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ヒント2 ハルカさんはリア充共をぶん殴りたい
しおりを挟む多くの学生達がひしめき合う教室にて。
ハルカは、フンドシ一丁のモリモリマッチョマンと遭遇した。
未知との遭遇。世の中は不思議で溢れているんだなぁと、ハルカはぼんやりと天井を眺めながら思った。
「ハルカちゃんか、可愛い名前じゃないか。オレっちの名は次郎。オレっちは学生じゃないが……なぜここに居るかと言うと、昭和のナイスガイだからだ。アニキって読んでくれていいんだぜ? あ、お父さんでも可」
「はい、次郎さんっ。よろしくお願いします!」
「オゥ……パーフェクトスルー……中々の強者だ。よろしくな」
「私、知らない男の人の握手に気軽に応じちゃいけないって教わりました! 尻軽と思われたら負けだそうです!」
「オレ達はもう互いの名を交換した。もう知らない仲じゃないんだぜ?」
思いのほかフレンドリーな変態だ。
ハルカとしては、マッチョは好みではない。
アンニュイな表情で空を見上げるような男の方が好みだ。
でも、見ていて笑えるという意味では同じかもしれない。
自己紹介を終えた赤いフンドシの男こと次郎は、教室の奥に目をやった。
釣られてハルカも後ろを振り返る。
見ると、秋斗が瀬奈を力ずくで押さえつけ、くすぐり攻撃に夢中になっている所だった。
この男も大概変態だ。公然と卑猥な行為を働いているようにしか見えないのだが。
「あひゃひゃひゃ……あっ!? 次郎さん、あんまりハルカに近づかないで。ハルカが穢れる!」
「ひどっ!? 瀬奈ちゃんひどくねそれ?」
「フンドシ一丁の次郎さんの方がひどい」
瀬奈も、こちらの様子に気づいたようだ。
さっそく次郎に罵倒の言葉を浴びせかける。
あんまりにも酷い罵倒。瀬奈はドSなのかもしれない。みんな変態なのかもしれない。そういえば、ハルカも病院で教わったことがある。人間とは、一皮向けばみんな同じド変態なのだと。
素晴らしきかな、世界。
「よぉ次郎、どうしたんだ今日は。フンドシ一丁とは、いつにも増して変態度の高い格好じゃないか」
「秋斗まで……オレっち、変態じゃないぜよ。プールで泳ごうと思ったからこの格好になっただけだぜよ。服をクロスアウト(脱衣)するのが少々早いかもしれないが、気が早った結果だ。許せ」
「あっ、プールですか!? いいですねプール。私も泳いでみたいです!」
しゅたっと手を上げる。
一度、泳いで見たいとは思っていたのだ。
ハルカのやりたい事リストにもきっちり明記されている。
ハルカは、ノート一杯に書いたやりたい事リストの中身を記憶の片隅から引っ張り出した。
ひとつ、海で泳ぐ。
ふたつ、海の家で焼きソバを食べる。
みっつ、男の子と一緒に浜辺を散歩する。
よっつ、クラゲに刺される。
いつつ……いや、これ以上はいいか。
海でないのが残念だが、いきなり海はハードルが高いし、百歩譲ってプールで泳ぐだけでも良しとする。
「あ、でも私泳げません! どうしましょう瀬奈さん!?」
「大丈夫だ、安心しろ。この秋斗先輩が、手とり足取り――」
「私が教えるわ。大丈夫、泳ぎは得意だから」
「あっ、確かに瀬奈さんって運動得意そうですよね。秋斗さんは、次郎さんと二人で泳いでて下さい」
「あ、はい」
秋斗は絶望の表情で打ちひしがれた。
◇◇◇
そんなこんなで、プールサイドにやってきたのだ。
プールに入る前に、しっかり準備運動を。準備運動という行動自体、ハルカにとっては新鮮だ。
この体で準備運動が必要かどうかはさて置く事とする。こういうのは、様式美というものだろう。
「ところでハルカちゃん。あの二人のこと、どう思う?」
「あの二人ですか?」
次郎に問いかけられたハルカは、秋斗達の方に目をやった。
二人は、なんか凄く密着した状態でコソコソと話をしている。
なんかエロい。
「近いぞ瀬奈、なぜ腕を絡める。俺に関節技でも掛ける気か?」
「いや、ハルカがこっちの様子を気にしてるから。変な間違いを起こさないように、ちょっと勘違いさせておこうと思いたたたたた!」
「お前なんてことをぉぉぉぉっ!」
「ぎぶ、ぎぶあっぷ!」
流れるような体捌きでアームロックに移行。
しかし瀬奈も剛の者。秋斗の脚を払って体勢を崩し、反撃に移る。
壮絶なバトルが始まった。
何をやってるんだろう、こいつらはと。
ハルカは溜息をついた。
「そうですねー。率直に言って、イライラします。イチャイチャしすぎでしょう。リア充爆発しろ」
「だよねー! ああ良かった。同じ思いを共有できる仲間に出会えて」
準備運動を終えた後、瀬奈とハルカは泳ぎの練習を。
男衆二人は、むさ苦しさに堪え忍びつつも寂しく遊んでいた。
あんまりな表情に少し可哀想かともハルカは思ったが、なんか表情が気持ち悪かったので華麗にスルー。
でも、水着の女の子がその場にいるというだけで、男の子は幸せになれるらしい。二人は、次第に笑顔になっていた。
笑顔も、若干気持ち悪かった。
二時間ほど経って。
ハルカと次郎は、プールサイドに上がり休息を取っていた。
さすがに疲労困憊だ。肉体的にはどうか知らないが、精神的には。
プールの中では、秋斗と瀬奈の二人がじゃれあっている。
あの二人の体力は化け物かと、ハルカは感心した。もしかすると、リア充には疲労を感じる知性がないのかもしれない。
「はっ、水中で私に勝てるとでも思ってるの?」
「おっと、いいのか? やりあう以上は俺も全力を出すぞ。すなわち、たとえ俺が瀬奈の水着の中に腕を突っ込んで揉みしだこうが、事故で済まされるという事……!」
「なら、私が秋斗の水着の中に腕を突っ込んで握りつぶしても、事故で済まされるという事ね」
「お前、怖ぇよ!」
煽りあいながら二人は距離をつめていき、やがて取っ組み合いに。
ハルカは再び溜息をついた。この二人、なんでいっつも言い合いしてるんだろう。さっさとベロチューペロペロでもすればいいのに。や、それはそれでムカつくかもしれない。リア充死すべし。リア充は二度死ぬ。
「水中では身動きが取り辛いだろう。すなわち、腕力で勝る俺の勝利は揺るがない!」
「ふっはは、甘い! 水中で相手の腕を掴むことの難しさを思い知るがいい! 私の柔肌はスベスベだから、掴みにくいのだ!」
「む、確かにこれは……ええい、ならボディを狙えばいいのだ、ボディを! そら掴んだ……あ、やわらか」
「ボディブロー!」
「ぐべぇ」
ボディを狙われた。
効果は抜群だ!
水面にぷかーっと浮かぶ秋斗を尻目に、両腕を突き上げて勝利のポーズを決める瀬奈。
「いえーい、勝ったどー! あいあむ、ちゃんぴおーん!」
「ふへへ。試合に負けて、勝負に勝ったって奴だぜ。俺が手にしたのは、勝利よりなお尊きもの。この感触は忘れない……」
そんな光景を見ていると、ハルカのイライラ度がどんどん上昇してくる。
ああ、羨ましいと。どうしたって、思ってしまう。
私も、あんなふうに。何でも言い合える友達が欲しかったと。
ハルカは、後悔した。
「あの二人、すんごい楽しそうだよねぇ」
フンドシ一丁の男、次郎が接近してくる。暑苦しい。
ハルカは、視線を秋斗と瀬奈の二人に向けたまま答える。
「確かに。羨ましくなるぐらいに、楽しそうです」
「二人とも、視野が狭いからね。目の前のことにあれだけ集中できるのも、一種の才能だよ」
「私も、あの二人みたいに脳みそクルクルパーっぽく振る舞えば、もっと楽しそうにできるでしょうか?」
「くるくる……ハルカちゃんて、結構毒舌だよね」
「私、ずっと入院してたので」
「入院、関係あるかなぁ……」
今でこそ癖になってしまっているが、ハルカの毒舌は、当初は意図したものだった。
自分の毒舌なんて、毒にも薬にもなりはしないのだとハルカは思っている。
普通に話しても、憐れまれるだけ。ハルカの言葉は相手の心に届かない。
だから、自虐だろうが毒舌だろうが、どうにかして相手まで言葉を送り届けないと、まともに会話すらできない。
憐れまれるのは、嫌いだった。
たとえ病気でも、お先真っ暗だったとしても、普通の生を送りたい。
いつか奇跡が起きて、今みたいに学校に通えるようになったとしても。病気に打ち勝ったとしても。普通に生きられないのであれば、相手とまともに会話すらできないのであれば、わざわざ苦しい思いをして闘病生活をしている意味なんてない。
ハルカは、そう考えていた。
頭を振って、余計な考えを振り払う。
気をとりなおし、ハルカは目を輝かせながら次の話題をまくし立てることにした。
やはり話題といえば、恋。恋バナに花を咲かせてこそ、女の子というものだろう。
「ところで次郎さんって、恋人とかいたんですか?」
「唐突な話題転換っ!? しかも聞きにくい話題をズバッと……ハルカちゃん。そういうのは、空気読みながらジワジワ攻めて行った方がいいぜよ」
「すみません、私ずっと入院してたので。そういうのに疎くて……」
「その言い分も、わからなくはないんだけど。でも、今は完全にネタで言ってるよね」
「てへ、ばれました?」
「ああもう、可愛いなド畜生! 次郎さん、なんでも答えちゃおう。恋人は……いた! ってか子供もいる!」
「え、パパさん!? 若くないですか?」
次郎の外見は、二十歳そこそこといった所だ。
見た目だけなら大学生と言っても通じる。おまけに、結構なイケメンだ。
ただ、なぜだか恋人がいるようには見えなかった。
フンドシ一丁のムキムキマッチョだからかもしれない。変態は罪だ。
「ジェネレーションギャップって奴かな? オレっちの常識だと、別に若くもないんだけど。でも最近の中学生は、確かに親になるってのは実感しずらいかも。少子化って奴? オレっちが中学生だった頃は、子供の世話やら何やら頻繁にやらされてたもんだがなぁ」
「私、自分が親になるなんて事、全く想像もできませんでしたっ。ずっと入院してたので! ずっと!」
「ハルカちゃん、重い! それ、突っ込みづらいよ!」
「気軽に突っ込んでくれていいんですよ? こう、『なんでやねん!』って感じで胸をドンと」
「突っ込みたいのは山々なんだけど、絵面がなぁ……フンドシ一丁のマッチョ男、女子中学生にセクハラ行為みたいな事案にならない? 触っても大丈夫?」
「次郎さん。それ、やっぱりセクハラです」
「駄目なんじゃないか。気軽じゃないじゃん」
「軽くないといえば、私。月モノは重い方だって、看護師さん達に言われてました」
「ハルカちゃん。それもセクハラだからね?」
「私、ずっと入院してたので! そういうの、わかりません!」
「便利だな、入院。魔法の言葉かよ」
あちこちに脱線しながら、話題はやがて次郎と奥さんの話題へと移る。
次郎が語る恋話。とても古臭い話だが、ハルカにとっては新鮮だった。
そして、ノロケる次郎が大変キモかった。
「ああー、会いたい! 抱きしめたい! チュッチュしたい!」
「キス顔のまま私に近づかないで下さい、気持ち悪いです……会いたいなら、会いに行けばいいのでは? 私もお父さんやお母さんにはちょくちょく会いに行ってますよ?」
「会うと辛いんだよー。見るだけだと、切なくて死にそうになるんだよー」
「自虐ネタですか? 死ぬわけないじゃないですか」
「そう。ハルカちゃんも大好きな自虐ネタだ」
「私、別に自虐ネタが好きなわけじゃありませんけど」
「ほふぅ、彼女の姿を見ると、俺のハートは愛しさと切なさで爆発しちゃうかも。ああ胸が苦しい! 心臓が止まっちゃうかも!」
「次郎さん、重いです。突っ込み辛い」
「あっるぇー?」
こうしてハルカ達は、今日も一日騒ぎながら過ごした。
たった四人だが、ハルカにとっては十分騒がしい。
リア充には若干イラっとするが、新鮮で楽しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて夕暮れ時へ。
もう時間だ。帰らないと。夜は、少し寂しい。
ずっと一人だった頃は寂しさなんてもの、忘れてしまっていたけれど。ほんの少し人の温もりを感じるだけで、とたんに冷たさが身に染みる。
ハルカは名残惜しみつつも家に帰り、布団に潜り込んで眠りについた。
夢は、見なかった。
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