Beauty and Beast

高端麻羽

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Beauty ana Beast  ・交流・

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 ───初めて、ガイヤルドの姿を見た。
偶然とはいえ、ちょうどその話をしている時に。
確かに、あんなに奇怪な姿は見た事が無い。だが何故だろう、そんなに恐ろしいとは思わなかった。
声も出ないほど驚いたのは事実だけれど、不気味さとか嫌悪、恐怖などを感じたのは死生体ゾンビ蜥蜴男リザードマンの方が上だと思う。
少しずつアルフィーネは落ち着きを取り戻す。
ガイヤルドは、やたらに自分を事を『化物だ』と言っていた。突然見たら驚くかも知れないけど、そんなに醜くなどは無い。
気にする程の事は無いのに。

 ───『気にする』?
自分の思考に、アルフィーネはふと気づく。
『百目の魔物』が昼間や月夜に現れないというのは、事実に裏付けられた通説だった。
他の魔物同様、夜行性だからだと信じられていたのだが。
(…もしかして…ガイヤルドは自分の容姿を恥じていた…?)


一方、ガイヤルドは反射的に逃げ出したものの動向に窮していた。
『姿を見られた』という事実だけで頭が一杯になり、その身を隠すかのように岩陰に蹲っている。
アルフィーネを傍に置いた時から注意していたのに、あまりの不覚と悔恨、そして羞恥が込み上げる。

 洞窟から出なければ良かった。
 なぜ今夜、あんな時に雲が切れてしまったのか。
 なぜ、よりによってアルフィーネの前で……

ガイヤルドは自虐的な気分になる。どう思われたかなど考えるまでも無い。
目を褒められたからといって、所詮は醜悪な化物の身体。
美しいアルフィーネに気を奪われ、この姿を晒す失態を犯すなど、間抜けとしか言いようが無い。
驚愕の瞳で見上げていたアルフィーネの顔が脳裏に焼き付いている。
そしてガイヤルドは、ようやく彼女を置き去りにした事を思い出した。
夜空は再び雲に覆われ、人間の目には見渡す限りが暗黒だろう。
でなくても絶壁の岩場に降ろしたアルフィーネが自力で洞窟に戻るなどできるはずが無い。
第一、闇の中を下手に動けば海か岩盤の亀裂に転落してしまう。
動揺は消えぬまま、それでもガイヤルドは急ぎ岸壁に引き返した。

(…?)
海に戻ったガイヤルドの耳に、細く綺麗な旋律が届く。
「アルフィーネ…?」
アルフィーネは岩場に腰を掛け、波の音に合わせるように歌っていた。
様子を伺い見るが、彼女の表情に怯えの色は無い。
戸惑いつつ闇に紛れて近寄ったガイヤルドは、小夜鳴鳥もかくやの美声に魅了されるように聞き惚れた。
その妙なる歌声は胸に染みわたり、心の中の翳りが少しずつ消えてゆく気にさえさせる。
「ガイヤルド?」
「!」
歌声を聞きながらも、瞳はアルフィーネに集中していた為に視線を感じたらしい。
振り向いたアルフィーネはすぐに金色に光るガイヤルドの目を発見した。
「良かった、戻って来てくれて」
安堵の笑顔を浮かべるアルフィーネに、ガイヤルドは当惑を隠せない。
「せっかく夜食用意して来たのに、食べずに帰るつもり?もったいないでしょう」
はっきりとガイヤルドの姿を見たのに、まるで何事も無かったかのように微笑むアルフィーネが不思議で、ガイヤルドは思わず問いかける。
「…オ前、俺ガ恐ロシクナイノカ?」
ふと、アルフィーネは目を見開く。
「…『化物』ダッタダロウ…?」
その、どこか沈んだ口調にアルフィーネは、先刻の自分の考えが正しかった事を確信した。
魔物は大半が『醜い化物』である。それが容姿を恥じるなど信じがたい事だが、ガイヤルドは意外な程、人間に近い心を持っているのだ。
「…少し驚いたけど、別に怖くはないわ。真っ暗な中に取り残された方が、よほど怖かった」
アルフィーネは彼を傷つけないよう、だけど本心を口にした。
「そんな所にいないで、こっちに来てくれない?私は動けないんだから」
無言のままのガイヤルドに、アルフィーネは手を差し伸べる。
「一緒にお弁当食べましょう、ガイヤルド」
ガイヤルドの目にアルフィーネの笑顔が眩しく映った。彼女の白い手が、心の底まで照らしてくれる気がする。
「ガイヤルド」

 名前を呼ばれるのが嬉しい。
 他の誰でもない、アルフィーネに呼ばれるのが……

ガイヤルドはアルフィーネの手を取った。
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