
「ベネット様のかわいさで大分お腹が満たされるので、私も」

 なぜベネットまでオオサソリの料理にこれほどやる気を出しているのかがトーマとドレアスには分からなかった。だが蛇や蜂を酒に漬ける地域もあるくらいだから、食べる地域もあったって不思議ではない。不思議ではないけれど、自分がそれを口に入れるかどうかは別の話なのだ。

「好き嫌いはよくないね。昔はよく食べただろう?」
「お前が!!!!鶏肉っていうから!!!!」
「はっはは」

 ドレアスはちょっと半泣きになっていた。
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