Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty and Beast ・謝罪・

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羞恥と当惑と動揺で、とても眠れないと思っていたアルフィーネだが、人間の精神は存外 図太く出来ているらしい。
いつの間にか意識が途切れ、気づいたら外は明るくなっていた。
ふと、何かの動く気配に身を竦ませる。
「───え?」
それは過日の仔栗鼠だった。
見ると一匹だけではなく、兄弟らしき栗鼠や小鳥達までもがアルフィーネを取り囲むように寄り添っている。
今まで彼等が洞窟内にまで入り込む事は無くて、アルフィーネは事態を掴めない。
次の瞬間、淡い香りが鼻孔をくすぐった。
「これは……」
困惑しつつ洞窟を出たアルフィーネの目前に、色とりどりの色彩が広がる。
入口付近の地面には大量の花が置いてあった。
種類を問わず美しい花ばかりで、中には図鑑でしか見た事の無い希少な物もある。
いくら花盛りの季節と言えど、荒れたフーガ国内では花など一切見かけなかったのに。
一体、どこにこれだけの花が咲いていたのだろう?
「?」
花に埋もれるように、服が置いてあることに気づく。
白い光沢のある生地に同じ色で刺繍を施したドレスと、それに映えそうな深紅の飾り帯。少しばかり型は古いようだが、一度も袖を通した痕跡は無い。
アルフィーネはようやく理解する。
これらはガイヤルドからの謝罪の品々なのだ。
男として失礼な真似をした詫びに、アルフィーネの好みそうな物を揃えたのだろう。
可愛い小動物、綺麗な花、そしてドレス。

 ───恐ろしいと評判の魔物がそんな事をするなんて。

アルフィーネは想像し、堪えきれずに笑う。
同時に胸が暖かくなり、白いドレスをそっと抱きしめた。



夕暮れ───魔物にとっての起床時刻。
睡眠不足のガイヤルドは憮然と息をつく。
昨夜、アルフィーネが逃げるように洞窟に入った後、彼は暫く窟の入口で苦悩した。
入浴中を覗き見たのも、それが発覚したのも、自分が悪かったと充分わかっているが、正面きって謝罪するのは照れとプライドが邪魔をする。
思案の末、ガイヤルドは賄賂という手を思いついたのだ。
しかし『何を』贈るかとなると、これが問題である。
ガイヤルドは今まで誰かの機嫌を取るなど実践どころか考えた事も無い。
相手が人間の女ともなると尚更だ。
かなりの時間、黙考したガイヤルドだが、前に服を与えた時にアルフィーネが喜んでいた事を思い出す。
質素な修道服でしかなかったのに、意外にも礼まで言われた。
しかしあの一着以外、衣類も身を飾るような貴金属も所持していない。
他にアルフィーネに贈れるような物と言えば……

(…………)
ガイヤルドの胸を心当たりがよぎる。
一着だけ、持っていた。
もうずいぶんと昔。フーガ国に来る前、ミヌエットに贈ろうと思って調達したドレスがある。
様々な惨禍の果てに、その存在を忘れ 思い出したのは、彼女を埋葬した後。
不要の品になったとはいえ、ガイヤルドはどうしてもそれを捨てられなかった。
迷ったのは一瞬だけで、ガイヤルドはすぐに立ち上がり物置にしている洞窟に向かう。
道中、女が花を好む事も思い出し、樹海の奥にある花園に立ち寄って各種の花を集めた。
ついでに栗鼠や兎の巣に寄って仔達を拝借する。アルフィーネが小動物と一緒に楽しそうにしていたので。

『らしくない』などと考える余裕は無かった。
ガイヤルド自身なぜこんな事をしているのかと思いはしたが、せずにはいられなかったのだ。
そして思いつく限りの事をすべて終えた夜明け前、ガイヤルドは自分の塒に戻る。
妙に気疲れし、ゆっくり眠りたいと思いながら、目を閉じたものの不安定な意識が途切れ途切れにまどろむ事しかできなかった。

 ───アルフィーネはどうしているだろう?

ガイヤルドは躊躇いながら洞窟を出、意識的にゆっくりとアルフィーネのもとへ向かった。

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