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建国 編【L.A 2064】
のうぎょう はじめました
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ベネットの移動魔術でいつもの狩場へ赴く。ここへ来たばかりの頃、ベネットはよく森へ入っては水汲みをしたり食糧の調達に来ていたというが……この魔獣が潜む森でよく襲われなかったものだと思い出しては冷や汗が噴き出したものだ。運がよかったのか、魔獣がベネットのことを避けて通っていたのか。とにかくベネットはもちろん、狩りに慣れていないものはこの森に立ち入らない方が良いだろう。
しかし、魔獣が多いということはその餌となる野生動物が多く生息しているということ。そうでなければ魔獣たちが繁殖している理由がない。魔獣の肉は野生の獣に比べて硬いくらいで食べられないということもない。脂身が少なく、噛み応えがある肉の方を好む層向けに魔獣肉専門店があるくらいだ。
「……それにしても、面白くありませんね」
「自分には狩りが向いてるとか言ってたじゃねーか」
獣たちも罠に慣れてきたのか、最近はかかっている動物が減っている。この間偶然見かけた、うさぎが罠を避けて走っているところを見た時には驚いたものだ。
「狩りの話じゃないですよ、魔導師のことです」
「天才すぎてかぁ?」
「それっはっ……関係ないとも言えませんが……ベネット様は……アオイさんアオイさんと……っっ」
なんとなく、なんとなくは察していた。ただ、本人が口にしなかったから確信が持てなかっただけで日常で気に留めるほどでもないと思った。
「やきもちだぁ」
「そうですが!?」
「んなハッキリ肯定されると清々しいな」
ドレアスには前世やそれ以前の転生の中で、男のときでも女のときでも恋仲と呼べる存在がいた。けれど伴侶にするという考えは最初から持っておらず、そのどれもが短期間の関係。前世もそれなりにトーマたちと長い付き合いだと思ってはいるが、そういえば……自分以外にそういった話が出たやつがいない。モテるモテないで言えば、一番モテていたのがユリウスであることは間違いない。だが二番手に上るのはトーマだったと言ってもよいだろう。魔術馬鹿、というのは近しいものしか知らないことであり、部外者から見れば顔良し、性格良し、財力もあり引く手数多だったろうに。
思い返してみれば、自分の幼女時代の裸を見てこいつは悲鳴を上げていたんだったっけ……。それを考えれば、トーマがこれほど好意といった感情をむき出しにすることは今までなかった。なかったことなのに。
なぜこいつは何十年その感情をこじらせているんだ……?いっそ気持ちを告げてしまえばいいんじゃないのか……?
「急にしゃしゃり出てきてなんなんですか!? 知識は豊富だし、性格はめちゃめちゃ大らかというか、気は配れるし、魔術においても長けてるし……なにか出来ないことはないんですかあの魔導師は……っ」
「めっちゃ褒めてんじゃねぇか」
性格が大らか以外は、昔のお前だぞ。なんでお前に今まで浮ついた話が上がらなかったのか不思議でたまらないよ。
「悔しいですが……今心底、女性に転生しなくて良かったと思ってます」
「お?あたしに喧嘩売ってんのか?」
「ドレアス、アオイのこと好きなの?」
「すげー話が飛んだな。今の会話の流れで何をどうしたらそうなる」
これは双子として転生したこいつらから同時に喧嘩を吹っ掛けられている。笑顔を貼り付けたまま拳を握って見せたが、慣れ切っている二人は恐れもしない。そしてこの流れでどうしてか、ジェイソンの方が急にもじもじとし始めた。
「オレはアオイのこと好きだよ。ベネットのことはもっと好き。トーマもドレアスも、サイロンも同じ。新しい人たちのことも好きになれるといいな」
純真無垢そのものの照れ笑いに、こっちの毒気がさっぱりと抜け落ちる。ジェイソンは、転生する性別を間違えたんじゃないのか?あっちが女で自分が男に生まれていたら間違いなく告ったと思う。そして今までよく悪女に騙されずに生きてこられたもんだ……いや、おそらく悪女ですらこの純粋の塊に毒牙を抜かれるだろう。
「……君が羨ましいですよ、ジェイソン」
「見習えばいいのか、ちょっとは警戒心持てって怒ればいいのか……」
ぐしゃぐしゃとサラサラな銀髪を思いっきり崩す。やめてやめてと言いながら笑う様は、前世も子供の姿の頃もずっと変わっていない。
「今ノ言葉、魔導師ドノニ、オ伝エシテオコウゾ」
「ウギャ―――ッ!?」
「声が大きいのだよ、トーマくん」
樹の上で休んでいた鳥たちが一気に羽ばたく。キンと耳鳴りが鳴りそうな叫び声に、叫んだ本人以外は耳を塞いでいた。いつの間にいたのか、それとも始めからいたのか。デントロータスが幹をしならせ見下ろしてくる。
「ホッホッ、最近我ガ身内ラヲナギ倒ス輩ガオッテナ。巣穴ニ案内スルカラ、狩ッテハクレンカノウ」
「あのとき以降喋らないからあれっきりだと思いました……」
イグテラと名乗った大樹の女性が姿を消し、他のデントロータスたちはしばらく歩き回っていたが、数刻もすれば動かなくなってしまった。だからと言って、あの砂漠からここまで移動したとは思えない……と下を見れば、その根はしっかり地面に根付いている。
「なになに、ここにある木みんな喋るの?」
「コノアタリダトワシダケジャ、ワシラハ二度寝シヤスクテノォ……」
「二度寝……」
同じように大きな樹はあっても、それらは静かだった。二度寝どころか喋ってるとき以外は寝てるんじゃないのか。
「なぜ、今になって起きたのか教えてくれるかい」
「我ラハ、イグテラ様ノ子。カノオ方ガ眠ニツイタ時ヨリ、多クノ樹木ハ心モクチモ閉ザシテシマッタ。ワシモ同ジジャ……ソシテ、イグテラ様ガオ目覚メニナラレタ。我ラハ皆、繋ガッテオル。世界デ、多クノ同胞ガ目覚メテオル」
つまり、このデントロータスは始めからここにいた。彼らは動かずとも、互いに情報を共有できるというのだ。ただし、起きている状態に限るのだろうが。
「サァ、早ヨゥアノ荒クレモノヲ連レテ行ッテオクレ」
枝で向こうを差されても、方向しか分からない。目を凝らせば風景がやけに動いているように感じる。しかしそれは気のせいではなかった。まるで、草や花が笑うように、語り掛けるようにそよぐ。デントロータスの幹には四本の爪痕に木肌が大きく抉られていた。彼だけではない。周りの多くの木々も同じように傷付けられ、中には木肌を側面丸ごと剥がされているものもある。
そしてそれらを、小さな動物や虫たちがせっせと修復していた。
いくら、この森に豊かな資源があると想定してもここまで動物が多いのはおかしい。魔獣もここで繁殖し続けているのは確かなのだろうが、これでは近いうちに食いつくされてしまう。ここはマーブロスに近い魔物の棲む森だ、だから魔獣が多いことに不思議はない……それでも、トーマはこの森を包む空気に疑問を持たざるを得なかった。
「おかえりなさい!」
「ただいま戻りました」
もっと早く帰る予定だったが、デントロータスのいう例の荒くれものは熊三頭と、大型の魔獣一匹だった。魔獣は一匹だったからさほど苦戦はしなかったものの、熊が普通のものよりそれはそれは大きくて……さらには巣穴にこもって出てこなかったのが失敗だった。半分洞窟のようになっていたその巣穴は横穴が点在していて追い詰めても逃げられるのなんの……。
「お怪我はないですか?」
「大丈夫だ、にしても……一日でよくこんだけ進んだもんだ」
「皆さん、農家の経験があるみたいでとても助かりました! あと、デントロータスの方々も手伝ってくださったんです! イグテラ様から木もたくさん頂いて……明日はおうちを作りますっ」
そういえば自分たちも……と言おうとして、たしか彼はイグテラ様に伝えておくとかなんとか……さらにはデントロータスは皆、繋がっていると……? ジェイソンの言葉だけならともかく、トーマの話まで伝わっているとさすがに恥ずかしい。そこまで思考したトーマはあの出会いを秘密にしておこうと決めた。
「……頑張るのもいいですが、無理はしないでくださいね。力仕事があれば私たちをお呼び下さい」
「いえいえ、それこそ私達に。それにしてもベネット様は素晴らしい方です。農業にも建築にも精通していらっしゃる。ですが……休んでくださいと言っている間に服を縫って下さっていたようで……そこは幹部の皆さんからしっかり休むように言ってくださいませんか」
「私達は幹部というほどのものではありませんよ」
「そう!オレたちはベネットの家族!」
ぬぅ、と視界に飛び込んできたのはあの熊……難民の彼は今にも消えそうな悲鳴を絞り出してしりもちをついている。その下から出てきたのはにこにこと無邪気に笑うジェイソンだ。たくさんの肉に浮かれ、さっきから積み上げられた獲物とサイロンの解体場を往復している。
「……疑っていたことが、とても恥ずかしいです。皆さんが狩りに行っている間も、私はベネット様を信じ切れていませんでした。共に畑を耕し、種を植え、魔術まで使って水を汲みに行って下さる姿を見て……その、大変おこがましい表現とは思うのですが、あぁ、あの方も同じなのだと。ただ、魔王に生まれてしまったヒトなのだと……ここへ来て、良かったです。皆さんは魔族ではないのに我々を虐げたりしませんから」
やはり、魔術とは戦争のために、武力を誇張するものであって生活に用いるという考えはない。この中には魔術を初めて目にするものもいるだろう、彼らにとってベネットの力はどう見えているのか。けれど難民たちの輪に混ざり、共に笑うベネットを見て安心する。
「……しませんよ……もう二度と」
最初に疑念こそあれど、いつかそれが和らぐと信じている。見た目で差別されない場所もあるのだと。だからこそ自分に言い聞かせるように呟いた。
「あれは何だい」
「えぇと……あぁ、あの紐で仕切られてるところですか。アオイ様が実験だと言っていたのは見ましたが……」
「田んぼだよ~」
「また急に出てきた……」
サイロンが気付いたのは、畑の近くに木の支柱と革紐で仕切られた一画。土を掘って水が張ってある人工的な沼のようにも見えた。一体何を育てる場所なのか皆目見当がつかない。
「イネがまずいって言われるのは、水田じゃないからだ。オレはおいしいお米を作る!」
「へいへい、頑張れ」
「オレ、アオイの作った味のついたイネおいしくて好き」
「もっとおいしいの作るからねぇ」
いやいや、そもそもイネって水で育つものなのだろうか、植物学には詳しくないけれど、穀物や野菜は土によく水を与え、太陽の光を浴びているほどよく育つのでは……?疑問は多くあれど、沼地の植物のように水生植物もある……だがイネを……。この魔導師の考えてることはよく分からない、放っておこう。トーマは悩むことを辞めた。
しかし、魔獣が多いということはその餌となる野生動物が多く生息しているということ。そうでなければ魔獣たちが繁殖している理由がない。魔獣の肉は野生の獣に比べて硬いくらいで食べられないということもない。脂身が少なく、噛み応えがある肉の方を好む層向けに魔獣肉専門店があるくらいだ。
「……それにしても、面白くありませんね」
「自分には狩りが向いてるとか言ってたじゃねーか」
獣たちも罠に慣れてきたのか、最近はかかっている動物が減っている。この間偶然見かけた、うさぎが罠を避けて走っているところを見た時には驚いたものだ。
「狩りの話じゃないですよ、魔導師のことです」
「天才すぎてかぁ?」
「それっはっ……関係ないとも言えませんが……ベネット様は……アオイさんアオイさんと……っっ」
なんとなく、なんとなくは察していた。ただ、本人が口にしなかったから確信が持てなかっただけで日常で気に留めるほどでもないと思った。
「やきもちだぁ」
「そうですが!?」
「んなハッキリ肯定されると清々しいな」
ドレアスには前世やそれ以前の転生の中で、男のときでも女のときでも恋仲と呼べる存在がいた。けれど伴侶にするという考えは最初から持っておらず、そのどれもが短期間の関係。前世もそれなりにトーマたちと長い付き合いだと思ってはいるが、そういえば……自分以外にそういった話が出たやつがいない。モテるモテないで言えば、一番モテていたのがユリウスであることは間違いない。だが二番手に上るのはトーマだったと言ってもよいだろう。魔術馬鹿、というのは近しいものしか知らないことであり、部外者から見れば顔良し、性格良し、財力もあり引く手数多だったろうに。
思い返してみれば、自分の幼女時代の裸を見てこいつは悲鳴を上げていたんだったっけ……。それを考えれば、トーマがこれほど好意といった感情をむき出しにすることは今までなかった。なかったことなのに。
なぜこいつは何十年その感情をこじらせているんだ……?いっそ気持ちを告げてしまえばいいんじゃないのか……?
「急にしゃしゃり出てきてなんなんですか!? 知識は豊富だし、性格はめちゃめちゃ大らかというか、気は配れるし、魔術においても長けてるし……なにか出来ないことはないんですかあの魔導師は……っ」
「めっちゃ褒めてんじゃねぇか」
性格が大らか以外は、昔のお前だぞ。なんでお前に今まで浮ついた話が上がらなかったのか不思議でたまらないよ。
「悔しいですが……今心底、女性に転生しなくて良かったと思ってます」
「お?あたしに喧嘩売ってんのか?」
「ドレアス、アオイのこと好きなの?」
「すげー話が飛んだな。今の会話の流れで何をどうしたらそうなる」
これは双子として転生したこいつらから同時に喧嘩を吹っ掛けられている。笑顔を貼り付けたまま拳を握って見せたが、慣れ切っている二人は恐れもしない。そしてこの流れでどうしてか、ジェイソンの方が急にもじもじとし始めた。
「オレはアオイのこと好きだよ。ベネットのことはもっと好き。トーマもドレアスも、サイロンも同じ。新しい人たちのことも好きになれるといいな」
純真無垢そのものの照れ笑いに、こっちの毒気がさっぱりと抜け落ちる。ジェイソンは、転生する性別を間違えたんじゃないのか?あっちが女で自分が男に生まれていたら間違いなく告ったと思う。そして今までよく悪女に騙されずに生きてこられたもんだ……いや、おそらく悪女ですらこの純粋の塊に毒牙を抜かれるだろう。
「……君が羨ましいですよ、ジェイソン」
「見習えばいいのか、ちょっとは警戒心持てって怒ればいいのか……」
ぐしゃぐしゃとサラサラな銀髪を思いっきり崩す。やめてやめてと言いながら笑う様は、前世も子供の姿の頃もずっと変わっていない。
「今ノ言葉、魔導師ドノニ、オ伝エシテオコウゾ」
「ウギャ―――ッ!?」
「声が大きいのだよ、トーマくん」
樹の上で休んでいた鳥たちが一気に羽ばたく。キンと耳鳴りが鳴りそうな叫び声に、叫んだ本人以外は耳を塞いでいた。いつの間にいたのか、それとも始めからいたのか。デントロータスが幹をしならせ見下ろしてくる。
「ホッホッ、最近我ガ身内ラヲナギ倒ス輩ガオッテナ。巣穴ニ案内スルカラ、狩ッテハクレンカノウ」
「あのとき以降喋らないからあれっきりだと思いました……」
イグテラと名乗った大樹の女性が姿を消し、他のデントロータスたちはしばらく歩き回っていたが、数刻もすれば動かなくなってしまった。だからと言って、あの砂漠からここまで移動したとは思えない……と下を見れば、その根はしっかり地面に根付いている。
「なになに、ここにある木みんな喋るの?」
「コノアタリダトワシダケジャ、ワシラハ二度寝シヤスクテノォ……」
「二度寝……」
同じように大きな樹はあっても、それらは静かだった。二度寝どころか喋ってるとき以外は寝てるんじゃないのか。
「なぜ、今になって起きたのか教えてくれるかい」
「我ラハ、イグテラ様ノ子。カノオ方ガ眠ニツイタ時ヨリ、多クノ樹木ハ心モクチモ閉ザシテシマッタ。ワシモ同ジジャ……ソシテ、イグテラ様ガオ目覚メニナラレタ。我ラハ皆、繋ガッテオル。世界デ、多クノ同胞ガ目覚メテオル」
つまり、このデントロータスは始めからここにいた。彼らは動かずとも、互いに情報を共有できるというのだ。ただし、起きている状態に限るのだろうが。
「サァ、早ヨゥアノ荒クレモノヲ連レテ行ッテオクレ」
枝で向こうを差されても、方向しか分からない。目を凝らせば風景がやけに動いているように感じる。しかしそれは気のせいではなかった。まるで、草や花が笑うように、語り掛けるようにそよぐ。デントロータスの幹には四本の爪痕に木肌が大きく抉られていた。彼だけではない。周りの多くの木々も同じように傷付けられ、中には木肌を側面丸ごと剥がされているものもある。
そしてそれらを、小さな動物や虫たちがせっせと修復していた。
いくら、この森に豊かな資源があると想定してもここまで動物が多いのはおかしい。魔獣もここで繁殖し続けているのは確かなのだろうが、これでは近いうちに食いつくされてしまう。ここはマーブロスに近い魔物の棲む森だ、だから魔獣が多いことに不思議はない……それでも、トーマはこの森を包む空気に疑問を持たざるを得なかった。
「おかえりなさい!」
「ただいま戻りました」
もっと早く帰る予定だったが、デントロータスのいう例の荒くれものは熊三頭と、大型の魔獣一匹だった。魔獣は一匹だったからさほど苦戦はしなかったものの、熊が普通のものよりそれはそれは大きくて……さらには巣穴にこもって出てこなかったのが失敗だった。半分洞窟のようになっていたその巣穴は横穴が点在していて追い詰めても逃げられるのなんの……。
「お怪我はないですか?」
「大丈夫だ、にしても……一日でよくこんだけ進んだもんだ」
「皆さん、農家の経験があるみたいでとても助かりました! あと、デントロータスの方々も手伝ってくださったんです! イグテラ様から木もたくさん頂いて……明日はおうちを作りますっ」
そういえば自分たちも……と言おうとして、たしか彼はイグテラ様に伝えておくとかなんとか……さらにはデントロータスは皆、繋がっていると……? ジェイソンの言葉だけならともかく、トーマの話まで伝わっているとさすがに恥ずかしい。そこまで思考したトーマはあの出会いを秘密にしておこうと決めた。
「……頑張るのもいいですが、無理はしないでくださいね。力仕事があれば私たちをお呼び下さい」
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「私達は幹部というほどのものではありませんよ」
「そう!オレたちはベネットの家族!」
ぬぅ、と視界に飛び込んできたのはあの熊……難民の彼は今にも消えそうな悲鳴を絞り出してしりもちをついている。その下から出てきたのはにこにこと無邪気に笑うジェイソンだ。たくさんの肉に浮かれ、さっきから積み上げられた獲物とサイロンの解体場を往復している。
「……疑っていたことが、とても恥ずかしいです。皆さんが狩りに行っている間も、私はベネット様を信じ切れていませんでした。共に畑を耕し、種を植え、魔術まで使って水を汲みに行って下さる姿を見て……その、大変おこがましい表現とは思うのですが、あぁ、あの方も同じなのだと。ただ、魔王に生まれてしまったヒトなのだと……ここへ来て、良かったです。皆さんは魔族ではないのに我々を虐げたりしませんから」
やはり、魔術とは戦争のために、武力を誇張するものであって生活に用いるという考えはない。この中には魔術を初めて目にするものもいるだろう、彼らにとってベネットの力はどう見えているのか。けれど難民たちの輪に混ざり、共に笑うベネットを見て安心する。
「……しませんよ……もう二度と」
最初に疑念こそあれど、いつかそれが和らぐと信じている。見た目で差別されない場所もあるのだと。だからこそ自分に言い聞かせるように呟いた。
「あれは何だい」
「えぇと……あぁ、あの紐で仕切られてるところですか。アオイ様が実験だと言っていたのは見ましたが……」
「田んぼだよ~」
「また急に出てきた……」
サイロンが気付いたのは、畑の近くに木の支柱と革紐で仕切られた一画。土を掘って水が張ってある人工的な沼のようにも見えた。一体何を育てる場所なのか皆目見当がつかない。
「イネがまずいって言われるのは、水田じゃないからだ。オレはおいしいお米を作る!」
「へいへい、頑張れ」
「オレ、アオイの作った味のついたイネおいしくて好き」
「もっとおいしいの作るからねぇ」
いやいや、そもそもイネって水で育つものなのだろうか、植物学には詳しくないけれど、穀物や野菜は土によく水を与え、太陽の光を浴びているほどよく育つのでは……?疑問は多くあれど、沼地の植物のように水生植物もある……だがイネを……。この魔導師の考えてることはよく分からない、放っておこう。トーマは悩むことを辞めた。
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