2つの糸

碧 春海

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エピローグ

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 朝比奈は内田家へと車を走らせた。昨日の話に納得ができなかった友紀が、朝比奈の本当の考え・気持ちを聞きたくて、夕食をご馳走する名目で招待されていたのだった。朝比奈の事件捜査に対してのお礼を兼ねてのものであり、友紀の母親に直接事件の内容を話したいと考えていたので、快くお誘いを受けることにした。
(友紀さんはきっと怒っているんだろうな)
 そう思い友紀と会うことを想像すると、流石に気が重かった。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
 朝比奈は、玄関先で友紀の母親に頭を下げた。
「この度は、色々とお世話になり本当にありがとうございました。友紀から事件についてのお話は聞いております。どんな結果であろうと、朝比奈さんが一生懸命調べていただいたことを、友美はきっと感謝していると思います。こんなことでお礼にもなりませんが、一緒に食事をして友美を弔ってやりたいと思います」
 母親は朝比奈を招き入れてキッチンへと案内した。テーブルの上には既に3人分の料理が用意されていた。ぶり大根・筑前煮・だし巻き卵・ほうれん草のおひたし・豚の角煮・ちらし寿司が並び、朝比奈と友紀が席に着くと母親がしじみ汁を持って現れそれぞれのテーブルに置いた。その品々は全て朝比奈の好物であったが、暫く口にしていないものでもあった。
「こんな家庭料理で口に合わないかもしれませんが、よければ召し上がってください」
 母親も席に着き声を掛けた。
「それでは早速いただきます」
 朝比奈は両手を合わせ、色々な料理に箸を付けた。一つ一つの料理はそれぞれ味を主張し、本当に美味しくこれこそがおふくろの味だと感激していた。友紀と母親は箸の進み具合と、その表情を見て微笑んでいた。
「お母さんは、昨日橋下家で僕が捜査した結論を、友紀さんからお聞きになってどう思われましたか」
 朝比奈は箸を止めて2人の顔を見た。
「主人が友美を殺害したという罪については、誤解を朝比奈さんが解いていただいたことには感謝しています。ただ、主人でなかったことは救いですが、その犯人が鉄男さんだったことには複雑な気持ちで、まだ心の整理ができていません」
 複雑な心境に言葉を選んで答えた。
「昨日、橋下副大臣や友紀さんに話した事件の内容や方法については、間違ってはいませんでした。ただ、昨日の帰り道でもよかったのですが、そんな雰囲気ではなかったものですから、まだ友紀さんに伝えていなかったことがあったのです。後で警察に提出する証拠品にもなりますので、よく聞いてください」
 朝比奈は、ポケットからボイスレコーダを取り出して再生ボタンを押すと、先程の朝比奈と橋下親子の会話が流れてきた。
「えっ、国友さんが犯人じゃなかったんですか。昨日は朝比奈さんの演技、私も騙していたのですね」
 再生の途中で友紀が大きな声を出して口を尖らせた。
「すいません。昨日の時点ではまだ決定的な証拠はなくて、その証拠を発見する為に一芝居打ったって訳でして、友紀さんを騙せたってことは結構いけてたってことですかね」
 微笑みで返した。
「犯人の橋下徹也って奴とお姉ちゃんはどんな関係だったのですか」
 許せない気持ちでいっぱいだった。
「橋下経済産業副大臣の次男坊で、鉄男や僕の高校時代の同級生でラグビー部の部員だった人物です」
「ラグビー部ならお姉ちゃんも知っていたはずですよね」
 意外な言葉に驚いた。
「実は、2年生の秋の試合で鉄男が怪我をした原因を作ったのがその橋下で、周りの目もあって3年生になる前に部を辞めたので、翌年に入学した友美さんは徹也のことを知らなかったのだと思います。でも、徹也はラグビー部のマドンナ的存在だった友美さんのことは知っていて、ストーカーみたいに一方的に思っていたのかもしれませんね」
 最後まで録音を聞かせ、3年前の事件についても理解してもらった。
「でも、1つ分からないことがあります。お姉ちゃんが残した『アサヒナフ』はどんな意味があったのですか」
 聞き終えてどうしても重要な疑惑が浮かび上がってきた。
「これは僕の想像なのですが、今も話したようにお姉さんは自分を襲った犯人の顔を忘れることはできなかったけれど、その人物が橋下徹也だとは知らなかったと思います。しかし、披露宴でのテーブルで国会議員の代わりに出席していたことを知り、最後の命を振り絞って『アサヒノコッカイギイン』と残すつもりだったのかもしれません。ただ、その途中で命が絶えて『アサヒナフ』と残すだけとなってしまったのでしょう」
 朝比奈は用意してもらった夕食をすべて食べ終え両手を合わせた。
「でも、今こうして録音データを聞かせてもらわなければ、今までお姉ちゃんを殺害した犯人が国友さんだと思っていて、本当にショックだったんですよ。もし、犯人の橋下徹也が父親の代わりに披露宴に出ていなければ、いえ元を辿れば電波障害がなければ、お姉ちゃんは死なずに済んだのですね」
 悲しそうに友紀も箸を置いた。
「運命は時に悲しみを運んでも来ますね。残念です」
 朝比奈はそれでも、明るい笑顔の友美を思い出そうとしていた。
「あっ、そうだ。朝比奈さんに渡すものがあります」
 友紀が思い出したように両手を叩いた。
「えっ、何ですか」
「ちょっと待っていてください」
 友紀は立ち上がって自分の部屋に向かった。
「えっ、これは手編みのマフラーですか」
 戻ってきた友紀から紺色のマフラーを手渡された。
「お姉ちゃんの部屋を片付けていた時に発見しました。高校時代に朝比奈さんに渡そうと、苦労して一生懸命編んだマフラーです」
 その時の様子を思い出していた。
「そうですか・・・・・でも、お姉さんを守ることができなかった僕には、こんな大切なものをもらう権利はありません」
 朝比奈は友紀に戻そうとした。
「実を言うと、先程の録音データを聞くまでは、姉の遺品でもありますからそんな気持ちはなかったのですが、ちゃんとお父さんとお姉ちゃんを殺害した犯人を突き止めてくださった。朝比奈さんが居なかったら、お父さんは勿論、国友さんも犯人にされていたかもしれません。ですから、お姉ちゃんは朝比奈さんに感謝していると思います。ですから是非、朝比奈さんに受け取って欲しいのです」
 友紀はゆっくりと朝比奈の手を胸に戻した。
「それでは、遠慮なくいただきます。そんなに思ってくれた友美さんの気持ちに答えられなかったのは今も悔やんでいます。縦の糸と横の糸としてこの素敵なマフラーを作れればよかったのですが、この世では残念ながらそんな立派な縦糸ではなかったんでしょうね。せめて、天国では鉄男がしっかりとした縦糸として友美さんと結ばれていることを願うばかりです」
 朝比奈は視線を天へと向けた。
「縦糸と横糸、2つの糸ですか。私にもそんな素敵な縦糸が現れるでしょうか」
 友紀は顔を戻した朝比奈の瞳を見詰めた。
「勿論、きっと素敵な縦糸が現れると思いますよ」
 最後まで空気と女心が読めない朝比奈であった。
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