涯(はて)の楽園

栗木 妙

文字の大きさ
31 / 50
Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─

【2】_3

 
 




「――うっわ何この子、すっごい可愛いんだけど!」


 それが、初めてまみえた国王陛下の、私を見やるなり発された第一声―――。


 あの、シャルハいわく『クセ者』王太子の父親なのだから、さあ鬼が出るか蛇が出るか…と、こちとら重々しく構えて謁見の間に臨んだというのに。
 ――なんだ、このオッサンは……。
 あまりにも軽い物の言い様に、思わずくらりとした眩暈すら覚えた。
 いくら公的ではない、あくまでも私的な謁見だからとはいえ……その言い様は、あまりにもはっちゃけ過ぎなのではなかろうか。
 やおら王は、おもむろに立ち上がってつかつかこちらへ歩み寄ってくるや、ふいにしゃがみ込み、間近から改めて跪く私を見つめた。
 呆気にとられたあまり、私はポカンと顔を上げたまま、その視線を受け止めていることしか出来ない。――よく側近のお方がたに怒られなかったものだ。我ながら、思い返すだに無礼にもほどがある。
「なるほど、ねえ……」
 ひとしきり私をまじまじと眺めた後、そう言ってにやりとした笑みを浮かべる。
「これは、あの馬鹿息子も夢中になるだろうさ」
「え……?」
「しかも、あのユリサナの坊っちゃんまでホネヌキにしてるとは……やるなぁ、おまえ」
「あ、あの……?」
「まあ、堅っ苦しいことは抜きにして、ちゃっちゃと話を進めちまうか。――おい」
 呼ばれて、側に控えていた側近と思われる人物の一人が、王の側近くまで歩みを進める。
「これは、私の身の回りを取り仕切る侍従長でな、おまえには、まずこれの補佐から始めて貰うつもりだったんだが……でも、やめた」
「「は……?」」
 意図せずして、私と件の侍従長とやらの声がハモった。
「どうやら、おまえは面白そうだ。特別に書記官の一人に加えてやる。子爵位があれば身分的にも問題は無いしな、特別に世話係の一人でも付けてやろう。――そう手続きしとけ」
 向けられたその末尾の言葉を受け取った侍従長が引き下がっても、私一人だけが、まだ事態を飲み込めていなかった。
 ――このオッサン……いま、なんて言った……?
 私の耳がちゃんと聞こえていたのなら、私を書記官の一人に加えると……そう、言わなかっただろうか?
 書記官といったら、王を筆頭に議会を成す官僚の末席である。名目は記録係だが、それでも議会へ参画する権利も持っている役職。
 ――それを、私にやれ、と……?
「…なんだ、不服か?」
 ふいに向けられたその言葉に、「め…滅相もないっ!」と、咄嗟にぶんぶん首を横に振って応えていた。
「ただ、突然の大役で、わたくしめに務まるかどうか不安で……」
「なあに、王太子とユリサナ皇族の推薦があるんだ、こんなもん大したことでもないだろう」
「そんな畏れ多い……」
「おいおい、あの武術大会で優勝かっさらった時の覇気は、どこへ行ったんだ? 大した猫かぶりだな」
 ――そうだった……あの武術大会は、御前試合でもあったんだっけ……。
 お言葉のみで、直接お目見得できる機会は賜われなかったが、それでも王は特等席から戦う私のことを見ていたはずだ。
「あの時は、さすがに顔までは判らなかったからな……でも、そこまで強い男相手に、あのファランドルフ家の坊っちゃんがあそこまで『可愛い』『マジ可愛い』って溺愛するワケが、ようやく今わかったわ。確かに、これは可愛い仔猫ちゃんだ」
 ファランドルフ家の坊っちゃん――つまり、アレクのことに相違ないだろう。王家とも縁続きである名家の彼であれば、王と面識があってもおかしくはない。が……、
 ――よりにもよって王に何を吹き込んでるんだアレクーっっ……!
「ファランドルフ家の末っ子坊主は、あの試合でおまえを『絶対に良い騎士になる』と、我がことのように自慢していたが……どんな因果なんだろうな、こうなっちまったのは」
「ご期待に副えず、申し訳ありません……」
「なあに、おまえが謝るのはお門違いというものだ。とにかく、おまえは私の世話なんぞちまちま焼いているよりは、頭を使う方面に向いていそうだしな。せいぜい頑張って励んでくれ」
「はい……ありがとうございます……」
 そして王は、私が下げた頭をぽんぽん、軽く叩いて応えてくれた。
「早く出世してこいよー? 私は可愛コちゃんを侍らせるのが、何よりも大好きなんだからなっ!」


 そして私は、甚だ不遜なことながら、国王陛下をこう認識した。――スケベオヤジ、と。



感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。