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第一章
8
そうして迎えた実地演習当日。
オリエンテーションで配られた紙には、それぞれのペア相手の名前が記されているらしい。
ゲーム内ではリュシアンは取り巻きのモブ三年と組まされ、コソコソと嫌がらせの仕込みをしたものだ。
もちろん、今回はそんな真似はしない――そう胸を張り、自信満々に紙を確認した。
そこに記されていた名前を見て、俺は目を疑った。
カスパル・ヴァレンティ。
「……は?カスパル……って、あのカスパルかよ!?」
よりにもよって攻略キャラである。
軽薄な笑みを絶やさず、誰にでも気さくに声をかけ、調子よく口説いてしまう――そう、彼は学園一の「軟派な先輩」として名を馳せていた。
舞台はBLゲームだ、相手はもちろん男。
その中でカスパルは、見事「抱かれたい男ランキング第一位」を獲得するような存在。
……つまりは、チャラい。
「おやおや? 君が俺の後輩か」
背後から軽やかな声が響いた。振り返れば、廊下の雑踏の中でもひときわ目立つ存在がそこにいた。
深い赤茶の髪を無造作にかき上げ、琥珀色の瞳を細めてこちらを見下ろす。口元には、いつもの調子っぱずれな余裕の笑み。
「……っ! カスパル・ヴァレンティ、先輩……!」
「よろしくな、リュシアン坊っちゃん。いやぁ、君とペアになるなんて光栄だよ」
軽く肩に手を置かれ、にやりと笑われる。
「坊っちゃん言うな! それに別に俺は、望んでないですし!」
「おっと、ツッコミ早いなぁ。いいね、ノリがいい後輩は大好きだ」
楽しげに目を細めるカスパル。
周囲からは「うわ、またあの先輩か……」と苦笑混じりの視線が送られるが、本人はまるで気にした様子もない。むしろその余裕が、また人を惹きつける。
(やばい……完全に攻略キャラと一緒にされてるじゃん! 物語の強制力どこ向かってんだよ!?)
ぞろぞろと生徒たちが演習場へと歩いていく。石畳を踏む足音が重なり合う中、俺の隣では例の男が、当然のように肩を並べて歩いていた。
「ふふ、面白いことになったなぁ」
「……何がです?」
「君と俺が組むなんてさ。世の中、何が起こるかわからない」
「……色々有名なカスパル先輩と組むなんて、全然嬉しくねぇですけど」
「そう言うなって。俺、こう見えて面倒見はいいんだ」
「見えないんですけど」
俺が吐き捨てるように言っても、カスパルは余裕の笑みを崩さない。むしろ楽しそうに俺を観察している。
「いいねぇ、その刺々しい感じ。……守ってやりがいがありそうだ」
「なっ……!? 勝手に守る前提しないでください!」
いや実際助けて欲しいんだけど!攻略対象のあなたでは嫌すぎます!
「おや、じゃあ君が俺を守ってくれるのかい? それはそれで悪くないけど」
「バカにしてんのか!!」
前を歩く生徒たちがちらっと振り返り、こそこそと笑い声を漏らす。
やばい、完全に見世物にされてる。
(こいつ……チャラいどころじゃねぇ。掴みどころがなくて余計に怖ぇ! 絶対、攻略対象なんかに心許すもんか……!)
演習場の奥、ぽっかりと口を開けた地下ダンジョンの入口。
重々しい石造りのアーチをくぐる前に、生徒たちは順番を待ちながらざわめいていた。
俺とカスパルも列に並ぶ。隣の男は、いつものようににやけ顔で余裕綽々。
「さてさて、どんな冒険になるやら。後輩ちゃん、俺の背中についてくれば安心だぜ?」
「……軽すぎません? 俺らは命懸けなんですけど」
「ははっ、そう言う顔も悪くないな。君、もっと余裕を持たないと」
相変わらず掴みどころのない笑み。
俺は舌打ちしそうになるのをこらえて、前を向いた。
けど――。
列が進み、俺たちの番が近づいた瞬間。
カスパルの横顔からふっと笑みが消えた。
「……油断すんなよ、リュシアン」
低く落ち着いた声。
いつもの軟派な調子じゃない。琥珀色の瞳が鋭く光り、まるで獲物を狙う猛禽のように前方を見据えていた。
心臓がドクンと跳ねる。
「……っ」
「怖がらなくていい。俺がいる」
一瞬だけ、真剣な声が俺の耳に届く。
そして次の瞬間、またいつものにやけ顔に戻って俺を見下ろした。
「なーんてね。ほら、楽しもうぜ?」
「……はぁ!? アンタ……!」
(やっぱり怖ぇ……こいつ、本気出したら一番やばいタイプじゃねぇか!?)
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