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私の名前は、アリーシア・コールフォード・ティアトリード。
『コールフォード』は、母の姓だ。
つまり私は、ティアトリードの名を名乗ることを許されてはいるが、正式に儲けられた子女ではない、ということ。
私の母は、ティアトリード家当主である父の側妾だった。
もともと没落寸前の貴族の娘だったらしい。実家への金銭的援助と引き換えに、その美貌を売ったのだという。
そして、私が産まれた。
私は、父――ティアトリード侯爵の長男だった。
だから母は、私が男であることを隠したのだ―――。
当然のことながら、母を娶る以前から、父には正式な妻が居た。
しかし、その正妻と父の間には、まだ跡取りとなるべき男子が産まれていなかった。
側妾でしかない女が長男を産んだと分かれば、最悪、母子ともども殺されることにまでなるかもしれない。
ティアトリード家は、三公爵家に次ぐ名家であるのだ。その跡継ぎの座がかかっているとなれば、醜い女の嫉妬によって、それだけの大事にまで発展したとしても、全くおかしくも何ともないだろう。
それを懸念した母によって、産まれた私は“女”だったと父に伝えられた。
父は、産まれた子供のことなど、女だと聞くや興味すら失せたようで、おざなりに私の顔を、文字通り“見に来た”だけだったという。絶対にバレるはずもない。
女だという報告を鵜呑みにした父から、私は『アリーシア』という女名を与えられ、庶子として認知だけはされた。
以来、産まれてこのかた約二十五年間、男の身でありながら、女としての人生を生きてきたのだ。
さすがに、そろそろ女装するにも無理のある年齢となってきてはいたが……とはいえ、そこは母譲りの女顔と、力仕事とは無縁の生活による細い身体のおかげで、何とか“痩せ過ぎて貧相な女”として、まだ誤魔化しは効いていた。
私が男であると知るのは、母のいない今となっては、もはや私付きの侍女として産まれてからずっと仕えてきてくれた乳母だけだ。
その乳母とも、神殿を出るにあたって一方的に引き離されてしまった今、ここにはもう、その秘密を知る者は誰も居ない――はずだった。
――なのに……また新たに、それを知る人間が増えてしまった……。
そして今、私はその人間――シャルハ殿下の小姓に扮しているようなハメとなっている。
耳の下あたりにまで短くザンバラだった髪を切り揃え、与えられたユリサナの男物の衣装に身を包んだ私は、どこからどう見ても男でしかなかった。――少しばかり…いや、かなりの女顔であることは、どうしても否めないけれど。そもそも体型が痩せぎすに加え凹凸にも乏しいので、男にしても貧相だが、女としたら残念すぎることこのうえもないのだ。
こう晴れて男の姿に戻れることを、夢にまで見て望んでいたというのに……しかしこの事態は、あまり歓迎したくない。
取るものも取り合えず着の身着の儘で逃げ出してきた私には、着替えすらなかったし、これを着ろと差し出されたものを着るほかに選択肢は無かったのだけど……それでも、何か釈然としないのは、いた仕方ないことだろう。
私が寝かされていた部屋も、シャルハ殿下の部屋に続く、小姓など身の回りの世話も兼ねる側近に与えられるべき控えの間だった。
どうやら、私の正体に気付いていたと同時、殿下はそういう心づもりだったらしい。
だから自動的に、シャルハ殿下の側近中の側近だというカシム副官にまで、私の秘密を知られてしまうこととなった。彼の協力なくしては、さすがに殿下も一人でここまでは出来なかっただろうし。
とにかく、どこまでもこの御方の掌で踊らされているだけしか他に方法はないのか、と……思うだに、やはり不愉快なこと、このうえもない。
「とりあえず国王陛下にだけは、君のことを知らせておかなければならないだろうな」
そして「仕方ないよね」と向けてきた微笑みにゲンナリする。
――『知らせてもいいよね?』とかじゃなく『仕方ないよね』などと言ってくるあたり、もう反論の余地もなく決定済みなんじゃん……。
私の吐いたタメ息をどう解釈したものだろうか、「大丈夫、陛下は話が分かるお人だから」という応えが返ってきた。
「ある程度は君のことを話しておかなければ、この騒ぎを収めてもらうことも出来ないからな。――じゃないと、君の父上の処分も決められない」
「…あんなクソ親父、問答無用で爵位剥奪してくださって結構ですが?」
「それを決めるのも陛下だよ」
「殿下は、その陛下の裁定をも覆せるお立場だと、うかがっておりますが?」
「それもあながち間違いではないが……とはいえ、そこまでするのは、よっぽど本国ユリサナにとって利にならぬ裁定が下された時だけだな。それ以外については、おおむね何も口出しはしないさ。この国の内政に関わることは、この国の役人によって決めさせなければならない。我々は、その仕組みがきちんと働いているかどうかを監視するためだけに、ここに居るのだから。――現状、その仕組みの礎を作らせている最中だから、まだ皆に浸透しておらずとも仕方のないことだがな」
思いのほかマトモに返ってきた返答に、少しだけ驚く。
――どこまで俺様な皇子様かと思っていたら……案外ちゃんとした為政者なんだ……。
「まあ、そういうわけで、近いうちに陛下とも会ってもらうことになるだろう。その心づもりはしておいてくれるかな、アリー?」
――確かに、男の姿で『アリーシア』と呼ばれるわけにはいかないでしょうけれども……。
そう親しげなまでに『アリー』とか気安く呼ばれてしまうのも、どことなく抵抗がある。
とはいえ、そんな細かいことをグダグダ言っている場合でもないということも理解していたので、私は素直に「わかりました」と頷いておいた。
丁度そこで、ノックの音と共にカシム副官が顔を出す。
「目下捜索中のアリーシア嬢のことで、陛下が殿下との会見を御望みとのことですが……」
「おや、丁度いいことだな。こちらからも面会を願い出ようかと考えていたところだ」
「そう思いましたので、お受けする旨をお伝えしておきました」
「さすがだな、カシム」
「いえ、さすがなのは陛下でしょう。最初から、こちらに断る余地など与えられていなかったようですよ。――『すぐに行くから首根っこ掴んで縛り付けておけ』というお言葉を共に賜りました」
「まったく……そう毎回毎回、逃げるはずも無いというのに……」
「殿下が信用されていないだけですよ」
「そんなこと、とっくの昔から知ってるさ」
という会話が終わる頃には、だんだんと扉の向こうが騒がしくなってきたのが、私にもわかった。
「…おや、もういらしたようですね」
「仕方ない。では、こちらも迎えに出るとするか。――行くよ、アリー?」
――って、早くない!? 心の準備、まだなんですけど……!!
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