Beauty and Beast

高端麻羽

文字の大きさ
8 / 28

Beauty ana Beast  ・対話・

しおりを挟む
朝風呂に時間を取られたアルフィーネがその日還元した遺体は昨日の半数ほどだった。
最初に街に入って以来、体力の限界をわきまえて無理をする事はなかったが、今日は特に体力を消耗せずに済み、夕刻に魔物が現れた時、広場の一角に腰かけていたアルフィーネは立ち上がって彼を迎え出る。
その様子に魔物はいささか驚く。
アルフィーネが今回のように自ら歩み寄る事は初めてだったので。
そして、魔物はアルフィーネがはっきりと自分に向かって微笑みかけるのを見た。
驚きが戸惑いに変わる。
今までと違う態度をしていたのはお互い様で、立ち尽くしている魔物にアルフィーネも気づいた。
「───?」
問いかけるような眼差しに、魔物は我に返って平静を装う。
そして無言のままアルフィーネを抱き上げて帰路についた。

動揺していたのか、宙を飛ぶ少し速く、その夜は比較的早く洞窟に帰り着いた。
地上に降ろされたアルフィーネは、髪を整え再び魔物の方を向く。
そして躊躇いがちに口を開いた。
「あの…」
アルフィーネの方から魔物に話しかけるのも今夜が初めてである。
「…温泉と、この服…ありがとう。とても嬉しかった」
アルフィーネはにっこりと笑い、干していた洗濯物を取り込むと洞窟内に入ってゆく。
魔物はしばし茫然とその場に立ち尽くしていた。

労働量が半分だった為か、その夜アルフィーネはすぐには寝付けずにいる。
慣れてしまったはずの魔物の視線が気になり、アルフィーネは意を決して身を起こした。
「…あの、少し話をしても良いですか?」
相手の機嫌を損ねぬよう、きわめて穏やかな口調で切り出す。
魔物は無言のままだったが、かまわずアルフィーネは言葉を続けた。
「人間は何日も口をきかずにいるのは精神的に辛いんです。答えてくれなくていいから、勝手に話させて下さいね」
闇の中にアルフィーネの清廉な声が流れる。

「貴方は誰……?」
瞬間、魔物の瞳がわずかに揺れた。
「訊きたい事はたくさんあるけど、一番知りたいのはそれ。…だって私には貴方が見えないんだもの。何もわからないわ」
アルフィーネは視線を逸らせ、抱えた膝の上に顎を載せて言葉を続ける。
「今まで魔物には何度か会ってるのよ。セレナーデ国に迷い込んだり、森や領地内で遭遇する事もあった。でも貴方は、何だか少し違う…」
独り言のように呟き、俯くアルフィーネを魔物はじっと見つめていた。
「貴方は私を殺さずにいてくれるのに、なぜフーガ国のように綺麗な小国にあんな惨い事をしたのか…」
「復讐ダ」
返答されるとは思っていなかったアルフィーネは驚いて顔を上げる。
「フーガ国ノ連中ハ、俺ノ大切ナモノヲ奪ッタ。ダカラ復讐シタ。ソレダケダ」
「大切って…」
「俺ノ方コソ訊キタイ。ナゼ奴等ヲ還元ナドスル」
アルフィーネの言葉を遮り、魔物は問い返した。
「命惜シサに仲間ヲ殺スヨウナ奴等ヲ弔ウ必要ナドナイ」
(仲間を殺す…!?)
アルフィーネの胸に、再び小さな疑問が生まれる。一体、誰の事を言っているのだろう?
「第一、フーガ国民デモナイオ前ニ、ソンナ事ヲスル義務ナド無イダロウ」
「…でも、死者の弔いは生者の務めです。同じ国民でなくても、ここには私しかいないし、まして魔導士なのだから私がしなくちゃ……」
内心の疑問はさておき、アルフィーネは微笑みながら魔物の問いに答える。
「昔、貴方とフーガ国の間に何があったのかは知りません。…でも、どんな咎人だって死罪になったら例外なく地に還されるものです。彼等はもう皆、亡くなっているのだから…許されてもいいはずでしょう…?」
少し睡魔の降りた瞳でアルフィーネは魔物を見つめた。
金色の目がぼんやりと霞んで映る。
「……俺ハ、許シタクナイ」
「…私が許すわ。多分、明日には全員の還元が終わるから……」
「俺ハ……」
「……いいのよ…何も言わなくて…」
ふわりと髪が揺れ、アルフィーネは抱えていた膝に顔を突っ伏す。
「私が許すから… 皆…… 貴方も……」
夢現に陥ったアルフィーネは足音も立てずに近寄った。その大きな手でアルフィーネをそっと閨に横たえる。
眠りの淵に落ちる瞬間、アルフィーネはかすかに魔物の声を聞いた。
「…俺ノ名ハ、『ガイヤルド』……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...