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13.武澤頼人

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「あ、あの……色々とありがとう」

「いいって! それなりに面白かったし?」

 恩着せがましくない態度に好感を抱く。9組にはルーカスの名もあった。与えられた縁を大切にしたい。

武澤たけざわだ。タケとかタケちゃんとか、そんな感じで呼んでくれよ」

「わ、分かった! えっと、オレはルーカス。ルーカス・ライブリー。呼びにくいだろうから、ケイみたくルーとかそんな感じで」

「おう! じゃあ、改めてよろしくな、ルー」

 頼人よりとは更に笑みを深くした。好意的な返しだ。手応えを感じたルーカスは更にもう一歩踏み込む。

「えっと……ケイとは中学が一緒とか?」

「いや。景介けいすけとは中3の空手のインターハイからかな」

「い、インターハイ!? すごい。ケイもタケちゃんも強いんだね」

「俺はまぐれだ。コイツとは違う」

 謙遜けんそんでもないようだ。景介はうんざりとした調子で続ける。

「俺は初戦でコイツに負けた。そんで、コイツは3位になった」

「す、すごい! 強くて、優しくて、かっこいいなんて……。イケメンの三拍子が全部揃っちゃってるって感じだね!」

 握手を求めんばかりの勢いで言う。対して頼人は目を見開き、まじまじと見つめてくる。なぜそんな目で見るのか。居心地悪く身を縮める。

「ほんっと日本語上手なのな。発音も自然だし」

「あっ! えっとね……オレ、ハーフなんだ」

 そうしてルーカスは遠慮がちに自己紹介をし始めた。日本に戻ってきた理由については触れず、景介とは3年ぶりの再会という説明に留めた。

「なるほどな~。小6の時に日本に来たってことは、小5まではアメリカに住んでたってこと?」

「ううん。アメリカにいたのは8歳……小2ぐらいまで」

 その頃の記憶を辿たどろうとすると、どこからともなくわらい声が聞こえてくる。耳障りなそれらを掻き消すように話を続けていく。

「父ちゃんが風景専門の写真家でね。それでその……根無し草的な生活に」

「根無し……?」

「転勤族っていうのかな」

「なるほどな! へぇ~! かっけぇ~なぁ……」

 感心を示す頼人。対して景介は無反応だ。罪悪感と共に湧き上がってきたのは身勝手な寂しさだった。

「……悪い。先に行く」

 景介は言うなり足早に歩き出した。頼人の呼びかけにも応えようとはしない。

「まっ、待って! ケイ……っ」

 居ても立っても居られず追いかける。あの悪夢を彷彿ほうふつとさせたから。



 ――1年9組。2階最奥にあるこの教室が向こう1年、ルーカス達の生活の中心になる。集合時間まで残り5分。室内には既に複数の人の輪があり、ぎこちなくも楽しげな雰囲気が漂っていた。

 ざっと見た感じ男女比は2:1。そのためか、男子を先に後に女子を出席番号順に並べているようだ。席は1列あたり5名。合計6列になっている。

 景介の背が、真ん中の右側、後ろから二番目のあたりで止まった。どうやらそこが景介の席であるらしい。ルーカスも景介の後に続いて歩き、彼の左隣の席に荷物を置いた。後ろの席が女子であること以外に不満な点は一つもない。右斜め後ろの席には頼人もくるのだから。

「け、ケイ!? どこに行くの?」

 荷物は持っていない。おそらくは手洗いだろう。そう思いつつも彼の後を追う。

「もう時間ないよ――っ!?」

 廊下に出ようとしたところで鈍い衝撃が走った――。


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