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Ⅰ章.カンザリア要塞島 ─トゥーリ・アクス─
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「――『アクスくんが総督を落とす』に、三千!」
いきなり目の前でそれを言われて、思わず俺は食べていたものを噴き出しそうになった。
夕食時の食堂の喧騒の中。もちろん言い出したのは伍長だ。
それに便乗するように周囲まで「あ、俺も『落とす』に千」「いや、無理な方に三千だな」などと、好き勝手に囃し立てる。
「あ、逆に『アクスくんが総督に落とされる』って方が、ひょっとしたら早いかも?」
――いや確かに、もう既に『落とし』ても『落とされ』ても、いるんだけどね。
てーことを、わざわざ歩くゴシップ誌のようなこの人に正直に打ち明けるつもりなぞサラサラ無い。もしもバレようものなら、即日で島中に広まってしまうのは必至だ。そんな事態になった暁には、俺が総督に殺される。…いや過言ではなく。
「あのね伍長……最初に俺に『総督を押し倒そうだなんてことは考えるな』って釘を刺したのは、どこのどなたでしたっけ?」
俺の返しにもシレッと「それはそれ、これはこれ」と受け流した伍長は、
「だって、二人仲よく朝帰りのうえ、あんな“お姫様だっこ”とか見てしまうとねー、やっぱ期待しちゃうよねー二人のロマンスとかさー」
「……あれはもう忘れてください頼むから」
伍長の言う“お姫様だっこ”――それは数日前、あの嵐のあった翌日のことである。
森から帰還するにあたり、立ち上がれない総督を一人で馬に乗せることなぞ、当然ながら出来るハズもなく。
よって、俺が総督を抱きかかえるような格好で、一つ馬の背に同乗し帰還したワケだったのだが。
総督の具合を気遣って、そうそう馬足を速めることも出来なかったため、結果、ものっすごい人目につく時間の帰還とあいなってしまったのだった。
そうなると当然、馬から降りた後、俺が“お姫様だっこ”で総督を部屋まで連れて行く姿も、ばっちり大多数に目撃されたに違いなく―――。
「ちゃんと話したでしょ? あれは、総督が落馬して腰痛めて動けなくなったから、それで仕方なくのことだ、って」
――そう、総督が動けなくなっている理由を、咄嗟に俺はそう言い繕ってしまったのだ。
以来、それを言及されるたびに、もう何度となく繰り返すハメになっている。
「その所為で、ここ数日ホンッット総督ご機嫌ナナメなんだから。いい加減、もう触れないであげてくださいよ」
――それは本当である。
ただでさえ、女子供のされるが如く馬上で抱えられて帰らなければならなかった…のみならず、馬から下りたら下りたで“お姫様だっこ”なんぞされなければならなかった、そのことも屈辱だというのに、それが衆目にまで曝されるハメとなった挙句、あろうことかその理由が、自分の大得意な乗馬で失態したことにされてしまったのだ。
帰還してきた俺たちを見て驚いた厩舎の馬番に、何があったのか尋ねられ、咄嗟の苦し紛れで俺が『実は総督が落馬して腰痛めちゃって…』と適当に返してしまったのが、そもそもの発端ではあるのだが。
反論したい気持ちはヤマヤマだったろうに、とはいえ、それ以上に適切な言い訳も思い当たらなかったとみえて、膨れっ面で顔を真っ赤にしながらも黙ってそういうことにしてくれた。――後でこっそり『私が落馬なぞするはずがないだろう!』と、ものっすごい力で耳を引っ張られたが。
とにかく、それ以降どこへ行っても、『もう腰は大丈夫ですか』だの『嵐の時に落馬したなんて大変でしたね』だのと気遣われるし、直接そう言われることはなくても噂されている言葉が耳に入ってくるしで、そのたびに総督のご機嫌が急降下で下がりまくりなのである。
そのたびに『もとはといえば貴様の所為で…!』と当たられるのは、当然ながら、常に近侍している俺しかいない。――いや実際、俺の所為には違いないのだけれども。
「当たられる俺の身にもなってください。そんな総督相手じゃー、もはやロマンスどころじゃないですよねー……」
――ホントもう泣きそうだ。
半分本気でそう愚痴った俺に、「いやいや、僕は脈アリとみるね!」などと、神妙な顔つき…のわりには内心で面白がっているだけだろう雰囲気も全開に、そんな好き勝手なことを伍長は言う。
「アクスくんだって、総督のこと、そう嫌いでも苦手でもないでしょ? むしろ好きでしょ?」
「まあ、それはそうですが……」
「総督も同じなんじゃない? むしろ、これまで男に不愉快な想いばかりさせられてきた分、不埒な真似に及ぶこともなく仕えてくれるアクスくんのことは、今や相当のお気に入りになってることと思うけど?」
「そうだったら、俺も嬉しい限りですけどね……」
「だから、たかが八つ当たりなんかに挫けてちゃダメだよアクスくん! そこを乗り越えてこその愛!」
「いや、だから……」
「総督だって人間だしね、押せば落ちるよねきっと! だから、頑張って! どうぞ押せ押せで総督を落としてチョーダイっ!」
「――伍長……その倍率って、今どのくらい?」
「ざっと十倍、ってとこかな? やっぱ、どうしてもまだ『突進したアクスくんがアレちょん切られて終わる』予想も根強くってさー、どっちも大穴ぽいからイマイチ伸びが悪いってゆーか……」
「…………」
「とにかく、君たちのロマンスについては島中が行方を見守ってるからね! とりあえず頑張れ!」
「――どこまで儲けたいんだよアンタは……」
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