悪役令息転生、でも今のところは無罪です 〜投獄エンドなんて絶対回避!〜

あんこ

文字の大きさ
15 / 44
第一章

13


実地演習で模擬ダンジョンに潜ってどれくらい経っただろう。
体感ではすでに三時間は過ぎてる気がするが、実際はまだ一時間弱。

「げっ……まだ半分もあるのかよ……」
思わず呻く俺に、カスパル先輩が豪快に笑った。

「ははっ、顔に出すなよ。まだ序盤だぞ!」

「嫌なら帰還石で戻ってもいいんですよ?」
ユリウスがさらりと言う。

「誰が! 行けるところまで行くに決まってるだろ!」
負けず嫌いが全開で口をついて出た。

その瞬間、ユリウスの目がわずかに揺れる。
「……そういう姿勢は、嫌いじゃないですよ」

「え?」
「……っ……」
一瞬どもり、言葉を切ったユリウスは、わざとらしく咳払いして前を向いた。

(え、もしかしてこれ攻略キャラの貴重なデレ頂いちゃった?!)

思わずこちらも動揺したが、微笑ましそうに俺らを見守るカスパル先輩に、思わず手が出そうになるのを必死に堪えた。


そこから暫くは魔物も出ず和やかな空気が流れていた。しかしそれは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

「――っ!」

耳に届いたのは、甲高い悲鳴だ 。
それだけじゃない。地鳴りのようなどよめきと、誰かの叫び声が混じっている。

俺は思わず足を止めた。
カスパル先輩とユリウスも同時に振り返り、目を見合わせる。

「……悲鳴だな」
低く言ったのはユリウス。表情はいつもの冷静な仮面。けれどその声色は、わずかに緊張を含んでいた。

「方向はこっちだ」
カスパルが指を鳴らすと風がざわりと流れ、悲鳴の方向を示す。

「――行くぞ、後輩たち!」

言われるまでもない。俺は息を飲み二人と並んで駆け出した。

ざっ、ざっ、と土を蹴る音。
胸の鼓動が高鳴る。
嫌な予感しかしなかった。

やがて木々の切れ間を抜けた瞬間――

「……っ!」

目の前に広がった光景に、息を呑んだ。
そこには常識では考えられない魔獣がいたからだ。

黒光りする鱗が幾重にも重なり、長大な体をくねらせる。
吐息ひとつで辺りの草木が白く凍りつき、地面にはひびが走る。
その巨体がとぐろを巻くたび、土が震え、空気が圧し潰されるようだった。
この階層では出るはずのない、危険指定の魔獣。

「ひ、氷喰ひょうぐいの……大蛇おろち……!?」

最初に叫んだのは、腰を抜かした二年らしき生徒だった。すぐにざわめきが広がっていく。

「なんでここに……!? この階層に出る魔獣じゃないだろ!」
「そうだ! 氷喰ひょうぐいなんて冷気の強い深層にしか棲まないはずだろ!」
「本来なら洞窟の底みたいな極寒の場所にしか……」

あちこちから震える声で情報が飛び交う。
モンスターの姿を必死で分析し、恐怖と理性の間で均衡を保とうとしているのが伝わった。

「じゃあなんでここに?!」
「考えられるのはひとつだろ。誰かが、呼んだとしか……」

その言葉に、生徒たちの空気が一変した。
一瞬の沈黙。
すぐにざわめきが戻り、しかしその色は恐怖よりも「疑念」に染まっていた。

「誰が……こんな魔獣を……?」
「こんな場所に出てくるなんて、不自然すぎるだろ!」
「じゃあ……わざと、か?」

ぎらりとした視線が、一斉に辺りを泳ぎ始める。
何かの犯人を探すように。
誰かに責任を押し付けるように。

そして――

「……あっ」
一人がぽつりと声を漏らした。

その視線の先にいたのは、俺。

「……リュシアン……?」

じりじりと、矛先が俺に集まっていく。

(おいおいおいおい……っ!)
(違うだろ!? なんで俺に!?!?)
(いや、分かるけど! 氷属性だからって……それだけで決めつけるなよ!?)

背筋を冷たい汗が伝った。

「まあ、待ちなよ」
ざわめきを切り裂くようにカスパル先輩の声が静かに響いた。
彼は余裕の笑みを浮かべたまま、生徒たちをぐるりと見回す。

「お前ら冷静になれ。氷喰ひょうぐいの大蛇おろちを呼ぶだと? そんな器用なこと、演習中の生徒にできるか?」

「でも!」
「偶然にしては……」

生徒たちがなおも食い下がろうとした瞬間――

「論理が破綻しています」

ユリウスの落ち着いた声が重なった。
彼は一歩前に出て、生徒たちを射抜くように見渡す。

「仮に彼がこの魔獣を呼んだとして、何の得があるんですか? 自分まで巻き込まれるのは明白でしょう」

「……!」
ざわめきが一瞬だけ止まる。

ユリウスはそこで言葉を区切り、静かに続けた。

「それに、氷喰ひょうぐいは強力な魔獣。もし“呼べる”ほどの制御力があるなら、彼はすでに上級以上の魔術師として評価されているはずです。ですが、皆さんもご存じの通り、リュシアンの実力はそこまでではない」

(おい……最後の言葉余計だろ!?)

俺は心の中で叫んだが、同時に否定の理屈をつけてくれたことに、ほんの少しだけ胸をなでおろした。

「……っ」
生徒たちの間に、戸惑いの気配が広がる。

「ま、そういうことだ」
カスパルがニッと笑い、肩をすくめる。

「犯人探しよりも先にやることあるだろ? あのでっかい蛇を、どうにかすることだ」

ざわ……と空気が揺れた。
視線が再び魔獣に向かい、恐怖と緊張が戻ってくる。

俺は冷や汗をぬぐいながら、心の中で盛大に突っ込んだ。

(いやマジで、危うく牢屋一直線だったんだけど!?)


感想 0

あなたにおすすめの小説

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼不定期連載となりました。 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ※第33話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。