マスクドアセッサー

碧 春海

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二章

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 裁判が開かれてから数日経ったある日、名古屋地方裁判所の評議室に裁判官と裁判員が集まって評議が行われようとしていた。
「それではただ今より評議を行います。皆さん法定での被告人の証言と検察側、弁護側の陳述を加味しご意見をいただきたいと思います。まず、加藤さんからお願いします」
 裁判長は保険勧誘員の女性を指名した。
「被告人本人も認めていますし、現場の状況も考えれば検事さんが言われるように傷害致死として扱うには無理があると思います。ただ、被害者は凶器を持っていなかったことを考えると、正当防衛にするというのも難しいと思います。あの、その中間の処罰はないのですか」
 一応勉強してきたのかノートを開いて答えた。
「そうですね。過剰防衛という罪もあります」
 裁判長が答えた。
「じゃ、私も過剰防衛でいいのではないかと思います」
 加藤の隣に座る会社員の橋本が手を挙げて言った。
「皆さんにお話しておきますが、正当防衛は今回のような死亡事件で犯罪行為に該当していた場合でも、その違法性は否定され刑事責任には問われませんが、過剰防衛は刑法36条の2項にある防衛の限度を超えた行為として、罪の軽減や免除とはなりますが刑事責任を問われることになります」
 気軽に同調した橋本を制するように佐藤裁判長が答えた。
「私は、弁護士が言われたように一方的に殴られたのなら被告人と同じ行動をとったと思います。それに、あれだけの嘆願書が寄せられるような、人に好かれる人物であったのなら、被害者の方にも非があったと思います。出来れば、正当防衛を認めてあげたいと思います」
 大学生の川上が答えた。
「通常、刑事事件に関しての嘆願書と言うのは、被害者が被告人の罪を軽減して欲しいとして提出するものです。しかし、今回の事件は、被害者は既に死亡してそれは不可能です。弁護士により裁判所に提出された嘆願書の原本を見ましたが、家族の署名の嘆願書もありましたが、ほとんど友人からのものでした。先日、僕が被告人に質問した時、彼は大学で部活動やサークルにも入っていないと答えました。大学生の川上さん、高校時代なら別ですが大学4年生で嘆願書を書いてくれる友人が何人いますか。それともう1つ、友人の嘆願書が沢山集まったとしても、有罪が無罪になることはありません」
 ゆっくりと手を挙げて朝比奈が発言した。
「あの、先日の公判であなたが質問されたことについて説明していただけませんか」
 裁判長が朝比奈に尋ねた。
「まず、嘆願書に署名されている人のほとんどが、22歳前後の大学生でしたので、名西大学商学部で聞いてみたのですが、被告人のことを知る人はほとんど居ませんでした。それでは一体誰が嘆願書を書いたのでしょう。弁護人の言われる、他人にも好かれ優しくておとなしい人間というのもどうなのでしょうね」
「嘆願書が捏造されたと言われるのですか」
「まぁ、調べれば分かることです。ついでに言えば、その夜、被告人が飲んでいたという居酒屋の『五郎丸』の栄店には、以前アルバイトで勤めていたことがあり店長に確認してみると、確かに被告人が友達4人で飲んでいたそうですが、9時頃1人だけ先に帰ったようです。盛り上がっていた宴会の途中で家と反対方向の名古屋駅の路地裏まで行くどんな理由があったのでしょう」
 左の顳かみを叩いて答えた。
「どんな理由があったかは分かりかねますが、あの場所で2人に争いが生じ事件が起きたことには間違いないと思います」
 裁判長が怪訝な表情で尋ねた。
「まぁ、調べれば分かることです。ああっ、調べるといえば、凶器に使われた鉄パイプの指紋についてもしっかり調べた方がいいと思いますよ。たまたま手にした鉄パイプに、誰の指紋も付いていないのは不自然です。僕も何度も工事現場で働いたことがありますが、素手で触る人は結構いました。その工事現場で働いていた人に確認してみれば分かります。あっ、雨で流れてしまったのではないかと考えているなら、最近はほとんど雨は降っていません。雨雲レーダーで確認してみて下さい。それに、鉄パイプの血痕が付いた部分を科捜研で調べれば詳しい結果が出ると思います」
 また、左の顳かみを叩いた。
「被害者の血痕と本人の指紋が出ただけでで十分じゃないですか、本人も罪を認めていますので、我々は傷害致死か正当防衛、その間の過剰防衛での審議をすることだと思います」
 裁判長が反論して答えた。
「事件のことを知っている、もう1人の人物である被害者は既に亡くなっています。裁判長のように反論は出来ないのです。被害者に代わって真実を探すことが出来るのは私たちだけじゃないのでしょうか」
「つきみさとさんはどう思われますか」
 裁判長はもう1人の裁判員、月見里に話を振った。
「裁判長、月、見る、里と書いてやまなしと呼ぶんですよ。月が綺麗に見える里は、山がないでしょ」
 朝比奈が首を左右に振った。
「失礼しました。やまなしさんはどう判断されますか」
 改めて意見を求めた。
「わっ、私は、もう少し朝比奈さんの話が聞きたいです」
 その言葉に残りの裁判員も頷き、話を続けるように渋々朝比奈の顔を見た。
「現場の防犯カメラは無かったとのことですので、近くの防犯カメラを徹底的に調べてもらったところ、午後7時前に名古屋駅裏の防犯カメラが被害者が現場へと向かう姿を写していたのです。午後7時から午後9時頃まで被害者は何をしていたのでしょう。死亡推定時刻も午後7時から午後9時、証言に30分の違いがあります。まぁ、誤差の範囲と言ってしまえば仕方がありませんね。それともう1つ、被害者の解剖検案書では頭部の脳挫傷の他には、膝と肘に転倒時に出来たと思われる打撲痕が残っていたと記入されていますが、それ以外は特に記載されていません。被害者が被告人を一方的に、それも写真に映っているように殴ったとすれば、手にも裂傷が残っているはずですよね。不思議ですよね」
 殴るポーズを交えて話した。
「それならば、朝比奈さんは今回の事件をどのように考えているのですか」
 憤慨しながら声のトーンも上がった。
「専門家を差し置いて、言っちゃってもいいですか」
「どうぞ」
 素人がどんな話を語りだすのか興味もあった。
「彼が犯人だとすると、不自然なことばかりなんですよ。そもそも、被告人が殴られっぱなしの事実は無かった。証言しているのは被告人だけ、殴られた傷は後からでも付けられますからね」
「個人の意見として伺います。他に意見のある方がなければ、裁判での陳述及び証拠により今回はまず、正当防衛を適応し無罪とするのか、傷害致死及び過剰防衛により刑を科すかを決めたいと思います。全員一致で結論を導くのが理想ではありますが、朝比奈さんのご意見もありましたので、多数決にて評決することに致します」
 裁判長は6人の裁判員の顔を順々に見ながら発言した。
「裁判長、多数決を取る前に裁判員の皆さんに言っておきたいことがあります。多数決と言われましても、その多数の意見の中に裁判官の1名以上が含まれる必要が有ります。まあ、裁判長が評決をなぜそんなに急がれるのかは、分からなくもないですけど」
 今度は朝比奈が裁判員を眺め、最後に裁判長の顔をじっと見た。
「兎に角、多数決を採ることにします」
 裁判長が強引に言い放った。
「本当にこの事案を評決してしまっても良いのでしょうか。僕は、被告人が事件に関与していたとしても、実際に被害者を殺害してはいない可能性が高い、つまり、この案件に関しては無罪だと思います。被告人と被害者の関係、被告人の通話記録をしっかり調べるなどもう一度捜査し直した方が、裁判官の皆様にも良いと思います。後から新事実、真犯人が出て来たら大変なことになりますよ。結論はもう少し待たれた方が良いと思います」
 この状況を楽しんでいるようであった。
「朝比奈裁判員の熱心なご意見もあり、今の時点での証拠では評決出来ないと判断しましたので、もう一度改めて審議したいと思います。日程につきましては、後日改めて連絡させていただきますので、その際にはご協力お願いします」
 裁判長を含む3人の裁判官が立ち上がって頭を下げ、評議は解散となった。
「あの」
 裁判所を出たところで朝比奈が声を掛けられた。
「ああっ、月見里さん、どうされたんですか」
 振り返って背の高い黒縁メガネに三つ編みの女性に聞き返した。
「あ、朝比奈さんは、わ、私の名前の読み方、よ、よく分かりましたね」
 緊張しているのか、元々なのか少しどもりがちに答えた。
「苗字フェチってよく言われます。確か、月見里さんは全国で270名はいますので、そんなに珍しくはないですよ。東国原とか葉加瀬と言う苗字は全国では30名程ですので月見里は人数的には多い方ですよ」
「そ、そうなんですか」
 意外な言葉に驚いた。
「それにしても、昔のことは遊びに長けていますよね。小鳥が遊ぶと書いて「たかなし」だったり、春、夏、冬と書いて「あきなし」、南の足と書いて「きたまくら」なんてウイットに富んでいますよね」
 右の人指で文字を書きなが楽しそうに語った。
「朝比奈さんはど、どんな仕事をされいているのですか。け、警察関係の人ですか」
 月見里は十分に興味を示していた。
「そんな風に見えます。光栄ではありますが、警察関係者は裁判員に選ばれませんよ。職業欄が空白だったのは、定まった職業に就いていないからですよ」
 月見里に近づいて小声で伝えた。
「けっ、結婚もされていないようですが、せっ、生活はどうされているのですか」
 朝比奈の左の薬指に目を落として尋ねた。
「評議の場でも話しましたが、建設現場や居酒屋など色々なバイトをしていますが、今は飲食関係の求人が少なくなり大変ですね。だから、裁判員になって日当も出ますから本当にラッキーでした」
 裁判員に選ばれたことを本当に喜んでいた。
「そっ、そうなのですか」
自分よりも年上に見え、評議での発言や苗字の知識を聞いた月見里は朝比奈がフリーターだとはとても信じられなかった。
「そう言えば確か、月見里さんは自由業と書かれていましたけど、何をされていらっしゃるのですか・・・・・あっ、ちょっと待って下さい。当ててみましょうか」
 言い出そうとしていた月見里を右手で制した。
「えっ、わ、分かるんですか」
 フリーター朝比奈の問い掛けに流石に驚いた。
「まず、医師、弁護士、税理士関係は外しましょう。投資家、コンサルタントなどの事業家ではないし、写真家やアーティストでもないとすると、漫画家かデザイナーに作家というところでしょうか。ペンだこが出来る人は猫背の人が多いけど、座っている時の月見里さんの背中はしっかりと伸びていましたので、若い人は原稿用紙に直接書き込むことはないとすれば、消去法で漫画家とデザイナーを除くと正解は作家、それも推理作家じゃないですか」
 左の顳かみを叩いて答えた。
「ど、どうしてわかったのですか」
 驚きの感情が顔に目一杯現れていた。
「えっ、当たっていましたか。色々な職種を経験して、人間観察はとっても好きになったのは事実ですが、月見里さんは先程控え室で小説を読んでいて、時よりメモしていたでしょ。それも推理小説を」
 月見里のカバンから顔を出している推理小説を指差した。
「で、でも、それはそれで、すっ、すごいですよ。それに、法定で被告人に質問したり、検事には指示まで出したり、普通の人はで、できませんよね。評議でも裁判長に反抗する意見を述べたり、お、驚きました」
 ある意味尊敬の眼差しで朝比奈を見た。
「裁判で裁判員の立場で見ることはなかったし、裁判官と評議をするのはまるで夢のようで少し興奮してしまいました。でもね、何度か刑事さんに取り調べられたことがありましたので、犯罪に関する話には結構慣れているんですよね」
 過去の取調室の会話を思い出しながら語った。
「まっ、まさか、犯罪者だったのですか」
 それなら検察や裁判官に反抗する気持ちになってもおかしくないと思い自然に身構えた。
「厄介になったのは刑事さんだけ、起訴され検事さんと話す機会は残念ながらありませんでした。それに、前科があれば、裁判員には選ばれませんよ」
「そっ、そうですね」
 その言葉を聞いて少しホッとした。
「僕に声を掛けたのは、それを確かめて小説のネタにでもするつもりだったのですか」
「あっ、いえ」
「ネタになることは余り無いかもしれませんが、今度は僕もあなたにとても興味が湧いてきました。時間があれば近くでお茶でもどうでしょう」
「わっ、私は構いませんが」
「じゃ、ちょっと待っていてくれませんか、自転車取ってきますから」
 そう言うと、裁判所の駐輪場へと駆けていき、自転車を伴って戻って来た。
「出身はどちらなんですか」
 自転車を引きながら朝比奈が尋ねた。
「名古屋市の、きっ、北区ですが、い、今は守山区に住んでいます」
「僕は東区ですので、同じ方向ですね。ちょっと素敵なお店があるので、そこでもいいですか」
「あっ、はい、お任せします」
「家族と暮らしていらっしゃるのですか」
「か、家族といっても、小学生の時に両親が亡くなり、叔父の家に引き取られ一緒に育った双子の姉と、今は、ふ、二人暮らしです」
「子供の頃に次々と両親を亡くされたのですね。それは大変でしたね」
 色々な状況を頭に思い浮かべていた。
「い、いえ、一緒に亡くしました」
「えっ、事故で亡くなられたのですか」
「ち、父親が経営していた食品会社が、ばっ、莫大な借金を抱えて倒産し、下請け業者の皆さんに申し訳ないと、父親が練炭による一家心中を企てたのですが、は、母親が私たち二人だけは助けてくれたようです」
「亡くなった後、借金とかはどうなったのですか」
「両親の生命保険と、こっ、工場の土地を含めた売却金で、下請け業者さんに迷惑は掛からなかったようです。ち、父が、遺言で残していましたから」
「自分たちの命で、下請け業者さんに迷惑が掛からないようにしたのですね。それもまた辛いですね」
 話していると、予定していた自慢のカフェバーに着いた。
「こっ、ここですか」
 予想していた店と佇まいが違い驚いた。
「如何わしい店ではありませんので、安心してください」
 『ゼア・イズ』と書かれた扉を開けて月見里と一緒に入っていった。
「な、中は、とても落ち着いた感じのいい店なんですね」
 月見里はテーブル席に腰を降ろして店の中を見渡した。
「コーヒーでいいですか」
 一応メニュー表を見せて尋ねた。
「わっ、私はカフェインがダメですので、ほっ、他の物を」
 メニューに目を落とした。
「マスター、ピーベリーを2つ、面倒くさいから2つともデカフェでお願いします」
 背が高く面長で頭を剃っている男性に声を掛けた。
「あっ、あの、デカフェってなんですか」
 コーヒーの欄にピーベリーの文字は見つけたがデカフェは発見できなかった。
「ああっ、日本では余り馴染みがないのですが、欧米では健康上の理由などからカフェインを敬遠したい人々にカフェインレスコーヒーが広く受け入れられています」
「かっ、カフェインのないコーヒーのことは知っていますし、市販のものも増えてきましたが、デカフェって呼ぶのも外で飲むのも初めてです」
 驚きながら答えた。
「コーヒー専門店でも中々ないですからね」
「あっ、あの、メニューにもそんなこと書いてないですけど」
 隅から隅まで見終えて月見里が尋ねた。
「この店を知らない人はまず注文しません。つまりお得意さんで、マスターのコダワリを理解していないと頂けないコーヒーです。デカフェの作り方には大きく2つのアプローチが有って、1つは元々カフェインの存在しないコーヒー豆の木を作る方法。しかし、この方法は色々研究されていますが、残念ながらまだ実用化されていません。もう1つの方法は、脱カフェイン法と呼ばれて、生産された豆からカフェインを取り除く方法ですが、その脱カフェイン法には3つの方法があり、その1つはカフェインが溶ける薬品、例えばジクロロメタンを使うのですが、この方法は安上がりではありますが、カフェイン以外の成分も一緒に無くなってしまう為味も悪くなる事と、直接コーヒーの生豆に接するので、消費者が安全面の不安をどうしても抱きやすい。2つ目は、水に溶ける成分を生豆から抽出し、その水の中のカフェインを薬で失くし、更に薬も失くして生豆に戻す方法。薬が直接生豆に接さないので安全でカフェイン以外の成分の損出も抑えられます。そして、最後の3つ目は、一定の圧力と温度を加えることで、気体と液体の両方の性質を兼ね備えた、超臨界流体と呼ばれる状態にした二酸化炭素でカフェインを除去する方法。毒性がなく、薬を使用しないので廃液処理の必要もなく、極めて優れた脱カフェイン法だとされていて、勿論この店もその方法が採用されているんだ」
 左の顳かみを叩きながら朝比奈が答えた。
「あっ、朝比奈さん、随分詳しいんですね」
 その仕草を不思議に感じながら尋ね返した。
「はい、僕がこの店で作っていますから」
「えっ、こっ、この店でですか」
「今は、曜日限定ですけどね」
 そう言っている間に、マスターが2人分のピーベリーを持って現れた。
「香りも高く、こっ、コクがあるのにほんのり甘いんですね。こ、これがコーヒーの味なんですね」
 もう何年も飲んでいないコーヒーの味に感動していた。
「月見里さん、僕に声を掛けたのは別に理由があるんじゃないですか。こんな僕でよければ、話してみてください」
 朝比奈もコーヒーを楽しみながら月見里に尋ねた。
「じ、実は・・・・・」
 コーヒーカップを置いて覚悟を決めて話し始めた。
「あっ、その前に、双子の姉妹の名前を教えていただけませんか」
 言葉を制して朝比奈が尋ねた。
「あっ、姉が美鶴代で、私が恵子です」
「美鶴代に恵子ですか、名前の由来はご両親から聞いていますか」
「あっ、いえ、まだ幼かったので・・・・・・」
「月見里さん、ペッパー警部とか、S・O・Sって知っています」
「もっ、勿論です。ピンクレディーの曲ですよね。そっ、そう言えば、幼い頃家の壁にポスターが貼ってあって、ちっ、父も母もピンクレディーの曲をよく聞いていました」
 ミニスカートでポーズをとる2人の姿を思い出していた。
「ミーとケイのグループでしたが、ミーの本名は根本美鶴代、ケイの本名は増田恵子。余程ピンクレディーが好きだったのでしょうね。あっ、因みに、ピンクレディーはカクテルの名前が由来で、2人組なのにピンクレディーズにしなかったのはその為なんですよ」
「わっ、私たちの名前がピンクレディーから来てたなんてびっくりです」
「お姉さんの名前は月見里美鶴代。最近テレビで見なくなったのですが、やはりあのスキャンダル事件がきっかけなんでしょうか」
「えっ、姉のことを知っているのですか」
 朝比奈の問いに戸惑っていた。
「月見里美鶴代さんは、モデルの山咲夏海さんの本名ですよね。以前のインタビューで作家を目指す双子の妹が居るって話されている記事を読んだことがあります」
 左の顳かみを叩きながら答えた。
「よっ、よく覚えていますね」
 驚きの目で朝比奈を見た。
「元々山咲夏海さんのファンで、苗字やあなたの容姿からもしかしたらと推理しただけです。ですから、あなたが小説家というのも、当てずっぽではなくインタビュー記事を知っていたからなんです」
「そっ、そうでしたか」
「前置きが長くなりましたが、僕に話したいこととは何ですか」
「そっ、その、姉の事件について、調査してもらおうと思っていたのですが・・・・・・」
「僕が、警察関係者か、探偵社の調査員とでも思ったのでしょうか」
「まっ、間違えて、申し訳ありませんでした」
 申し訳なさそうに頭を下げた。
「月見里さんはとてもいい出会いをしたし、良い所に目を付けたと思いますよ。ここだけの話ですが、僕の姉はこの辺りではちょっとは有名な弁護士ですし、小学校時代からの悪友は愛知県警の刑事課の警部をしています。少しは役に立つと思います」
 朝比奈は月見里に近づいて小声で話した。
「さっ、先程朝比奈さんが言われた姉のスキャンダルについてなのですが、あれは別のタレント事務所が作り上げた嘘だったのです」
 その場面がフラッシュバックして少し気分が悪くなった。
「記憶が正しければ、不倫騒動のお姉さんの釈明会見で、噂された相手が突然現れて事実を認め土下座をしたんだよね」
 朝比奈もその場面を頭に描いた。
「そっ、その後、姉の仕事は全く無くなり、所属していた他のタレントにも影響して事務所の存在自体が、ふ、不可能になってしまいました。元々大きな事務所ではなかったので、あ、姉のスキャンダルは致命的だったのです。い、今は小さな事務所で嫌な仕事も我慢してこなしていますが、もう、もういつ壊れてもおかしくない状態です」
 悔しそうな表情で答えた。
「その偽のスキャンダルを演出したタレント事務所は分かっているのですか」
 競争の激しい世界とは聞いていたが、醜いが浮き彫りとなり虚しさを感じていた。
「じ、実は、姉の素質を高く評価して、大手のタレント事務所がか、会社の株式を買い取り、ご、合意の上で傘下に入る計画が持ち上がっていたのです。には外資の大手タレント会社から引き抜きの話があったのです。そっ、その話は極秘に水面下で進められていたのですが、ど、どこから漏れたのか大手ライバル会社のオメガシールドの社長の耳に入り、その計画を潰す為にスキャンダルがでっち上げられたと、後から知らされました」
 目を瞑ると右の目から泪が零れた。
「話は分かりました。一度お姉さんにも話を伺ってどうするか判断したいと思います。会わせていたたけませんか」
 朝比奈が差し出したハンカチを受け取って頷いた。
「また、面倒な事件に首を突っ込んだとお叱りを受けるのかな」
 独り言を呟くとその言葉に反応して月見里が朝比奈の顔を見た。
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