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セレナ
しおりを挟むセレナ・ホワイティは、5人兄弟の4番目に生まれた。
両親は、居酒屋を営んでいたが、給料は時期により左右され、セレナが小さい頃から喧嘩ばかりしていた。5人の子供を食べさせていくのも大変そうで、可愛がられるというより面倒くさがられるような扱いばかりされていた。
母親と父親が、お金のことで喧嘩するたびに、お前なんか産むんじゃなかったと言われているようで胸が痛くなった。
セレナも小さい頃から、家事や家の仕事、裁縫などを行っていたが、学校に通ったり好きなものを買ってもらったりしている同世代の女の子が羨ましかった。綺麗な服や宝石に憧れていたが、わがままを言ったらどんな風に思われるかと想像しただけで何も言えなくなった。
セレナが好きなものは、『灰だらけのお姫様』というおとぎ話だった。
そのおとぎ話は、継母に虐められていたかわいそうなお姫様が、王子様と出会い幸せになる物語だ。
きっと、いつか自分もあんな風に幸せになれるに違いない。今、苦しいのは、幸せになるための試練だ。そう自分に言い聞かせていた。
14歳ころからセレナは、頭痛がした後、不思議な光景を見るようになった。
国王が死亡する光景、泥棒に入られる光景、借金の取り立てがくる光景、母親が父親にぶたれる光景……。
それらは、やけに鮮明で……おかしなことに、その光景は、全て現実になったのである。
そして、セレナが16歳になった頃、聖女探しが始まった。
町中の女の子が、教会に呼び出されて、青い水晶に手をかざして適性を見るのである。
聖女に選ばれたのは、セレナだった。
両親はセレナが聖女に選ばれたことを泣きながら喜び……お金と引き換えにセレナを教会に売った。
兄弟も、セレナの存在が、お金になったことを喜んでいた。彼女を引き留めるものは、誰もいなかった。
家族に売られたセレナは、激しいショックを受けた。自分は、愛される価値がないのかもしれない、捨てられたという暗い考えばかりに支配された。
平民上がりの聖女に対する嫉妬も多かった。16歳なのにろくに字も読めない、マナーも悪い、食べ方も汚いと陰口ばかり言われた。
そんな風にセレナに嫉妬したり、悪口をたたいたりする令嬢は多くいたが、みんな生まれた時から、両親の無償の愛を受けていた人間ばかりだった。
自分みたいに捨てられた人間は、いなかった。
そのことがセレナを、怒りでいっぱいにさせた。
そんなに恵まれているくせに、私を蔑むなよ。てめぇらは、愛されて大事にされてきたくせに。ちょっと力を持っているからって、どうして私を認めてくれない?欠点ばかり見つけてペチャクチャ罵りやがって……。
いつか、誰よりも幸せになってやる。
私の悪口を言ったあんたたちなんかより、ずっと幸せになってやる。
誰かに愛されて、幸せにしてもらうのだ。
そんな中、夢を見た。夢の中で、金髪碧眼の美しい騎士がセレナに跪き『あなたを愛しています。俺と結婚してください』と言ったのだ。
朝、起きたセレナは、確信した。
夢にしてはやけに鮮明だった。きっと、この夢のことは現実になる。
彼は、運命の人だ。
いつか王子様みたいな美しい男が、自分を愛してくれるに違いない。
その日から、劣等感と嫉妬でいっぱいだったセレナは、変わった。
彼こそは、運命の人だ。いつか彼に逢ったときに、ガッカリされないように努力しないといけない。
勉強も、マナーも、ダンスも、遅れていた分を取り戻すように誰よりも頑張った。寝る前は、必死に復習をして、朝は、早起きしてその日やる勉強の予習をした。
辛くなったときは、いつか出会う王子様のことを思い浮かべた。
誰よりも幸せになると信じて。
そして、1年後……。
セレナは、アトラスと出会った。
彼こそが、セレナが何度も夢で見た運命の男だった。
彼は、壁の外から生き残り聖剣を持ち帰った英雄だ。誰もが憧れるこの国の救世主だ。彼は、美しい私を見て好きになるに違いない。
今まで、愛されなかった分まで、愛してもらえるに違いない。
彼が聖剣を持ち帰ったご褒美に望むのは、私だ。
だけど……。
どうして私の方を見てくれないの?
どうして私に求婚しないの?
私を愛してくれないの?
セレナの見た夢が、粉々に砕け散った。
おかしい。
不可解に思いそれから数回アトラスと接触したが、彼から夢で見たような好意は、感じられなかった。
何が彼を狂わせたの?
不思議に思い彼をつけてみると、ハイデン・ブラックという男に会いに行っていることがわかった。
ハイデンを見つけたアトラスは、今まで見たことない笑顔を浮かべていた。まるで大量の薔薇の花束みたいに華やかな笑顔だった。
何でまるで、恋でもしているように熱に浮かされている顔で微笑むの?
ガラスの破片が胸に突き刺さるように、痛みが駆け巡る。
手のひらに、爪を突き立てながら、その光景を見つめる。
ハイデン・ブラック。
お告げで、ギロチンで死刑になるのを見たことがある。確か、彼が処刑される日付は、3か月前だったはずだ。
おかしい。どうして死ぬはずの予定の彼が生きているの?
何か間違いが起きているのだろうか。
……ハイデンがアトラスをたぶらかした?死刑になるはずの彼が、アトラスの運命を変えた?どうしてハイデンが?心をたぶらかす薬でも使ったのか。だから、アトラスは、私を好きにならなかった?
これじゃあ、ダメだ。
近くにあったオレンジ色の花びらをぐしゃりと握りつぶす。握りつぶされた花びらは、バラバラになり地面に散らばっていく。
ちゃんと、軌道修正しないと。
私が愛されるヒロインになるためには、ハイデンが邪魔だ。
彼こそ、運命の恋を邪魔する悪役だ。
彼を殺さないといけない。
人を殺すことなんて、初めてだ。だけど、私が幸せになるためにはやり遂げるしかない。大丈夫。きっと上手くいく。私は、選ばれた聖女なのだから。
待っていてね、アトラス。
あなたをちゃんと救い出して、運命の恋に導いてあげる。
だから、あなたは、私を幸せにしてね。
* *
そして、私の目には、ハイデンを宝物みたいに大事そうに抱きしめるアトラスが映っている。
どうして、私じゃなくて、そんな奴を選ぶの?
そんなのおかしいじゃない!!!
心にポッカリと大きな穴が空いたようだ。
結局、みんな聖女だから、私に優しくしてくれるだけだった。
聖女じゃなくなったら、誰も私を必要としてくれない。
だから、ありのままの私を愛してくれる特別な人間が欲しかった。
幸せになりたい。
幸せをつかみ取りたい。
聖女じゃない。ただのセレナを愛して抱きしめられたい。愛されたい。必要とされたい。幸せにして欲しい。私を誰よりも、幸せにして欲しい。
だけど……。
どうして私は選ばれなかったの?
「ううう…………」
燃え尽きた灰のような気分になりながら、うめき声を漏らした。
運命は、自分が決めるものなの?
私が……間違っていた?幸せにしてもらおうなんて、甘えた考えだった?
私は何者だ?聖女と名前を捨てたら、何が残る?
私は、私の運命を決められるの……?
騎士団が駆けつけた音を、ぼんやりと聞いた気がした。
セレナは、殺人未遂容疑で、騎士たちに連行された。
地下牢に幽閉される直前、セレナの頭が、真っ二つに割れるように痛くなる。
「うっ。頭が痛い」
ズキズキする痛みは、予言の前兆だ。
眼を閉じると、頭に未来の光景が見える。
砂の王が鉄の扉を溶かす様子、逃げ惑うローニャの人々、貴族のドレスは今年の流行のものと同じである、次々と砂の怪物に襲われる人間、襲われた人間はミイラのように干からびていく、怒号と悲鳴が入り混じる……。まるでこの世の終わりみたいにおぞましい光景だ。
「見えたわ。未来が……。今年中に砂の怪物が、この国を襲ってくる」
「え?何だって?」
誰かが聞き返したが、聖女は絶望と喜びが入り混じった声で笑う。
「あはははははは。はははははははははははははははあははははははははははは。幸せになろうとする努力なんて無意味だわ。愛も恋も、全て無駄よ。みんな、みんな死んでしまうに違いないわ!!!」
狂気に満ちた聖女の声が、辺りに響き渡った。
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