胸とAVとプライド

高端麻羽

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胸とAVとプライド

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その日、私は午前中の授業が休講だった。
同棲中の彼を送り出し、朝食の片付けや洗濯等を済ませても時間が余ったので、ついでに掃除もと思い立ったのが事の発端。

ベッドの下で掃除機のノズルが不審な物体に吸い付いた。
手応えから、もしやと思いはしたものの、現れた物を見た瞬間、私の目が吊り上がる。
それは箱にぎっしりと詰め込まれたエロ本、及びエロDVD。
男の一人暮らしなら、誰も責めないし文句も言うまい。
むしろ所持していない方が心身の健常性を疑うというものだが、彼は最愛(自己申告)の彼女(つまり私)と同棲中なのだ。
これで不愉快に思わない女はいない。
寝室の掃除はいつも彼の担当だから、気づかなかった。
引越しの時、彼所有のエロ本やAVはすべて廃棄したし、見覚えの無いパッケージだから、新しく購入したと思われる。

――― あのド助平。毎晩のようにしつこく誘いをかけて来るくせに、それでも足りずにこんな猥褻物を隠し持っているとは無礼千万。

私の胸で不快な炎が燃え上がる。
成人指定グッズを嫌悪するほど幼くも潔癖でもないけれど、何が気に入らないかというと、グラビアの女もAV女優も、ことごとく巨乳・爆乳だったゆえ。
(……どうせ私は貧乳ですよ!!)
自虐のような自棄のような叫びを、心の中で吐き捨てる。
一切合財を処分したかったが、登校の時間が迫っていた為、元通りに突っ込んで家を出た。


妙なところで正直な私は、感情が態度に現れてしまい、いつもより剣呑な目つきで、教授を睨みながら講義を受ける。
おかげで友人たちには一目瞭然だった。

「ねェ、彼とケンカでもしたの?」
構内のカフェテリアで友人達とお茶を飲みながら、不機嫌な表情の私に一同は心配そうに声をかける。
「別に」
「どうせまた何か、バカみたいな事でやりあったんでしょ?」
「別に」
「いつもの事よねぇ」
「別に」
ことごとく一言で切り捨てながら、私の視線は一人の友人の方を向いていた。
「なぁに?」
相変わらず色っぽい声とまなざしで、彼女は問う。
「…あ、ごめん。その、……寒くないのかな、と思って」
咄嗟の返答だが、彼女は胸元の大きく開いたセクシーなワンピースを着ており、あながち ごまかしでは無かった。
「あぁコレ?夕方からデートなのよ。だから、ちょっと気合い入れて来たのよね」
うふんと胸を張り、彼女はポーズを決める。
ボルドーカラーのベロアのドレスは、アンシンメトリーの長い裾がひらひらと揺れ、とてもよく似合っていた。
しかし色形よりもまず目につくのは、そのバスト。
同性でも『素晴らしい』と讃えたくなるのだから、異性ならば尚更だろう。
「イイなあーどこで買ったの?あたしもそういうの欲しいわあ」
「買ったんじゃないわ。買・わ・せ・た・の」
別の友人とのやりとりに、どっと笑いが起こる。
しかし私だけは笑顔が浮かばなかった。

――― きっと、そのコが着ても似合うだろう。
彼女も負けないくらいの巨乳なのだから。

そういえば夏場はこの二人と一緒にいると、いつも以上に声をかける男が多かった。
虚しくなって私は視線を移す。
しかし隣に座っている友人を見ると、またもや胸に目が行ってしまう。
彼女は小柄で体型も細いけれど、少し前にブラがワンサイズ上がったと喜んでいたのを思い出す。

――― 彼女の恋人は何か特殊な技法でも用いているのだろうか。

揉まれれば成長するなどと、下世話にも言う。
だがそれが真実なら、どうして自分は変わらないのか。
私の彼はいつも、あんなにしつこいのに。
両親と同居している友人と比べ、同棲している自分達が回数で劣るとは思えない。
という事は、もしや技術の問題か?

――― そうだ、彼が悪いのだ。

私は一人で無意味な結論を出してしまう。
その時、スマホが着信を告げた。
噂をすれば影、彼である。
友人たちの冷やかしの視線を無視して開いてみた。

『急用ができた、先に帰る。ごめん』

今日はバイトも休みだし、行きが別々だったから、帰りは一緒にと約束していたのに。
彼が恋人を置いて帰るほどの急用とは何だろう?
私はピンと来た。
(さては一人で観賞するつもり!?)
悶々と蓄積していた何かがブツリと切れる。

私は友人たちに適当に言いつくろってカフェを出た。
まだ講義は残っているが、怒りに我を忘れた今、サボリなど痛くもかゆくも罪悪感もない。
大学を飛び出し、目指した先は彼と住む自宅。


「!!」
自宅の入り口が見えた時、私は咄嗟に身を隠す。
その玄関前には、彼と一人の男が立っていた。

――― 仲間まで呼んで上映会?恥知らずな。

しかし罵倒の言葉が飛び出す寸前、相手の会話が耳に届く。
「助かったよ。悪かったな、急に預かってもらって」
「いいって事よ。で、彼女は機嫌よく田舎に帰ったのか?」
「ああ、おかげで円満でいられたぜ」
「遠距離恋愛ってのは大変だなあ」
楽しげに話しながら、彼は件の箱を男に渡す。
「ほらよ、お前のお宝」

……遠距離恋愛?
……お宝?

「ありがとな。礼と言っちゃ何だが、気に入ったのあったら一つゆずるぜ?」
箱を受け取った男の申し出に、彼は苦笑する。
「せっかくだけど遠慮しとく。観てもいないしな」
「何で?お前こういうの好きだろ?爆乳女囚シリーズとか」
それは私にも憶えのある名称である。
同居前に一掃した彼秘蔵のAVが、そんなシリーズだった。
彼は苦笑しながら頭を振る。
そして、こう言った。
「オレ、今は彼女のが一番イイんだよ」

(―――!!)

「言うなあ、この野郎!」
堂々と言い放った彼に、男は冷やかしとからかいの言葉をかける。
それを遠くで聞きながら、私の心臓がドキドキと鼓動していた。

「んじゃ、また彼女が上京してきた時は頼むな」
「勘弁しろよー。オレだって隠しておくのハラハラだったんだぜー?」
笑いながら、彼は男が乗った車を見送る。
そして部屋に戻ろうと振り向いた時、はっとした。
「あれ、お前…?」
「ただいま」
ふわりとやわからな笑顔で私は告げる。
まるで、たった今 帰宅したばかりという風情で。
「いつ帰ったんだ?講義まだある時間じゃないか?」
「気が乗らないから帰って来たの。たった今」
彼は狼狽を隠しながら、更に問う。
「……今の、聞いてた?」
「何を?」
「あ…ああ。いや、何でもない」
先刻の男の車は道の角を曲がり、既に見えない。
私は気にも留めない様子で歩み寄り、彼の腕に腕を絡めた。
「何、どした?」
「何でもない。それより、夕食は外へ食べに行きましょ」
質素倹約を一貫している私から外食の誘いとは珍しいが、彼は内心 訝しんだらしい。
「いいけど……今月はまだバイト代が」
「私が出すわ。たまにはいいでしょ?」
ねだるように頼まれては彼もイヤとは言えず、快諾した。


「……なぁ、ホントに何も聞いてねえ?」
「聞かれたら困るような事でも言ってたの?」
「言ってない!いや、言ってませんって、マジで!」
レストランに向かう道々、彼は繰り返し問いかけたが、絶妙の切り返しに、慌てて否定する。
本当は、追及されたくないのは私の方。
誤解した事も、劣等感を感じて腹を立てた事も、全部内緒。

巨乳よりも爆乳よりも、自分の小さな胸が良いと言われた事が嬉しくてたまらないという事も。


――― ささやかなプライドの為に。


    END
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