涯(はて)の楽園

栗木 妙

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Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─

【2】_7

 
 




「――どういうことだ、これは?」
 思わず傍に立つアレクへ食ってかかった。
「なぜおまえが、私の警護役などにならなくてはいけないんだ!」


 あの後、秘書官を下がらせて、わけもわからぬままアレクに従い陛下のもとへと向かった私を待ち受けていたのは、彼を私付きの護衛とする旨の、陛下直々による下知だった。
 王により近い重臣には、一人ないし二人の近衛騎士が護衛として付けられる慣例があることならば、私とて知っている。
 今や宰相の地位にある私のもとにも、その話は前々から出てはいた。
 しかし、私自身で断ったのだ。
 自らの周囲に“柵”を巡らせている私にとって、自分の仕事の役にも立たない余計な人間を身近に置くことは、出来るだけ避けたかったからだ。加えて、剣ならば多少、腕に覚えもある。常に帯剣もしているし、わざわざ近衛騎士を付けてもらわずとも、剣に物を言わせなければならない何かがあれば、自身で何とか出来る自信もあった。
 また本音を言えば、近衛騎士の腕をそこまで信用していない、ということもあった。大部分を貴族出身者で占められる近衛騎士は、剣の腕より己の美貌を磨いて有力者に取り入ろうとする軟弱者が多すぎることを、加えて、そういう輩に限って男色を好んでいるらしいということをも、この頃にもなると私も重々知っていたからだ。
 ゆえに王も、私の我が儘を快く許してくださった。
 だから以来ずっと、私は近衛騎士を側に置くことは無かった。
 ――なのに……なんで今、よりにもよってアレクなんだ!
 陛下は、私にそれを告げた際、『こいつなら、おまえが側に置くにも足りるだろう?』と、笑っておっしゃられた。
 ファランドルフ家は王家と縁続き、陛下いわくアレクは『親戚の小坊主』だし、アレクいわく陛下は『親戚のオッサン』だ。その関係から、アレクの抜きん出た剣術の腕前も、そして私との親しい間柄も、陛下に全て伝わっているものと思われた。
 それで断り切れず、渋々その話を受諾して、二人で陛下の執務室を後にしてきたようなわけだったのだが……。
 当然、どうしてこうなったのかと、文句の一つも言わずにはいられなかった。
 執務室を出て、回廊の隅に足を止めて、後ろをついてきていたアレクを振り返るや食ってかかったのだった。


「おまえは、警護になんて付かなくてもいいご身分だろうが!」
 王宮内の要人警護に当てられる騎士は普通、近衛騎士団に属する三等騎士だ。
 今やアレクは二等騎士にまで昇進しているはずだ。二等騎士が警護の任に当てられるとすれば、国王陛下と、それに準ずる王妃と王太子、もしくは国外から迎えた賓客、に対してのみでしかありえない。
 また仮に三等騎士のままであったとしても、ファランドルフ家という名門出身のアレクが、その職務に当てられるはずもなかった。名門家出身の近衛騎士が警護の任を外されるのは当然のことだし、するとしても近しい親族の警護のみと相場が決まっている。
 二等騎士で、かつ、名門家出身、というアレクが、どうして今さら宰相ごときの警護要員に回されることになるのか、まずそこからが疑問だった。
「おまえも無理矢理やらされているのなら黙っている必要はないのだぞ! おまえが嫌だと言えば、陛下だって……」
「――それは違う」
 やおら私の言葉を遮って、アレクが口を開いた。
「今回の人事は、俺から頼んだことだ」
「なんだって……?」
「サイラーク宰相の警護に自分を付けて欲しいと、俺自身で団長と陛下に頼んだんだ」
 その告げられたどこまでもキッパリとした言葉で、驚きのあまり絶句した。
 二の句が継げないとは、まさにこのこと。
 頼まれた近衛騎士団の団長も、さぞかし困ったことだろう。いかに部下とはいえ、まがりなりにもファランドルフ家に連なる彼の申し出を無下にすることも出来ず、仕方なく陛下へ泣き付――もとい相談した。その経緯が目に見えるようではないか。
「なんで……どうしてそんな、しょうもない真似を……」
 何とか絞り出した言葉に、少しだけアレクが顔をしかめる。
「この俺の厚意を『しょうもない』とは、ずいぶんな言い草じゃないか」
 それが久々に会う友人に言う言葉か! と、おもむろにアレクは私の鼻を摘まみ上げる。
 幼い頃から、よくやられていたことだ。少しでも生意気な返答をすると、アレクは容赦なく私の鼻を摘まみ上げた。
 だが今は、それを懐かしがっている場合ではない。
「ふざけるな!」と、鼻を摘まむ手を全力ではたき落とす。
「なにが厚意だ! あんなもの、ただの余計な世話だ!」
 あの時の……秘書官から件の噂を聞いた時の、あの憤りが甦る。
 ――これで私は、また陛下の御名を貶めてしまう……!
 私の警護にアレクを――既に二等騎士にもなっているファランドルフ家出身の騎士を付けたと知られれば当然、それも人の口に上ってしまうだろう。
 そうなれば、陛下が私を寵愛しているのだという馬鹿げた噂に、また火種を投下することにもなりかねない。
 私を寵愛するあまり陛下が無理矢理なされたこと、と捉えられてしまったら、一体どうしてくれるのだ。
「アレクは、王宮の噂など気にもしていないかもしれないが、いま陛下は……!」
「――知っている」
 そこで静かに、アレクの声が私を止めた。
「おまえと陛下がデキている、とかいう馬鹿げた噂のことなら、ちゃんと知っている」
「知っているなら、なんで……!」
「知っているからこそ、おまえを放ってはおけなかった」
 これでも一応は兄貴だからな、と微笑むアレクを正視できなくて、思わず唇を噛んで俯いた。
 アレクの気持ちは、すごく嬉しい。私のよく知るアレクなら、そうしてくれても全くおかしくはなかった。昔からアレクは、私を一人にしないように、いつも気にかけてくれていたから。
 だから今も、その気持ちが感じられる。――自分が傍に居るのだから一人で苦しまなくてもいいんだよ、と。
 しかし、アレクがそうしてくれることで陛下の名誉が傷付くのであれば、私は一人で苦しむことこそを選ぶ。――そうでなければならないのだ。
 伝えようと口を開く。
 だが、アレクの言葉の方が、一呼吸、早かった。
「おまえが王太子のもとで召し抱えられたと聞いた時から、俺がどんなに心配していたと思っているんだ」
「え……?」
「さっきも……中庭での王太子とのやりとり、俺も見ていた」
 思わず息を飲んだ。
 やおら思い出される。自身に向けられた、棘のある王太子の言葉を。
 ああやって、取り巻き連中の見ている前であからさまに切られた私の姿は、もう明日にでも広まってしまうことだろう。
 ――私が何を言われるのは一向に構わないのだが……これ以上、陛下を貶める噂になどならなければいい……。
 ああまでして王太子が私を拒絶した姿は、あの噂を更に裏付けてしまう一因となりはしないだろうか。
 それを思って眉をしかめた、そんな私の表情を見たアレクがどう思ったのだろう、相変わらず淡々とした口調ではあったが、心配そうな色を声音にのぞかせて、言葉を続けた。
「いけ好かないやり方だとは思ったが……でも、これで、おまえと王太子の関係が切れたと思えば、少しだけ安心した」
「アレク……?」
「レイン……俺が何も知らないと、思うなよ?」
 ふいに鋭いばかりの眼差しを向けられて、思わず背筋をぞくっとした悪寒が走り抜けた。
「おまえが王太子と関わって、何を知り、何を思ったのか……それを俺だって、わかっているつもりだ」
 我知らず、唇が戦慄いた。
 言われた言葉で思い当たってしまったのは、そうであって欲しいと願った、その対極にあるものだった。
 ――アレクにだけは知られたくない……アレクには何も知らないままでいて欲しい……。
 続けられる言葉が、それを確信に導く。
「おまえをハルトと同じ目には、遭わせたくはなかったのに……」
「――なぜ……」
 震える唇が、それでも何とか言葉を紡いだ。
「なぜ、それをアレクが知っているんだ……!」
「…てことは、おまえも知っているんだな、ハルトのことを」
 カマを掛けられた、と気付いた時には、私はアレクに腕を掴まれ、引き寄せられていた。
 そのまま抱きしめられ、耳元に囁かれる。
「俺を側に置いておけ、レイン。俺は、おまえの理解者となれる」
「でも、アレク……」
「陛下のことなら気にするな。どこまでも暢気なオッサンだからな、噂なんざ気にもかけちゃいないだろうよ」
「しかし、それでも私は……」
「これは陛下の命令でもあるんだ。陛下は俺に言ったぞ、おまえの良き理解者になってやれ、と。そして、おまえを助けてやってくれ、ともな」
「陛下……」
 思わず私は、アレクの胸に縋り付いた。
 こうまでして私を気にかけてくれる陛下の気持ちが、ただただ嬉しくて仕方なくて、また、どこまでも申し訳ない想いで一杯だった。
「だから話せ、レイン。おまえの抱えている全てを」
 私の身体をより強く抱き寄せて、声も低くアレクは囁く。
「この俺だけが、おまえの理解者となれる。おまえの想いを共有できる。――そうだろう、レイン?」
 私は、その言葉に抗うことなど出来なかった。
 溢れてくる涙と共に、アレクの胸の上、私は呟く。


「――助けてくれ、アレク……!」



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