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第一章
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まだしばらく続く通路を歩きながら、俺はさっきの戦闘を思い出し、ふと足を止めてしまった。
「……あの、先輩」
「ん?」
「その、魔法の扱い方、教えていただけませんか」
言った瞬間、カスパル先輩が片眉を上げて笑った。
「へぇ? 珍しいな。リュシアンから頼みごとなんて」
「い、いや……今、同級生に教わってはいるんです。でも、これ以上負担をかけたくないっていうか……。俺が下手すぎて迷惑かけてる気がして……」
口に出したら止まらなかった。
胸の奥に溜め込んでいた劣等感が、思わずこぼれる。
「ふーん……それが、さっきの“ユリウス君”ってわけか」
「……は?」
一瞬、心臓が止まった。
「な、なななななんで知って――」
「さっき君が言ったじゃないか。“それはもうユリウスから何回も聞いた!!”って。ふふ、分かりやすいな」
「……ま、まじですか……」
俺が頭を抱えるのを見て、カスパル先輩は軽く肩をすくめた。
「でもごもっともだよ。君、魔力は潤沢にあるのに使い方が下手すぎる。まるで豪華なワインを紙コップに注いでるみたいだ」
「例えが腹立ちます」
「ははっ。けどな――氷属性は扱いを覚えれば、とんでもない攻撃力を誇る。敵を圧倒する武器になるし……同時に自分を守る盾にもなる」
その一言に胸の奥がじんわりと熱くなる。
(盾にも、なる……? 俺の魔法が……?)
気づけば頭を深々と下げていた。
「お願いします! もっと魔法を学ばせてください!」
カスパル先輩は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑う。
「まったく……そこまでしなくていいのに。ペアの後輩なんだから面倒見るのは当然さ」
それから声を落とし、にやりと笑う。
「それに――君のこと、気に入っちゃったし」
軽く言ったつもりなのかもしれない。
でも俺にとっては雷鳴みたいに響いた。
「………………は?」
頭が真っ白になる。
「え、ええっと……今、なんて……?」
「ん?聞き間違いか? 君のこと、気に入ったって言った」
カスパル先輩は当たり前のように笑っている。
(ちょ、ちょっと待て!! これ、絶対フラグだろ!?)
(いやいやいやいや……攻略キャラの一人に“気に入られる”なんて、一番ヤバいやつじゃん!!)
(俺は目立たず平穏に卒業して、生き延びるのが目的なのに……!!!)
「……な、なにを、気に入ったんですか?」
やっと絞り出した声が上擦っていて、自分でも情けなくなる。
「んー、そうだなぁ。素直に頭を下げて頼んでくるとことか?」
「~~~~~ッ!!!」
(やっばいやっばいやっばい!! さっき軽率に頭なんて下げなきゃ良かった!! それは余計なフラグだったんだ!!)
冷や汗が背中を伝い、足はすくみ、心臓はうるさいくらいに暴れている。
必死に平静を装おうとするが動揺は誤魔化せなかった。
カスパル先輩はそれを見て、さらに楽しそうに目を細める。
「……かわいい後輩だな」
「っ~~~~~~!!!」
(やばい!!ほんとにやばい!!!この演習、生き延びる前に俺の理性が死ぬ!!!)
そう頭を抱えた瞬間だった。
――ガァァァァァッ!!
不気味な咆哮が通路に響き渡る。
俺もカスパル先輩も振り向いた先に、獣のような影が揺れていた。
暗がりから姿を現したのは、鋭い牙を持つ魔獣型モンスター。
背丈は人間の二倍以上、毛並みは黒く逆立ち目は真紅に光っている。
「ひぃっ……!!!」
「おいおい、こりゃ“雑魚”なんて言える相手じゃないな」
カスパル先輩は笑みを消し、すっと前に出た。
「リュシアン、気をつけろ。さっきまでとは訳が違う」
「……っ!」
(本当にこれゲームの世界なんだ……)
実感すると同時に心臓が跳ね上がる。
頭の中は混乱と恐怖でいっぱいなのに――
その横顔を見た瞬間、ほんの少しだけ安心してしまった。
(……やっぱ、先輩……強い……)
獣型の魔物が牙を剥き突進してくる。
俺は必死に氷を集めた――が、魔力は制御を失い辺りの床を凍らせるだけ。
「くっ……!!」
(だめだ、当たらない……っ!!)
「ほら、大丈夫」
横から声がかかった。
カスパル先輩が俺の手を包み込むように取り、その目を真っ直ぐに向けてきた。
「俺の言うことだけ聞いてろ。魔物には必ず弱点がある。あいつは目が退化してる代わりに――嗅覚が鋭い」
「……っ!」
先輩は淡々と説明を続ける。
「だから氷の霧を使え。冷気で鼻を刺激すれば嗅覚は乱れる。……簡単だろ?」
俺が息を呑むと、彼はさらに笑ってみせた。
「君の魔力の質なら、中級魔法で充分にやれる」
「……っ、はい!!」
俺は息を整え、両手を前に突き出す。
イメージするのは――冬の朝に漂う白い霧。
「――《アイスミスト》!」
冷気が広がり、白い霧が魔物を覆った。鼻を鳴らして苦しげに呻く。
「いいぞ。そのまま……狙え」
カスパルは風を操り、中級魔法《ウィンドバインド》で魔物の動きを縛りつける。
「急所を突くなら、こうやってイメージするんだ」
そう言って、指で銃の形を作り、俺に向けて「バンッ」と軽くジェスチャーしてみせた。
「ほら、やってみろ」
「……っ」
俺は震える手で同じように指を銃の形にし、魔力を集中させる。
「――《アイスランス》!」
鋭い氷の槍が走り、魔物の胸を貫いた。巨体が揺れドサリと倒れる。
「……っ、やった……?」
だが次の瞬間、獣の喉から苦しげな呻きが漏れた。まだ、息がある。
「っ……!?」
(な、なんで……!? 倒したんじゃないのか!?)
カスパル先輩の声が静かに響いた。
「リュシアン。早く楽にしてやれ」
「え……」
「苦しんでる。もう勝負はついてるんだ。……なら、トドメを刺せ」
俺の指先が震える。
(そんな……俺に、命を奪えって……!?)
「……っ……」
必死に息を呑み込み、もう一度槍を形作る。
「――《アイスランス》!」
鋭い氷が心臓を貫き、今度こそ巨体は静かに崩れ落ちた。ダンジョンに、重い沈黙が訪れる。
俺はその場にへたり込み肩を震わせた。
胸の奥がざわついて、息が苦しい。
カスパル先輩が近づき俺の頭に手を置いた。
「……よく出来ました」
その声は、からかいも冗談もなく、真剣で静かだった。
俺はただ、何も言えず――小さく、頷くことしかできなかった。
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