Pictures~オッドアイの青年写真家は,幼馴染の美人青年画家に溺愛されて立ち直る~【完結】

那菜カナナ

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94.キャッチボール

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 景介けいすけは父に夕飯を用意する旨を伝えるなり早々に玄関に向かった。見送りは不要だと言われたが無視して付いていく。

「……5時か。6時には戻るようにする」

「え? もう5時20分だよ」

 手元の黒の腕時計を見せた。途端に景介の眉間に皺が寄る。

「くそっ……まだ1年も経ってねえのに」

 溜息を押し殺すように彼は言う。それだけ大切にしてきたということなのだろう。景介には悪いが穏やかな心地になる。

「電池が切れてるだけなんじゃないかな?」

「……だといいんだけどな」

 景介は言いながら時計を外した。

「悪い。出てる間預かっておいてくれ」

 景介の手からルーカスの手へと時計が渡っていく。大切に扱わなければ。強く意識したせいか妙に重たく感じた。

「じゃあ、行ってくる」

 黒のスニーカーを履いて歩き始める。おかしい。妙に緩慢として見える。どういうことだ。困惑している間に景介の後ろ姿が――まるで似ても似つかない母のものと重なる。

「ケイ!!!」

「っ!? 何だよ」

 考え過ぎだ。笑って誤魔化そうとするが唇は小刻みに痙攣けいれんするばかりだ。思い通りにならない。

「……心配すんな」

 景介は目元をやわらかく、口元をきゅっと引き上げる。

「おじさんはお前の敵じゃない。お前の幸せを心から願ってくれてる」

 そう言って前髪、両の上まぶたにキスをしてくれる。

「怖がる必要なんてない。大丈夫だ」

 体温と言葉が心に沁みていく。夜空の瞳は相も変わらず深く、瞬いていた。

 ――静かに閉まる扉。

 一人残された玄関で白い時計を握り締める。

「ル~ク、ホット麦茶を淹れたぞよ」

 リビングの方から間の抜けた声が飛んできた。

「はっ、はーい!」

 時計を前ポケットにしまい、足早にリビングに向かう。父は食卓についていた。彼の手前には青の、その向かいには赤色のマグカップが置かれている。二人きりだ。ポケットの中の時計を握り締める。

「さぁさぁ、座っておくれ」

「……うん」

 促されるまま席に着く。わずかも安らがない。そわそわと落ち着かず顔をうつむかせる。

「すまなかったね。この場を借りて謝らせてほしい」

「えっ……?」

「サイウンのことだよ」

 予想だりしていなかった展開に手の力も緩んでいく。

「セッシャはケイを出しにした。みんなに見てもらいたかったんだ。本当に……本当にスバラシイ写真だったから」

「そんな……っ、ただ珍しいだけで全然大したことないよ」

 フラッシュバックする。希少性。それを除けば何も残らない。同じ内容のコメントばかりが積まれていった記憶が。奥歯を噛み締め両膝の布を握り締める。

「ホントーに自分が恥ずかしくて、恥ずかしくてシカタがないよ。スバラシイなどとカンドーしておきながら、なぜスバラシイのか理解しきれていなかった」

「父ちゃん……」

 単に子煩悩がたたってのこと。お節介だと思っていた。届いていたのか。父にも。ルーカスの唇から笑みが零れる。どこで自分の好意に気付いたのだろうとずっと疑問に思っていたが。

「そっか……あの写真が……」

「ホントーにごめんね」

 ルーカスは首を大きく左右に振った。

「オレの方こそごめん。父ちゃんの話、ろくに聞こうともしないで」

 思えば父はずっと語りかけてくれていた。場を設けようとしてくれていた。にもかかわらず拒み逃げ続けてきた。今日の今日までずっと。

「本当にごめん」

 座したまま深く頭を下げる。

「仲直り……?」

「そう……だね。父ちゃんが許してくれるなら――」

「そんじゃま! さっそく!」

「……えっ?」

 父は自身の横――隣席から1台のノートPCを取り出した。黒いボディ。ログイン画面には困り顔のトラネコのアイコン。ユーザー名はL.Lとなっている。間違いない。ルーカスのものだ。

「わっ!? ちょっ、ちょっと!」

「いいじゃろ~? 仲直りしたんだから」

「しっ、したけど」

「サインイン! サインイン!!」

「うぅ……っ」

 反省などしていないのではないか。そんな疑念すら湧き上がってくる。

「キャッチボールがしたいんだ」

「キャッチボール……?」

「ルークが何を感じ、何を思ったのか。セッシャが何を感じ、何を思ったのか。写真をつーじて分かち合いたい」

 正直なところ疑念は拭いきれてはいない。変わり身の早さを目の当たりにしてしまったから。しかしそれでも首を縦に振ることが出来た。景介のお陰だ。無邪気にはしゃぐな父を少々憎らしく思いながらも、自身のPCを手に取りロックを解除した――。


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