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碧 春海

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五章

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 近年、国の方針として2050年カーボンニュートラル宣言を行い、2030年度に2013年度比で46%消滅を目指すこと、更に50%の高みに向けて挑戦を続けて行くことを表明した。そして、改正地球温暖化対策推進法が成立し、2050年までの脱炭素社会の実現と基本理念として法律に位置付けてきた。こうした中、太陽光発電の導入は多様な主体が実施できる取り組みとして期待されています。
 環境省では、民間企業や地域団体が屋根や駐車場に太陽光発電設備を設置し、その電力を建物内で消費する、いわゆる自家消費型の太陽光発電の導入等を推進もしてきました。
 これまでの電力のひっ迫の要因としては、電力需要の大幅な増加とLNGの火力稼働の抑制が進んでいる。電気は貯められない為に、電力会社は需要(消費)に対して、供給(発電)を瞬時に合わせなければならない。電力会社の供給能力を超えて供給はできない。そして、需要が供給能力を上回ってしまった場合は、予想不能な大規模停電を招く可能性が高まります。 
 現在の電力源の内訳としては、66%が化石燃料で、23%は再生可能エネルギーで残りの11%が原子力となっている。その最も比率の多い化石燃料の大半は、石炭と天然ガスや石油によるもので、特に石油による発電量は総発電量の4%に留まっている。
 一方、地球温暖化の原因といわれる二酸化炭素などのガス(温室効果ガス)の排出を減らすと期待される、再生可能エネルギーは水力16%に対して、今現在は風力・地熱・太陽光を合わせても7%にしかならない。
 今まで日本では、何か1つのエネルギーに頼るのではなく、様々なエネルギーをバランスよく工夫して使ってきましたが、残念ながら日本のエネルギー自給率は12%しかありません。
 それで、2030年度の目標として安定的な電力である原子力発電を見直し、発電で使い終わったウラン燃料をリサイクルして有効に使う『核燃料リサイクル』を進めて20~22%程度に、そして水素・アンモニア発電を1%、再生可能エネルギーを40%程度にそれぞれ増やして、二酸化炭素を排出する火力発電の負担を40%以下に抑えることを目標に掲げたのである。
 その為に、環境省や経済産業省の資源エネルギー庁では、大規模な予算を組み補助金という形を持って推進するつもりであった。しかし、日本の国土は狭く利用に際しての広大な土地を確保するのは大変な作業となり、どうしても山林の土地の樹木を伐採してソーラーパネル設置に適した土地へと整地しなければならない。
 1度伐採した樹木を元に戻すのには何百年の歳月を要し、それは自然破壊への道を辿ることになりかねない。近年でも、土砂崩れや土石流が各地で起こり、その現場のすぐ近くにソーラーパネルが設置されている画像が映し出されていたりもした。
 そして、ここに来て、ソーラーパネルの基盤となる半導体は、多くが中国のウイグル地区で製造されているのだが、米国がそのウイグル地区からの輸入を禁止したり、台湾での大規模な半導体工場の火災により、全世界的に半導体不足となってしまい、ソーラーパネル自体の製造ができなくなった。
 山林などの広大な土地の土地買収をしたものの、先程述べたように土石流などによる損害賠償や、ソーラーパネル製造が間に合わないことで、補助金等を得ることも電力として売ることもできなくなり、負債を抱え倒産や撤退をする企業が続出しているのが現状である。政府も、EU諸国などが再生可能エネルギーに見切りを付け、原子力発電に舵を切ったことも影響し、再生可能エネルギーへの予算の削減を打ち出した。
 そんな中、永田町にある中央合同庁舎内の経済産業省の大臣室に、日本有数の電気機器メーカー『JTC』の社長である音無義一が後藤田国広大臣を訪ねて、テーブルを挟みふかふかのソファーに腰を落としていた。2人共暗い表情で言葉を発せられない状態であったが、ドアをノックして秘書の田村慎太郎が書類を持って現れ後藤田に手渡すと、音無もカバンからゆっくりと資料を取り出した。
「先ずは、飯沼市と小河原市で起きました大規模な土石流の件なのですが、まだ直積的な原因は判明してはおりませんが、山林の伐採や盛り土が主な原因ではないかと、専門家の解説を交えてマスコミで取り上げられました。その土石流のすぐ横には建設中のソーラーパネルの画像も撮されて、山林伐採をしてまでソーラーパネルを設置する意味があるのかと、発言する解説者も多く大きくクローズアップされているのが現状です」
 秘書の田村が事務的に報告した。
「その山林の伐採をし、盛り土を行ったのは我社の下請け業者で、ソーラーパネルの増設を計画していたばかりでした。被害住民からは莫大な保証金を要求されていますし、原因が山林伐採と盛り土に因るものと確定されれば、顧問弁護士も裁判で勝てる要素がないとのことでした」
 9桁にもなる賠償金が載った資料を差し出して重い口を開いた。
「マスコミの力は恐ろしいね。でも、人の噂も75日とも言いますからね。天下の『JTC』さんですから、それぐらいの金額は痛くも痒くもないでしょう」
 後藤田はさらりと目を通しデーブルに置いた。
「全国数十箇所に同じようにソーラーパネルの設置を予定していまして、既に山林の伐採や盛り土を始めています。もし、同じような災害が起これば、こんな金額では済みません」
 下を向いて顔を左右に振った。
「大義を成し遂げるには、多少の犠牲は仕方がないものですよ。しかし、今後は同じ事故を起こさないように、多少費用は掛かっても仕方ないですからよろしくお願いしますよ」
 これ以上厄介事は聞きたくないと、釘を指すつもりでの発言だった。
「それだけはないのですよ。静岡に広大な土地を所得して、巨大なソーラーパネルの製造工場を建設したのですが、アメリカが中国のウイグル地区からの移入を規制した為に、肝心の半導体の市場価格も高価になり入手困難な状態で、殆んど稼働できない状態となっています。静岡だけでなく、他の工場でも半導体が計画通りに入ってこなければ、このままでは大きな損害を被る事になります」
 1度深呼吸をしてから決心をして言葉にした。
「アメリカの突然の発表は驚いたが『JTC』さんを含め、国内のメーカーにも量産体制に入るように指示しているので、もう少しの間の我慢だ」
 何の問題もないと言わんばかりの楽観視した表情で答えた。
「その件なのですが、半導体の簡単な製造工程を申し上げても、フォトマスク製造などの設計、ウェハ上に電子回路を形成する前工程、ウェハから半導体を切り分ける後工程に分類され、材料であるシリコンから最終製品である半導体チップまで400~600の工程が必要となります。現在はその殆どが、米国とイギリス、そして台湾の企業で独占されていて、今では韓国にも抜かれている状態で、今更増産しろと言われてもすぐにできるものではありません」
 抗議の意味を込めて言葉を選んだ。
「確かに、政府も開発費等で予算も付けなかったし、外国から買った方が安かったからな。しかし、一時期は、日本がトップクラスだった時もあるんだから、フル稼働すれば問題ないんじゃないのか」
 他にどんな理由があるのか少しうっとおしくなっていた。
「お言葉ですが、需要が高まった家電などに使用される半導体は、最先端の半導体が製造されている工場ではなく、一世代前の工場で生産されていました。しかし、そういった工場は老朽化が進んでいた為、当社を含め多くの半導体メーカーがコストカットを目的しとて、先生の言われるように海外の業者に頼ることになってしまった。そんな中、国の方針によりソーラーパネル等の需要が拡大し、海外のメーカーが大量の注文に対応できなくなってしまったのです。発注から納入までのリードタイムは半年以上掛かり、今新しく半導体の工場を作るとしても、広大な敷地の確保、建屋を作って製造装置を購入・配置して稼働を始めるまでには、最低1年半以上は必要なんです」
 大臣に向かって自分の意見を述べるには、それ相応の覚悟が感じられた。
「政府に対して物申したい気持ちはよく分かるが、大企業のそんな泣き言を聞きたくはありませんね」
「そうは言われましても、大臣のご意見で再生可能エネルギー、特に太陽光エネルギーに政府が力を入れ、二酸化炭素排出抑制事業費の補助金にも、多額の予算を付ける方針だとお聞きして、特に太陽光パネルの製造設置にと巨額の資金を投資したのです。このまま稼働の目処が立たないと、大きな損失を出すことになります。それは9桁や10桁では済みません」
 最後は悔しさもあり強い口調となった。
「まぁ、風向きは時々変わるからね」
「いえ、EUは再生可能エネルギーから原子力へと舵を切っています。いつ政府がそれに追随するのか分かりません。投資した資金は無駄になりかねません」
「それは大丈夫だよ。環境省の辻大臣とも親しくさせてもらっているから、予算を削られることは絶対にない。本当に、もう少しの我慢ですよ。追加融資が必要なら、メインバンクの愛知中央銀行に話を通しておくよ」
「大臣、借りたものは返さなくてはなりません。訴訟の件もありますが、来月にはその案件に関して数十億の支払いも生じます。見通しが立たない事業に、それだけの投資が必要なのかと幹部の中でも異論を唱える人間も出てきました」
「それで、私にどうしろと言われるのですか」
「大臣の奥さんと息子さんが経営される会社に融資した、50億を一時返却して頂ければと思い、こうして伺わさせていただきました」
 音無が頭を下げた。
「そうですか、50億を戻せと言われるのですね」
 苦虫を噛み潰した表情で音無を睨み付けた。
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