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ディナヴィア
決裂
しおりを挟む「お久しぶりね」
彼女は、ゆっくりと僕の傍までやってきた。
甘さと大人っぽさが漂う高貴な香水の匂いがする。
「ああ、久しぶりだな」
「ルキフェルを倒すために、あなたのことが必要だったの。二人でルキフェルを倒して新世界を作りましょう」
彼女は、黒い手袋を外して、ほっそりとした手を差し出してきた。
「ああ、そうだな」
よかった……。セレネーに出会っていきなり殺される展開はなさそうだ。彼女は、僕の力を必要としている。
差し出された手を握ると、握るとひんやりと冷たかった。
「気安く彼女に触るな」
その時、殺気のこもったしゃがれ声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、ひとりの男が階段から降りてくるのが見えた。
ワカメのように伸びたぼさぼさとした黒い長髪、黒曜石みたいに黒い何の光もうつさない虚ろな目をしている。身なりなんて一度も気にしたことがないかのようにひどい格好だ。しわくちゃで泥だらけのシャツは、元の色がわからないくらい汚れている。ズボンも泥だらけだ。
手には、多くの剣だこが出来ている。首元からは、痛々しい火傷のあとが見えている。彼の左の頬には鋭い爪で引っかかれたような痛々しい跡がある。
恐ろしいことに彼が持っているのは、どこかの女の生首みたいだった。赤茶色の生首から髪の毛がむしり取られて少ししか残っていなかった。
「彼は?」
「ああ。あれは、私の犬よ。あまり躾がなっていなくて困っているのよ」
犬?……いやいや、どう考えても、あいつは人間だよね。
今、僕に話しかけてきたのは幻聴じゃないよね。
「銀髪……。そっちにいるのは、もしかしてリジル家の奴か?」
犬と呼ばれた男は、殺意を込めた目でエリュシオンを見ながら聞いてきた。
……どう答えるのが正解なのだろうか。迷っていると、セレネーが口を開いた。
「そうよ。ハデスの犬は、シオン・リジルなの。知らなかった?」
いや、エリュシオンは犬じゃなくて人間だけど……。
エリュシオンからも、不機嫌そうなオーラをひしひしと感じて怖くなってくる。けれども、この少女相手に言い返すのがちょっと怖い。
「ああん?リジル家の人間かよ。全身の皮ひん剥いてぶっ殺してやる」
毒を吐くように恨みがこもった声が吐き出された。
エリュシオンの方を見ると、意味がわからないというようにすました顔をしている。
お、お、お、お前、こいつに何をしたんだよ!!
「……よくもこの俺の前に現れたな。全部、てめえらのせいだ。殺してやる。殺してやる。殺してやる。ぶっ殺してやる!!!!切り刻んで狼の餌にしてやる!!お前の脳みそを引きずり出して踏みつぶしてやる!!!」
しゃがれた声で呪うような言葉を吐きながら、男はこっちに近づいてくる。
こ、怖い。怖すぎる。
「スクルータ、お座り」
セレネーがぴしゃりと鞭を打つようにそう言うと、彼の動きが止まった。
「……」
彼は、忌々し気にエリュシオンをにらみつけ、わざと音が聞こえるように舌打ちをしてから、広間の奥の方に座った。
「彼ね、失敗作なのよ。ひっどい環境で育ったから、いろんな感情に欠如しているのよ」
「どうして彼は、そこまでリジル家の人間を嫌っているんだ?」
「ああ。だって、お父さんを殺されたからね」
アウトすぎるだろうがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!何が同盟だ。ふざけるな。やばすぎるだろう。もう僕たちはさっさと帰った方がいいんじゃないか。
「安心して。ハデス様が私の役に立つ限り、私も協力するわ。二人でルキフェルを倒して新世界を作りましょう」
あれ?初対面のはずなのに、どうしてそこまで話がぶっ飛んでいるんだ?だけど、僕はルキフェルから死の呪いをかけられているため、二人でルキフェルを殺さなければいけない。
「……ああ。一つ聞いてもいいか」
「もちろんよ」
「ナサニエルという少年を知っているか。何でも病気を治すことができる少年を」
「ああ。ミゲルから買ったわ。だけど、彼は、いつの間にかいなくなったのよ。鎖でつないでおいたはずなの
に……」
この女の趣味は、人間を飼うことなのだろうか。お、恐ろしい……。
「……今はどこにいる?」
「もしかしたら、ミゲルがまた連れ出したのかもしれない。あの少年の能力を知るのは、ここでは数少ないからね。その人間が私を裏切るはずはないもの」
「ミゲルはどこにいるんだ?」
「ロタンよ。今度は、私からも質問をしていいかしら?」
彼女は、人差し指を顎に当て、青い瞳をきらめかせながら、かわいらしく尋ねてきた。
「ああ」
僕に答えられることだろうか。僕の正体がハデスじゃないと、ばれてしまうんじゃないだろうか。
「どうして結界が壊れたの?」
「……」
これには、素直に答えるべきだろうか。
「ねぇ、ハデス様。質問に答えられないなら、この宝石を持ってくださらない?」
そう言われて、セレネーから透明な水晶みたいなものを渡される。
これを持つだけなら、大丈夫だろうか。
恐る恐る持つと、水晶の色が青く変化した。
「あら……。あなた……魔力が減っているのね……」
セレネーの声色がガラリと変わって冷たい雰囲気になる。やばい。嫌な予感がする。
「予想しましょうか。あなたは、ルキフェルから何らかの魔術をかけられて、魔力を失っていった」
「そうだ。だけど、僕は、まだ魔力を使える。きっと君の役に立つはずだ。二人でルキフェルを倒そう。僕には君が
必要なんだ」
「あら?あなた……この私に助けを求めているの?」
氷点下のようなゾッとするほど冷たい声で、そう問いかけられる。
「……」
この女から、死神のような恐ろしいオーラを感じる。嫌な予感がする。背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
「弱い仲間なんていらないわ。誰かにすがるしか能がない人間なんて大嫌いよ。スクルータ。さっきの言葉を取り消すわ」
氷柱のように冷たく、温かみのない声が氷の城に響き渡る。
「スクルータ。この二人、やってもいいわよ」
イノシシみたいなすごい勢いで、スクルータが紫色に光る剣を振りかざしてエリュシオンに突撃した。エリュシオンは、スクルータの剣を受け止めるが、氷の床では耐え切れずツルツルとそのまま押されながら、滑っていく。そして、そのまま二人は勢い良く、パリンっと氷の窓を突き破り外へと落ちていった!!
「エリュシオンっ!!!!」
そう叫ぶが返事がなかった。
エリュシオンは、死んだのか……。
いや、あいつほど身体能力が高い人間がそう簡単に死ぬわけがない。
「あんな男のことより自分の心配をしたら?」
セレネーのいる方から、いくつもの氷の槍が僕をめがけて飛んでくる。
「くっ」
炎の盾を作ると、次々と氷の槍は燃えていくが、更に大量の氷の氷柱が生み出される。
「あら、やるじゃない。いつまでもつかしら」
大丈夫。氷の魔法相手だったら、火の魔法の方が有利なはずだ。絶対に勝てる。
再び炎の盾で防ぐが、炎の盾をすり抜けて飛んできた小さくなった氷のナイフによって頬にかすり傷ができた。
……。
全然、大丈夫じゃない。
魔法の威力が違いすぎる。
近づいたら、殺されるだろう。
だけど、このまま炎で防ぎ続けていても、僕の魔力の方が尽きてしまう。
くそっ。どうやったら、勝つことができるだろうか。
「うふふふふふふふふふふふ。殺し合いって、恋愛みたいで大好きだわ」
セレネーは、恋に溺れた少女みたいに夢見心地に微笑んだ。
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