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24話 王宮に向かう準備
しおりを挟む「オーエン様が使者として来たということは、そんなに妹が迷惑をかけているのでしょうか?」
ある程度は予想していたけれど、あの厳しい教師たちがたった一日で音を上げるかしら? それともヴェールをかぶるのを嫌がって、素顔のまま王宮を威張り散らしているとか? でもそれも今さらよね。
そんなふうに妹の行動を予想していると、シモン様は眉を上げて意外そうな顔で笑った。
「スカーレットは本当に色恋ごとに疎いんだな」
「えっ? 突然なんですか?」
「オーエン殿下は、君に会いに来たんだよ」
シモン様はクスクス笑いながらそう言うと、御者に馬車を出すよう告げた。カタンと動き出す音を聞いて、私はハッと我に返る。
「それはないです! 絶対に違いますわ!」
(いくらシモン様の言うことでも、これはあり得ないわ! だってオーエン様はシャルロットを妊娠させたのよ?)
まさか、からかってるのかしら? そう思って怪訝な表情でシモン様をジロリと見ると、彼は喉を鳴らすようにククッと笑い話し始める。
「もちろん彼は一途じゃないよ? でもね、一番は君なんだよ。君の気を引きたいんだ」
「……なぜ、そんなことがわかるのですか?」
「それは決まってる。私が君のことをずっと見てたからだ。そうすると自然と君を見つめるオーエン殿下も目に入るってこと」
「え……」
反論しようにも、どこに反応していいのかわからない。シモン様が私のことをずっと見ていたこと? オーエン様が本当に私を見ていたか? なんだかどっちも考えると、ぐっと喉が詰まってしまい言葉が出てこない。
そんな複雑な気持ちの私を見て、シモン様はなおも続ける。
「彼はね、君が傷つくのが見たいんだ。自分のほうを見てくれないから、意地悪をしている気持ちなんだろう。もちろん本人も気づいていないかもしれないけど」
その言葉に、私は思わずカッとなってしまう。
「たとえそんな気持ちがあったとしても、一生気づかなくていいですわ! それに意地悪ならば度が過ぎています!」
「あはは! たしかにね。それにもう彼にはチャンスがないから」
眉を下げ苦笑気味にそう語ると、シモン様は私を膝から降ろしポンポンと肩を叩いた。
「とりあえず、詳しい話は私が借りている屋敷でしよう。君もドレスを着替えないといけないし、叔母様もそこで待っているよ」
「そうなのですか! ありがとうございます!」
「ああ、少し休んでから王宮に向かおう。その後は馬車で移動しないといけないしね」
シモン様が借りているお屋敷は、叔母様のお屋敷と同じくらいの質素さだった。大国カリエントの王子だとわからないようにだと思うけど、予想以上に慎ましく生活していたようだ。
「当たり前だろう? 王族は領地からの収益もあるが、国民からの税金も使っている。無駄遣いはしないぞ」
端正な顔立ちに似合わず、シモン様は豪快に笑ってそう言った。
(陛下や司教様に聞かせたい言葉だわ……)
この国は結界のおかげで疫病や災害がほとんどない。土地も豊かで宝石などもよく取れるため、潤っている。そのためか王族も教会も贅沢三昧。国民も不自由なく過ごしているからか不満も出てこないため、やりたい放題だ。
(私が去って結界が壊れたら、この国はどうなるのかしら……?)
まだ未知のことだし、意外と大したことないかもしれない。正直な気持ちは、もうこの国に関わりたくないということだけ。カリエントで新しい人生を始められると思っただけで、もう興味を失いかけていた。
「さあ、降りようか。おや、君の出迎えがいるようだね」
馬車の音を聞きつけたのか、叔母様が玄関の外で待っていてくれた。私が急いで駆け寄ると、叔母様はギョッとした顔で驚いている。
「叔母様!」
「スカーレット! まあ! ドレスがボロボロじゃないの! いったいどうした……いいえ、そんなこと聞いてる時間はありませんわね。少ないけどあなたの着替えは持ってきているの。すぐに着替えましょう! シモン殿下、お部屋をお借りしますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
二人の間でこれから起こる事は、打ち合わせ済みみたいだ。普段穏やかな所作の叔母様がものすごい勢いで私をお風呂に入れ、新しいドレスを着せていく。
「こんなに痩せて青あざまで……! でもシモン殿下がお選びになったこのドレスなら大丈夫よ!」
胸元にふっくらしたギャザーが入ったそのドレスは、私の痩せ過ぎた体を上手に隠してくれた。色は明るいオレンジ。くすんでいた顔も明るく見え、これでお化粧をすればだいぶ健康的に見えるはずだ。
私は思わず少女のようにスカートをふわふわとひるがえし、鏡の中の自分に見とれていた。
「素敵だわ……!」
「よく似合ってるじゃないか」
「え! シモン様!」
うっとりと自分のドレス姿を見ていたはずなのに、いつの間にかシモン様が後ろに立っていた。聞けば何回も声をかけていたという。
(久しぶりのお洒落で浮かれすぎてしまったわ。恥ずかしい……)
「いつも地味な色のドレスばかりだったが、やはりスカーレットには明るい色が似合う」
シモン様はそう言うと、そっと私の髪の毛をかきあげ目を細める。いつの間にか叔母様は部屋から出ていて、私たち二人だけになっていた。きっと婚約したことも聞いたのだろう。部屋の扉もきっちり閉まっていた。
「スカーレット、これから王宮で起こることを話しておきたいと思う」
真剣な表情のシモン様だったが、どこかつらそうにも見える。きっと良くない話なんだろう。私はふうっと息を吐いて、彼に向き合った。
◇
「スカーレット、大丈夫か?」
もう何度目かの私のため息に、シモン様が心配そうに顔をのぞきこむ。
「……ええ。大丈夫です。ただ怒りが収まらないだけです」
「そうか」
そう言うとシモン様は私の肩をぐっと引き寄せる。私もこの怒りは一人では乗り越えられそうにない。彼の胸に頭をあずけ、ふつふつと湧き出る怒りを抑え込んでいた。
「王宮に着きました」
馬車の御者の声に、私は再び大きく深呼吸をする。そしてゆっくり目を開けると、シモン様に向かってうなずいた。外では門番に私の名を告げる声が聞こえる。
カチャリと馬車の扉が開き、先にシモン様が降りた。その時だった。あわて戸惑うような男の声が聞こえ、私は耳をそばだてる。
「えっ! シ、シモン様ではないですか! この馬車はスカーレットが乗っているはずですが……」
その男の声には「あせり」と「不快感」が混じっている。シモン様相手だからはっきりと言えないが、「なぜおまえが?」とでも言いたげな苛立ちがあった。
「わたくしは、ここですわ」
差し出されたシモン様の手につかまり、馬車を降りた。彼のエスコートに恥じないよう、私は優雅に一歩一歩歩いていく。
(厳しい妃教育も、たまには役に立つじゃないの)
実際に外国の要人にエスコートされた場合としての所作を、厳しく教えられたのだ。私はその努力を披露するかのように、目の前の男ににっこりと微笑んだ。
「な、なぜ、一緒にいるんだ!」
そう言って顔を真っ赤にして私を指差したのは、元婚約者のオーエン様だった。
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