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覚悟 2

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医局に戻ると、疲れを滲ませた表情の時緒がコーヒーを淹れていた。
「大丈夫?」
声を掛けた。時緒はこちらを一瞥しただけでコーヒーに視線を戻した。言語化することすらしんどそう。そんな気がした。諦めて自席へと向かう。

「山吹先生」
その声のする方に顔を向けた。時緒がそっと私の机にマグカップを置いた。いつか時緒と一緒に買いに行った紅茶のいい香りがした。紅茶、淹れてくれたんだ。出来上がってるコーヒーじゃなくて。こんなに疲れてた表情をしているのに。

「ありがとう」
その一言だけでは足りないのだけど。感激し過ぎて胸がいっぱいで、それ以上の言葉が出てこなかった。
「帰ったら、ちょっと話したい」
耳元で、私にだけ聞こえる大きさで時緒は声を放った。耳元に吹き込まれる時緒の囁き声が、私は大好きだ。でも今日は。そんな浮かれた気分にはなれなかった。きっと、さっきの朔さんとの直接対決……は言い過ぎか。でも恐らく、その話になるんだと思う。

本当は、今すぐ聞きたい。時緒の口から聞いて、疲れ切った時緒を頭から全部抱きしめたい。でも今は勤務中。夕方までの我慢だ。


勤務後の入浴を終えて、身支度を整える。鏡の中の私は、いつもと同じ顔。いつもと同じ私を時緒に見せてやらないと。不安がってちゃ、いけない。
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