未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

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リズ誘拐事件

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社交界にひとつのニュースが流れた――
エーヴェルシュタイン男爵家三女のリズ・エーヴェルシュタインが、ヴァイスハイム第一王子リヒト・ヴァイスハイムと婚約したことだ。

華やかな噂と祝福の声が、王宮内外を少し騒がしくしていた。
しかし、リズにとっては、表向きの喧騒は遠くの音のようで、日常はほとんど変わらない。
食事の時間、勉強の時間、庭での散歩。
些細なひとときは、巻き戻り前とほとんど変わらなかった。

今日はそんな変わらない日常のひとコマ――セシル王子とのお茶会の日だった。

8歳の王子は、まだ子どもでありながら聡明で物怖じしない。

(どうしてこんな子が、私に興味を――)
巻き戻り前も、そして今回も、リズはそう思わずにはいられなかった。

応接室に並べられた小さなティーカップを前に、リズは静かに座っていた。

「ふふ、リズ。最近楽しそうじゃないか」

セシルは、ほんの少し大人びた笑みを浮かべる。
小さな手でカップを持ちながらも、その目は鋭い。

「ええ、平凡に過ごしていますけれど」
リズはにっこりと微笑む。
表情は穏やかだが、言葉の端には情報を隠す慎重さがある。

「へえ、そうか。じゃあ教えてよ、今話題の――ヴァイスハイムのリヒト王子との婚約、どう思ってるか」

セシルの声は低く、遊び心が混じる。
だがその瞳には単なる好奇心以上のものがある。

リズは一瞬考え、紅茶を一口飲む。

「婚約ですか……そうですね、私に関わることは、私が決めます。それが答えです。」

微笑を絶やさず、だが確実に駆け引きの余地を残す。

セシルは小さく唸る。

「なるほど……そうやってはぐらかすのか。でも、楽しそうな顔をしているじゃないか」

リズは、ゆっくりとティーカップを置く。

「楽しそうに見えるのは、単に紅茶がおいしいからですよ、殿下」
言葉は軽やかだが、目の端に小さな挑戦の光が走る。

するとセシルはにやりと笑った。

「ふーん、じゃあその婚約、僕のせいで気が重くなったりしてないよな?」

子どもらしいいたずらっぽさが混じるが、計算された質問だ。

リズは肩をすくめる。

「殿下のお気遣いはありがたいですが、心配する必要はありません」

にこりと笑みを浮かべるリズをセシルは小さな手を机に置き、真剣な眼差しで見つめる。

「リズ……僕は、まだ諦めてないからな」

声は低く、でもどこか子どもらしい熱意が混じっている。

リズは一瞬考え込み、紅茶のカップを手で包みながら微笑んだ。

「ええ、殿下のお気持ちはよく分かりましたわ」

その笑みは柔らかく、だが言葉の端には確かな距離と自由の意思がある。

「どうぞ、ご自由に」

静かに、遠回しに。リズの言葉はまるで、

「好きにしてもらって構いません。でも私は私の道を行きます」という宣言のようだった。

セシルは唇をゆるめて小さく笑う。

「ふふ……じゃあ、もっと面白くなりそうだな」

まだ子どもらしいいたずら心を覗かせながら、それでも目は、リズを簡単には諦めない決意に光っていた。

廊下には静かな午後の日差しが差し込み、二人の微妙な駆け引きと、互いの心の火花が揺れていた。


お茶会を終えた後、庭園の廊下には静寂が漂っていた。
石畳に反射する月光が、白い壁や花壇を淡く照らす。
だが、リズの目には異変の予兆が映っていた。

――ひやり。

背筋をなぞる、嫌な感覚。
理由はない。ただ、いつもより空気が重い。

振り返る前に、足音が増えた。
正面と背後、両方。
逃げ道を塞ぐ動き――雑だが、人数で押すつもりらしい。

「エーヴェルシュタイン嬢」

低い声。同時に、口元に布が押し当てられる。

(薬……効きは、強すぎず弱すぎず。……情報を引き出すつもりね)

リズは抵抗しなかった。
小さく身を預け、力が抜けたふりをする。

視界が暗くなる直前、
彼女は一瞬だけ、魔力を極限まで静めた。

――気配を消すためではない。“あとで正確に動くため”だ。

次に目が覚めるとそこは馬車の中だった。ガタゴトと揺れる車内に、かなり荒い道を走っていることが分かる。揺れは一定。進行方向、速度、人数――すぐに把握できる。

手首と足首は縄で拘束。だが、魔力封じはない。

(……本当に、甘い)

靴底に仕込んだ小型ナイフの存在を確認し、リズはあえてまだ動かない。

馬車の外で、男たちが話している。

「第一王子のお気に入りだ」
「人質にすれば金も地位も手に入る」
「殺せば、第二王子殿下の評価も上がる」

(反第一王子派閥……目的も、思考も単純)

十分に聞いたところで、リズはそっと目を開いた。

まず、小細工魔法。音を吸収する薄い膜を、馬車内に張る。

次に、靴底からナイフを抜き、縄を切る――音はしない。

立ち上がり、深く息を吸う。

(拘束は、外から)

馬車の扉が開く瞬間、リズは指先を軽く弾いた。
淡い光が地面に広がり、男たちの足元に魔力の輪が浮かぶ。

「なっ――」

声を上げる前に、光の鎖が絡みつき、全員の動きを止めた。
悲鳴も、抵抗も、意味を成さない。

「動かないでくださいね」

リズは静かに言った。
声は幼いが、そこに迷いはない。

「今から質問します。答えなければ、拘束を“少しだけ”強めます」

男たちは蒼白になる。
必要な情報はすぐに揃った。指示系統、拠点、協力者。

リズは満足そうに頷き、今度は伝令蝶を呼び出す。
小さな光の蝶が生まれ、夜空へ溶けていく。

――位置、確保。
反第一王子派閥による誘拐事件。
全員拘束済み。

すぐに返事が来た。

――確認した。待機せよ。

(……少し暇だな)

リズは拘束された男たちを見下ろし、
淡く微笑んだ。

「では、待つ間に……もう少し詳しく、お話ししましょうか」

夜の馬車の中。泣き叫ぶことすら許されない沈黙の中で、誘拐は、完全に失敗に終わった。



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