Assassin

碧 春海

文字の大きさ
17 / 17

エピローグ

しおりを挟む
 ある日の夕刻、名古屋市中区にあるゼア・イズでは、糸川美紀が所長の麗子から預かった書類を携えて、暗くなってきた外の景色を何となく眺めていた。そして、その瞳は遠くから店に向かって来る男性の姿を捉えていた。
「ごめん、待ったよね」
 美紀の前に腰を下ろすと、テーブルのコップの水が殆んど無くなっているのに気づき、そのコップを手にして立ち上がり水を継ぎ足して、自分の分の水を持って戻ってきた。
「それにしても、随分待たせてくれたよね」
 美紀は店には不釣り合いのピンク色のキティーちゃんの掛け時計を指差した。
「ごめん、ちょっと回り道をしていたら思ったより時間が掛かってしまって」
 ポケットから取り出した皺くちゃなハンカチーフで額の汗を拭いた。
「優作に渡して欲しいと大神さんが持ってきた書類なんだけど、なぜ私が渡すことになっちゃったのかなぁ。大神さんが直接会って渡せばいいし、麗子先生だってまだ優作と一緒に住んでいるでしょ」
 美紀は頭を傾げた。
「色々と深ーい事情があるってことじゃないのかな」
 惚けて視線を外した。
「ひょっとすると優作って皆に嫌われているんじゃないの。大神さん以外に友達は居ないようだし、麗子先生には迷惑ばかり掛けているからね。胸に手を当ててよく考えてみたら」
 カバンから書類を取り出して朝比奈を睨んだ。
「そんなに迷惑を掛けた覚えもないし、嫌われる事なんてしてないよ」
 書類を受け取ると、実際に左の胸に右手を当てた。
「あのね、優作から直接話してもらえると思ってたけど、私全部知っているんだよ。パーティーの席で経済産業大臣と昭和製薬の社長に、とんでもない暴言を吐いたんだってね。一般常識では全く理解できないことをしたんだよ。そんな自覚もないんでしょうか」
 呆れ顔で詰め寄った。
「えっ、間違いを起こしている人間に、その事実を丁寧に分かりやすく伝えようとしただけで、それは国を代表しての大臣でも大会社の社長でも関係ないだろ」
 そう言いながら封筒から書類を取り出した。
「はい、はい、分かりました。でも、優作の常識は世間一般の非常識なんだから、余りでしゃばって家族や警察に迷惑を掛けないようにしなさいよ」
 腕を組んで朝比奈を責めた。
「何だか美紀って姉さんに似てきたよな。1人だけでも大変なのに、その分身がもう1人現れたらこちらこそ迷惑な話だよ。それに、大神には嫌われるどころか、事件を解決してやったんだから感謝して欲しいくらいだよ。昭和製薬の社長だって、もう少しで赤の他人に社長の地位も財産も持っていかれ、川瀬刑事や優子さんにも渡らなくなっていたかもしれないんだぞ」
 反対に胸を張った。
「それは結果論。たまたま上手くいっただけなんでしょ」
 首を左右に振って否定した。
「はい、分かりました。気をつけます」
 書類に目を通し終えて答えた。
「全然反省してないでしょ」
 その言葉を信用できなかった。
「そもそも、いつものことだけど、事件の方から解決してくださいと近寄ってくるんだから仕方ないんだよ。それに、因果応報、悪いことをした奴はそれに相応しい罰を受けさせてやらなきゃね」
 そう言って見終えた書類を美紀に見せた。
「えっ、大臣と昭和製薬の部長が殺人教唆で逮捕された。辞職した大臣は、贈収賄や脱税についても捜査されているってこと。まさか、優作が解決したのがこの事件なの」
 書類の内容を見て流石に驚いた。
「まぁ、優秀な刑事さんがそれぞれしっかりと調書を取り、地道な裏付け捜査をしたお陰なんだけどね。でも、それも俺の力があってのことだからな」
 気まずそうな大神の顔が浮かんだ。
「でも・・・・・」
「あっ、そうだ、今日の夕飯は俺の奢りだから好きなものを頼んでいいぞ。お勧めはとろとろ卵のオムライス」
 困惑している美紀の前に一応メニューを広げた。
「何でもいいって言って、結局オムライスに決まっているのね」
 メニューを閉じるとマスターに向かって手を挙げ、オムライスを2つ頼んだ。
「べっ、別に他の物を頼んでもいいよ」
 もう一度メニューを広げた。
「別にいいわよ、優作のお勧めなら間違いないからね。それよりも、回り道ってどこに行っていたの」
 さっきの優作の言葉が気になっていた。
「それは、今日は自宅から東の方角に進むと運が良く、反対に西が最悪なんだ。だから、東に位置する瀬戸市の深川神社でお参りし身を清めてから、長久手市を迂回してここに来たってこと。この店は、自宅から西にあるからヤバイんだよ」
 当然のことのように話した。
「だったら、そもそもこの店じゃなくて、優作の自宅から東にある店を選べばよかったんじゃないの。でも、事件にかまけてバイトも休み、金欠病で『つけ』がきくこの店しかなかったってことじゃないの」
 朝比奈の気持ちを察して答えた。
「確かに、金欠病っていうのは間違いないけど、今回は美紀にプレゼントをする為に仕方なかったんだ。はい、前後賞合わせて5億円の初夢ジャンボ宝くじ。今日は、俺も美紀も金運がとても高い日なんだ。税金が掛からなくて、まるまる5億円がもらえるんだぞ」
 既に当選したことを夢描いていた。
「あのね、当選金に税金が掛からないのは、そもそも購入時に税金が掛かっているからなのよ。それに、宝くじの当選確率は、鳥取砂丘で落としたパールのピアスを探すみたいなものよ」
 残念そうに肩を落とした。
「でも、俺、ロトで当たったことあるよ」
 反発して言い返した。
「そうね、その当選金で婚約指輪を買ってあげたんだったよね」
 朝比奈に顔を近づけた。
「まぁ、いろいろ事情がありまして」
 初夢ジャンボ宝くじで防御した。
「そもそも、その運勢は当たるのでしょうか『サニー優さん』。この初夢ジャンボ宝くじもお詫びの印なんでしょ」
 その初夢ジャンボを掴み取った。
「えっ、バレてた」
 流石に肩を落とした。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

raku
2022.06.28 raku

よく調べ上げて書かれている作品ですね

解除
raku
2022.06.24 raku

やっと 登録ができました。
尾張旭市や 喫茶店がでてきますね
風景を連想して楽しく読めます
小説書かれるのは構想とか組まないといけないので すごいですね
ご連絡いただきまして ありがとうございました

2022.07.02 碧 春海

感想ありがとうございます。この作品は『一樹の陰』とリンクしていますので、そちらの作品も読んで頂ければ幸いです。但し、そちらの作品は大神が主役で朝比奈は出場しません。後少しで完結ですので頑張りまーす。

解除

あなたにおすすめの小説

その人事には理由がある

凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。 そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。 社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。 そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。 その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!? しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。