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第一章
13
実地演習で模擬ダンジョンに潜ってどれくらい経っただろう。
体感ではすでに三時間は過ぎてる気がするが、実際はまだ一時間弱。
「げっ……まだ半分もあるのかよ……」
思わず呻く俺に、カスパル先輩が豪快に笑った。
「ははっ、顔に出すなよ。まだ序盤だぞ!」
「嫌なら帰還石で戻ってもいいんですよ?」
ユリウスがさらりと言う。
「誰が! 行けるところまで行くに決まってるだろ!」
負けず嫌いが全開で口をついて出た。
その瞬間、ユリウスの目がわずかに揺れる。
「……そういう姿勢は、嫌いじゃないですよ」
「え?」
「……っ……」
一瞬どもり、言葉を切ったユリウスは、わざとらしく咳払いして前を向いた。
(え、もしかしてこれ攻略キャラの貴重なデレ頂いちゃった?!)
思わずこちらも動揺したが、微笑ましそうに俺らを見守るカスパル先輩に、思わず手が出そうになるのを必死に堪えた。
そこから暫くは魔物も出ず和やかな空気が流れていた。しかしそれは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
「――っ!」
耳に届いたのは、甲高い悲鳴だ 。
それだけじゃない。地鳴りのようなどよめきと、誰かの叫び声が混じっている。
俺は思わず足を止めた。
カスパル先輩とユリウスも同時に振り返り、目を見合わせる。
「……悲鳴だな」
低く言ったのはユリウス。表情はいつもの冷静な仮面。けれどその声色は、わずかに緊張を含んでいた。
「方向はこっちだ」
カスパルが指を鳴らすと風がざわりと流れ、悲鳴の方向を示す。
「――行くぞ、後輩たち!」
言われるまでもない。俺は息を飲み二人と並んで駆け出した。
ざっ、ざっ、と土を蹴る音。
胸の鼓動が高鳴る。
嫌な予感しかしなかった。
やがて木々の切れ間を抜けた瞬間――
「……っ!」
目の前に広がった光景に、息を呑んだ。
そこには常識では考えられない魔獣がいたからだ。
黒光りする鱗が幾重にも重なり、長大な体をくねらせる。
吐息ひとつで辺りの草木が白く凍りつき、地面にはひびが走る。
その巨体がとぐろを巻くたび、土が震え、空気が圧し潰されるようだった。
この階層では出るはずのない、危険指定の魔獣。
「ひ、氷喰いの……大蛇……!?」
最初に叫んだのは、腰を抜かした二年らしき生徒だった。すぐにざわめきが広がっていく。
「なんでここに……!? この階層に出る魔獣じゃないだろ!」
「そうだ! 氷喰いなんて冷気の強い深層にしか棲まないはずだろ!」
「本来なら洞窟の底みたいな極寒の場所にしか……」
あちこちから震える声で情報が飛び交う。
モンスターの姿を必死で分析し、恐怖と理性の間で均衡を保とうとしているのが伝わった。
「じゃあなんでここに?!」
「考えられるのはひとつだろ。誰かが、呼んだとしか……」
その言葉に、生徒たちの空気が一変した。
一瞬の沈黙。
すぐにざわめきが戻り、しかしその色は恐怖よりも「疑念」に染まっていた。
「誰が……こんな魔獣を……?」
「こんな場所に出てくるなんて、不自然すぎるだろ!」
「じゃあ……わざと、か?」
ぎらりとした視線が、一斉に辺りを泳ぎ始める。
何かの犯人を探すように。
誰かに責任を押し付けるように。
そして――
「……あっ」
一人がぽつりと声を漏らした。
その視線の先にいたのは、俺。
「……リュシアン……?」
じりじりと、矛先が俺に集まっていく。
(おいおいおいおい……っ!)
(違うだろ!? なんで俺に!?!?)
(いや、分かるけど! 氷属性だからって……それだけで決めつけるなよ!?)
背筋を冷たい汗が伝った。
「まあ、待ちなよ」
ざわめきを切り裂くようにカスパル先輩の声が静かに響いた。
彼は余裕の笑みを浮かべたまま、生徒たちをぐるりと見回す。
「お前ら冷静になれ。氷喰いの大蛇を呼ぶだと? そんな器用なこと、演習中の生徒にできるか?」
「でも!」
「偶然にしては……」
生徒たちがなおも食い下がろうとした瞬間――
「論理が破綻しています」
ユリウスの落ち着いた声が重なった。
彼は一歩前に出て、生徒たちを射抜くように見渡す。
「仮に彼がこの魔獣を呼んだとして、何の得があるんですか? 自分まで巻き込まれるのは明白でしょう」
「……!」
ざわめきが一瞬だけ止まる。
ユリウスはそこで言葉を区切り、静かに続けた。
「それに、氷喰いは強力な魔獣。もし“呼べる”ほどの制御力があるなら、彼はすでに上級以上の魔術師として評価されているはずです。ですが、皆さんもご存じの通り、リュシアンの実力はそこまでではない」
(おい……最後の言葉余計だろ!?)
俺は心の中で叫んだが、同時に否定の理屈をつけてくれたことに、ほんの少しだけ胸をなでおろした。
「……っ」
生徒たちの間に、戸惑いの気配が広がる。
「ま、そういうことだ」
カスパルがニッと笑い、肩をすくめる。
「犯人探しよりも先にやることあるだろ? あのでっかい蛇を、どうにかすることだ」
ざわ……と空気が揺れた。
視線が再び魔獣に向かい、恐怖と緊張が戻ってくる。
俺は冷や汗をぬぐいながら、心の中で盛大に突っ込んだ。
(いやマジで、危うく牢屋一直線だったんだけど!?)
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