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ヴァンパイア・ハンター ~最終夜~
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少し前まで激闘が繰り広げられていたとは思えぬ静けさの中、かつては教会の壁面だったであろう瓦礫を背に二人はしばし無言のままもたれていた。
アズライトはアンバーを抱きしめたまま黙り込んでいる。
限りない愛しさで満たされつつも、己の非力が悔しかった。
『守る』などと言っても、実際は何の役にも立てないと痛感している。
伯爵と対峙した時、我流の剣技はカスリもしなかったし、神への不信心は見事に報いを受けてしまった。
今のままでは、守るどころか足手まといになるのがオチだろう。
───何かできる事は無いだろうか。
アンバーの為に、自分の力で可能な事は。
(…!)
ふと、一つの情報が脳裏に蘇る。
迷った末に、アズライトは静寂を破った。
「……アンバー」
「何?」
アンバーは彼の声に、今までと違って どこか自信の無い、迷うような響きが含まれている事を察知する。
「───この先、他のヴァンパイアに狙われる事はあるか?」
「それはわからない。ヴァンパイアが花嫁を選ぶのは気まぐれだし、伯爵の仇討ちに来ないとも言い切れないからな」
「…じゃあ、可能性はあるのか」
「アズライト?」
「……以前、聞いた事があるんだけど」
しばしの間を置いて流れた声は、やはりどこか緊張していた。
「何を?」
「ヴァンパイアの……その、特徴っていうか……習性かな?つまり、相手を選ぶとか……何とか…」
「?」
彼らしからぬ、はっきりしない物言いをアンバーは訝しむ。
アズライトは意を決したように、しかしまだ迷いを隠せない声で言った。
「……連中が…吸血するのは、………純潔の娘、だけだって…」
「!」
瞬間、アンバーはバッと顔を上げる。
その表情は逆光で見えなかったけれど、アズライトは途端に後悔した。
嘘を言ったわけでは無かったのだが、弱味につけ込んだ下心と思われたかも知れない。
「悪い、今の忘れてくれ」
慌てて取り消すけれど、一度口から出た言葉が戻るはずもなく、空気が張り詰めた。
沈黙に責められている気がしてアズライトはアンバーの肩に回していた手を離す。
同時に立ち上がった彼女に、自分を見限って去ってしまうのでは、とアズライトの心が一瞬冷える。
しかしアンバーは、もたれていた瓦礫の背面に回ると、そこで立ち止まった。
「─── 知ってる」
「!?」
聞こえた声に、アズライトは我が耳を疑う。
アンバーは更に続けた。
「その噂は私も聞いた事がある。…真偽の程は不明だが、…信じるには値…するかも知れない」
アンバーの声には感情が含まれていないように聞こえる。
あるいは、わざとそうしたのか。
しかしアズライトは却って狼狽してしまった。
「む、無理すんな。そんなのホントか嘘かもわからないし、オレが悪かった。謝るから、忘れろよ」
「卑怯者」
怒鳴るでなく、罵倒でもなく、静かにアンバーは言った。
一瞬、アズライトの胸が詰まる。
「そっちから言い出したくせに…」
降り注ぐ日光の届かない瓦礫の影で背を向けたまま立ち尽くす彼女の声は、怒っているのか、それとも羞恥の為か、微かに揺れていた。
アズライトの胸を苦しいほどの愛しさが占める。
同時に、心が決まった。
「アンバー」
背後にアズライトの気配を感じ、アンバーの肩がビクリと揺れる。
「本当か…?」
アンバーは剥がれ落ちそうな虚勢を押しとどめ無言のまま、それでもコックリとうなずいた。
次の瞬間、肩にアズライトの腕が回される。
途端にアンバーの鼓動が弾けた。
「言っとくけど、オレは本気だから」
「…………」
アズライトの真剣な声に胸が熱くなる。
「もし…どっかの助平野郎が流したデマだったとしても、責任はきっちり取るからな」
「……責任なんて」
「約束する。一生、お前のそばにいる」
「アズライト……」
「だから、アンバー…オレの花嫁になってくれ」
「───はい」
間を置かず、アンバーは即答した。
愛しさと嬉しさで胸が一杯で、生まれて初めて感じるような幸福感に満たされる。
この愛しい相手の幸せを守る為なら、何も恐れはしない。
きっと、どんな事でもできるだろう。
誰にも負けはしないだろう。
─── そう信じられるから。
崩れかけた祭壇に向かい、二人は膝をつく。
そして宣誓した。
「───病める時も、健やかな時も」
神父役のアズライトの声が響く。
「富める時も、貧しき時も」
続きをアンバーが継ぐ。
「この相手を愛する事を誓いますか?」
「──誓います」
「誓います」
アズライトは自身のループタイを切り、結んで指輪を作った。
それはアンバーの指には大きすぎたけど、本人には充分すぎるマリッジリング。
「町に出たら、ちゃんとした指輪を買うから。今はそれで勘弁してくれるか?」
「……私には、もったいないくらいだ」
輝くような笑顔でアンバーは答える。
そしてアンバーも、剣の装飾の一部をはずして指輪に仕立てた。
「…こんな無粋な物で悪いけど」
「ありがとな」
互いに交換し、朝日の下で見つめ合う。
「───では、誓いのキスを」
触れ合う唇が、溶けそうに熱い。
「二人を夫婦と認めます」
閉じられたままのアンバーの目から涙が流れた。
───旅に出た二人は各地で魔物を撃破して人々から感謝の意を受け始める。
そして誰からともなく『ヴァンパイア・ハンター』と呼ばれるようになった。
END
アズライトはアンバーを抱きしめたまま黙り込んでいる。
限りない愛しさで満たされつつも、己の非力が悔しかった。
『守る』などと言っても、実際は何の役にも立てないと痛感している。
伯爵と対峙した時、我流の剣技はカスリもしなかったし、神への不信心は見事に報いを受けてしまった。
今のままでは、守るどころか足手まといになるのがオチだろう。
───何かできる事は無いだろうか。
アンバーの為に、自分の力で可能な事は。
(…!)
ふと、一つの情報が脳裏に蘇る。
迷った末に、アズライトは静寂を破った。
「……アンバー」
「何?」
アンバーは彼の声に、今までと違って どこか自信の無い、迷うような響きが含まれている事を察知する。
「───この先、他のヴァンパイアに狙われる事はあるか?」
「それはわからない。ヴァンパイアが花嫁を選ぶのは気まぐれだし、伯爵の仇討ちに来ないとも言い切れないからな」
「…じゃあ、可能性はあるのか」
「アズライト?」
「……以前、聞いた事があるんだけど」
しばしの間を置いて流れた声は、やはりどこか緊張していた。
「何を?」
「ヴァンパイアの……その、特徴っていうか……習性かな?つまり、相手を選ぶとか……何とか…」
「?」
彼らしからぬ、はっきりしない物言いをアンバーは訝しむ。
アズライトは意を決したように、しかしまだ迷いを隠せない声で言った。
「……連中が…吸血するのは、………純潔の娘、だけだって…」
「!」
瞬間、アンバーはバッと顔を上げる。
その表情は逆光で見えなかったけれど、アズライトは途端に後悔した。
嘘を言ったわけでは無かったのだが、弱味につけ込んだ下心と思われたかも知れない。
「悪い、今の忘れてくれ」
慌てて取り消すけれど、一度口から出た言葉が戻るはずもなく、空気が張り詰めた。
沈黙に責められている気がしてアズライトはアンバーの肩に回していた手を離す。
同時に立ち上がった彼女に、自分を見限って去ってしまうのでは、とアズライトの心が一瞬冷える。
しかしアンバーは、もたれていた瓦礫の背面に回ると、そこで立ち止まった。
「─── 知ってる」
「!?」
聞こえた声に、アズライトは我が耳を疑う。
アンバーは更に続けた。
「その噂は私も聞いた事がある。…真偽の程は不明だが、…信じるには値…するかも知れない」
アンバーの声には感情が含まれていないように聞こえる。
あるいは、わざとそうしたのか。
しかしアズライトは却って狼狽してしまった。
「む、無理すんな。そんなのホントか嘘かもわからないし、オレが悪かった。謝るから、忘れろよ」
「卑怯者」
怒鳴るでなく、罵倒でもなく、静かにアンバーは言った。
一瞬、アズライトの胸が詰まる。
「そっちから言い出したくせに…」
降り注ぐ日光の届かない瓦礫の影で背を向けたまま立ち尽くす彼女の声は、怒っているのか、それとも羞恥の為か、微かに揺れていた。
アズライトの胸を苦しいほどの愛しさが占める。
同時に、心が決まった。
「アンバー」
背後にアズライトの気配を感じ、アンバーの肩がビクリと揺れる。
「本当か…?」
アンバーは剥がれ落ちそうな虚勢を押しとどめ無言のまま、それでもコックリとうなずいた。
次の瞬間、肩にアズライトの腕が回される。
途端にアンバーの鼓動が弾けた。
「言っとくけど、オレは本気だから」
「…………」
アズライトの真剣な声に胸が熱くなる。
「もし…どっかの助平野郎が流したデマだったとしても、責任はきっちり取るからな」
「……責任なんて」
「約束する。一生、お前のそばにいる」
「アズライト……」
「だから、アンバー…オレの花嫁になってくれ」
「───はい」
間を置かず、アンバーは即答した。
愛しさと嬉しさで胸が一杯で、生まれて初めて感じるような幸福感に満たされる。
この愛しい相手の幸せを守る為なら、何も恐れはしない。
きっと、どんな事でもできるだろう。
誰にも負けはしないだろう。
─── そう信じられるから。
崩れかけた祭壇に向かい、二人は膝をつく。
そして宣誓した。
「───病める時も、健やかな時も」
神父役のアズライトの声が響く。
「富める時も、貧しき時も」
続きをアンバーが継ぐ。
「この相手を愛する事を誓いますか?」
「──誓います」
「誓います」
アズライトは自身のループタイを切り、結んで指輪を作った。
それはアンバーの指には大きすぎたけど、本人には充分すぎるマリッジリング。
「町に出たら、ちゃんとした指輪を買うから。今はそれで勘弁してくれるか?」
「……私には、もったいないくらいだ」
輝くような笑顔でアンバーは答える。
そしてアンバーも、剣の装飾の一部をはずして指輪に仕立てた。
「…こんな無粋な物で悪いけど」
「ありがとな」
互いに交換し、朝日の下で見つめ合う。
「───では、誓いのキスを」
触れ合う唇が、溶けそうに熱い。
「二人を夫婦と認めます」
閉じられたままのアンバーの目から涙が流れた。
───旅に出た二人は各地で魔物を撃破して人々から感謝の意を受け始める。
そして誰からともなく『ヴァンパイア・ハンター』と呼ばれるようになった。
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