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十二章
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翌日、朝比奈は内田秀夫の告別式に出席していた。妻である、内田久美子の状態は肉体的にも精神的にも疲れ果てて、触れれば壊れてしまいそうなそんな弱々しい状態で、それでも会葬者の1人1人に会釈をしていた。いつもは明るい友紀も初めて見る暗い表情で母の隣で同じように会釈をしていた。
会社関係者は少なく、直ぐに一般の焼香が始まり、朝比奈もその列の中に入り順番を待った。祭壇の中央には内田秀夫の遺影が飾られ、朝比奈はそれに向かって合掌した。無念だったであろう。その遺恨を晴らす為にもきっと犯人を見付け出します。直接会ったことはなかったけれど、内田秀夫の遺影にそう誓った。
喪主である久美子婦人のお礼の言葉は、事件のことを詳しく知らない会葬者の心を打つものであり、ほんの数日の間に2度の通夜と告別式を行わなければならなかった家族の不幸を悲しみ、すすり泣く声も聞かれた。ただ、その中に国友鉄男の姿がないことに不安を感じていた。朝比奈は、内田秀夫と家族を乗せた霊柩車を見送った後、一旦自宅に帰って着替えを済ませ、連絡の取れない鉄男が宿泊しているホテルに向かった。
車を指定の駐車場に止めるとフロントへと急ぎ、鉄男の所在を確認してもらったが、3日前に外出して以来ホテルには帰っていないとのことだった。勿論、朝比奈のメッセージもそのまま残されていた。
(一体何処へ行ったのだろう)
朝比奈の不安な気持ちは更に大きくなっていった。ホテルには帰っていないし、会社にも出社している形跡はない。仕方なく朝比奈は、借りていたリストを返す為に名古屋ニューグランドホテルへ向かうことにした。
「まひろさん、これ助かったよ」
白犬ヤマタの宅配便の受付に居た井上にリストを返した。
「返品があった品物は、宛名も住所も電話番号も全部出鱈目で、勿論依頼人も存在しない人物でした。でも、配達料金を払って、なぜそんな意味の解んないことをしたのでしょう」
事件の関係性を知らない井上は、リストを受け取り頭を捻った。
「そうだねー。ところで、返品された品物はまだ残されているんだろ」
証拠を残さないとの一般的な常識はあるようだけど。
「一週間はこちらの事務所で預かっていますが、これってあの殺人事件に関係しているのですか」
朝比奈がリストや現物に拘ることに興味を示した。
「それではちょっとお邪魔しますよ」
井上の質問をスルーして事務所の奥へと足を進めた。
「この包装紙の品物です。多分、引き出物の品だと思います」
井上は棚から品物を取り出した。
「予想どおり、国友家内田家の披露宴の引出物だったんだな」
朝比奈は包装紙を剥がし始めた。
「ちょっと、朝比奈さん何をするのですか」
井上は慌てて手を抑えようとした。
「大丈夫だよ、引取りにくる人間なんて誰もいないよ」
その手を制して箱の中に収められていたペアのグラスを取り出した。
「綺麗なグラスですね。でも、大きさがちょっと違うんですね」
納得して朝比奈が両手にしたグラスを見た。
「ヴェラ・ウォンのクリスタルシークインペアグラスだね。形からすると主にビールを飲む為のビアグラスなんだろうね」
デザインを確認していた。
「えっ、朝比奈さん、詳しいんですね」
朝比奈の言葉に驚いていた。
「ああっ、栄のカフェバーでも働いているからね」
丁寧に箱に収めた。
「あの、値段としてはどれくらいするものなのですか」
箱に収められたグラスを見て尋ねた。
「そうですね。このクラスであれば、ペアで1万5千円から2万円位かな。でも、オーダーメードなら3万円はするだろうな」
今度は包装紙に目を向けた。
「えっ、1個で1万5千円もするんですか」
今度は井上がグラスを手に取った。
「愛知グループの息子が結婚するのだから、引き出物としては妥当なんだろうな。僕は既にもらっているので、気に入ったのなら持って帰ったら」
今度は紙袋に貼られていた伝票を剥がそうとした。
「ちょっと、朝比奈さん、伝票を剥がすのは不味いですよ」
井上は慌てて今度は朝比奈の手をしっかりと掴んだ。
「大丈夫、大丈夫」
朝比奈はゆっくりと井上の手を外した。
「そんな誰が書いたのかも分からない伝票を持って行って何をするつもりですか」
朝比奈の行動が全く理解できなかった。
「警察に持って行かれて有耶無耶にされても困るからね。この荷物の受付を担当したのは井上さんではなかったみたいだけど、石川主任と佐藤さんのどちらが担当したのかな」
伝票をポケットにハンカチを使って丁寧に入れて話を変えた。
「私も気になって調べたのですが、担当していたのは今日は来ていない佐藤さんでした。でも、本当に忙しくって、男性だったことくらいで皆んな同じような正装でしたので、特徴的などははっきりと覚えていないようです」
気を利かして話を聞いておいてくれたようだ。
「伝票に記入されていれば、手続きに時間はかからないだろうからな」
朝比奈は事務所を出て天井や壁を再度確認して防犯カメラの位置を確認したが、残念ながら受付を映すカメラは見当たらなかった。
「その人物がどうかしたんですか。まさか、あの時の事件に何か関係しているのですか」
朝比奈の動作を気にして再度尋ねた。
「いや、ちょっと気になっただけだよ。主任には内緒にしておいてくれると助かる。じゃぁね」
朝比奈は白犬ヤマタの受付を慌てて離れると、内田友美が利用したと思われる非常階段を確認しようと、エレベーターへと向かう途中で顔見知りのカップルに出会った。
「あっ、橋下だよな」
朝比奈は、カップルの男性に声を掛けた。
「ああっ、朝比奈か」
声を掛けられて驚いていた。
「えっと、隣のお嬢さんは」
視線を隣の女性に移した。
「婚約者の国友沙織さんだ」
言葉に合わせてお辞儀をした。
「ああ、国友といえば、確か鉄男の結婚式に新郎側の席に座っていらした。鉄男には妹は居なかったはずですが」
左の顳かみを叩いた。
「従兄妹です」
橋下の顔を一度見てから沙織が答えた。
「今日は結婚式の打ち合わせの為に来たんだが、お前はここで何をしてるんだ」
橋下が尋ね返した。
「そこにある白犬ヤマタで働いているんだ」
受付場所を指差した。
「えっ、確か、大手薬品会社に就職したんだったよな。白犬ヤマタに転職したのか」
大手薬品会社からの宅配業者への余にも違う業種への転職に流石に驚いていた。
「いや、就職している訳じゃなく、受付のアルバイト要員なんだ。確か、橋下は東海カトリック大学の法学部を卒業して法律事務所に就職したんだよな。弁護士になったのか」
反対に聞き返した。
「以前勤めていた事務所には在籍しているんだけど、今はアメリカの大学に留学して卒業後は、ニューヨーク州で弁護士資格を取って経験を積んで、日本に戻ってくる予定だ」
朝比奈の視線を外して答えた。
「そう言えば、鉄男の結婚式の友人席に橋下は居なかったよな。日本に居なかったから呼ばれなかったんだ」
「いや、3週間程前から戻っていたけど、招待状は届いていなかったみたいだ」
「日本に居てもきっと招待はされなかっただろうな。クラスも違ったし、ラグビー部では仲が悪かったからな」
彼女が居るというのに空気が読めない朝比奈だった。
「お前と仲が良かった大神だって呼ばれてなかっただろう」
向きになって言い返した。
「ああ、確かにな。でも、あいつは行方不明だから。でも、どうしてそんなこと知ってるんだ」
「挙式後に友人から聞いたんだ。それで、こんな時間に何の用事だったんだ」
婚約者の沙織のことを気にしながら話題を変えた。
「挙式に参列された沙織さんも引き出物としていただいたと思いますが、ヴェラ・ウォンのクリスタルシークインペアグラスが、何故か宛名先不明で戻ってきたみたいで、ちょっとその確認でね。流石、天下の国友家ですね、とても素敵なグラスでした」
「あっ、悪い、約束の時間なんだ」
そう言い残して、橋下は沙織の肩を抱いてエレベーターへと向かった。朝比奈は、非常階段を確認するつもりだったが、同じ方向に足を進めるのも気まずくて、スマホを取り出すと中央署の近くにある朝比奈がバイトをしている『ゼア・イズ』で、沖田に会うことにした。朝比奈が着いて少しすると、沖田が扉を開けて店に入ってきた。
「呼び出して申し訳ありません。早速ですが事件の進展はどうなっているでしょう」
席に着いたそうそうに朝比奈が尋ね、手を挙げてマスターにコーヒーを2つ頼んだ。
「これといって目新しい情報はありませんが、内田秀夫さんの自殺については、もう一度他殺の線も考慮して再捜査することになりました。これは、朝比奈さんの指摘のお陰です。本当にありがとうございます」
沖田は素直に頭を下げた。
「いいえ、とんでもない。沖田さんを含め警察の方々の努力のたわものです」
「本当にそう思っていますか」
沖田は疑いの眼差しで朝比奈を見た。
「流石一課の刑事さんですね。でも、少なくとも沖田さんは信用していますよ」
朝比奈は運ばれて来たコーヒーカップを手に取り口へと運んだ。
「日本の治安を守っている警察を、そんな軽視する発言をするとお父様にも叱られますよ」
沖田もコーヒーを口に含んだ。
「もう何度も叱られていますよ。それで、お願いしていた出席者名簿は手に入りましたか」
朝比奈は話題を変えて尋ねた。
「はい、あのテーブルの参列者は、名簿によりますと、大島県知事、橋下潤一と岸本拓也の国会議員に加藤雅史と飯島政信の県会議員。そして、商工会議所の理事である西島一郎の6人です」
背広のポケットから手帳を取り出して読み上げた。
「想像たるメンバーですね。でも、名古屋市長は居ませんね。あっ、そうか、大島知事とは仲が悪かったんですよね。そのメンバーの中で身長が僕くらいの人は居たんですか」
違うテーブルではあったが、友人代表でのスピーチのことを思い出そうとしていた。
「まだ確認していませんが、年配の方ばかりですので180cmを超える方は居ないと思います。ですから、朝比奈さんの推理からすると、この6名は犯人に該当しないことになります。それに、皆さん地位のある方ばかりです」
朝比奈の推理に疑問を持っていた。
「確かに皆さん苦労され努力され得られたもので、多くの人たちに選ばれたことは尊重しますが、それだって永遠のものではないし肩書きを外せばただのおじさんですよね。人格が備わっていなければ、ただの看板でしかありませんから、その看板だけで判断するのはどうかと思いますよ。それで、この6人は、披露宴が終わるまでずっと会場に居らしたのでしょうか」
皇室の天皇になろうかという人物でさえ、1人の人間と言っているくらいである。そんな地位や役職なんて何にもならないと普段から思っていた。
「そう指摘されると思いまして確認しました。最後まで残っていたのは、県会議員の2名と商工会議所の理事長だけです」
「後の3人は席を外していた。でも、身長は180cm以上はないのですよね。大島知事に橋下国会議員と岸本国会議員・・・・・・あっ、確か、橋下議員は尾張旭市で初めての国会議員ですよね」
左の顳かみを叩いた。
「はいそうです。今回の内閣改造では、新世界協会の問題で辞任した新田国交副大臣に代わって抜擢されました」
朝比奈の仕草を気にしながら答えた。
「沖田さん、もう1つお願いがあるのです」
「えっ、また宿題ですか」
また面倒な捜査を押し付けられるようで、少し身を引いた。
「何度もすいません。でも、これはとても重要なことで、沖田さんしか頼めないのですよ」
お願いの眼差しで沖田を見た。
「何ですか」
それでも、朝比奈が調べられないことに興味があった。
「実は、国友鉄男さんと3日前から連絡が取れないのです。スマホの電源は切られているようで、メッセージを送っても帰ってこないし、滞在しているはずのホテルにも帰ってきていないようなんです。心配で、会社にも連絡をしたのですが、取り次いでももらえなかったたし、今のところ消息が分からないのです。家族は、身を潜めるように用意したのでしょうが、流石に3日も戻っていないのはおかしいと思います」
朝比奈は姉の事務所の名刺を取り出し、裏に宿泊先のホテルの名前と住所と記入して沖田に渡した。
「そうでしたか。それはちょっと気になりますね。捜索願の件も含め、1度家族に当たって見ます」
そう言うと、コーヒーを飲み干し500円玉をテーブルに置いて慌てて店を出ていった。
会社関係者は少なく、直ぐに一般の焼香が始まり、朝比奈もその列の中に入り順番を待った。祭壇の中央には内田秀夫の遺影が飾られ、朝比奈はそれに向かって合掌した。無念だったであろう。その遺恨を晴らす為にもきっと犯人を見付け出します。直接会ったことはなかったけれど、内田秀夫の遺影にそう誓った。
喪主である久美子婦人のお礼の言葉は、事件のことを詳しく知らない会葬者の心を打つものであり、ほんの数日の間に2度の通夜と告別式を行わなければならなかった家族の不幸を悲しみ、すすり泣く声も聞かれた。ただ、その中に国友鉄男の姿がないことに不安を感じていた。朝比奈は、内田秀夫と家族を乗せた霊柩車を見送った後、一旦自宅に帰って着替えを済ませ、連絡の取れない鉄男が宿泊しているホテルに向かった。
車を指定の駐車場に止めるとフロントへと急ぎ、鉄男の所在を確認してもらったが、3日前に外出して以来ホテルには帰っていないとのことだった。勿論、朝比奈のメッセージもそのまま残されていた。
(一体何処へ行ったのだろう)
朝比奈の不安な気持ちは更に大きくなっていった。ホテルには帰っていないし、会社にも出社している形跡はない。仕方なく朝比奈は、借りていたリストを返す為に名古屋ニューグランドホテルへ向かうことにした。
「まひろさん、これ助かったよ」
白犬ヤマタの宅配便の受付に居た井上にリストを返した。
「返品があった品物は、宛名も住所も電話番号も全部出鱈目で、勿論依頼人も存在しない人物でした。でも、配達料金を払って、なぜそんな意味の解んないことをしたのでしょう」
事件の関係性を知らない井上は、リストを受け取り頭を捻った。
「そうだねー。ところで、返品された品物はまだ残されているんだろ」
証拠を残さないとの一般的な常識はあるようだけど。
「一週間はこちらの事務所で預かっていますが、これってあの殺人事件に関係しているのですか」
朝比奈がリストや現物に拘ることに興味を示した。
「それではちょっとお邪魔しますよ」
井上の質問をスルーして事務所の奥へと足を進めた。
「この包装紙の品物です。多分、引き出物の品だと思います」
井上は棚から品物を取り出した。
「予想どおり、国友家内田家の披露宴の引出物だったんだな」
朝比奈は包装紙を剥がし始めた。
「ちょっと、朝比奈さん何をするのですか」
井上は慌てて手を抑えようとした。
「大丈夫だよ、引取りにくる人間なんて誰もいないよ」
その手を制して箱の中に収められていたペアのグラスを取り出した。
「綺麗なグラスですね。でも、大きさがちょっと違うんですね」
納得して朝比奈が両手にしたグラスを見た。
「ヴェラ・ウォンのクリスタルシークインペアグラスだね。形からすると主にビールを飲む為のビアグラスなんだろうね」
デザインを確認していた。
「えっ、朝比奈さん、詳しいんですね」
朝比奈の言葉に驚いていた。
「ああっ、栄のカフェバーでも働いているからね」
丁寧に箱に収めた。
「あの、値段としてはどれくらいするものなのですか」
箱に収められたグラスを見て尋ねた。
「そうですね。このクラスであれば、ペアで1万5千円から2万円位かな。でも、オーダーメードなら3万円はするだろうな」
今度は包装紙に目を向けた。
「えっ、1個で1万5千円もするんですか」
今度は井上がグラスを手に取った。
「愛知グループの息子が結婚するのだから、引き出物としては妥当なんだろうな。僕は既にもらっているので、気に入ったのなら持って帰ったら」
今度は紙袋に貼られていた伝票を剥がそうとした。
「ちょっと、朝比奈さん、伝票を剥がすのは不味いですよ」
井上は慌てて今度は朝比奈の手をしっかりと掴んだ。
「大丈夫、大丈夫」
朝比奈はゆっくりと井上の手を外した。
「そんな誰が書いたのかも分からない伝票を持って行って何をするつもりですか」
朝比奈の行動が全く理解できなかった。
「警察に持って行かれて有耶無耶にされても困るからね。この荷物の受付を担当したのは井上さんではなかったみたいだけど、石川主任と佐藤さんのどちらが担当したのかな」
伝票をポケットにハンカチを使って丁寧に入れて話を変えた。
「私も気になって調べたのですが、担当していたのは今日は来ていない佐藤さんでした。でも、本当に忙しくって、男性だったことくらいで皆んな同じような正装でしたので、特徴的などははっきりと覚えていないようです」
気を利かして話を聞いておいてくれたようだ。
「伝票に記入されていれば、手続きに時間はかからないだろうからな」
朝比奈は事務所を出て天井や壁を再度確認して防犯カメラの位置を確認したが、残念ながら受付を映すカメラは見当たらなかった。
「その人物がどうかしたんですか。まさか、あの時の事件に何か関係しているのですか」
朝比奈の動作を気にして再度尋ねた。
「いや、ちょっと気になっただけだよ。主任には内緒にしておいてくれると助かる。じゃぁね」
朝比奈は白犬ヤマタの受付を慌てて離れると、内田友美が利用したと思われる非常階段を確認しようと、エレベーターへと向かう途中で顔見知りのカップルに出会った。
「あっ、橋下だよな」
朝比奈は、カップルの男性に声を掛けた。
「ああっ、朝比奈か」
声を掛けられて驚いていた。
「えっと、隣のお嬢さんは」
視線を隣の女性に移した。
「婚約者の国友沙織さんだ」
言葉に合わせてお辞儀をした。
「ああ、国友といえば、確か鉄男の結婚式に新郎側の席に座っていらした。鉄男には妹は居なかったはずですが」
左の顳かみを叩いた。
「従兄妹です」
橋下の顔を一度見てから沙織が答えた。
「今日は結婚式の打ち合わせの為に来たんだが、お前はここで何をしてるんだ」
橋下が尋ね返した。
「そこにある白犬ヤマタで働いているんだ」
受付場所を指差した。
「えっ、確か、大手薬品会社に就職したんだったよな。白犬ヤマタに転職したのか」
大手薬品会社からの宅配業者への余にも違う業種への転職に流石に驚いていた。
「いや、就職している訳じゃなく、受付のアルバイト要員なんだ。確か、橋下は東海カトリック大学の法学部を卒業して法律事務所に就職したんだよな。弁護士になったのか」
反対に聞き返した。
「以前勤めていた事務所には在籍しているんだけど、今はアメリカの大学に留学して卒業後は、ニューヨーク州で弁護士資格を取って経験を積んで、日本に戻ってくる予定だ」
朝比奈の視線を外して答えた。
「そう言えば、鉄男の結婚式の友人席に橋下は居なかったよな。日本に居なかったから呼ばれなかったんだ」
「いや、3週間程前から戻っていたけど、招待状は届いていなかったみたいだ」
「日本に居てもきっと招待はされなかっただろうな。クラスも違ったし、ラグビー部では仲が悪かったからな」
彼女が居るというのに空気が読めない朝比奈だった。
「お前と仲が良かった大神だって呼ばれてなかっただろう」
向きになって言い返した。
「ああ、確かにな。でも、あいつは行方不明だから。でも、どうしてそんなこと知ってるんだ」
「挙式後に友人から聞いたんだ。それで、こんな時間に何の用事だったんだ」
婚約者の沙織のことを気にしながら話題を変えた。
「挙式に参列された沙織さんも引き出物としていただいたと思いますが、ヴェラ・ウォンのクリスタルシークインペアグラスが、何故か宛名先不明で戻ってきたみたいで、ちょっとその確認でね。流石、天下の国友家ですね、とても素敵なグラスでした」
「あっ、悪い、約束の時間なんだ」
そう言い残して、橋下は沙織の肩を抱いてエレベーターへと向かった。朝比奈は、非常階段を確認するつもりだったが、同じ方向に足を進めるのも気まずくて、スマホを取り出すと中央署の近くにある朝比奈がバイトをしている『ゼア・イズ』で、沖田に会うことにした。朝比奈が着いて少しすると、沖田が扉を開けて店に入ってきた。
「呼び出して申し訳ありません。早速ですが事件の進展はどうなっているでしょう」
席に着いたそうそうに朝比奈が尋ね、手を挙げてマスターにコーヒーを2つ頼んだ。
「これといって目新しい情報はありませんが、内田秀夫さんの自殺については、もう一度他殺の線も考慮して再捜査することになりました。これは、朝比奈さんの指摘のお陰です。本当にありがとうございます」
沖田は素直に頭を下げた。
「いいえ、とんでもない。沖田さんを含め警察の方々の努力のたわものです」
「本当にそう思っていますか」
沖田は疑いの眼差しで朝比奈を見た。
「流石一課の刑事さんですね。でも、少なくとも沖田さんは信用していますよ」
朝比奈は運ばれて来たコーヒーカップを手に取り口へと運んだ。
「日本の治安を守っている警察を、そんな軽視する発言をするとお父様にも叱られますよ」
沖田もコーヒーを口に含んだ。
「もう何度も叱られていますよ。それで、お願いしていた出席者名簿は手に入りましたか」
朝比奈は話題を変えて尋ねた。
「はい、あのテーブルの参列者は、名簿によりますと、大島県知事、橋下潤一と岸本拓也の国会議員に加藤雅史と飯島政信の県会議員。そして、商工会議所の理事である西島一郎の6人です」
背広のポケットから手帳を取り出して読み上げた。
「想像たるメンバーですね。でも、名古屋市長は居ませんね。あっ、そうか、大島知事とは仲が悪かったんですよね。そのメンバーの中で身長が僕くらいの人は居たんですか」
違うテーブルではあったが、友人代表でのスピーチのことを思い出そうとしていた。
「まだ確認していませんが、年配の方ばかりですので180cmを超える方は居ないと思います。ですから、朝比奈さんの推理からすると、この6名は犯人に該当しないことになります。それに、皆さん地位のある方ばかりです」
朝比奈の推理に疑問を持っていた。
「確かに皆さん苦労され努力され得られたもので、多くの人たちに選ばれたことは尊重しますが、それだって永遠のものではないし肩書きを外せばただのおじさんですよね。人格が備わっていなければ、ただの看板でしかありませんから、その看板だけで判断するのはどうかと思いますよ。それで、この6人は、披露宴が終わるまでずっと会場に居らしたのでしょうか」
皇室の天皇になろうかという人物でさえ、1人の人間と言っているくらいである。そんな地位や役職なんて何にもならないと普段から思っていた。
「そう指摘されると思いまして確認しました。最後まで残っていたのは、県会議員の2名と商工会議所の理事長だけです」
「後の3人は席を外していた。でも、身長は180cm以上はないのですよね。大島知事に橋下国会議員と岸本国会議員・・・・・・あっ、確か、橋下議員は尾張旭市で初めての国会議員ですよね」
左の顳かみを叩いた。
「はいそうです。今回の内閣改造では、新世界協会の問題で辞任した新田国交副大臣に代わって抜擢されました」
朝比奈の仕草を気にしながら答えた。
「沖田さん、もう1つお願いがあるのです」
「えっ、また宿題ですか」
また面倒な捜査を押し付けられるようで、少し身を引いた。
「何度もすいません。でも、これはとても重要なことで、沖田さんしか頼めないのですよ」
お願いの眼差しで沖田を見た。
「何ですか」
それでも、朝比奈が調べられないことに興味があった。
「実は、国友鉄男さんと3日前から連絡が取れないのです。スマホの電源は切られているようで、メッセージを送っても帰ってこないし、滞在しているはずのホテルにも帰ってきていないようなんです。心配で、会社にも連絡をしたのですが、取り次いでももらえなかったたし、今のところ消息が分からないのです。家族は、身を潜めるように用意したのでしょうが、流石に3日も戻っていないのはおかしいと思います」
朝比奈は姉の事務所の名刺を取り出し、裏に宿泊先のホテルの名前と住所と記入して沖田に渡した。
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