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Ⅰ章.カンザリア要塞島 ─トゥーリ・アクス─
【1】_2
*
俺の飛ばされた先――カンザリア要塞島。
それは、我が国の歴史に何度となく登場する、大陸最南端の国境の要衝だ。
現在、我が国・サンガルディア王国は、このオージアヌ大陸内に幾多ある国家の中で最も広い国土を有している大国である。
そうなるまでには当然、幾多の戦乱をくぐりぬけてきた。他国を滅ぼし自国に併合する、そのような方法で国土を拡げてきたからだ。
しかも戦火は、今もなお止むことは無い。
サンガルディアの国土は、今や大陸の南端から中央部までをも占めるものではあるが、その東西北に隣接する中小国との小競り合いが未だ絶えないのである。
軍人にとっては、そういった戦乱で武功を挙げることこそが、出世への最短ルート。
ゆえに、国境付近の最前線に設けられた要塞や砦へ赴任することは、軍人にとって、栄転と呼ばれるにも等しい。
しかし……唯一の例外が、カンザリア要塞島だった。
大陸最南端部、二つの半島に囲まれた湾の、その内海と外海との狭間に浮かぶ島――カンザリア島。
その南端からは、海を隔てた向こうに、ユリサナ大陸全土を国土とする大国・ユリサナ帝国の北端を臨むことができる。
切り立った絶壁に囲まれ、複雑に入り組んだ潮流に護られている、まさに“天然の要害”と呼ぶに相応しい島の偉容――そこに目を付けたのが、古のサンガルディア王だった。
王は、ユリサナ軍の上陸を阻むべき防衛の最前線拠点を、このカンザリア島に置くことを決めたのである。
地形の利はそのまま生かしつつ、島そのものが丸ごと一大軍事拠点として設えられ、最大級の規模を誇る要塞へとその姿を作り変えられた。
以後『カンザリア要塞島』と、この島は呼ばれるようになる。
そして、その武力と地の利をもって幾度となくユリサナの大軍の上陸を退けては、まさにその名に恥じぬ活躍を見せつけてきた。
とはいえ今は、その面影や見る影もなし、といったところか―――。
もう何十年かは前のことになるが、サンガルディアとユリサナの間で国家間同盟が結ばれ、南端での戦乱は一切なくなったのである。
以来、形ばかりの要塞となったカンザリアは、もっぱら『軍人の墓場』と呼ばれるようになった。
戦乱の無い前線は、体のいい軍人の左遷先となったのである。
そんな現在のカンザリア要塞島全体を統べる総司令官という頂点に立つのが、
総督――レイノルド・サイラーク。
この島が“墓場”と呼ばれるべきならば、それを治める者にとっても、また然り。
もともと彼は、王に仕える宰相の一人として王宮に勤めていたエリート官吏だったという。
貴族とは名ばかりの、さほど名門でもない出自ながら、前王にその能力を見出され、宰相の地位にまで上り詰めた。
しかし、前王の逝去で現王が即位し、新王中心の体制へと移り変わると共に、旧体制の寵児であった彼は遠ざけられ、結果このカンザリア要塞島へ総督として赴任を命ぜられることとなった、と―――。
「ま、体のいい厄介払い、ってとこなんだろうねえ」
カンザリアに着いた俺を迎えにきた『当面の君の世話係』と名乗る、見るからに話好きそうで口も軽そうで、ついでに歳も自分とそう離れていなさそうな伍長どのが、歩く道々、嬉々としてそれを教えてくれた。こちらから聞いてもないというのに。
およそ軍人らしくない彼のその様子から、なんとなくこの島全体の気質もうかがえるようだ。まがりなりにも最前線の要塞勤務、とはいえ、こう戦乱も起こらなければ平和ボケするのも当然かもしれない。
それに加えて、船で幾らもかからない距離にある陸には開けた港街もあり余暇の気晴らしにも事欠かない、という恵まれた立地である。そう頻繁な行き来があれば、ただでさえのんびりしている南方の気質を知らぬ間に身に付けてしまっていたとしても、決しておかしくはないだろう。
「で、アクスくん。…だっけ? 君には当面の間、その総督閣下付きとして働いてもらうから、そのつもりでヨロシク」
「――それはつまり、総督付き小姓として、ってことですか」
「まあ、そんなとこだね。こまごまとした身の回りの雑用とか、あと護衛ね」
「………またかよ」
思わずチッとした舌打ちと共に漏らしてしまった、その呟きを。
見るからに他人のゴシップが三度の飯より好きそうであるこの伍長が、聞き逃してくれようはずもなかった。
「え? え? なになに? 『また』ってことは君、前のところでも小姓やってたの?」
思いのほか勢い込んで食い付かれ、ここは多くを語らぬのが得策かもしれないという咄嗟の判断で、「まあ一応…」と言葉を濁して返すだけに留めてみるも、
「ああ、そういえば君、ここの前は近衛騎士団にいたんだっけ」
――さすが腐っても世話係、せっかくコチラが多くを語らなかったところで、面倒をみることになる部下の身上はシッカリがっちり把握済みということか。
「噂じゃー近衛って、新米が小姓を務めることになってるっていうよね。じゃあ君は、入団間もない新米の分際で早々にカンザリアまで飛ばされちゃった、ってことかい? 一体、何やらかしたの君?」
「いや別に、とりたてて言うホドのことは何も……」
「てーか、ぶっちゃけ小姓なんて、さほどの仕事でもないじゃない。だいたいが上官の機嫌をうかがってハイハイ言うこと聞いてりゃいいんだから。体力と少しの機転さえあれば誰にでも出来るし。近衛騎士団なんて、特に新人は若くて美形ばかりなんだから、上官だってちやほや可愛がってくれるってーモンじゃない? それを左遷、って……そんなの、よっぽどのことでもない限りありえないね! それこそ、上官の急所にでも噛み付いたりしない限りは、絶対にありえないでしょ」
「だから……俺は噛み付いちゃったんですよ、その急所に」
「あははははー、まったまたー面白いこと言っちゃってー」
なんだ、軽く流してくれるなら願ったり叶ったりだな、と俺も、さも今のは冗談でしたと言わんばかりに「ですよねー」と愛想笑いで軽く応えてみたものの。
やおらクルリとこちらを振り返る伍長。ものっすごい真剣な表情で。
「――つか、マジで?」
「はい?」
「今の、マジ急所? 比喩とかじゃなく、マジでアレ? この急所?」
それこそ『まさか』と笑い飛ばして誤魔化すこともできたが、どこまでも真剣な表情で自分の股間を指さして尋ねる彼の迫力につられ、うっかり素直にこくこくと首を縦に振ってしまった。――その途端、
ぶーっと唾まで飛んできそうな勢いで吹き出される。
間髪いれず、続いて俺を指さしての一人大爆笑。…なんて失礼な。
「うっわー、近衛がホモの巣窟だって噂、ホントだったんだー!」
「笑い事じゃないですよ。俺にとっちゃ災難以外のナニモノでも無い」
「んー、だろうねー、見るからに君、そういうことできなさそう!」
――そういうアンタは、どんなことでも平然とやってのけられそうですよね……。
なんてことを、すかさず口からぽろっと出してしまいそうになったが、そこは何とか押し止めた。こんな人間とはいえ、まがりなりにも今後の上役となる人間なのだ。またヘタ踏んで左遷させられるハメとなってもつまらない。よく云うだろ、〈口は禍のもと〉って。――今の俺には至言すぎて泣きそうだ。
ムッツリと口を噤んで押し黙った俺とは対照的に、ようやく疲れてきたのだろうか、はあはあ荒い息の合間に「あー腹が痛いー」などと呻きながら涙目で伍長は、それでもとりあえず笑い声だけは引っ込めて、口許にまだニヤニヤ笑いを残しつつではあったものの、改まったように俺へと向き直る。
「ま、そういう君なら大丈夫なんじゃないかな」
「…何がですか」
「総督閣下付き小姓、っていうお勤めがさ」
「………それは嫌味ですか俺に対する」
「いやいや、違うって。そういう君の性格、総督閣下と合いそうだなーって思っただけだよ」
「『合いそう』……?」
「うん、だって総督閣下って……」
そして彼が告げた言葉は、今後直接の上官となるであろうその人へと俺の関心を向けるには充分すぎるものだった。
「総督閣下こそ、ホモ大ッ嫌い! ていうお人だしね」
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