未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

文字の大きさ
6 / 38

リズ誘拐事件

しおりを挟む


社交界にひとつのニュースが流れた――
エーヴェルシュタイン男爵家三女のリズ・エーヴェルシュタインが、ヴァイスハイム第一王子リヒト・ヴァイスハイムと婚約したことだ。

華やかな噂と祝福の声が、王宮内外を少し騒がしくしていた。
しかし、リズにとっては表向きの喧騒は遠くの音のようで、日常はほとんど変わらない。
食事の時間、勉強の時間、庭での散歩。
些細なひとときは、巻き戻り前とほとんど変わらなかった。

今日はそんな変わらない日常のひとコマ――セシル王子とのお茶会の日だった。
八歳の王子は、まだ子どもでありながら聡明で物怖じしない。

(どうしてこんな子が、私に興味を――)

巻き戻り前も、そして今回も、リズはそう思わずにはいられなかった。

応接室に並べられた小さなティーカップを前に、リズは静かに座っていた。

「ふふ、リズ。最近楽しそうじゃないか」

セシルは、ほんの少し大人びた笑みを浮かべる。
小さな手でカップを持ちながらも、その目は鋭い。

「ええ、平凡に過ごしていますけれど」

リズはにっこりと微笑む。表情は穏やかだが、言葉の端には情報を隠す慎重さがある。

「へえ、そうか。じゃあ教えてよ、今話題の――ヴァイスハイムのリヒト王子との婚約、どう思ってるか」

セシルの声は低く、遊び心が混じる。
だがその瞳には単なる好奇心以上のものがある。

リズは一瞬考え、紅茶を一口飲む。

「婚約ですか、そうですね、私に関わることは私が決めます。それが答えです。」

微笑を絶やさず、だが確実に駆け引きの余地を残す。
セシルは小さく唸る。

「なるほど……そうやってはぐらかすのか。でも楽しそうな顔をしているじゃないか」

リズはゆっくりとティーカップを置く。

「楽しそうに見えるのは、単に紅茶がおいしいからですよ、殿下」

言葉は軽やかだが、目の端に小さな挑戦の光が走る。
するとセシルはにやりと笑った。

「ふーん、じゃあその婚約、僕のせいで気が重くなったりしてないよな?」

子どもらしいいたずらっぽさが混じるが、計算された質問だ。
リズは肩をすくめる。

「殿下のお気遣いはありがたいですが、心配する必要はありません」

にこりと笑みを浮かべるリズをセシルは小さな手を机に置き、真剣な眼差しで見つめる。

「リズ……僕はまだ諦めてないからな」

声は低く、でもどこか子どもらしい熱意が混じっている。
リズは一瞬考え込み、紅茶のカップを手で包みながら微笑んだ。

「ええ、殿下のお気持ちはよく分かりましたわ」

その笑みは柔らかく、だが言葉の端には確かな距離と自由の意思がある。

「どうぞ、ご自由に」

静かに、遠回しに。リズの言葉はまるで、

「好きにしてもらって構いません。でも私は私の道を行きます」という宣言のようだった。

セシルは唇をゆるめて小さく笑う。

「ふふ……じゃあ、もっと面白くなりそうだな」

まだ子どもらしいいたずら心を覗かせながら、それでも目はリズを簡単には諦めない決意に光っていた。
廊下には静かな午後の日差しが差し込み、二人の微妙な駆け引きと互いの心の火花が揺れていた。


お茶会を終えた後、庭園の廊下には静寂が漂っていた。石畳に反射する月光が、白い壁や花壇を淡く照らす。だが、リズの目には異変の予兆が映っていた。

――ひやり。

背筋をなぞる、嫌な感覚。理由はない。
ただ、いつもより空気が重い。

振り返る前に足音が増えた。
正面と背後、両方。逃げ道を塞ぐ動き。
雑だが人数で押すつもりらしい。

「エーヴェルシュタイン嬢」

低い声。同時に、口元に布が押し当てられる。

(薬……効きは、強すぎず弱すぎず。……情報を引き出すつもりか)

リズは抵抗しなかった。
小さく身を預け、力が抜けたふりをする。


次に目が覚めるとそこは馬車の中だった。ガタゴトと揺れる車内に、かなり荒い道を走っていることが分かる。揺れは一定。進行方向、速度、人数――すぐに把握できる。

手首と足首は縄で拘束。だが、魔力封じはない。

(本当に、甘い)

靴底に仕込んだ小型ナイフの存在を確認し、リズはあえてまだ動かない。

馬車の外で、男たちが話している。

「第一王子のお気に入りだ」
「人質にすれば金も地位も手に入る」
「殺せば、第二王子殿下の評価も上がる」

(反第一王子派閥、か。目的も思考も単純)

十分に聞いたところでリズはそっと目を開いた。
まず音を吸収する薄い膜を、馬車内に張る。
次に、靴底からナイフを抜き縄を切る――音はしない。

次に立ち上がると深く息を吸う。

(拘束は、外から)

馬車の扉が開く瞬間、リズは指先を軽く弾いた。淡い光が地面に広がり男たちの足元に魔力の輪が浮かぶ。

「なっ――」

声を上げる前に、光の鎖が絡みつき全員の動きを止めた。悲鳴も、抵抗も、意味を成さない。

「動かないでくださいね」

リズは静かに言った。声は幼いがそこに迷いはない。

「今から質問します。答えなければ、拘束を“少しだけ”強めます」

男たちは蒼白になる。必要な情報はすぐに揃った。指示系統、拠点、協力者。

リズは満足そうに頷き今度は伝令蝶を呼び出す。
小さな光の蝶が生まれ、夜空へ溶けていく。

――位置、確保。
反第一王子派閥による誘拐事件。全員拘束済み。

すぐに返事が来た。

――確認した。待機せよ。

(少し暇だな)

リズは拘束された男たちを見下ろし淡く微笑んだ。

「では待つ間に……もう少し詳しくお話ししましょうか」

夜の馬車の中。泣き叫ぶことすら許されない沈黙の中で、誘拐は完全に失敗に終わった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

公爵家の侍女見習い、王宮の帳簿を黙らせます―

鍛高譚
恋愛
没落寸前の子爵家に生まれたキャル・キュレイションは、公爵家で侍女見習いとして働くことになる。 高位貴族から見れば、子爵令嬢など平民と大差ない。そんな弱い立場の彼女には、ただひとつ、とんでもない才能があった。 それは――暗算。 市場の会計をごまかす商人を見抜き、屋敷の帳簿の乱れを整え、誰も気づかなかった数字の歪みを拾い上げる。 その力はやがて公爵家の中だけに留まらず、領地経営、王宮財務局、そして国そのものを動かす大きな数字へと繋がっていく。 「魔法? ただの暗算です」 けれど、数字が見えるということは、見なくていいものまで見えてしまうということでもあった。 貴族社会の冷たい現実、王宮に渦巻く思惑、そしてなぜか彼女を放っておかない王太子。 立場は弱い。権力もない。 それでもキャルは、数字を武器に、自分の居場所を切り開いていく。 これは、公爵家の侍女見習いから始まった子爵令嬢が、暗算ひとつで王宮の帳簿を読み解き、成り上がっていくお仕事成長ファンタジーです。

伯爵家の箱入り娘は婚儀のまえに逃亡したい

瑞原唯子
恋愛
だから、きっと、恋を知らないままでよかった。 伯爵令嬢のシャーロットはもうすぐ顔も知らないおじさまと結婚する。だから最後にひとつだけわがままを叶えようと屋敷をこっそり抜け出した。そこで知り合ったのは王都の騎士団に所属するという青年で——。 --- 本編完結しました。番外編も書きたかったエピソードはひとまず書き終わりましたが、気が向いたらまた何か書くかもしれません。リクエストなどありましたらお聞かせください。参考にさせていただきます。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

処理中です...