もう転生しませんから!

さかなの

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建国 編【L.A 2064】

しあわせなひとときは いっしゅんだけ

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「すごぉい」
「む、むさくるしい……」

 目頭の間をぎゅっと押さえてトーマは息を詰まらせながら絶え絶えにゆっくり吐く。
 あっちを見ても筋骨隆々の雄々しい男、こっちを見ても屈強な鍛え抜かれた肉体の男。仕方がない、人数が増えたことでもはや城で雑魚寝するには場所が足りないのだ。ならば家を建てるしかないだろう。
 弾力があり汗で湿って光を反射する大胸筋、はちきれそうなほどに盛り上がった上腕二頭筋、もはや首の太さなど分からない僧帽筋。筋肉しかない、そう最後に呟いたトーマは崩れ落ちるように倒れてしまったのだった。

「どれ、あたしもちょっくら手伝ってくるか」
「オレもオレも~!」

 完全無視のドレアスはさっさと狼たちの方へ足を向けるが、ジェイソンはというとそのへんに落ちていた木の枝で地面に体の前半分を貼り付けたトーマをつつく。しかし反応がない。ジェイソンはほうっておくことに決めた。

 木材が積み上げられている場所で外套や防具を外していると、向こうでは赤い狼と魔族の男が何やら口論しているようだった。視線を外すと袖をまくり上げながら彼らの元に近づくサイロンを目に留めて、まさか腕力で口論を止める気ではないだろうかと焦る。

「いい木材使ってんのに勿体ねぇ! いいか、釘や紐だけで組み立てようとするな! 溝を作るんだ、ミゾを!」
「ミゾぉ? せっかくの太い柱の先を細くして、それこそ強度が下がるじゃないか!」

 家を建てたことなどないものだから仲介に入るのも気が引けるというもの。職人に横槍を入れて双方から怒鳴られるのはごめんだった。

「まぁ落ち着くのだよ。その建築技術、珍しいものだね、よく説明してくれないかい」

 ギッと睨まれたというのにサイロンは堪えていない様子で、ドレアスはほっと胸を撫で下ろす。腕まくりをしていたものだからまさかぶん殴るんじゃないだろうかと気が気ではなかった。組み立てだとか専門分野に至ってはからきしだから、ジェイソンと一緒に木材運びをするか、と踵を返してあとのことはサイロンに任せよう。


「みなさん、すごいです……! 見たことない技術ばかりで、とても参考になります!」
「いやいやぁ、これまでの前世の記憶が役に立ったってもんよ」

 フフンと鼻先を指でこすりながらボレアースと名乗った赤い狼は、顎下から伸びて胸毛と一体化している髭と胸板を突き出してふんぞり返る。口論の結果、銅や金属の類が少ないことと耐久性を実際に試したところ、木材に彫った窪み同士を組み合わせる方法が採用されたのだ。
 言い合いの相手だった男も、その技術を施した骨組みに狼やサイロンが乗って飛び跳ねたり歩き回ったりしている姿を見て納得するほかなかった。そしてまた、その技術を教えてほしいと乞うたのは当人たちしか知らないこと。

「おっ、じゃあメシ作れるやつもいるのかい」
「いなくはないが……ほとんど筆頭が作ってたからなぁ」
「まじか」

 意外なのが出てきたな、とドレアスは興味津々で目を輝かせる。ベネットの作るご飯はもちろんおいしい。しかし忙しい身であるベネットを気遣っているのか、たまにサイロンのご飯が出てきた日には一気に食欲が失せるというもの。流浪の民であれば様々な地域の食材の知識も豊富であろう。サイロンも知識は豊富であるし様々な獣、魔獣の捌き方も心得ている。だが頭をまるまる乗せるのは本当にやめてほしい。栄養があるとかそういうのはいいから。

「筆頭のメシはうまいぞお! なんつーか、味は濃いめなんだがそれがクセになるんだ。たまに焼き菓子も作ってた気もするな、ほとんど助けた子供らに食わせてたみたいだが……その子供が菓子食いたさに赤い狼に残ったってやつもいるくらいだ」

 焼き菓子! その言葉を聞いた途端、口内にじゅわりと水分が広がる。急に腹が空いてきた。結局、材料の問題から食べたのは一回だけなんだけどな、とボレアースは乾いた笑いを溢す。

「筆頭が拾われるまで……俺たちはかなり荒れていてなあ、メシも自分でとってきて自分で食って、気に入らない悪党は潰しまくったさ」

 今もじゃないのか、と突っ込みたかったが隣のベネットが聞き入る姿勢になっているのでぐっと耐えた。

「それがだ、筆頭はあの見た目でメシを全員分作るわ、洗濯もしちまうわ、服も繕うわで、みーんな胃袋も心も掴まれちまった。そしてつえーときたもんだ。誰も逆らわねぇよ」
「ベネット様みたいだな」

 謙遜するにも確かに半分は同じことをしているベネットは苦笑いで答える。最近は女手も増えて仕事は分担できているが、それこそ自分たちしか居なかった頃はベネットしかそういった家事をこなせる存在がいなかったのだ。

「筆頭、大丈夫かなあ、あの魔術師……うさんくさいというか。筆頭、騙されてねぇといいんだが」
「アオイさんはいいヒトですよ。今までの家族も、愛した人も、子供も大事に思ってるようなヒトです」

 そんな馬鹿な、と口元を歪ませてこめかみを押さえる様子に、ドレアスは強く同感の意を示しボレアースの肩にそっと手を乗せる。

「アオイさんにとっての筆頭さんは、そのどれかに入ってるんじゃないでしょうか。今までアオイさんが誰かを助けようとなさっていたのは、筆頭さんを探していたという理由だったら……すっごく、ロマンチックだと思うんです!」

 突然、興奮気味に喋り出したベネットを初めて見たものだからドレアスは内心、大層驚いていた。そして何か……既視感を感じる。そうだ、前前世くらいにいた恋人は恋愛小説にはまっていて、その新刊が出るたびにこんな状態になっていた。

「あたしは今まで、ベネット様はアオイをそういう対象で見てたと思ってたよ」
「そういう、対象?」
「イイ仲になりたいってこと」

 まだ言葉の意味を解せていないらしく、しばらくきょとんと固まってしまった。ようやく理解してイチゴみたいに頬を染める。

「そんな! アオイさんはすごいヒトです、いいヒトです。でも、そういう風に思ったことは……」
「いや、むしろ安心してスッキリしたぜ」

 これでもし、ベネットが淡い恋心を抱いていたら心から応援はできなかった。女は危険な雰囲気の男に惹かれる……とか、前前世の彼女が恋愛小説を読みながら言っていたことを思い出す。この様子から見て、照れ隠しで否定しているわけではないのだろう。
 あぁ、でも今言っちゃったことで意識し始めたらどうしよう……。しかしそんなことは、ただの取り越し苦労であったのだった。


「今日は少し豪勢にしてみたんだ」

「うわああぁぁぁ……オオヘビがまるまる皿に乗ってる……」

 悲痛な叫びと共にトーマは机に突っ伏してした。言いたいことは分かる。というか言いたいことを先に言われてしまった。

「あたしそっちの皿いらない」
「お肉いっぱいだぁ」

 魔獣でもオオヘビでもオオサソリでも、肉大好きなジェイソンや狼たちはわらわらとオオヘビが乗った大皿に群がっていた。あれを旨い旨いと食すことができるやつらの気がしれない。だって、頭がこっちを見てるんだぞ? 目が……合っちゃったりしちゃうだろ?

「ん?こりゃ、イネか」
「味ついてておいしいよ」
「うちの筆頭、たしか探してたんだよな、喜ぶだろうなあ……」

 今日のイネは茶色と白が混ざっている品種で、卵と野菜と小さく刻んだ肉を混ぜて炒めたものだ。さすがベネットが作っただけのことはある。さっと後ろから滑り込んで皿に盛った。

「うっ……夜になったっていうのに筆頭が、戻って来ない……」
「かまうな、ほっとけ」
「頭目~~」

 確かに昼頃の出来事だったと思うが、まったく動きがない。呪術は消えたように見えたし、傷だって治癒魔術が使えるなら手こずることはないはずだ。一体なにをして……。野生の勘、もしくは女の勘とも言うべきか、ここでドレアスは一つの可能性に気付いてしまった。

「差し入れを!お持ちするのです!!」
「やめとけやめとけ」

 鼻息を荒くしながら意気込むマテウスを、額に指一本当ててストンと座らせる。ぱちぱちと瞬きしながらキョトンとするマテウスに、ドレアスは「おこちゃまにはまだ早いぜ」などと言ってイネを大盛に乗せた皿を渡す。夜風になびく髪を揺らしながらその場から立ち去る彼女を見送るマテウスの目は、軽蔑の色で染まっていた。

 今までで一番賑やかな夜だった。酒も飲んでいないのに、狼たちの大柄で軽快な笑い声に難民としてこの地に辿り着いた民たちもつられて笑っている。
 その中に入るわけでもなく、分け終えて空っぽになった鍋の取っ手を掴んだままベネットは心ここにあらずといったふうに佇んでいた。

「ベネット様?」
「……こうして、みんなで集まって、一緒にごはんを食べることが……これからも、できるでしょうか」

 トーマは、視線が合わないことをいいことにベネットの横顔をじっと見つめる。物悲しいというのか、寂しいというのか。幸せな一時であるはずなのだ、今日一日で得たものは多かったはず、なのに。
 ベネットが見ているのは今のこの瞬間ではない。きっと未来を見ているのだろう。

「たくさんヒトが集まれば、望まない結果も生まれます。全部が全部、平凡に形作れるわけじゃありません」

 拠り所を求めて、同じ意志をもつものを求めて、ただ生きて暮らす場所を求めたものたちがこうして集まった。小競り合いはあったとしても、すぐに収束できる些細なもの。いまだから、それで済んでいるだけで。

「続けたいです、ヒトが増えても、家が増えても、街が大きくなっても……」
「そうですね」

 現状に満足してはいけない、ここにいるのはたった一握りの存在なのだから。世界にはまだまだ多くの、明日の命も危うい民たちがいる。けれど、うまく行きすぎている先にはきっと大きな困難が待ち受けているだろう。
 それを、ベネットはちゃんと見ている。トーマは、その揺れる紫紺の瞳を忘れまいと目に焼き付けた。
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