悪役令息転生、でも今のところは無罪です 〜投獄エンドなんて絶対回避!〜

あんこ

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第一章

9


石造りの広間。松明の灯りが揺れ、不気味に伸びる影が床を這う。
――実地演習、開始。

「さて、初戦は軽めの魔物だって話だけどな」
カスパル先輩は余裕の笑みを浮かべ、肩を軽く回す。

ぬるりと暗闇から姿を現したのは胴ほどもある巨大スライム。
どろどろと粘液を垂らし、じわじわと迫ってくる。

(うわ……ゲームじゃ雑魚だったけど、現物は気持ち悪すぎる……!)

「よし、リュシアン。お前の番だ」
「……っ、俺ですか!?」
「そりゃそうだろ。俺が先にやっちまったら、君の見せ場がなくなる」
「見せ場なんて必要ありません!!」

声を荒げても先輩の余裕は崩れない。
(ちくしょう……完全に面白がってる……!)

仕方なく両手を突き出して魔力を練る。
冷気が手元に集まり、初級魔法《アイスフラワー》を放ち――

ぱらぱら、と氷の花弁が舞い散り、スライムの表面に触れた瞬間ジュッと溶けた。

「…………」
「…………」

沈黙。カスパル先輩の視線がやけに痛い。

「おいおい。今のは飾りか? 観賞用なら俺の部屋に飾ってやろうか」
「っ……し、試運転です! 次は本気ですから!!」

(ああああああ恥ずかしいいい!!!!!)

しかし敵は恥ずかしがっても止まってくれない。
スライムがぬるりと膨らみ、どろどろの腕のようなものを伸ばしてきた。

「わ、わわわっ――!」
思わず後ずさる俺に、カスパル先輩が呑気な声をかけてくる。

「リュシアン、魔力は悪くない。けど出力が雑だ。もっと蛇口をひねるみたいに細く流せ」
「それはもうユリウスから何回も聞いた!! じゃなくて! 演習中に解説しないでください!! 今それどころじゃ――」

ぬちゃり、と腕状のスライムが目の前に振り下ろされる。
俺は咄嗟に魔力を叩き込む――!

冷気が迸り、目の前に氷の槍が形成される。
必死に練習した中級魔法《アイスランス》が発動する。……が、狙いが逸れて床に突き刺さった。

「~~~~っ!!」
(やっぱり当たらない! くそ、笑うなよ絶対笑うなよ!!)

「ははっ、惜しいな。狙いは悪くない」
「うるさいです先輩ッ!」

その瞬間、俺の前にひゅっと影が差した。
「貸してみな、リュシアン」

カスパル先輩が軽く片手を振り上げる。
指先から風が巻き起こり、次第に大きな渦へと変わる。

「中級魔法――《テンペストランス》!」

轟音とともに風の槍が形成され、一直線にスライムの核を貫いた。
ぶしゅっと音を立てて塊は弾け飛び、ドロリと地面に崩れ落ちる。

俺は呆然と立ち尽くした。
(は? なに今の、格好良すぎ……)

「っと。ほらな? 魔物なんて風通しをよくしてやればすぐ片付く」
にかっと笑って振り返るその顔が、学園で「抱かれたい男ランキング一位」に君臨する所以だと痛感する。

「……っ、ありがとうございます」
「よしよし、素直でよろしい」
ぽん、と頭に手が置かれた。

「だっ……!子供扱いしないでください!!」
「おー?怒るとまた可愛い顔になるな」
「~~~~ッ!!!」

(くそっ、調子狂う!!)

スライムが跡形もなく消え去ったおかげで、ダンジョンの広間に静寂が戻った。俺は大きく息を吐き胸に手を当てる。

(なんとか終わったけど……)

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「っ、だ、大丈夫です!問題ありません!」
慌てて背筋を伸ばす俺にカスパル先輩は悪戯っぽく笑う。

「ま、初戦はこんなもんだろ。まだ始まったばかりだぜ?」
「……っ」

その言葉が、ずしんと胸に響く。
そうだ。これはまだ「最初の雑魚戦」。この先もっと強力な魔物やトラップが待っている。

(ゲームだと、この演習で俺が仕掛けをしてノエルを危険に晒すんだよな……でも俺は何もしてない。何もしてないのに、もし“物語の強制力”で何かが起きたら?)

額にじわりと冷や汗が滲む。
(俺……本当に、この演習を生き延びられるのか……?)

カスパル先輩が軽やかに先へ進んでいく背中を見つめながら、俺は無意識に拳を握りしめた。


ダンジョンの通路はひんやりとして、時折壁の苔が淡く光っていた。
魔物の気配はしばらくなく足音だけが石畳に響く。

「……はぁ」
思わずため息をつくと、隣を歩いていたカスパル先輩がにやりと笑った。

「おいおい、まだ一匹倒しただけで疲れたのか?」
「べ、別に疲れてません! ただ……緊張してるだけです!」
「ははっ、素直でよろしい。けどなぁ、肩に力入りすぎなんだよ。まるで初めてデートに行く小娘みたいな顔してるぞ?」
「だっ……!! な、なんで演習とデートを一緒にするんですか!!」
(っていうか俺、顔に出すぎだろ!?)

「冗談だよ、冗談。……でもさ」
カスパルがふと真顔になり、ちらりとこちらを見た。

「魔法の扱いは下手だけど、お前、思ってたより根性あるな」

「っ……」
褒められたことに動揺し、思わず視線を逸らす。
(やめろ……攻略キャラにまたフラグ立ててる気がして怖いんだよ……!)

「なぁに照れてんだ? ……おい、顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
「っ、違います!!放っておいてください!!」
「おーおー、また可愛い反応いただきました~」
「~~~~~~ッ!!!!」

(くそっ……やっぱ調子狂う……! さすが攻略キャラなだけある……!)


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