季雲記

朝靄

春に朝靄あさもやは揺れ、青く晴れた空はない。白濁した空に目を覚まし、雲でないはずの地の空まで白いのが奇妙だった。春にはこれと言った匂いがない。しかし、ただ廊下には名も知れぬ匂いが横溢おういつした。これが春の匂いなのだろうか…。身長ほどもない書斎の小窓から覗く白はなんだ。春の白である。壁に映る光は青いのに、空はずっと白なのだ。しらむというわけでもない。薄明はとうにすぎたのに何故だろうか。いや、それがわかるほどの学がないだけなのだが。
 そんなことを考えて書きかけの半紙を見つめていたら、空はすこし青を帯びてしまったようだ。いつの間に…。ただ、一瞬見たものを、頭の中で文へと変えていくのは、ずっと写生と大して変わらぬと思っていた。しかし、写真もなく、ただ私の中に「空が白かった」という記憶と、それに対する感想がここに漠然と残されているだけなのに、それが本当にあったと言えるだろうか。幻か、写実か。よくそういう感覚に陥る。特に寝ぼけた朝のことなど、実はあれも夢だったのでは、と考える。考えたとて仕方のないことだ。明日の朝も、昨日の夜さも、心にしんと消えていく。全ては幻想。私の愛する言葉である。