【完結】異世界転生したら死刑にされる予定の悪役だった

夜刀神さつき

文字の大きさ
13 / 42

憎しみ2

しおりを挟む
 
 アトラスは、俺の首を絞めるように話を続けていく。

「あなたが俺を送った壁の外では、食べ物がありませんでした。人を信用することに疲れた俺は、そのうちわずかな食べ物を巡って殺し合いが始まるに違いないと思っていました。だけど、彼らは、俺に分けてくれました。みんな最初から、生きることを諦めたような顔をしていました。そして、みんなで一緒に死ねたらいいと言っている奴もいました。あなたみたいな人間には、理解できない感情でしょうね」

 きっと、彼は、俺を傷つけたくてこんな話をするのだろう。彼の瞳は、宝石みたいに冷たいが、よく見ると炎みたいに怒りが燃えている。

「こんな俺にも、友達ができたんです。ミシェル、ルカ、アラン、ニーナ、トム、ジェシー……。彼らは、犯罪者でありながら、人を殺すような罪を犯したわけではなかった。お腹が空いてパンを盗んだ、兄弟に食べ物を買うために宝石を盗んだ、貴族の息子と寝たら屋敷の主人の怒りをかった、貴族に感染症を移した、妹の復讐をしようとしたなど、死ぬほどひどい罪を犯したわけではありませんでした。俺達は、家族のようでした。だけど、ミシェルが死に、足を痛めたニーナは置いて行かれ……、絵描きになりたいと夢見ていたトムは目の前でミイラのようになりました。アラン、ルカ、ジェシー……彼らは、俺が、気がついたときには、みんな醜い死体になっていました。あなたは、砂の怪物に殺された人間がどれほど醜い姿になるか見たことがありますか。さっきまで生きていた人間だと思えないほどカラカラに干からびた姿になるんです。彼らは、あんな風に死んでいい人間でではなかった」

 そのシーンは、小説で読んだことがある。初めて読んだときは、あまりの展開に衝撃を受けた。続きが気になって夢中になって読んだことを、昨日のことみたいに覚えている。
 実際に経験したアトラスは、地獄でしかなかっただろう。

「俺は、何度も地獄を味わいました。その度に、あなたのことを思い出しました。あなたを殺すまでは死ねない。あなたに復讐するまでは、死ねない。俺が地獄にいるとき、あなたは、どんな風に生きているか想像しました。きっと、今頃、俺のことなんて忘れて優雅に紅茶とスコーンでも食べているのだろうと。そんな想像をすると、胃酸を吐きそうになるほど気持ち悪くなりました」

 アトラスは、胸に手を当てながら、俺を睨みつけながらそう言葉を吐き出す。

「俺は……」

 アトラスの想像ほど、優雅な毎日を送っていたわけではない。しょっちゅうアトラスのことを思い出したし、ギロチンで首が切られる夢を見た。俺だって、罪悪感があったし、自分を責めて苦しい思いもした。

 けれども、食べ物には困らなかったし、そんな風に、紅茶を飲みながらお菓子を食べた時だってある。そう思うと、喉に張り付いたように言い訳の言葉が、何一つ出てこなかった。

「あなたは、俺のことを思い出しましたか。もうどうせ死んでいるとでも、いや、死んでくれていた方がいいと思っていたでしょう。その方が、都合がいいですからね。俺の死でも、神様に祈っていたのでしょう。残念ながら、俺は、生きてあなたのところまで、戻ってきてしまいましたが」
「……違う。俺は、そんなこと祈っていなかった。お前のことも、生きていればいいって思っていた」
「どうして?俺が死んだ方が自分に都合がいいのに」

 彼は、俺の顎をクイッと持ち上げ、意地悪そうに笑いながらそう冷たい温度のない声で問いかけた。

「……」

 そうだ。
 アトラスが死んだ方が、原作のハイデンにとっては都合がよかった。

「俺は、調査団を見送った時、あなたがどんな気持ちだったかと想像したことがあるんです。あの頃は、その数日後に、自分も突き落とされて壁の外に行くとは思っていませんでした」
 普通は、誰だってそんな悲惨なことを想像しないだろう。

「あなたにとって、俺は、人間なんかじゃなかったんでしょう。おもちゃと捨てるように、いらなくなった靴を捨てるように、簡単に捨てられる道具でしかなかったんでしょう。物珍しさから優しくしていたが、鬱陶しくなったから処分した。そういうことでしょうか」
「……」

 アトラスは、探るように俺の瞳をジッと見つめる。
 俺は……何て言ったらいいのか、わからない。自分を守る言葉も、否定する言葉も、何も浮かばない。焦れば焦るほど、毛糸が絡まっていくように、様々な感情に囚われ身動きができなくなっていくようだ。

「あなたのような人間に理解できないでしょう。人を失う痛みも、自分の無力さを呪う痛みも……」
「俺だって、そういうことは感じたことがある」

 前世、病院で仲良くなった友達が死んだときがある。その時、ものすごく悲しくて涙が止まらなかった。

「嘘だ!彼らのような純粋な人間ではなく、あなたのように自分のことしか考えない醜い人間が死ねばよかったんだ!!!」

 突然、アトラスは、堪えていた怒りを爆発させるように、声を荒げてそう怒鳴り、俺の首に両手を伸ばした。
 そして、怒りに任せて、俺の首をギリギリと締め上げていく。

「うぐっ……」

 呼吸ができない。骨がきしむ音がする。
 彼の手に自分の手を重ねて、彼の手を首から話そうとするが、びくともしない。
 このまま死んでしまうと思うと怖くてたまらない。
 嫌だ。やめてくれ……。
 恐怖で涙が溢れてくる。視界が涙でぼんやりにじんでいく。

「うぐっ……うううっ……」

 アトラスの手の力が、どんどん強くなっていく。
 けれども、俺を殺す直前で、気が変わったように両手の力を緩めた。

「はあ、はあ、はあ……。ごほっ、はあ、はあ、はあ……」

 ようやく空気が吸えた俺は、むせ込みながら必死で息をする。
 アトラスは、恐怖で震えている俺を宝石のように温度を感じさせない冷たい目で見下ろしていた。

「ごめん。アトラス、ごめんなさい。俺……まだ死にたくないんだ……」

 泣きながら、そう伝えるが、アトラスは、俺の言葉で表情を変えることはなった。

「どうせ生きてもその命をろくなことに使わないでしょう」
「そんなことはない。俺も……何かの役に立ちたいんだ。誰かを救う存在になりたい」

 確かにアトラスを犠牲にして、生きようとした。
 だけど、それは、街の皆を救う手段でもあったのだ。
 俺は、本当は、英雄みたいになりたかったんだ。小説で読んだアトラスみたいに、なりたかった……。俺だって、好きでハイデンに生まれたわけじゃない。
 誰が好きで、こんな悪役なんて演じるかよ。

「だけど、俺には、あなたを殺す権利があると思いませんか」
「俺は……お前を殺すつもりじゃなくて……」
「今更、何を言うつもりですか」

 アトラスは、やれやれとでも言うように両手を広げた。

「あなたが、言っていたじゃありませんか。俺が嫌いだから、突き落としたと。俺は、あなたの言葉を何度も思い返していたのに、あなたは俺のことを忘れてしまったのでしょうか」
「……」

 忘れたことなんてない。
 忘れられたら、どんなによかっただろう。

「あなたにとって、俺は何でした?」

 前世では、アトラスは、神様みたいな存在だった。自分以上に幸せになって欲しい存在だった。一番好きなキャラクターであり、誰よりも不幸な人生を歩んだ彼に何度も思いをはせた。アトラスの孤独を誰よりも理解したかったし、アトラスの痛みに寄り添いたかった。自分が辛いときは、アトラスはもっと辛かったと思うと、救われたような気分になれた。
 だけど、俺は、自分が生き残るために、こいつを突き落とした。
 ……今の俺にとって、アトラスは、結局、自分が生き残るための道具だった。
 友達になりたかったけれど、なれなかった。もっと別の道を歩みたかったけれど、俺はそっちを選べなかった。自分だけ平和なところでのうのうと生きて、こいつを地獄に送った。

「俺にとってお前は……道具だった」
「はっ。ストレス発散の道具だったんですか。飽きたら、簡単に捨てられる道具だったということですか」
「俺、死にたくなくて……」
「そこまでして生きたかったのかよ、この豚が!!!」

 ああ、そうだ。
 俺は、生きたかったんだ。
 アトラスを聖剣のための道具と見て、調査団を見殺しにしてでも、生きたかったんだ。俺が、壁の外について知っていることを全て話せば、あの人たちは死ぬ必要はなかったかもしれない。それでも、言えなかったのは、原作通りに行動しなければ、聖剣が手に入らないんじゃないかと不安だったんだ。
 俺は、自分が生き残るためにより確実な方法を取ったんだ。
 死にたくなかったんだ。
 死ぬのが怖かった。怖くて、怖くて、たまらなかった。
 結局、自分のことしか考えられない臆病者なんだ。

 アトラスは、俺の髪の毛を雑草でも抜くように引っ張りあげ俺と目線を合わせて、拷問でもするようにきつい口調で問いかけてくる。

「どうして、あの時、俺に優しくしたんですか。最初から、優しくして騙す予定だったんですか。自分をすっかり信用している俺を見て、あざ笑っていたんですか」
「……ごめんなさい。俺が悪かった。俺が悪かったんだ」

 言葉にならない感情が、涙となって溢れてくる。
 俺が間違っていた。
 あの時、優しくしなければよかった。
 こんなにアトラスを傷つけるくらいなら、原作通りのハイデンでいればよかった。
優しくしなければ、よかったのに。

「もう遅い。俺は、人の痛みなんて微塵もわからないお前をぐちゃぐちゃにしてやりたい‼」

 アトラスは、俺の髪の毛を掴んでいた手を離し、胸ぐらをグッと掴んだあと、唇と唇をくっつけた。
 ガツンと俺の歯とアトラスの歯がぶつかる。

「んんっ……」

 何が起こっている?

 俺は、キスされているのか。 
 何で?アトラスは、ついにおかしくなったのか。
 それとも、俺を傷つけられるなら、手段を選ばないのか。
 彼の唇は、火傷しそうになるくらい熱かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」 *** 日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。 疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。 彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界! リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。 しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?! さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……? 執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人 ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー ※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇‍♀️ ※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです ※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます 朝or夜(時間未定)1話更新予定です。 1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。 ♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております! 感想も頂けると泣いて喜びます! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

気づいたらスパダリの部屋で繭になってた話

米山のら
BL
鎌倉で静かにリモート生活を送る俺は、極度のあがり症。 子どものころ高い声をからかわれたトラウマが原因で、人と話すのが苦手だ。 そんな俺が、月に一度の出社日に出会ったのは、仕事も見た目も完璧なのに、なぜか異常に距離が近い謎のスパダリ。 気づけば荷物ごとドナドナされて、たどり着いたのは最上階の部屋。 「おいで」 ……その優しさ、むしろ怖いんですけど!? これは、殻に閉じこもっていた俺が、“繭”という名の執着にじわじわと絡め取られていく話。

処理中です...