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Beauty and Beast ・勝敗・
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「何年ぶりかな、太陽の下を歩くのは。久々すぎて眩しいくらいだ」
ガイヤルドはそう言って、上空を見上げる。
その傍らにはアルフィーネが微笑みながら佇んでいた。
人間の姿に戻ったガイヤルドは、一旦セレナーデ国の医療院に収容され、回復した後に事情を聞かれた。
フーガ国を滅ぼし、人命を奪い、長年にわたり人々を脅かした罪はあったが、既に魔物の姿でない彼に罰を下すわけにはゆかない。
花園で奇跡を見た者には箝口令が敷かれ、百目の魔物は災禍に巻き込まれて死亡と言う事になっている。
アルフィーネの嘆願や情状酌量もあり、ロンド王の口利きもあって、すべては『魔物』の仕業となり、ガイヤルドは無罪放免となった。
穏やかな日差しの中、アルフィーネとガイヤルドは再びフーガ国へ来ている。
ロンド王の命令で整地された街は瓦礫を取り除かれ、更地に慰霊碑だけが佇んでいた。
噴火の痕跡が無くなると、フーガ国特有の気候とされていた不動の雲までが消え、頭上には青い空が広がっている。
もう、あの暗く陰鬱な国はどこにも無い。
「もう、あの廃墟の名残はどこにも無いでしょう?」
心を読んだかのようなアルフィーネの言葉に、ガイヤルドはふと顔を向ける。
彼をここに連れて来たのはアルフィーネだった。
「知ってた?フーガ国は昔から地震国だったから、寺院や神殿に祀っていたのは大地の女神なのよ。…噴火でフーガ国が消滅したのは、女神が浄化してくれたって事じゃないかしら」
「大地の…女神?」
「女神でなければ、女神の巫女だったミヌエットさんが。過去に縛られず、新たな未来を生きてゆくように…って。私は、そう信じたいわ」
アルフィーネは目を閉じ、回想する。
思えば、二人の心が近づくきっかけの時は、いつも地震が起きていた。
まるで誰かの意志が働いたかのように。
フーガ国の街で口論していた時も。
温泉からの帰り道、崖を踏み外した時も。
岸壁で、初めてガイヤルドの姿を見た時も。
彼を好きだと自覚した時も。
そうして、すべてを清算するようにガイヤルドの罪をも消し去ってくれた。
彼を呪縛していた魔物の身体ごと。
「……そうかも知れんな」
返された言葉に、アルフィーネは目を開けた。
そこにいるのは、確かに人間の姿をしたガイヤルド。
「だが、オレを救ったのは『大地の女神』なんかじゃない」
台詞の割には穏やかな口調で言い、ガイヤルドはアルフィーネを見る。
「ミヌエットでもない。オレを救った女神はお前だ」
その直接的な言葉に、アルフィーネは頬を染める。
恥じらってうつむく彼女を、ガイヤルドは笑って抱き寄せた。
頭一つ低い位置で、美しい笑顔が咲いている。
一回り小さく、ちょうど良いバランスで腕の中に納まる身体。
ガイヤルドは内心で思う。
(やっぱり、この方が様になるな)
医療院で静養していた時、アルフィーネの留守をみはからうようにしてソロが訪ねて来た事があった。
初対面の頃、ガイヤルドを恐れていたブルーは、今ではすっかり彼に慣れ、近寄るようになっている。
敵意が無ければ、人間も動物も怯えないのだろうとアルフィーネが結論を出していた。
「……何だ?」
入室したものの無言で、しげしげと視線を注ぐだけのソロに、ガイヤルドは問いかける。
ソロはつまらなさそうに溜息をつき、頭を掻きながら言った。
「勝ち目ねーから、身を引いてやる。けど、今度フィーネを泣かせたら許さないからな」
ずっと想い続けていた初恋の相手を横取りされるのは悔しいけど、アルフィーネが幸せそうだからと良い、と付け加えて。
「でも剣技は別だ。回復したら一回手合わせしろよな。もちろん、手加減無しで」
「…お前との対決は、これでチャラだと思っていたがな」
そう言ってガイヤルドは己の頭に手を当てた。
そこには、医療院の庭でソロと戦った時の傷跡が残っている。
「オレだって、お前に斬られた上にフィーネとられて傷ついてるんだぜ。お互い様だよ」
明るく言い放ち、ソロはブルーを伴って退室してゆく。
それを見送り、ガイヤルドは失笑した。
今更ソロにアルフィーネを取られる危惧も渡す気も無いが、実は魔物の姿の時、ガイヤルドは『化物』の自分よりソロの方がアルフィーネに相応しいのではないかと、密かに引け目を感じていたのである。
だが人間の姿に戻った今なら劣るとは思わない。
今なら、自信を持ってアルフィーネの隣に並び立つ事ができる。
改めて、ガイヤルドはアルフィーネを抱きしめた。
「…アルフィーネ、お前に言っておく事がある」
本当は、あの花園で目覚めた時、最初に言おうと思っていたのだが、人間に戻れた歓喜と動揺で言いそびれていた。
「……なぁに?」
それは、ずっと言えなかった言葉。
そして、ずっと言いたかった言葉。
溶岩流の灼熱の中、生へのよすがになった唯一の言葉。
「愛しているぞ」
アルフィーネは一瞬、目を見開く。
そしてガイヤルドの胸に頬を寄せ、陽だまりのように微笑んだ。
「…私も、貴方を愛しています」
初めての口接けをかわす二人の足元を、つがいの栗鼠が駆け抜けて行った。
続く
ガイヤルドはそう言って、上空を見上げる。
その傍らにはアルフィーネが微笑みながら佇んでいた。
人間の姿に戻ったガイヤルドは、一旦セレナーデ国の医療院に収容され、回復した後に事情を聞かれた。
フーガ国を滅ぼし、人命を奪い、長年にわたり人々を脅かした罪はあったが、既に魔物の姿でない彼に罰を下すわけにはゆかない。
花園で奇跡を見た者には箝口令が敷かれ、百目の魔物は災禍に巻き込まれて死亡と言う事になっている。
アルフィーネの嘆願や情状酌量もあり、ロンド王の口利きもあって、すべては『魔物』の仕業となり、ガイヤルドは無罪放免となった。
穏やかな日差しの中、アルフィーネとガイヤルドは再びフーガ国へ来ている。
ロンド王の命令で整地された街は瓦礫を取り除かれ、更地に慰霊碑だけが佇んでいた。
噴火の痕跡が無くなると、フーガ国特有の気候とされていた不動の雲までが消え、頭上には青い空が広がっている。
もう、あの暗く陰鬱な国はどこにも無い。
「もう、あの廃墟の名残はどこにも無いでしょう?」
心を読んだかのようなアルフィーネの言葉に、ガイヤルドはふと顔を向ける。
彼をここに連れて来たのはアルフィーネだった。
「知ってた?フーガ国は昔から地震国だったから、寺院や神殿に祀っていたのは大地の女神なのよ。…噴火でフーガ国が消滅したのは、女神が浄化してくれたって事じゃないかしら」
「大地の…女神?」
「女神でなければ、女神の巫女だったミヌエットさんが。過去に縛られず、新たな未来を生きてゆくように…って。私は、そう信じたいわ」
アルフィーネは目を閉じ、回想する。
思えば、二人の心が近づくきっかけの時は、いつも地震が起きていた。
まるで誰かの意志が働いたかのように。
フーガ国の街で口論していた時も。
温泉からの帰り道、崖を踏み外した時も。
岸壁で、初めてガイヤルドの姿を見た時も。
彼を好きだと自覚した時も。
そうして、すべてを清算するようにガイヤルドの罪をも消し去ってくれた。
彼を呪縛していた魔物の身体ごと。
「……そうかも知れんな」
返された言葉に、アルフィーネは目を開けた。
そこにいるのは、確かに人間の姿をしたガイヤルド。
「だが、オレを救ったのは『大地の女神』なんかじゃない」
台詞の割には穏やかな口調で言い、ガイヤルドはアルフィーネを見る。
「ミヌエットでもない。オレを救った女神はお前だ」
その直接的な言葉に、アルフィーネは頬を染める。
恥じらってうつむく彼女を、ガイヤルドは笑って抱き寄せた。
頭一つ低い位置で、美しい笑顔が咲いている。
一回り小さく、ちょうど良いバランスで腕の中に納まる身体。
ガイヤルドは内心で思う。
(やっぱり、この方が様になるな)
医療院で静養していた時、アルフィーネの留守をみはからうようにしてソロが訪ねて来た事があった。
初対面の頃、ガイヤルドを恐れていたブルーは、今ではすっかり彼に慣れ、近寄るようになっている。
敵意が無ければ、人間も動物も怯えないのだろうとアルフィーネが結論を出していた。
「……何だ?」
入室したものの無言で、しげしげと視線を注ぐだけのソロに、ガイヤルドは問いかける。
ソロはつまらなさそうに溜息をつき、頭を掻きながら言った。
「勝ち目ねーから、身を引いてやる。けど、今度フィーネを泣かせたら許さないからな」
ずっと想い続けていた初恋の相手を横取りされるのは悔しいけど、アルフィーネが幸せそうだからと良い、と付け加えて。
「でも剣技は別だ。回復したら一回手合わせしろよな。もちろん、手加減無しで」
「…お前との対決は、これでチャラだと思っていたがな」
そう言ってガイヤルドは己の頭に手を当てた。
そこには、医療院の庭でソロと戦った時の傷跡が残っている。
「オレだって、お前に斬られた上にフィーネとられて傷ついてるんだぜ。お互い様だよ」
明るく言い放ち、ソロはブルーを伴って退室してゆく。
それを見送り、ガイヤルドは失笑した。
今更ソロにアルフィーネを取られる危惧も渡す気も無いが、実は魔物の姿の時、ガイヤルドは『化物』の自分よりソロの方がアルフィーネに相応しいのではないかと、密かに引け目を感じていたのである。
だが人間の姿に戻った今なら劣るとは思わない。
今なら、自信を持ってアルフィーネの隣に並び立つ事ができる。
改めて、ガイヤルドはアルフィーネを抱きしめた。
「…アルフィーネ、お前に言っておく事がある」
本当は、あの花園で目覚めた時、最初に言おうと思っていたのだが、人間に戻れた歓喜と動揺で言いそびれていた。
「……なぁに?」
それは、ずっと言えなかった言葉。
そして、ずっと言いたかった言葉。
溶岩流の灼熱の中、生へのよすがになった唯一の言葉。
「愛しているぞ」
アルフィーネは一瞬、目を見開く。
そしてガイヤルドの胸に頬を寄せ、陽だまりのように微笑んだ。
「…私も、貴方を愛しています」
初めての口接けをかわす二人の足元を、つがいの栗鼠が駆け抜けて行った。
続く
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