未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

文字の大きさ
5 / 38

エーヴェルシュタイン家、大混乱

しおりを挟む

「ーーで?」

朝の応接室。
父であるエーヴェルシュタイン男爵――ヴィルヘルムは、こめかみを押さえながら言った。

「お前は、昨夜の夜会で」

ゆっくり、確認するように。

「同盟国ヴァイスハイム第一王子に、婚約を申し込んだ、と」

「はい」

即答。

「……六歳で?」

「はい」

「男爵家の三女が?」

「はい」

間。
男爵は、天を仰いだ。

「――誰か、夢だと言ってくれ」

「お父様、現実です」

横で母が静かに告げる。

「今朝方、正式な書状が届きました」

テーブルの上には、重厚な封蝋付きの書簡。
誰が見ても、“本物”だった。

「ヴァイスハイム第一王子リヒト殿下より、婚約予定に関する確認文……」

長女が、震える声で読み上げる。

「確認?」

「即断ではない、という意味ですわね」

次女が、妙に冷静に補足する。

全員の視線が、末席に座るリズへ集中した。

「……リズ」

父が、恐る恐る尋ねる。

「お前、脅されたのか?」

「いいえ」

「正気か?」

「正気です」

(多分)

心の中でだけ付け足す。

「理由を聞いていいか」

父の声は真剣だった。
リズは、少しだけ考えてから答えた。

「……生きるためです」

一瞬、空気が止まる。家族全員が言葉を失う。

「それ以上は?」

母が静かに問う。リズは首を振った。

「今は、言えません」

沈黙。だが――

「分かりました」

最初に口を開いたのは、母だった。

「リズがそう言うなら、我が家はリズの味方です」

「え?」

父が思わず声を上げる。

「いいのか?」

「ええ」

母は、穏やかに微笑んだ。

「この子、嘘をつく時はもっと分かりやすいもの」

(鋭い)

背筋が、ひやりとした。

「ただし」

今度は父が前のめりになる。

「王子相手だ。守るためにも家として動かねばならん」

「分かっています」

リズは小さく頷いた。
逃げるために選んだ婚約は、いつの間にか家を巻き込む大事件になっていた。


それは、夜会から二日後のことだった。
エーヴェルシュタイン家の門前に、見慣れぬ紋章を掲げた馬車が止まった。

「――ヴァイスハイム王国第一王子殿下付、側近ノア様がお越しです」

執事の声に、屋敷の空気が一瞬で引き締まる。
応接室には、ヴィルヘルム男爵と夫人、そして末席にリズが座っていた。

扉が開く。黒髪の青年が一礼した。

「初めまして。ヴァイスハイム第一王子殿下に仕える、ノアと申します」

声音は柔らかい。だが、隙は一切ない。

「この度は、突然の申し出により混乱を招き誠に申し訳ありません」

そう言って深く頭を下げた。

(……え)

リズは内心、驚いた。謝る、のだ。

「顔を上げてください」

ヴィルヘルムが応じる。

「殿下のお考えを、直接聞ける機会を頂けただけで十分です」

ノアは椅子に腰掛け、本題へ入る。

「まず、昨夜会での発言は――正式な婚約ではありません」

前提確認。

「殿下は、リズ嬢の意思を最優先にすると明言されています」

(ほんとに?)

「よって、この話は“保留中”です」

だが。

「同時に」

ノアは、視線をリズへ向けた。

「殿下は、この件を“無かったこと”にするつもりもありません」

空気が、張り詰める。

「第一王子セシル殿下からの干渉、王宮内での憶測、それらからリズ嬢を守るため」

つまり。

「ヴァイスハイムは、エーヴェルシュタイン家の後ろ盾となります」

「……!」

夫人が息を呑む。

ヴィルヘルムは、一瞬だけ目を閉じた。

「見返りは?」

率直な問い。ノアは即答した。

「ありません」

「……」

「正確に言えば」

言い直す。

「今は、です」

静かな、しかし重い言葉。

「殿下は、リズ嬢自身を見極めたいと考えています」

(……見極める)

小さな背中に、大国の視線が向けられている。

「強制はいたしません」

ノアは、最後にそう付け加えた。

「拒否される場合でも、我々は本国へ戻ります」

「ただし。その後の安全までは保証できません」

沈黙。重すぎる現実が応接室に落ちた。
ヴィルヘルムは、ゆっくりと口を開く。

「リズ」

父の声。

「お前は、どうしたい?」

全員の視線が、小さな少女に集まった。

(また、選択)

逃げ続けるだけでは生き残れない。
リズは、ノアを見上げて言った。

「――殿下に、お伝えください」

小さく、けれどはっきりと。


「私は選ばれる側だけでいるつもりはありません、と」

その場にほんの一拍の沈黙が落ちる。
ノアは、言葉を失ったようにリズを見た。
六歳の少女から出るには、あまりにも覚悟がはっきりしすぎていたからだ。

(殿下)

内心でそう呼ぶ。

(この方は守る“対象”ではなく、並んで歩く“存在”だ)

ノアは静かに一礼する。

「確かに、そのままお伝えします」

扉が閉まる瞬間まで、彼の表情は引き締まったままだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

公爵家の侍女見習い、王宮の帳簿を黙らせます―

鍛高譚
恋愛
没落寸前の子爵家に生まれたキャル・キュレイションは、公爵家で侍女見習いとして働くことになる。 高位貴族から見れば、子爵令嬢など平民と大差ない。そんな弱い立場の彼女には、ただひとつ、とんでもない才能があった。 それは――暗算。 市場の会計をごまかす商人を見抜き、屋敷の帳簿の乱れを整え、誰も気づかなかった数字の歪みを拾い上げる。 その力はやがて公爵家の中だけに留まらず、領地経営、王宮財務局、そして国そのものを動かす大きな数字へと繋がっていく。 「魔法? ただの暗算です」 けれど、数字が見えるということは、見なくていいものまで見えてしまうということでもあった。 貴族社会の冷たい現実、王宮に渦巻く思惑、そしてなぜか彼女を放っておかない王太子。 立場は弱い。権力もない。 それでもキャルは、数字を武器に、自分の居場所を切り開いていく。 これは、公爵家の侍女見習いから始まった子爵令嬢が、暗算ひとつで王宮の帳簿を読み解き、成り上がっていくお仕事成長ファンタジーです。

伯爵家の箱入り娘は婚儀のまえに逃亡したい

瑞原唯子
恋愛
だから、きっと、恋を知らないままでよかった。 伯爵令嬢のシャーロットはもうすぐ顔も知らないおじさまと結婚する。だから最後にひとつだけわがままを叶えようと屋敷をこっそり抜け出した。そこで知り合ったのは王都の騎士団に所属するという青年で——。 --- 本編完結しました。番外編も書きたかったエピソードはひとまず書き終わりましたが、気が向いたらまた何か書くかもしれません。リクエストなどありましたらお聞かせください。参考にさせていただきます。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

処理中です...