9 / 28
Beauty ana Beast ・歌姫・
しおりを挟む
次の日、予想通りアルフィーネはフーガ国民全員の還元を終了した。
遺体が消えても、滅びた街の荒廃した印象は変わらない。それでもいくらかは救われた気がした。
寺院の跡と思しき場所で祈りの言葉を紡ぎ、その場を後にする。
日没までにはまだ時間があり、自力で洞窟に戻るべくアルフィーネは樹海に入った。
毎日通っていた往路ではあるが、逆方向から見るとまた違った発見がある。まして日中に帰るのは初めてだ。
大仕事を終えた充足感からかアルフィーネの足取りは軽く、唇からは無意識に音階がこぼれ始める。
最初は鼻歌程度だったが、歌声はやがて美しい旋律となって木々の間に流れ始め、それに惹かれたのか小動物や鳥たちが姿を現す。
彼等は物怖じせずアルフィーネの後に付いて歩き、鳥はハミングする。
アルフィーネは嬉しくなり、ずっと歌い続けていた。
洞窟に到着したのは、ちょうど夕焼け時。
アルフィーネはふいに思い立ち、着替えを持って温泉に向かった。
朝風呂も快適だが、やはり入浴は一日の仕事を終えた方が良い。
帰路から同行して来た小動物達と共にアルフィーネは湯に入る。
何処かから微かに歌声が聞こえたような気がして魔物──もとい、ガイヤルドは目を開けた。
永い習慣で、毎日ほぼ同時刻に目覚めるようになっていたが今日はいつもより早い。
樹海に棲みついて以来、数ある洞窟のほとんどが彼の塒。
今までは一番快適な穴を寝室にしていたが、現在はそこをアルフィーネに使わせている。
そして彼は自分の姿を見られぬよう崖下の風穴で寝起きしていた。
とても良い夢を見た気がするのは、昨夜のアルフィーネとの会話の所為だろうか。
『ありがとう』と言われた時も驚いたが、『許す』などと言われたのも初めてである。
誰かに微笑みかけられたのも、もう記憶に無いほど昔の事。
アルフィーネに会ってから、ずっと胸の奥を締め付ける疼きを感じていた。
毎晩その顔を眺める内、痛みや感傷だけではないような気も感じ始めていた。
(俺ラシクモナイ…)
ガイヤルドは内心自嘲する。
外では、黄昏の空にまだ太陽が輝いていた。
ふと、ガイヤルドは耳を澄ませる。
(……?)
それは風や波の音ではなく、今まで聞いた事の無い音。
否、歌声。
引き寄せられるようにガイヤルドは風穴を出る。
空中に身を躍らせ上空に飛翔すると、温水の湧き出る滝で歌声の主を発見した。
(!!)
直線距離にして数百メートルほど離れた前方。人間の視力なら不可能だが、ガイヤルドにははっきり視認できる。
アルフィーネが温水に半身を浸し、小動物と共に沈む太陽を見送っていた。
まだ人間の目でも視界のきく明るさの中、黄金と黒のコントラストに彩られたアルフィーネの裸身は絵画のようで、ガイヤルドの目は思わず釘づけられる。
彼女の美貌は初対面から知っていたが、夕陽に照らされた琥珀色の髪も、キラキラと光を弾く雫をまとう肌も、神々しい程の美しさだった。
邪心などは浮かばない。ただ彼女が綺麗で、眩しくて、視線を逸らすどころか瞬きすらできずにいる。
流れる音律は聞いた事の無い曲だったが、優しく耳に染み込み、不思議な郷愁を呼ぶ。
───懐かしい母の歌声を思い出す。
(アルフィーネ……)
巨大な体躯の奥で心臓が鳴る。
ガイヤルドは暫し歌声に聞き惚れていた。
続く
遺体が消えても、滅びた街の荒廃した印象は変わらない。それでもいくらかは救われた気がした。
寺院の跡と思しき場所で祈りの言葉を紡ぎ、その場を後にする。
日没までにはまだ時間があり、自力で洞窟に戻るべくアルフィーネは樹海に入った。
毎日通っていた往路ではあるが、逆方向から見るとまた違った発見がある。まして日中に帰るのは初めてだ。
大仕事を終えた充足感からかアルフィーネの足取りは軽く、唇からは無意識に音階がこぼれ始める。
最初は鼻歌程度だったが、歌声はやがて美しい旋律となって木々の間に流れ始め、それに惹かれたのか小動物や鳥たちが姿を現す。
彼等は物怖じせずアルフィーネの後に付いて歩き、鳥はハミングする。
アルフィーネは嬉しくなり、ずっと歌い続けていた。
洞窟に到着したのは、ちょうど夕焼け時。
アルフィーネはふいに思い立ち、着替えを持って温泉に向かった。
朝風呂も快適だが、やはり入浴は一日の仕事を終えた方が良い。
帰路から同行して来た小動物達と共にアルフィーネは湯に入る。
何処かから微かに歌声が聞こえたような気がして魔物──もとい、ガイヤルドは目を開けた。
永い習慣で、毎日ほぼ同時刻に目覚めるようになっていたが今日はいつもより早い。
樹海に棲みついて以来、数ある洞窟のほとんどが彼の塒。
今までは一番快適な穴を寝室にしていたが、現在はそこをアルフィーネに使わせている。
そして彼は自分の姿を見られぬよう崖下の風穴で寝起きしていた。
とても良い夢を見た気がするのは、昨夜のアルフィーネとの会話の所為だろうか。
『ありがとう』と言われた時も驚いたが、『許す』などと言われたのも初めてである。
誰かに微笑みかけられたのも、もう記憶に無いほど昔の事。
アルフィーネに会ってから、ずっと胸の奥を締め付ける疼きを感じていた。
毎晩その顔を眺める内、痛みや感傷だけではないような気も感じ始めていた。
(俺ラシクモナイ…)
ガイヤルドは内心自嘲する。
外では、黄昏の空にまだ太陽が輝いていた。
ふと、ガイヤルドは耳を澄ませる。
(……?)
それは風や波の音ではなく、今まで聞いた事の無い音。
否、歌声。
引き寄せられるようにガイヤルドは風穴を出る。
空中に身を躍らせ上空に飛翔すると、温水の湧き出る滝で歌声の主を発見した。
(!!)
直線距離にして数百メートルほど離れた前方。人間の視力なら不可能だが、ガイヤルドにははっきり視認できる。
アルフィーネが温水に半身を浸し、小動物と共に沈む太陽を見送っていた。
まだ人間の目でも視界のきく明るさの中、黄金と黒のコントラストに彩られたアルフィーネの裸身は絵画のようで、ガイヤルドの目は思わず釘づけられる。
彼女の美貌は初対面から知っていたが、夕陽に照らされた琥珀色の髪も、キラキラと光を弾く雫をまとう肌も、神々しい程の美しさだった。
邪心などは浮かばない。ただ彼女が綺麗で、眩しくて、視線を逸らすどころか瞬きすらできずにいる。
流れる音律は聞いた事の無い曲だったが、優しく耳に染み込み、不思議な郷愁を呼ぶ。
───懐かしい母の歌声を思い出す。
(アルフィーネ……)
巨大な体躯の奥で心臓が鳴る。
ガイヤルドは暫し歌声に聞き惚れていた。
続く
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる