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Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─
【2】_11
*
アレクに泣き付いた私は、そのまま仮眠室に泊まることとなった。
『おまえが王宮にいれば、俺もこのまま傍に付いていられるから』と、アレクから言ってくれたからだ。
一晩中、私の傍に付いて、夜中になって私が苦しんだりしないか、身体の具合に何か変化が起きないか、見張っていてくれると申し出てくれたのだ。
私に何かあれば、すかさず陛下のもとへと駆け付けるよう、約束もしてくれた。
泣き疲れた私を仮眠室の寝台に押し込んで、当然シャルハは王宮内に在る迎賓館まで送り届け、その足で近衛詰所に寄ると夜通し警護の任に就く旨を報告し、そういった全ての雑用を終えてからアレクは、私のもとへと戻ってきてくれた。
アレクに甘えて眠りに付いた私は、そして翌朝、すっきりと目覚めた。
枕元にいてくれたアレクに何もなかったことを確認し、悪い予感が杞憂に終わってくれたことを安堵した。
そして、また普段の日常に戻るべく、私は身支度を整え、アレクは私のために朝食を用意しにいってくれて……そのすぐ後のことだった。
血相を変えたアレクが戻ってきて、部屋に駆け込んでくるなり、それを告げたのだ。
『陛下が亡くなられた』、と―――。
昨日までの慶賀の雰囲気が一転した。
悲報を受けて、王宮だけでなく、王都中――いや、もはや国中が喪に服し、国民すべてが、愛すべき名君の早すぎる死を悼み、涙した。
それほどまでに陛下は、国民から慕われていらっしゃった。
王家の墓所まで陛下の遺骸をお送りする葬送行列、それを見送るべく、沿道は民により埋め尽くされた。
至るところから、進む棺に白い花が投げられる。民の手による手向けの香華だ。
行列の通った後には、まるで絨毯を敷き詰めたが如く、道が白い花で埋め尽くされんばかりだった。
ああ、この偉大な王は、これほどまでに民に愛されていたのか、と……改めて、喪ったものの大きさに、誰もが気付かされた。
――ああ、陛下……あなたはまだ死ぬべき人ではなかったのに。
主を失くして灯の消えたような王宮で、だが、それでも次の主を迎えるべく、次第に色々なものが動き始めていった。
しかし私は、その場所に居られなかった。
――義母が亡くなったのだ。
陛下の葬送行列を一目なりとも見送ろうと、家人が少し目を離した隙に、義母は部屋の窓から飛び降りたのだ。
大した高さではなかったが、打ちどころが悪く、そのまま帰らぬ人となった。
その葬儀のためもあって、陛下の葬儀が終わるや、私は自分の屋敷に引き籠った。
葬儀が終わっても、服喪を理由に王宮へ上がることを避けた。
そして、新たな国王の誕生も、その報せを、私は自分の屋敷で聞いていた。
戴冠された王太子殿下が、ルディウス八世の御名を襲名し、新たな国王として即位された―――。
輝かしくも始まった新たな御代、もはやそこに私の居場所など無かった。
王宮は、既に新王を中心として回り始めている。
このまま誰からも忘れ去られてゆくのも悪くは無い、と思った。
義母を喪った今、もうこの子爵家を護ってゆく必要も無い。
天国で、義母はハルトと会えただろうか。――おまえは約束を守ったと、だからもういいよと、ハルトは私に言ってくれるだろうか。
こんな腑抜けた私のことを陛下は、仕方ないと、笑って許してくださるだろうか。
この国に、この広い屋敷に、たった一人で取り残されて……もう生きていくことが嫌になった。
このまま誰からも忘れ去られてゆければ、それ以上のことは望まない。
だから、放っておいて欲しかった。
私が死ぬまで放っておいてくれさえしたら、それでよかったのに―――。
王宮を辞してから一月あまり経った頃。
私の屋敷までアレクが尋ねてきた。――新王陛下の使者として。
そして彼は、新王の命令を私に告げた。
それは、王宮への召喚命令だった。
「――あの御方は……どうあっても、私を放っておいてくれる気など無さそうだな……」
自嘲気味に呟くと、私はアレクに答えを返した。――諾と。
王宮から使者が送られてくるたび何だかんだと理由をつけては会わずに追い返していたら、とうとうアレクまで引っ張り出されてきた。
ジークの言い訳すら見抜いてしまうアレクには、居留守なぞ通用してくれない。
そこまでして私を引きずり出そうとするなら、仕方ない、乗ってやろうじゃないか。
「私は、腹を決めたぞアレク」
言った私の内側に、ゆうらりとした昏い炎が揺らめいたのがわかった。
熾のように燻っていたものが、いま炎を上げて再燃し始めた。
「雉も鳴かずば撃たれまいに―――」
それを呟く自分の唇が、確かに微笑んでいたことを。
誰に言われずとも、他でもない自分自身が、はっきりとそれを理解していた。
そして私は、初めて書簡を付けた伝書鳩を飛ばすこととなった。――シャルハへと宛てて。
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