9 / 41
九話
しおりを挟む人の行きかう鳥居の前、細莉はおろおろと不安げな瞳で周りを見回していた。
夏の厳しさも和らぐ夕暮れ時、今日はここで夏祭りが開催されている。
細莉としては現実世界での催しに堂々と参加するのは気が引けたというのが正直なところなのだが、なんてことない世間話の流れで蓮の口から興味があるなら行ってみるかなどと言われてしまえば、断ることも出来なかった。
普段から二人きりになる機会は増えてきているもののそれはあくまで夢の話。誰の目にも止まらないからこそ気恥ずかしさも薄れているのだが今日は違う。
正真正銘のデート。
細莉はそのつもりでばっちり浴衣まで着込んで今日に挑んでいた。
それでもふとした瞬間、不安が胸をよぎってしまう。
いつもは夢の中だからこそ、待ち合わせも当たり前のように出来ていたが、現実でも蓮は本当に来てくれるのだろうか。
遊び相手になると言ってくれたのは夢の中の話だけで、現実ではそうはいかないのではないだろうか。
まだ待ち合わせ時間でないにも関わらず、行きかう人の顔を確かめては目を伏せる。
細莉の不安の表れはもう何十回と繰り返されていた。
「悪い、待たせたか?」
蓮が現れたのは待ち合わせの時間より五分ほど早い時間だった。
やけに周りを気にしていた細莉を見て、あまりにもベタな台詞が口をつく。
「待って、ない……」
弱弱しくはあったが、はにかみながら細莉は蓮の言葉を否定する。
現実世界での催しということもあり、今の細莉は蓮の良く知る明るく身勝手な細莉ではなく、大人しく地味な性格設定の細莉となっていた。
とはいえ、仮に夢と同じ性格でこの場にいたとしても細莉の反応にさほど違いはなかっただろう。それほどの安堵感が今は細莉を満たしていた。
「じゃあ、行くか」
待たせたことには気付いているだろうが、それ以上は話を拡げず、蓮は細莉の歩幅に合わせながら、神社の中へと入って行く。
露店の数はそこまで多くはない。そもそもが有名な神社というわけではなく、あくまでも風物詩として町内会が企画しているような小規模の催しだ。
それを誤魔化すためなのか、この祭りは決まって、この場所からさほど離れていない川べりでの大規模な花火大会と日程が被って開催されていた。
立地が川べりよりやや高く、裏が開けた原っぱになっているこの神社は絶好の花火スポットとなっている。
祭りを楽しむことは元より、花火を見に来たというのが二人の目的としても比重は大きかったりした。
「浴衣……」
待たせたお詫びのつもりなのか、蓮が露店で買ってくれたたたこ焼きを持ちながら、細莉がおずおずと蓮を見上げる。
「着てくればよかったのに」
「あいにくそんなのは持ってない。お前が着て来るってわかってたらレンタルとかの手はあったかもしれないけど」
「そっか。残念」
浴衣姿の細莉と違い、蓮は半袖ジーパン姿だ。
気が利かないと思われるかもしれないが、祭りに浴衣で出向く高校生なんてのはむしろ希少であり、私服姿の蓮のほうが普通である。
細莉もそれをわかっているのか、それとも今の性格設定では文句を言えなかったのかは知らないが、それについて不満がある様子ではなかった。
けれど、蓮にはその横顔がどこか寂しげに見えてしまい、励ます意味も込めて蓮は一つの提案だけしておくことにした。
「次はちゃんと着てくるようにするよ」
「わっ、楽しみ……!」
効果はあったようで、細莉の顔がパッと明るいものへと変わる。
待たせたあげく、何か期待を裏切った気がしていた蓮だったが、細莉の顔を見て気持ちを切り替えることにした。
いつまでも気を遣い合っていては楽しい祭りも楽しみ切れない。
ここからはいつものように振る舞おう。
そう心に決め、次は何を冷かすかと周りを見回そうとした時だ。
「あ! あれ可愛い」
たこ焼きをはむはむと咀嚼していた細莉が、屋台の一つで足を止めた。
そこは射的の屋台。細莉が可愛いと言ったのは胸で抱えるサイズのぬいぐるみだ。
──可愛い、のか?
熊といえば熊だ。だが、ファンシーの方向性が他のマスコットキャラクターとは一線を画している。
まず腕が長い。丸っこいボディにアンバランスな長い腕は地面へとデロンと投げ出されている。自分の腕を引き摺るタイプの生命体なんてパニック映画に出てくるモンスターくらいのものだろう。
それだけでも十分異形なのだが、次いで口からベロがぺろりと出ている。可愛いじゃないかと思ったのならば続きを聞いて欲しい。口を閉じてベロがチロチロ出ているならあざとさを狙った可愛い仕草と言えよう。
だが、こいつは何故か口が思いっきり開いている。鋭い歯が生え揃った大きな口からベロがぺろりと出ているのだ。その顔はどう見ても獲物を見つけて追い掛け回している化け物にしか見えない。
ピンクっぽいパステル調なカラーリングが獲物を油断させる擬態にしか見えない。
マスコット要素を残したつぶらな瞳も、感情を感じさせない無機質なものに見えて不気味で仕方ない。
蓮としては『ない』が揃ったぬいぐるみであった。
「一回やります」
だが、細莉は本当に気に入っているらしく、たこ焼きを蓮に渡すと射的のオヤジに小銭を渡す。
「やったことあるのか?」
「ないよ。弾当てて倒せばいいんだよね?」
「倒すってか落とすだな」
「よ~し」
照準なんてあるのかもわからない射的の空気銃をスナイパーのように構えながら、細莉はぬいぐるみを狙う。
射的の弾なんて狙って当てられるのはよほどの凄腕くらいだ。目いっぱい手を伸ばして、景品と銃口を限界まで近づけるくらいしても文句は言われないだろうはずだが、どうやら細莉にそういう考えはないらしい。
渡された五発のコルク弾はあっという間に撃ち切ってしまったが、熊に掠ることすらなかった。
「……敵討ちを」
肩を落とす細莉から銃が差し出された。
射的のオヤジも彼女の無念を彼氏が晴らす場面だと決めつけているようだ。まだ金を出してすらいない蓮の前に五発のコルク弾が入った皿がコトリと置かれてしまう。
こうなれば仕方ない。せっかくの祭りだ。景品には惹かれないが、引き下がるのは野暮というものだろう。
銃の先端にコルク弾を詰め、蓮は体を限界まで伸ばしながらぬいぐるみを狙う。
恥も外聞もなく景品を狙う姿は滑稽にも見えたが、オヤジからはそこまでしてでも彼女にぬいぐるみを渡そうとする男気のある奴と思われたらしい。腕組みをしながら、やけにうんうん頷いて蓮の射撃を見守っていた。
ピタリと銃口とぬいぐるみが重なったように見えた瞬間、蓮は銃の引き金を引く。
ポンッという破裂音に近い銃声と共にコルク弾が発射され、ぬいぐるみの頭へと直撃した。
「いたっ⁉」
ついでに細莉に頭にも。
距離が近かった分、ぬいぐるみへと命中した弾は勢いよく跳弾し、蓮の真横で射撃の行く末を見守っていた細莉へと命中していた。
しかし、何故か細莉は痛みに顔をしかめるわけでも、蓮に対して八つ当たりをしようとするでもなく、どういうわけか微妙なにやけ顔で俯いている。
尻餅をついた細莉は弾の当たったおでこを抑えながら、恥ずかしそうに小さな声で、
「え、えへへ……おとされちゃった」
そんなことを言っていた。
あまりに小さな声で蓮には聞き取れなかったみたいだが、オヤジから渡されたぬいぐるみを大事そうに抱える細莉はその後もずっとやけに機嫌が良いままだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる