支配の王冠~余命一年の悪役転生から始まるバトルロワイアル~

夜刀神さつき

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終わりの始まり

黒色の夢の終わり

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「う、うーん……」

 ユリアは、ゆっくりと目を開ける。さっき激しい音がして、爆発に巻き込まれたんだっけ……。どうやら手も足も動きそうだ。どうして私は、無事だったんだろう。ふと腰に巻き付けてある宝刀紅華の存在を思い出す。もしかしたら、これのおかげかもしれない。

 ゆっくりと立ち上がって、目にしたのは、地獄絵図だった。崩壊した壁、天井、瓦礫の山、落ちたシャンデリア、そして倒れているウォルフとルキフェルの姿……。

「ルキフェル!!!しっかりして!!」

 急いで彼のもとに駆け寄った。
 首には、絞められたような跡がある。冷たくなった死体を揺さぶるが、返事はない。動かなくなった心臓の音、脈のない手首、青ざめた肌、聞こえない呼吸の音……ルキフェルは死んでいる。

 それを受け止めた時、世界がガラガラと崩れて崩壊していくような感覚がした。

「大丈夫……。あたしもすぐそっちに行くから……」

 ルキフェルがいない世界で生きている意味がわからない。自分のやるべきことは一つしかない。
 太ももにくくりつけていた拳銃を取り出して、しっかりと握りしめる。
 床には、花瓶が倒れたせいで黒百合が散らばっている。
 黒百合の花言葉は、「呪い」と「恋」。

 あたしにぴったりの花だ。

 本当は、白いユリが似合うような可憐で、愛らしく、無垢な存在でありたかった。だけど、もう手遅れだ。

『これをあげるよ』

 そう言って、彼が白いユリの花束を差し出してくれたことを今でも覚えている。今まで花なんて誰にももらったことがなかったから、自分が物語のヒロインになったみたいでドキドキした。だけど、「どうして」って聞いたら、『いらなくなっちゃったんだ』と彼が悲しそうに呟いたことを昨日のことのように覚えている。

 昔から、ユリアは道具だった。

 ママとパパにとって、あたしはただの金儲けの道具だった。そこから、逃げ出しても、他の男に捕まって、ただの道具であり続けた。

 あたしの周りには、あたしを利用しようとする人間しかいなかった。

 そう。彼に出会うまで……。
 

 シェリー・ギブソンが死んだ日に、あたし達は出会った。

 最愛の恋人をなくした彼、最愛の人間を求め続けたあたし。

 あたし達は、まるでパズルのピースのようにピタリとはまった。
 ルキフェルは、そんなあたしに無償の優しさをくれた。見返りなしで優しくされることの気持ち悪さ、生ぬるさ、  そして温かさを今でも覚えている。
 彼は、あたしをシェリーの代わりにしようとはしなかった。誰もシェリーの代わりにできないし、彼女のようになれないことをわかっていたからだ。

 彼にとってシェリー以上の人は、存在しなかった。どれほど努力しても、彼は死んだシェリー語りかけるほど優しい目であたしを見ることはなかった。あたしは、死んでからも彼の気持ちを独り占めしつづける彼女が憎かった。あたしの方がずっと、ずっと彼のことを愛していたのに、彼を捉え続けていたのはシェリーだけだった。
 もっとあたしが美しかったら。
 もっとあたしが明るくて魅力的な人間だったら……。
 そしたら、あなたにふさわしい人間になれただろうか。

 なりたかった自分とは程遠い。

 いつも、掃き溜めのような感情がうずまいていた。ひたひたと押し寄せる孤独に押しつぶされてしまいそうだった。

 本当に、ルキフェルが好きだった。
 あたしを気にかけてくれるところ、明るいところ、努力家なところ、かっこいいところ、優しいところ、気遣いができるところ、おもしろいところ、些細なことにお礼を言ってくれるところ、あたしの名前を呼んでくれるところ……全部が好きだった。

 これほど素敵な人は、あたしの人生において現れないだろうと確信していた。

 ルキフェルが近くにいて、ただ挨拶と些細な会話を交わすだけで満足するだけで満足できる人間でいられたら、どんなによかっただろうか。

 もう一度、あの頃に、戻りたい。
 そうしたら、あたしはもっとうまくやれる気がする。
 あなたのことを傷つけないし、あなたからも傷つけられない。

 昔は、純粋で、若かった。

 外の世界に怯え、理解できない他人のことが怖かった。

 どこにいっても自分の居場所がない気がしていた。
 あなたはそんなあたしのことを受け入れてくれた。
 あたしに優しくしてくれた。面白い話をたくさん聞かせてくれた。
 あなたが好きだった。好きで、好きで、たまらなかった。

 心から愛していた。

 あなたよりも、優しくて、かっこよくて、お金があって、背が高い人なんていくらでもいることなんてわかっていた。それでも、あたしは、ルキフェルがよかった。ただの孤独なユリアを受け入れてくれた彼の隣にい続けたかった。そんなあなたともっとたくさんの時間を過ごしたかった。あなたに選ばれたかった。大事にされたかった。愛されたかった。ずっと、ずっとそばにいてほしかった。

 シェリーを思い出すときあたしといる以上に楽しそうな彼を見たくなかった。シェリーを愛し続ける彼を見たくなかった。そんな彼を見るくらいなら、いっそのこともう二度とあなたと会わなくてすむくらい遠くに離れてしまいたかった。だけど、そんなことをしてしまえば、もう二度と言葉を交わすことはできないかもしれない。そう思うと、この先の人生が真っ黒く塗りつぶされたような気がした。

 アイゼアから好意を寄せられても、ルキフェル以上に思えなかった。あたしの時間は彼に止められたかのように、他の人間といても動かない。アイゼアを好きになれたらどれほど楽だろうかと想像した。だけど……どうしても選べなかった。自分の気持ちや、生き方を変える方法が分からなかった。

 たまに願っていたことがある。

 シェリーじゃなくてあたしがいいと言って……。あたしだけを愛して……。
 どんなにそう願っても、思いが届くことはなかった。いつしか、その願いは黒色に染まった。

 一度でいい。
 好きな人に愛されたい。
 心の底から愛しているといわれたい。もし、それが叶うのなら、あたしがあたしじゃなくなったっていい。

 あたしは、シェリーになりたかった。
 脳みそをシェリーに捧げて、それ以外のあたしの全てを愛してもらう。

 それがあたしの醜く、おぞましい、歪んだ夢だった。

 これは、あの時、あたしが彼を殺せなかったからできてしまった物語だ。
 ただの悲しいラブストーリーだ。

 あなたがいなければ、何の夢も描けない。


 さよなら、ルキフェル。

 もう、あたしを愛してくれないあなたなんていらない。記憶の中でさえも、いらない。全て終わりにしよう。あたしが、彼を思い出すことさえもなくなる。

 太ももに巻いていた銃を胸元に向ける。

 他の何かなんて、もう愛せない。

 もう生きていく理由なんて、見つけられない。
 人生において、一番価値があるものが何かなんてはっきりいえないけれども、彼と会えてこんな醜く、美しい感情を抱けたことは、あたしの人生で大きな意味を占める。

 もしも、ルキフェルと会わなかったら、あたしはもっと自分の利益のために人生を生きていたかもしれないけれど、こんな喜びも、痛みも知ることがなかっただろう。

 だから、彼に出会えてよかったと思えるんだ。

 あたしは、不幸なんかじゃない。
 たくさんのものを得て、自分で選んだ道を迷いながらも最後まで貫いたのだから。
 世間は、あたしのことを最低だ、人でなしって叩いているだろう。その通り。
 あたしは、人殺しの悪役だ。自分の行為を彼のためだなんて、美化するつもりはない。
 あまりにも罪を犯しすぎたことは、自分が一番よくわかっていた。

 パアンと引き金を弾いた。
 
 衝撃のあまり、少しだけ銃口がずれたのがわかった。

「うっ……」

 胸元に激痛が走り、真っ黒なドレスを真紅で染め上げる。
 しまった……。

 銃を扱いなれていないため、少しずれてしまった。血は出ているけれど、心臓には命中しなかったかもしれない。このままじゃ、死ねないかもしれない。

 早くもう一発撃たないといけないと思うけれど、銃は少し離れた場所にポトリと落ちている。出血のせいか、身体を動かすことができない。

 このまま生きながら死ぬような人生になったらと思うだけで、ゾッとする。

 その時、コツリ、コツリと誰かが近づいてくる音がした。
 誰だろう。誰であっても、どんなに身体的に助けられても、もう心は生きていけそうにない。だから、このままここで死んでしまいたい……。

「あんな男の後追いするなんてもったいない。世の中には、俺みたいないい男がいるのに」

 ブラックチョコレートのような滑らかな声が響き渡る。
 顔を見なくてもわかる。 

「ギャレット・バルムルク……」

 どんな人間も殺すことができる殺しの天才だ。きっと、あたしを殺すために生まれたような男だ。
 彼は、沈みかけた夕日のように寂しそうな顔であたしの顔を見下ろしてきた。

「どうして……ここにいるの?」

「ドラゴンが現れたのが見えて、何が起きたのか確かめに来たんだ。どうやらルキフェルが殺され、支配の王冠が奪
われたようだな。……そして、何故かユリアが死ぬ気がして確かめに来た」

「あたしが死ぬってわかったの?」

「わかんねぇ……。だけど、死にかけている気がした」

「さすがバルムルク家の死神ね。やっぱりあなたが死の匂いがわかるっていう噂は本当だったのかしら」

「どうだろうか。だけど、こんな会話もそろそろ終わりにしようか」

 優しそうに微笑んできた彼に、すがりつくように必死に手を伸ばした。

「頼みは何かな、お姫様」

 きっと、一目見て全てをわかっているくせに、悪魔みたいに丁寧に聞いてきた。

「ギャレット。お願い……。あたしを殺して……」

 何とか力を振り絞って、そう懇願する。

「俺は……そんな物騒な言葉じゃなくて、情熱的な愛の言葉を聞きたかったよ」

「じゃあ……愛しているから殺して。あたしを解放して欲しいの」

「俺が欲しかったのは、そんな薄っぺらい言葉じゃないんだ。……君のようないい女と愛し合えなかったことを残念
に思う」

「そうね。あたしも……あなたのような男を愛せなかったことが残念だわ」

 あたしが愛したのは、自己中心的で、バカで、傲慢で、最低な男だった。だけど、そのダメなところの一つ一つを全部愛していた。

「知っているだろう。俺は、優しい男だから、君みたいないい女の頼みは断れないんだ」

 なんていい男だろうか。
 彼のような男ともっと早くに出会えなかったことを残念に思う。

「……ありがとう、ギャレット」

 また彼の手を汚してしまうことを知りながらも、胸には歓喜が鳴り響いた。
 何もあげることができないから、できる限りかわいく見えるように微笑んだ。
 それを見たギャレットは顔を歪めた。

「ああ、どうして俺は、いつも愛すべき人をちゃんと愛せないんだろうな。でも、まあそれも宿命か……」

 愚かなピエロのように泣き笑い顔を浮かべた後、まるで愛する女に最後の別れを告げるように、銃にそっと口付けを落とした。

「おやすみ、ユリア。いい夢を……」

 多くの命を奪ってきた長い指が、楽器を奏でるように滑らかに引き金を弾いた。
 優しい銃弾はまっすぐと彼女へと向かっていく。


 黒色の夢が終わろうとしていた。
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