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演説
しおりを挟む聖女が、砂の王がこの街に来ると告げた日から、街はパニックに陥った。どうせ死ぬ前に好きなことしてやると犯罪行為をするもの、パニックに陥り自殺するもの、仕事をしなくなるもの……様々な人間が現れた。
騎士団の訓練にも参加しなくなるものも多く、訓練に来ても「こんなの何の意味があるんだ?」とやる気のない人間も多かった。
そんな中、国王陛下が国民に対して演説をすることになったらしい。原作では、このシーンは省略されていたため、どんなことが話されるかは知らない。
国王ライアンが演説をする日は、朝から今にも雨が降りだしそうなくらい分厚い灰色の雲で辺りが覆われていた。
俺は、少し早めに広間に到着した。群衆に紛れて王宮のバルコニーを見るが、まだ国王ライアンは現れていないようだ。
「こんなに集めて何を話すつもりだ?」
俺の近くにいる男性が、怪しげにバルコニーを睨んだ。
「どうせ、王族なんて俺達をエサにして自分だけ生き残ることしか考えていないだろう。早くこんなところから、出ていった方がいいんじゃないのか」
「逃げた先に何がある?もうこの辺りの国は、全て滅んだ。あの城壁が破壊されれば、俺たちは、全員おしまいだ」
「そうだ。高いところに上って逃げればいいんだ」
「バカ。砂の王は、壁を砂にできるんだぞ。逃げても意味なんかねぇ」
「どうせ俺たちは、全員、ここで死ぬんだ。だって、もうどうしようもないだろう。砂の化け物を殺す方法は、存在しないんだ。だったら、さっさと諦めて自殺でもした方がいいじゃねーか!!!」
「そうだ。砂の化け物に襲われるくらいなら、家族で死んだ方がいい」
「もうダメだ。みんな殺されてしまうんだ」
そう男は、パニックになってその場にしゃがみこんだ。この場にいる人で、未来に、希望を持っているものは少ない。だって、俺達は、ずっと砂の怪物に殺され続けてきたのだから......。
その時、ライアンの側近である黒服を着た男が「皆の者、静かにしろ」と声を張り上げながら告げた。すると、水を打ったように辺りが静まり返った。
そして、深紅のマントをつけて、金色のボタンや刺繍がついた白い服を着た若獅子ライアン・ディスモンドが、バルコニーの背後から堂々と歩いてきた。
「私は、国王ライアン・ディスモンドだ」
ライアンの堂々とした声は、高級なヴァイオンみたいにあたりにはっきりと響き渡った。
「10年前、砂の怪物が突如現れた。奴らは、街を襲い、多くの国民を殺した。私の父上は、すぐに壁を作ろうとした。そして、その最中に命を落とした」
彼は、古いおとぎ話を語るように、淡々と話し出した。その滑らかな声に誰もが子守唄でも聞くように、意識を奪われる。
「私は、ずっと街を破壊した化け物が憎かった。同時に怖かった。奴らに勝つ術がないからだ。今まで、彼らと戦っても、我々は一方的に殺されるだけだった。多くの勇敢な若者が、英雄になりたくて壁の外に出た。私の親友も、17歳という若さで壁の外へ行った。彼らが戻ってくることはなかった。次第に多くのものは、勝つことを諦めるようになった。もしも、彼らが街を襲ったら死ぬしかないと……」
被害にあったのは、アトラスの仲間だけじゃない。俺たちは、砂の怪物によってあまりにも多くのものを失い過ぎた。
「私は、囚人を調査団として壁の外に送り続けた。彼らが死刑になるような罪を犯していないことはわかっていた。だけど、少しでも壁の外のことを知りたかった。囚人には、何か有意義な情報を戻るまで帰るなと伝えた。私は、自分の欲のため人を殺したようなものだ。そうだ。ずっとこの手を血で染め続けた。……もう時間を巻き戻せない」
彼の声は、天空を切り裂く雷みたいに激しい怒りで揺れている。砂の怪物への怒り、藁にすがるような選択をとるしかなかった自分自身への怒りだ。彼の怒りが伝わり、全身の皮膚がピリピリと泡立つようだ。
「だが、アトラスが戻ってきた。砂の怪物を倒せる聖剣を手にして………。聖女の予言が正しければ、もうすぐ、砂の王により門が破壊される。奴らは、壁の中に入り我々を殺そうとするだろう。もう逃げ道はない。負けたら死ぬだけだ」
ライアンは、左手を強く握りしめながら振り上げた。
「だけど、我々には聖剣がある。これで、砂の王も倒せるかもしれない。砂の王を倒せば、砂の怪物が亡びるだろう。きっとアトラスが、砂の王を殺す。彼がこの国を救う。そう信じている。いや、もう信じるしかない」
ライアンは、過去を振り返るようにそっと目を閉じた。そして、再び目を開き、国民全員の顔を見るようにゆっくりと辺りを見渡した。
「私は、長い間、悪夢を見ているようだった。でも、今は、違う夢を見ている。怪物のいない世界で、人々が平和に暮らす夢を……。その夢を実現するために、力を貸してくれ。どうか最後まで、生き残ってくれ。愛する家族を守り抜いてくれ。最後まで希望を捨てるな。化け物に見つかっても、全力で走り抜け。私は、この国の王として、1人でも多くの国民が生き延びることを祈っている」
彼のような人間が、この国の王でよかった。
辺りからは、すすり泣く音が聞こえてくる。座り込んでいたものは、立ち上がった。愛する家族の肩を抱きながら、泣いているものもいた。みんなの人々の目は、希望で光っていた。
曇っていた空からは、これからの未来を祝福するように、美しい金色の矢みたいな光が降り注ぎだした。
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