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Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─
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あれから丸二日を、私は寝台の上で過ごした。
高熱を出して起き上がることさえ出来なかったのが一日。熱が下がっても、怠くて起き上がる気力すら失せていたのが一日。
三日目、ようやく自分から寝台の上に起き上がった私を見て、ずっと付ききりで看病してくれていたコルトが、慌ててジークを呼びにいった。
「おや、ようやく起きる気になりましたか」
相変わらずジークの表情はにこやかながら、その裏に『仕事を放っていつまで寝ているんだコノヤロウ』とでも言わんばかりの嫌味が、まざまざと聞こえてくるようだ。
働かなかった二日間で溜まっただろう仕事の量を思いウンザリしつつ、ここはとりあえず素直に謝っておく。
「迷惑をかけた、すまない」
「仕方ありませんね。今回のことは、あくまでトゥーリ様とシャルハ様、お二人の所為ですから」
言葉に棘は無いものの、言い方がにべもない。――これは相当、怒っているとみた。
「これに懲りて、もう色事はほどほどになさってください。痴情の縺れごときでいちいち倒れたりなぞされてましたら、終いには怒りますよ。アレク様が」
アレク様こそ乗り込んでこられてもお止めすることは出来ませんからね、などと言いながら、それでもてきぱきと手が動き、ジークが淹れ立ての薬草茶を差し出してくる。
それを受け取りながら、私も「違いない」と苦笑した。
アレクは全て知っている。――私の望みも、そのために私がしたことも。
そこに想いを同じくするアレクであればこそ、私に協力することも肯いてくれたが……それでも、出来ることなら止めたい、という想いは、こちらにまで伝わってきた。
もし私に何かあれば、きっと彼は、自分の感情など二の次で、私を助けようとしてくれるのだろう。
「アレクに怒られるのだけは、勘弁だな」
「でしたら、早く回復なさってくださいね」
口を付けた薬草茶の苦さに顔をしかめながら呟いた私に、相変わらずてきぱきと茶器を片付ける手を休めることなく、ジークは応える。
「今日までは目を瞑りますから、ゆっくり眠って充分に身体を休めて、明日からまたいつも以上に働いてください」
「わかった……ありがとう、ジーク」
そして空になった茶椀を返すと、それを受け取ってジークが、また代わりのように私へと差し出してきたもの。
掌に載るくらいの、四角い小さな箱だった。
「なんだ、それは……?」
「トゥーリ様から預かっていたものです」
――どくん、と心臓が悲鳴をあげた。
箱を受け取る手が微かに震えているのが、自分でもわかる。
「それをあなたに、と、わたくしに託けてからお帰りになられました。あなたにかなり無理をさせてしまった、と深く反省していらっしゃるご様子でしたよ。『しばらく起き上がれないだろうから充分に休ませてあげて下さい』と、わたくしに頭まで下げられまして、『謝っても許されることではないけれど、せめてもの気持ち』だと、それを残していかれました」
「そうか……」
「では、もうほとんど大丈夫そうですし、このままコルトも下がらせますよ。何かあればお呼びください」
「わかった」
そして、ずっと枕元に立っていたコルトにも「ありがとう」と告げて、頭を撫でる。
「私はもう大丈夫だから、おまえもゆっくり休みなさい。ずっと付いていてくれて、本当にありがとう」
その言葉に薄く頬を染めたコルトは、にっこり笑って一つ頷き、ジークに手を引かれて二人で部屋を後にした。
一人残された私は、手渡されたその箱を、ゆっくりと開く。
蓋を開けたら、まず折り畳まれた小さな紙が、その中身を覆うように乗せられていた。
それを摘まみ上げるや目に飛び込んできたそれに、驚いて私は箱ごと手から取り落としそうになってしまった。
慌てて紙の折り目を開く。
そこにトゥーリ独特の癖字で書かれていた文字は、いたって簡潔なまでの文章だった。
『俺の心は、常にあなたの側に』
箱の中で光るもの――それは、白銀に輝く一つの徽章。
騎士となったものが、その栄誉と共に初めて授かる、いわば騎士である証だ。
階級章等とは違って必ず身に帯びなければならない身分証ではなく、その栄誉に与った己こそを証明する、いわば勲章にも等しいもの。
これこそ、騎士である者にとっての命。
仕える主君と並び命を賭して大事に護らなければならない誇り、そのもの。
――そんな大切なものを、私に……?
「馬鹿じゃないのか、トゥーリ……!」
呟いたと同時、思わず涙が溢れ出た。
「なんで私なんかに、こんな……」
――これが、『せめてもの気持ち』だと……?
ジークの告げた彼の言葉が、耳に甦る。
「たかが『せめて』くらいのことで、騎士の命ごと投げ出すな馬鹿……!」
悪態を吐きながら、それでも、こんなにまでも私を想ってくれる彼の気持ちが、嬉しくて仕方なかった。
溢れる涙が止まらない――止められない。
『一緒に居られない代わりに、これだけでも側に置いておいて』と……そんな軽い言葉と笑顔が、目に浮かんでくるようだ。
「本当に、おまえは馬鹿だなトゥーリ……」
こんなことまでされたら、もう私は逃げられないじゃないか。自分から身を引くことも出来なくなるじゃないか。
あんなふうに、しなくてもいい想いまで、おまえに与えてしまったのに。
殺されてもいいとまで願ってしまったくらいに、おまえと共に居られなくなることさえ、覚悟したのに。
――おまえを私に縛り付けてしまうことしか、もう考えられなくなるじゃないか……!
トゥーリの“命”が、この手の中にある。――それだけで、自然と私の心は決まってしまう。
もう私は、何があろうと、どんな無様な姿を曝してしまおうとも、自分からトゥーリの手を放さないだろう。
この命ある限り、永遠に。
私から逃げることなど、許さない。
おまえの方が逃げたくなったとしても、どこまでも追いかけて捕まえてやる。
「その覚悟くらい、出来ているんだろうな……?」
呟いて私は、声を上げて笑う。
しばらくそのまま、笑いながら泣き続けていた。
寝台の上に突っ伏して、やがて睡魔に誘われるまで―――。
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