Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・伝説・

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・伝説・

大陸の端に位置するフーガ国は小国ながら、周囲を海と絶壁・そして広大な森に囲まれた地の利と豊かな資源に恵まれ、平和に静かに栄えていた。しかしある時、百の目を持つ巨大な魔物に狙われ、恐れをなした人々は、生贄を差し出す事で魔物を鎮めようと考えた。
選ばれた巫女は国と人心の平安を望んでその命を絶ったが、巫女の願いとは裏腹に、魔物は一夜にしてフーガ国を滅ぼしてしまう。
フーガ国滅亡後、残された資源を目当てに多くの商人や盗賊・または魔物を倒して名声を上げようとする剣士達が訪れたが、誰一人生きて戻る者は無かった。
魔物は樹海と化した森に棲みつき、やがてフーガ国に近づく者は誰もいなくなった。


・序章・

数十年の後、月の無い夜に 内陸とフーガ国を結ぶ唯一の通路の前に、二人の人物が立っていた。
一人は丈の短いマントの下に軽備とはいえ鎧をまとい、大きな剣を携えた剣士。
しかしその童顔と、肩に乗せた鳥が、妙に幼い印象を残す。
もう一人は長いマントで体を包み、顔を隠すようにフードを被っている。その手が持つ篝火が、わずかに周囲を照らしていた。
彼らの正面にはかつてフーガ国国内への通用口となっていた大門が、崩れかかった姿で名残をとどめている。
その周囲には、音も立てずに竜巻が舞っていた。
剣士が静かに枝を拾って放り投げる。それは竜巻に触れた瞬間、文字通り木っ端になって地面に落ちた。
「『風の刃』が壁になってるんだな」
『風の刃』とは魔法の一種だが、俗に言うカマイタチ現象で、百目の魔物はそれを自在に操る事ができる。
それを国境沿いに貼り巡らせることで結界とし、魔物はフーガ国への他者の侵入を阻んでいたのだ。
「これじゃあ入れないな。どうする?」
剣士の問いかけに、連れはフードの下の双眸を結界の彼方へ向け、じっと見つめる。
目の前にあるのに、立ち入る事のできない国。そして今、どうしても入りたい国。
「もう少し……待ってみましょう、ソロ」
答えた直後、ソロと呼ばれた剣士の肩の上でおとなしく鎮座していた鳥が突然、悲鳴のような声を高く上げた。
「どうした、ブルー!?」
名前の通りの青い羽の鳥は、怯えたように震え、主に身を寄せる。危険を察し、ソロは剣に手をかけ、もう一人を背にかばうように身構えた。
「ダレダ」
突然、地の底から響くような声が聞こえ、二人は思わず周囲を見回す。ほぼ同時に、手にしていた篝火が突風に『壊され』た。
砕けた火の粉が暗闇に吸い込まれるように散り、消えてゆく。
「……!!」
真の闇となった空間の中、小さな裂け目が生じるように金色の目が現れた。しかも一つや二つでなく、周辺を埋め尽くすように無数の目が二人を囲んでいる。
ソロの鳥はもう鳴き声も上げられず、主のマントの中にもぐりこんだ。
「何シニ来タ」
しばし呆然としていた二人だが、魔物の問いかけで我に返る。
マントの人物は、ソロの前に歩み出ると、気丈に魔物を見上げた。
「私はセレナーデ国の魔導士で、アルフィーネといいます。供は剣士のソロ。敵意はありません」
「剣士連レデ、敵意ガナイダト?」
「俺は護衛だよ。こんな物騒なところに一人で遣るわけにいかないだろ」
ソロは間髪入れずに魔物に反発する。今にも斬りかからん風情の彼を、アルフィーネは視線で制した。
「貴方にお願いがあって来ました。話を聞いて下さい」
アルフィーネは緊張を堪え、澱みなく言葉をつづける。
「セレナーデ国の最高位魔導士で、私の育ての親で師でもある魔導士のマドリガル様が病に倒れられたのです。治療の為にはフーガ国にだけ生息する希少な薬草が必要なんです。ですから……どうか採取させていただけないでしょうか?」
セレナーデ国はフーガ国を更に東に下った地にある大国で、距離的にはかなり離れているが、かつては親密に国交が行われていた隣国である。
魔導士とは、呪文や薬草を用いて傷病を治す術者の事。非常に高い知識と技術を要する重要な、数少ない存在。
その最高位者が病に倒れたとあっては、どんな手段を講じても救おうとするのは当然だった。
しかし───
「ダメダ」
魔物は冷たく言い放ち、脅すように金色の目が鋭く睨む。しかしアルフィーネはひるまず、更に一歩踏み出す。
「お願いします!ほんの少し分けて頂くだけです、それが済んだら、すぐに出て行きますから」
「ダメダ、今スグニ出テイケ!」
魔物の感情を映したように金色の目が閃く。同時に一陣の風が刃と化し、アルフィーネのマントを裂いた。
「フィーネ!」
ソロが声を上げると、風にあおられたアルフィーネは地面に倒れ伏す。破れたフードから長い髪が流れ出た。
その下から現れた顔は、闇の中でも判別できるほどに白く、美しかったのである。

琥珀色の長い巻き毛。
緑柱石の如く澄んだ、大きな瞳。
薄紅の頬は、まるで薔薇の花弁。

魔物の視力はアルフィーネの美貌をはっきりと視認する事ができた。
「大丈夫か、フィーネ」
ソロはアルフィーネを抱き起し、挑むような瞳で魔物を睨む。しかしアルフィーネは再度 魔物に懇願した。
「お願いします……」
今度は、攻撃は無い。しかし、無数の目がアルフィーネを見ている……ような気が、ソロはした。
金箔した沈黙が三者を包む。
「……薬草を、採取させて下さい」
「…イイダロウ」
その返答に、ソロはおろかアルフィーネまで驚いた。
あまりにも唐突な許可に、二人は一瞬身を固めるが、やがて安堵したように表情を緩める。
「ダガ条件ガアル」
「……条件?」
「ココヲ動クナ」
訝しむソロに魔物は冷たい口調で言葉を返した。次の瞬間、無数の目がすべて消える。
「……!?」
気配から、魔物がそばを離れたのは確かだが『風の刃』による結界は健在で、ソロたちは国内に入れない。
しかし次の行動を考える暇もなく再び金色の目が周囲を囲んだ。
「わっ!?」
突如、ソロの上に大量の草が降って来る。
いきなりの事で心の準備のできてなかったソロは、驚きのあまりその場に尻もちをついた。
「何しやがる!」
「待ってソロ、これは…」
ソロに降り注いだ草束からこぼれた一本を手にしたアルフィーネが感嘆の声を上げる。
暗闇でよく見えないけれど、それは採取を希望していた薬草に違いなかった。
数種類の薬草の山。あのわずかな時間でどうやったのやら、種類ごとに分類され、まとめられている。
アルフィーネは感謝の笑みをたたえて振り向くが、いきなり魔物の大きな手に身体を掴まれた。
「きゃ……!」
「おい、何するんだ!?」
驚きの光景に立ち上がったソロの足元から風に煽られた砂塵が舞う。
「交換条件ダ、コイツヲモラウ」
「何だって!?」
ソロは冗談じゃないとばかりに剣を抜き、魔物に向かって斬りかかる。
だが相手の腕に捕らわれたアルフィーネを避けて振り下ろした刃は、あっさりと『風の刃』に弾かれた。
「貴様ハサッサト行ケ。サモナクバ殺ス」
「ふざけるな!」
「だめ、ソロ!!」
再度、剣を構えるソロにアルフィーネが制止の声を送る。
「逆らっちゃだめ!…貴方は、一刻も早くセレナーデ国に薬草を届けて!」
そういう間にもアルフィーネの身体は次第に浮上し、上空に連れ去られてゆく。
「アルフィーネ───!」
「私は大丈夫だから!どうかマドリガル様を頼みます……!!」
ソロの悲痛な呼び声も虚しく、アルフィーネの姿は闇の彼方に消えた。

闇の空中に浮いている状況と魔物に対する二重の恐怖、そして風を切るあまりの速さに まもなくアルフィーネは
気を失った。
もっとも闇夜なので、たとえ意識があっても どれだけの高さを翔んでいるのか、またどこをどう移動したのか判別できなかっただろうけれど。


・捕囚・

夢現の中、ふとアルフィーネは身体の下に明らかな地面の感触を意識した。
視線を感じ、うとうとと瞼を上げると、闇の中で無数の瞳がこちらを見つめていた。
一面、金色の、魔物の目。
途端にアルフィーネは恐怖と動揺で、凍りついたように目線を逸らせなくなった。
硬直して身動き一つできないアルフィーネと違い、魔物は意識的に注視している。

魔物はアルフィーネの顔を見ていた。
アルフィーネは魔物の目を見返していた。
刺すような沈黙が、二人の間を流れてゆく。

どのくらいの時間が流れたのか、アルフィーネは精神の緊張と疲労に耐えかね、いつしか意識を失っていった。
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