涯(はて)の楽園

栗木 妙

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Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─

【2】_10

 
 




 気が付くと、自分の執務室に併設された仮眠室の寝台に寝かされており。
 枕元では、アレクとシャルハが心配そうに私を覗き込んでいた。
「気が付いたか、レイン? 気分はどうだ?」
「大丈夫か、レイ? どこか痛むところは無いか?」
「ああ……大丈夫だ、何ともない」
 言いながら、身体を起こす。
 身体を起こしても、特に酷い痛みらしきものはない。床に倒された際の打ち身らしき感じがあるくらいだ。ずっと寝ていた所為でか頭は重くスッキリしないが、これも時間が経てば元に戻るだろう。
 どうやら引き千切られた衣服は、二人のどちらかが着替えさせてくれたらしい。無事だった下はベルトが外されているだけでそのままだったが、寝苦しくないようにという配慮なのか、上は薄手のシャツ一枚のみを着せられていた。この仮眠室に予備の着替えを幾つか置いておいてよかった。
「私は……どれだけ寝ていた?」
「そこまで長い時間じゃないぞ。せいぜい一刻半から二刻くらいだろう」
「そうか……では、そこまで強い薬ではなかったようだな」
「「――薬!?」」
 途端、二人の声がハモった。
「何か飲まされたのか!?」
「何を飲まされたんだ!?」
「何かはわからないが……寝ていただけなのだったら、おそらく眠り薬だろう。目が覚めたということは、どうやら毒ではなかったようだから、心配するほどのものでもないだろう」
「あいつら……絶対に殺してやる……!」
 低い声で呻くシャルハを、「だから、やめておけ」と私は制した。
「助けてくれたことは礼を言う。ありがとう。しかし、報復は考えなくていい。万一おまえに何かあったら、そのほうが困る」
「そうは言っても……」
「しかしシャルハ、おまえが何故ここにいるんだ?」
「レイに会いに来たに決まっているだろう!」
 夜会で会えるだろうと思って楽しみにしていたのに一回も来ないから…などとボヤいたシャルハは、今回の祝賀に招かれた来賓の一人である。
 彼は、もう王都の大使館には住んでいない。昨年ユリサナでの御代替わりに伴い、既に帰国していた。
 そして今回、今やユリサナ皇帝となったお父上の名代として、皇太子であるシャルハが、再び我が国を訪れることになったのである。
 連日の式典に加え夜会にも出席していた彼だったが、私が最後の最後まで全く顔を見せないので、それで今夜、夜会を途中で抜け、この執務室まで押しかけてきたのだそうだ。
 警備は何をしていたんだ…と頭を抱えた私とアレクの前で、事もなげに「撒いたに決まってる」としゃーしゃーと仰るこのユリサナ帝国皇太子殿下を、間違っても殴るわけにもいかない。
 そうして一人身軽になって行ってみたらば、あいにく私はアレクと共に陛下のもとへ行っていたから執務室には不在であり、しばらく待ったものの一向に戻ってくる気配も無く、それで夜会の場に戻るべく回廊に出てきたら、私が襲われていたところに遭遇した、――と。そういうわけだったらしい。
「よりにもよって私のレイを眠らせて手籠めにしようと企むなど、なんて卑劣な! とてもじゃないが赦し難い!」
 ――誰が『私の』だ、どさくさに紛れて。
 とは、とりあえずこの場は言わないでおく。言ったら言ったで後が面倒そうだ。
「絶対に報復して……!」
「だがシャルハ、相手がどこの誰かがわからないのだから……」
「いや、あれは見たことがある」
「は……?」
 あんなに暗かったのに? と目を丸くした私に、「顔は見えなくても体格でわかる」と、自信満々で答えるシャルハ。――それこそ、他人の空似だったらどうするんだ。
「君は抵抗するのに一杯で、そこまで気にかけてはいなかっただろうが、わりと特徴のある奴らだったぞ。走っていく姿で、どこか見たことがあると思ってもいたんだ」
 そういえば、と思い出した。
 彼の特技だったっけ。どんなに変装しても、髪型を変えようが普段と違う格好をしようが、それでもシャルハは人を見抜いてしまうのだ。
 そのシャルハが告げる。どこまでも自信たっぷりに。
「ようやく思い出した。――あの二人、王太子宮で見かけたことがある」
「――王太子だと……?」
 突然出てきた名前に私がドキリとしたと同時、そこでアレクが驚いたように口を挟んだ。
「その王太子から、レイン、おまえにと言伝を頼まれたぞ」
「え……?」
「夜会の場で、あっちから声をかけられた」
 アレクは夜会の場にいる父上のもとへ向かったが、行ってみたら、用など無い、呼び出してもいない、と言われ、呼び出されたこと自体が虚偽だったことが判った。
 何らかの作為を感じ、慌てて私の元に戻ろうとした、その去り際に王太子から声をかけられたのだそうだ。
 その後、ここに戻る途中で眠る私を抱えたシャルハと出くわし、ここまで連れて帰ってきてくれたらしい。
「それで……殿下は、私に何て……?」
「『父の誕生祝いに私から秘蔵の酒をお贈りしたよ』と。どういうことなのか尋ねたが、『それを言えばレイノルドならわかるだろう』としか言われなかった」
 唐突に心臓がどくっと嫌な音を立てた。
 どんな符牒だろう。――私が飲まされた薬、陛下に贈られた酒。
 ――どちらにも王太子が関わっている……?
 その途端、がばっと掛けられた毛布を剥ぐと、勢いよく寝台から飛び降りていた。
 脳裏を過ぎった“最悪の考え”に、居ても立ってもいられなくなった。
「レイ……?」
「どこへ行く、レイン!」
 寝台から降りるや歩き出した私の腕を、アレクが掴んで引き止める。
「落ち付け! 何があった?」
「陛下は……」
「は……?」
「陛下は、今どこにいらっしゃる? 夜会の席か?」
「いや、もう夜会はお開きになる頃合だから、そろそろ自分の部屋に戻られているんじゃないか?」
 聞くや、アレクの腕を振り払って、予備の服の中から出した上着を羽織る。――これならば失礼に当たらない程度には見苦しくないだろう。
 そのまま私は、仮眠室を出るべく扉へと向かった。
「レイン!」
 再び引き止めたアレクを振り返り、私はひとこと、それを告げる。
「陛下のところへ行く」


 私は、陛下より特別に、約束なしの訪問も許されている。
 取次に出てくれた侍従もそれは心得てくれているのか、少しだけ待たされた後、すんなり陛下のもとまで案内してくれた。
「――どうした、レイノルド?」
 振り返った王は、私の背後に、アレクだけでなくシャルハの姿もあるのに気付き、驚いたように目を瞠る。
「これは豪勢なお友達まで連れてきたな」
「突然の訪問、申し訳ありません」
 そこは如才なく、シャルハが礼をとって謝罪の言葉を申し上げる。
「夜会のついでに旧友へ会いに行っていたのです。そこで、このサイラーク宰相が陛下のもとへうかがうことを聞き、図々しくも同行させていただきました」
「気にすることはない。宰相には、いつ来てもいい許しは出しているからな」
 言って、陛下が私を見やる。
「とりあえず座りなさい。話を聞こう」
 そして示された、いつもの盤戯用のものではない、来客用の応接椅子に、王と向かい合うようにしてシャルハと私が腰を下ろした。アレクは護衛として傍らに立ち控える。――もちろん、王より「おまえも座れ」とのお言葉は下されたが、「服務中ですから」と、頑なにアレクはそれを拒否した。
「しかし、ちょうどいいところに来た。息子から誕生祝いにと良い酒を貰ったものでな」
 王が立ち上がり、部屋の隅、盤戯用の小卓に置いてあった酒瓶を取り上げる。
「寝酒にでもしようかと開けたところだったんだ。せっかくだから皆でどうだ」
 どくっと心臓が鳴る。嫌な汗が背筋を滑る。
「ああ……そういえばレイノルド、おまえは酒が飲めないとか言って……」
「――いえ! 是非いただきとうございます!」
 食い気味の返答に、一瞬だけ、王は勢いに呑まれたかのように口を噤んだが。
 やおら「そうか」と頷くと、侍従を呼び、人数分の杯を用意するよう伝えた。
 しかし私は、そちらを見てはいなかった。
 視線が釘付けだった。――さきほどまで酒瓶の置かれていた卓の上、飲みかけらしき酒の注がれていた硝子の杯に。
 どくん、どくん、と心臓が揺れる。
「陛下は……その酒を、もう口にされたのですか?」
「いや、まだだが……」
 そこで私の視線の先に気が付いたらしい陛下が、「ああ、それは」と、欲しかった答えをくれる。
「まだ注いだだけだ。いざ飲もうとしたところでおまえたちが来たからな」
「よかった……」
 ぽそりとしたその呟きを聞き付けて、訝しげにシャルハが「レイ?」と隣りから声をかける。
 しかし私は、それを振り切るように立ち上がっていた。
「陛下! 御無礼、失礼いたします!」
 そのまま、その硝子の杯のもとへと駆け寄ると、手に取るや一気に呷る。
「レイノルド?」
「レイ?」
「レイン!」
 三者三様の声が私の背中へ投げかけられた時には、既に私は杯を飲み干していて、空になったそれを元のとおり卓上に戻していた。
 ――うん……大丈夫、特に何とも無い。
「どうしたんだ一体? その酒が、どうかしたのか?」
 私のもとへ王が近寄ってきて、そう気遣わしげな声をかける。
「いいえ……何もありません、さすが王太子殿下の目利き、とても美味しい酒にございました。陛下より先に口を付けた御無礼、平にお詫びいたします」
 言いながら私は、一歩後ずさりして、王から距離を置いた。
「夜分の突然の訪問、大変失礼いたしました」
 そして頭を下げると、やおら踵を返す。
 そのまま扉へと向かうと、王の部屋から飛び出した。


 アレクとシャルハの二人も私を追って王の御前を辞したことは、追いかけてくる足音が教えてくれた。
 部屋を出てとりあえず走ってはみたが、やがて追い付かれ、腕を掴まれた。
「――いい加減にしろ、レイン!」
 少しだけ息を切らせてアレクが、怒りもあらわに私を見下ろす。
「どういうことだ、あれは!」
「レイ……どうしたんだ、一体?」
 やや遅れて追い付いたシャルハが、心配そうに私の肩に手を置いた。
「レイン……ひょっとしておまえは……!」
 言いかけたアレクの言葉を、「今は話せない」と、皆まで言わせず遮った。
 声をひそめて、それを続ける。
「誰に聞かれているかもわからないところでは、話せない」
 その言葉に、ぐっとアレクが言葉を噤んだ。
 それを目にしてから、ようやく私は、どこまでも静かな声で告げる。
「とりあえず私の部屋まで戻ろうか」


 執務室に入り扉を閉めるなり、いきなりアレクが私の肩を掴んだ。
「――あれは毒見だろう、レイン?」
 前置きも何も無く低い声で呟くように発された、その言葉に背後でシャルハが息を飲んだのがわかった。
「おまえは……王太子が陛下に毒を盛るとでも思ったのか……?」
「最悪の可能性として、思い浮かんだだけだ」
「なんで、そんな危険なことを……!」
 掴まれた肩に、より力が込められる。
「一人で勝手なことをするな! もし酒に本当に毒が入っていたら、どうなっていたと思っている!」
「何事もなくてよかったじゃないか。さすがに、そこまで王太子も人でなしではなかったようだぞ」
「気楽なことを言うな! 死んでからじゃ遅いんだ!」
「私が死んでも、陛下が助かるのなら充分だ」
 あくまでも淡々と応えるだけの私に、どうやら苛ついたのだろう、アレクが凄まじい形相になって睨み付けてくる。
「――吐け」
 そして、地獄の底から響いてくるかのような凄みのある声で、おもむろに、それを言った。
「胃の中の全部、残らず吐き出して来い!」
「それは出来ない」
「なんだと……?」
「何も入っていなかったと見せかけて、ひょっとしたら遅効性の毒が入っている可能性もある。これから効いてくるのかもしれないのに、吐き出すわけにはいかない」
「だったら尚更だ! 死ぬ気かレイン!」
「死んでもいい、それで陛下が助かるなら」
「――――!!」
 やおら、アレクがギリッと音でも聞こえてきそうな強さで、唇を噛み締めたのがわかった。
 と同時に、私の襟首が掴まれる。
「だったら無理にでも吐かせるまでだ!」
 そして「おい、シャルハ!」と、振り向きもせずに背後にいるシャルハへと乱暴に声を投げた。
「盥にでも何でも水汲んで持って来い!」
「は……?」
「いいから、早くしろ!」
 ――久々に見たな、ここまでブチキレたアレクなんて。
 外面を重んじるアレクにしては珍しい、シャルハが礼を尽くすべきユリサナ皇太子であることが、綺麗さっぱり頭の中から吹き飛んでしまっているようだった。今のアレクにとってシャルハなぞ、ただの後輩でしかないのだろう。懐かしくも学生時代が思い出される。昔も、よくこうやってアゴで使われていたっけ―――。
 …などと、のんびり回想に耽っている場合ではなかった。
 このままでは無理矢理アレクの手で吐かされてしまう、と焦った私は、襟首を掴む手から何とか逃れようと、まさに暴れるようにして身体を捩った。
「お願いだから、私のことは放っておいてくれアレク!」
「うるさい! 大人しくしてろ!」
 そして、まるで私を引きずるようにして窓へと向かう。きっと屋外で吐かせようとするつもりなのだろう。
 それが分かったから、必死で私も抗った。引きずられまいと、懸命に床の上で両足を踏ん張る。
「私の邪魔をするな、アレク! 陛下にもしものことがあったら、一体どうする気だ!」
「どうもこうもない! 酒に毒が入っている可能性を、陛下へ言えばそれで済む!」
「そんなことは許さない! 陛下を悲しませるようなことは、絶対にさせない! 絶対に許さない!」
 ぴたり、と……そこでアレクの足が止まる。
 その隙に、自分を掴む手を渾身の力で振り払った。
 すかさず飛び退いてアレクと距離をとると、改めて彼を見据え、それを告げる。
「たとえアレクであっても……私は、陛下を傷付ける者を、絶対に許さない!」
「レイン……」
「たとえどんなに歪んでる馬鹿王子でも、王太子は陛下の愛情を受けている、たった一人の息子なんだぞ! その愛息子に命を狙われたと知れば、その悲しみは如何ばかりのものか……それに事が大きくなれば、陛下は自らの手で王太子を処断しなければならなくなる……息子を手にかけなければならない苦悩まで、陛下が背負わせられる必要はないんだ!」
「だからといって、王太子の策略に、おまえが巻き込まれて死んでやる必要なぞも、どこにある!」
「陛下さえ生きていてくだされば、私の命なぞ、どうだっていい!」
 ふいに、我知らず自分の目から涙が零れ落ちたのがわかった。
 ぎょっとしたようにアレクが息を飲んだ隙に、私はなおも言い募る。
「きっと陛下は、私がした毒見で、その可能性に気が付いたはず……でも、だからきっと、あの酒を飲んでしまうだろう。どこまでも王太子を信じたいと願っていらっしゃる陛下だから……」
 かつて『親馬鹿だ』と笑った陛下の悲しそうな笑顔が、脳裏を過る。
 その気持ちを、私は護り通してさしあげたかった。言ってみれば、ただそれだけのことでしかない。
「陛下には、余計なことを知らせないでくれ……あの御方が王太子を信じたいと願う心を、どうか壊さないでさしあげてくれ……」
 お願いだから…と、言いながら私は膝を付いていた。
 そのまま頭を下げると、溢れる涙がぽたぽたと床に落ちて、幾つもの染みを重ねてゆく。
「わかってくれ……私は陛下を、お護り申し上げたいだけなんだ……」
 部屋の中、沈黙が下りる。
 ただみっともなく泣きじゃくる私の嗚咽の音だけが、そのしじまに響いていた。
「――では、そう…だというのか……?」
 ふいにもたらされた、その呟くように発されたシャルハの言葉。
 それが、ひとときの沈黙を破り、私へと語りかけられた。
「あの噂は本当なのか、レイ?」
「シャルハ……?」
「夜会で聞こえてきた、下衆な噂……国王陛下と君が愛人関係にある、などと、決して信じてはいなかったが……」
「当たり前だ! そんな噂、根も葉もない!」
 それを聞くや私は、言ったシャルハを睨み付けて、まるで武器のように言葉を彼へと向けて叩き付けた。
「貴様まで噂に踊らされているのか、シャルハ! 陛下のお人柄は、おまえも良く知っているだろう! そのうえで、なおも陛下を侮辱するのであれば、この私が許さない! たとえユリサナ皇太子であろうと、絶対に容赦はしない!」
「――そこまでして庇うのは、何故だ?」
「なんだと……?」
「レイ……陛下を気遣う君の言葉は、ただの主従としての域を超えているのではないかと思うが」
 言われて、ぐっと言葉に詰まる。
「そうまでして君が陛下を護りたいとする理由は、どこにある?」
 唇を噛んで、俯いた。
 ――そこまで言われて、今ようやく気が付いた。
 自分の気持ちに。
 思いのほか愕然とする自分が、そこにいた。
 ふいに付いた膝に力が入らなくなって、そのまま床へしゃがみ込む。
「決して……陛下は私に、そういう意味で指一本すら触れてくださることなど、絶対に無いのに……」
 涙と共に、ぽろぽろと言葉が零れてゆく。とりとめもなく。
「ただ父親のように、私を広く大きな愛情で包んでくださるだけなのに……こんなにもあさましい想いを抱えているのは、私一人だけなのに……」
 ようやく今、自覚した。
 ――ああ、私は陛下を愛しているのか……。
 王である姿に頼もしさを覚え、優れた為政者としての姿に尊敬の念を抱き、父親としての姿に敬愛の情を寄せながら……その裏で、女のように抱かれたいと願っている自分。
 自分に触れてくる王太子の手を、これが陛下のものだったらいいのにと、何度思っていたことだろう。
「私は、陛下の“愛人”にすら、なれないのに……」
 それでも、ただ傍に在りたかった。それだけでよかった。
 陛下が健やかに笑って過ごしていてくださる、それだけで私の心は満たされる。
 そのためならば、私は何だって出来る。
 たとえ、息子として以上の愛情は貰えなくても―――。
「私の存在が陛下の名誉を貶めてしまうのであれば、いっそもう、死んだ方がいい……頼むから、誰か殺してくれ……」
「――もういい、レイン」
 いつの間に傍に来ていたのだろう、すぐ近くからそう言ったアレクが、しゃがみこんでいた私の肩を抱いていた。
「もう何も言うな。――おまえの気持ちは、よくわかったから」
「アレク……」
「おまえの気持ちを尊重しよう。俺は、もう何もしない。だから安心して、泣きたいなら泣け」
 その言葉を聞きながら、突然なにかが喉元までせり上がってきて、堪え切れず私はアレクの首にしがみついた。
 と同時に、自分の口から、呻きとも叫びともつかないものが洩れてくる。
 もう、自分では止められなかった。
 そのままアレクの肩に顔を押し付けて、堰を切ったように泣いていた。
 心の奥底から湧き上がってくる、生まれて初めて感じる恋情を、泣く以外にどうすれば鎮められるのか、この時の私にはわからなかった。


 ――そして翌朝。
 通常通りに動き始めようとしていた王宮に、国王陛下の訃報がもたらされた―――。



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