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91.父の期待、君の迷い

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「えっ、えっと! 今回はその……いつまでいられるの?」

「……んっ? ああ、1月いっぱい……かな」

 良い調子だ。このまま父の関心を逸らす。

「次はどこに行くの? ヨーロッパ? それとも南アフリカの方かな?」

「……っ」

 父は黙り込んでしまった。予想外だ。しかし一体なぜ。

「アスペン」

「へっ……?」

 全身が冷たくなっていく。父は言葉を選ぶように間を置き、話しを続ける。

「セッシャも来年で50になる。だから、これを機に一度ショシンにかえろうと思ってね」

 ルーカスに視線を送る。期待と遠慮を混ぜたような眼差し。母の葬儀前後に見たものと同じものだ。もう同じ失敗は繰り返さない。繰り返してはいけない。

 ――これ以上、父を失望させるようなことがあってはならないのだ。

「……付いていってもいい?」

 父だけではなく景介けいすけの目も大きく見開く。自分はそれだけのことを言っているのだ。おくして揺らぎかけた心にむちを打ち、唇に力を込める。

「秋のシーズンに、3日間とか4日間とかそのぐらいで。出来ればケイも一緒に――」

「ルー、」

「もちのろんでござるよ! 席はファーストクラス! 我が一族シジョーサイコーのオモテナシをしようではないか!!!」

 それから父は有頂天で渡航後のプランを練り始めた。そんな彼とは対照的に景介の表情は暗く重たかった。案じてくれているのだろう。景介がいれば大丈夫だ。後で二人きりになった時にでもきちんと伝えることにしよう。ルーカスは一人決意を固め、右手を強く握り締めた。



 ――シーリングライトを一番暗いものにした。暖色のほのかな明かりに包まれる。布団に入ると息をつくほどに心地が良かった。何気なく景介の方を見ると上体を起こしたまま顔をうつむかせていた。

 理由は分かっている。上手く伝えられるだろうか。往生際悪く不安にもたれ掛る。

「……無理すんなよ」

 断定から入るか。これは長丁場になりそうだ。溜息一つに、寝転んだまま景介の手を取る――。


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