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ライトサイド 第12話 「宿敵」
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決められていた。
自分は『魔王』を倒す『勇者』の武器となる存在だと。
女神から与えられし『精霊』と『剣』。
古来より『光の剣』と呼ばれる、魔王を倒し得る力。
自分の命を与える相手……定められた勇者。
きっと物語の王子、英雄のような人だと思っていた。
だが、現実は違った。
伝説の勇者と呼ばれるそいつは頼りなさそうで、実際本当に頼りなくって、いつもおどおどしている。
秘められた力があるらしいのに、それをうじうじといつまでも解放しない。
どうしようもなく情けない男。
そう思うと、それが腹立たしかった。
『少しは勇者らしくしろ!』
何度そんな言葉を口にした事だろう。
けれど、いつからだろうか?
そいつが少しはマシに見えてきたのは。
彼は決して『勇者』の力を望んだわけではない。
その名誉だけに憧れる者もいるが、強力な力には大きな責任が伴う。
人々を救えなければ無能と罵られ、救ってもその場だけの感謝でしかない。
『勇者』という名の生け贄。
あるいは彼を縛る重い鎖。
彼はそれを知りつつ、それから逃げなかった。
彼は歴代の勇者の中でも一番弱かった、あるいは一番優しかった。
「偽善かもしれないけど、多くの人を助けたいんだ」
戦いを重ね、精霊を得、『灼熱剣ミレニア』を得た。
彼は真っ直ぐに戦った。
戦いの相手は、目の前の敵だけじゃない。
弱い自分と、逃げ出したい自分と必死に戦っていた。
いつの間にか認めていた。
彼が『勇者』であると。
だから命を渡してあげる事が使命だった。
なのに、光の女神の神官は頷き、微笑んだ。
「四つの精霊も、すばらしい剣も手に入れました。大丈夫、あなたが犠牲になる必要なんて無いわ」
本当は私が命を捨てなければならない。
「リュークスが言っていました。運命は決められたものじゃないって……自分で切り開くものだって」
まるで自分の事のように、少女は笑った。
『百年に一人の聖女』と呼ばれる彼女が、にっこりと、胸を張って言った。
「大丈夫よ、リュークスを信じましょう? それに私たち……親友でしょ?」
その親友の顔は、記憶の中に焼き付いている。
決して忘れる事はない。
ライトサイド 12 「宿敵」
焚き火が爆ぜる。
周囲からは小動物や虫、川のせせらぎなど、森のざわめきとでも言う音が聞こえる。
「……………」
その場に居る二人からは、声は出ない。
これから彼らはたった三人で、この帝国の半分近くを制圧した男と戦わなければならないからだ。
城には多くの一般兵士たちが居るし、その男の配下には『闇の娘』と呼ばれる強者も居る。
『伝説の勇者』という名前がどこまで通用し、一般の人たちの被害をどこまで軽く出来るのか。
何より倒すべき男、『魔王』と一対一でも勝てるかどうかは不明なのだ。
やるべき事はやってきた。
だが、それでも拭いきれない不安が二人から言葉を奪う。
「……………」
そんな沈黙の中で声を出したのは、少女だった。
「いよいよ……ですね」
純白の神官服を纏った彼女の声は、夜の闇にもよく通る。
ルコナーア教、100年に一人の聖女と呼ばれるフィリスは柔らかな微笑を浮かべる。
いつもよりもやや大きめに、彼女は自信満々と言った様子で声を上げる。
「大丈夫ですよ、私たちは負けません。何と言っても私が居るんですから」
少女は軽く拳を握り、傍らの少年に笑いかける。
だがその笑顔と自信は偽りのものである。
冷静に、あるいは極めて詳細に観察すれば彼女の拳は小刻みに震えているのが分かるはずだ。
「…えっ?」
ふわり、と。
押しつけがましくなく、あくまで自然にマントがフィリスの肩にかけられる。
「ありがとう、フィリス。けど、今は無理しなくていいんだ」
リュークスは焚き火を見ながら、柔らかい口調で話す。
少女は二、三度まばたきし、少年の方を見る。
「何を言っているんですか? 私、無理なんてちっとも……」
「光の神官は嘘をついちゃいけないんだろ?」
その口調は強くはない。
むしろ穏やかでさえある口調だったが、それが少女の言葉を止める。
虚を突かれたような顔をした後、フィリスは軽く俯く。
「……………」
勇者を勝利に導く聖女として、彼女は役割を果たさなければならない。
平和と正義の象徴である彼女は笑顔を絶やすわけにはいかない。
例え内心が不安に押し潰されそうであっても、それを周囲に悟らせてはならないのだ。
「………変わりましたね、リュークスは」
ぱちぱちと爆ぜる焚き火を見ながら、フィリスは膝を抱える。
「そうかな……うん、そうかもしれない。色々な事があったからね」
言葉は少ないが、それにはこれまでの道程を噛みしめるような深い感慨がある。
「ふふっ、正直言うと、最初は間違えちゃったんじゃないかと思ってました」
「……………」
フィリスは悪戯な笑顔を浮かべる。
厳格な聖女として過ごしてきた彼女にしては珍しい笑顔。
「けれど私が病に倒れた時、敵に捕まった時、貴方は私を助けてくれた。
……それだけじゃない。貴方はいつも頑張っていました」
ゆらゆらと動く焚き火が、少女の顔を薄く照らす。
整った神々しい顔立ちの白い肌は、炎の加減なのか僅かに薄紅色に染まっている。
「……………」
「……………」
沈黙の中、二人は思い出を再確認する。
夜の闇は二人の周囲だけを避けるように、黒く広がる。
まるで世界に存在するのは二人だけのような、静寂。
そんな静寂を破るように、フィリスは顔を上げ、力強く言う。
「勇者リュークス……私は貴方を誇りに思います」
今までの微笑よりも自然な、心の底からの笑顔。
聖女としてではなく、フィリス個人としてリュークスに向ける優しい笑顔。
鼓動が勝手に高まるのを感じて、リュークスは思わず少女から目を逸らす。
「それは僕が言うべき事だよ……正直、何度逃げようと思ったか分からない。今だってそうさ……」
心臓は早鐘のように激しく鼓動する。
だが、それは恐怖や不安のようなものではなく、心地よいもの。
焚き火に向かう二人を木の陰から、妖精が覗く。
「……………」
純粋に二人を応援しているのは事実であり、紛れもない本心。
だが、それを良く思わない彼女が居る事もまた事実であり、本心。
ニアは複雑な心境を抱えながら、二人を眺めている。
「…けど、二人が居てくれたから、僕はここまで来られた。
『勇者』かどうかはまだ分からないけど、それでも僕を信じてくれている人たちの為に頑張りたいと思う………ニア!」
沈黙の後に、木の陰に向かってリュークスの声が響く。
(げっ、気付いてたの?)
気配を消しているつもりだったが、いつまでも傍観も出来ず、ニアは覚悟を決める。
努めていつも通りに、平静を装おうとする。
「……あ、あははは、ただいま~」
ふらふらと木陰から現れる。
二人を見ながら、リュークスは言葉を続ける。
「フィリス、ニア、約束しよう………この中の誰一人欠ける事なく、この旅を終わらせるって」
それがどんなに困難な事であっても、この男はそれから逃げる事は無いだろう。
そう感じさせる、力強い言葉。
「ええ…もちろんです」
フィリスは笑顔で応える。
「…………」
だが、ニアから言葉は無い。
(言わなくちゃ……私の命が必要なんだって………)
いつも陽気な彼女らしからぬ、俯きがちな表情。
「ニア?」
「えっ、あっ…もっ勿論よ! 何、当たり前の事言ってんのよ!」
(やめよう…元気出さなきゃ、二人に迷惑かける)
焚き火の爆ぜる音と、森のざわめき……三人揃った安らげる夜。
この夜が三人で過ごす最後の夜になる事を、彼らはまだ知らない。
― ◇ ― ◇ ― ◇ ―
「この近辺に一般兵士は居ない……思う存分に戦うといい」
リュークスたちの予想に反して、城の入口に立っていたのは一人の女性だけだった。
動きやすい服装に華奢な体つき。
だがそれよりも目を惹くのは、褐色の肌と銀髪とそして長く伸びる耳。
知識においては知っている、深い森に住む『ダークエルフ』と呼ばれる種族だ。
警戒する一行に対して、エルフの少女は先導するように中へと進んでいく。
罠の可能性も考慮したが、結局進むしかないと判断して、リュークスたちは彼女に付いていく。
「兵士たちが居ないですって?」
リュークスたちは周囲を警戒しながら、無防備な背中を晒すエルフの少女に問いかける。
「ああ、理由は分からないが、ジュダ…肩書きはロゼッタ軍騎士団長だったか? その命令だ」
「あの…貴女は魔王の配下では無いのですか?」
フィリスが思わずそう尋ねるほどに、彼女は淡々と話していた。
ぶっきらぼうではあるが、彼女が嘘をついている様子は無い。
「我は魔王と呼ばれる男に力を借りているが、その配下として忠誠を誓っているわけではないから……」
ダークエルフの少女はそこで言葉を止めると、わずかに振り返る。
「そちらこそ、我を疑わないのか? 我の言葉は虚言かもしれないし、この行動自体が罠かもしれない」
「…貴女が本当に騙すつもりなら、そんな事は言わないでしょう」
リュークスは微笑する。
ほんの少し話しただけだが、彼女は悪い人では無いように思えた。
少なくとも姑息な手段は用いないだろう。
「…………なるほど、納得した」
彼女の表情は変わらないように見える。
だが、恐らくは微笑しているのではないかとリュークスは感じた。
感情を表すのが下手なのか、それともそれを無理矢理に押さえ込んでいるのか。
三人の靴音が響く中、一際豪華な扉が現れる。
「ここだ………こんな事を言えた立場ではないが……いや、止めておこう」
ダークエルフの少女は扉に手をかけながら、言いかけた言葉を中断した。
代わりに、冷静な氷の表情で付け加える。
「……いずれ戦わねばならないかもしれないのだから」
「……………」
個人個人に戦う理由がなくとも、対立する陣営に属していれば殺し合わなければならない。
それは勿論、知っている。
けれど、そうならない事を願いながら、リュークスは別の言葉を口にする。
「名前を教えて貰っていいですか? 僕はリュークス、彼女たちはフィリスとニア」
「……ナーディアだ」
扉が音を立てて開かれる。
「あの…ナーディアさん……変な言い方だけど………お元気で」
ナーディアからは返答は無かったが、彼女は薄く微笑んでいたように思える。
しかし、その矛盾を含む彼女の微笑みは、その部屋の主の強大な気に掻き消される。
「っ………」
リュークスの背中を冷たい汗が流れる。
その謁見の広間に居た人物、人の姿をした人ならざる者がそこに居たから。
南方城塞都市、エルディティラ城、謁見の広間。
優雅に椅子に座る男は、絵画から抜け出た若い英雄のようにさえ見える。
誰もが見とれずにはいられない美麗の男は、親しげに少年たちを迎える。
「ようこそ。いや、初めましての方が適切な挨拶か? 勇者ご一行」
何でもない社交辞令的な言葉の中にも感じる『凄み』に抵抗しながら、リュークスは応える。
「適切な挨拶なんて必要無い。僕たちは友人じゃ無いんだから」
強大な力を持つ相手を前に、それに飲み込まれないよう、真っ直ぐに見据える。
「確認しておきます。ロゼッタ騎士団長ジュダ殿。今、帝国で起こっている争い……本当に、あなたが引き起こしているのですか?」
緊張を隠す為か、腕のメイスを強く握りながら、フィリスは男に問う。
「くくくっ……」
座っているだけの男から、陽炎のような闇が広がる。
「正確に言えば、それは違う。私はほんの少しきっかけを与えたに過ぎない。争いを続けているのは人間たちの意志だ」
落ち着き払ったその男の声は、ただ話しているだけで他者を圧迫する。
後天的に取得するものではない、生まれつき備わっているカリスマとでもいうべきもの。
「嘘ばっかり! あんたが反乱だのなんだのしなければ、もっと平和だったわよ!」
光の粒を撒きながらニアは、その男に飲み込まれまいと、叫ぶ。
「ただ一人の存在など、取るに足らないものではないか? それにも関わらず争いが続いているのは、人間たちが争いを望んでいるからだ。『魔王』『悪魔』呼び方は自由だが結局、人間は絶対悪を設定する事で責任逃れしているに過ぎない」
男の声はあくまでも静かな口調のままだ。
淀みのない男の声は続く。
「『魔王』がいるから争いが絶えない。
『魔王』が全ての元凶だ。
なるほど。自らの責任を放棄し、無責任に喚き散らすだけなら簡単に出来る。
卑小で矮小な輩が大多数存在するが故に、奴らは原因を外部へと求めるか」
玉座に肘を置き、優雅に話す様は『王者の貫禄』とでも表現しようか。
争乱の責任は『魔王』一人だけの責任ではない。
人間たちに争う心があるから、戦争は続いている。
そんなジュダの言葉を戯言だと否定する事は出来ない。
事実、全ての人間が争いを止めようとすれば、争いは収まるはずだから。
「そんなっ!……自分で争いを起こしておいてっ!!」
三人の中から、リュークスが一歩前に歩み出る。
「……あなたの言う事は、完全に間違ってはいない」
男の言うこと、それは確かな事だ。
だが、それは物事の一面に過ぎない。
「けれど、完全に合っているわけでもない。僕はここに来るまでに多くの人たちを見てきた。醜い心も争う心も、確かに人々は持っている」
静かだが、真っ直ぐな声。
男が全てを浸食する闇だとすれば、リュークスは全てを照らす光。
「だけど、それが全てじゃ無い。自分を削ってでも他人を助けようとする人は居るし、頑張って精一杯、生きている人たちだっていっぱいいる」
少年の言葉に、男は興味を覚えたような笑みを浮かべる。
「『蒼の軍師』も同様の事を言っていた。だが、それは偽善だ。人間は聖人ではない。『勇者』と祭り上げ、全てをお前たちに押しつけているだけのとんでもない悪人たちだ」
「人は確かに聖人じゃない。けど、完全な悪人でもない。僕たちがここまで来られた事、それがその証明だ」
二人の言う事はともに真実である。
方向性が真逆の、等価の言葉。
「そうか……」
長い艶やかな髪を従わせながら、玉座の男はゆっくりと立ち上がる。
それだけで周囲の空気が、重くのしかかるような圧迫感を持つ。
「ならば………ついでに証明して見せろ。人間は生きるべきだと」
男、魔王ジュダが剣を抜く。
黒い、闇よりも暗いその黒刃を。
その様は美麗であるはずなのに、恐怖を喚起する。
「私は否定してやる。人間は死ぬべきだと。
証明してやる………お前たちを殺してな」
潰されそうになる重さを振り払うように、少年、勇者リュークスも剣を抜く。
光り輝く、周囲を焼き尽くすかのような灼熱の刃。
「絶望を終わりにする。これ以上の悲しみはいらない。
大切な人たちを……僕は守る!」
襲い来る闇を迎撃する炎の刃。
決して混じり合う事の無い二つの力が、辺りを染め上げた。
To Be Continude・・・・
Go To The 「 Darkside 15」
あとがき
この後は、「ダークサイド15」へと続いて、その後しばらく時間が経ってから「ライトサイド13」(第2部)へ続きます。
「ライトサイド12」(第1部)までは、わりと軽いお馬鹿な雰囲気を心がけていました。
文章中に登場人物たちの心の声が多めだったり、ダークの方ではありえないギャグを入れたり。
実は前置きなんですよね、これら。
俺が本当に「ライトサイド」で書きたいのは、ずばり『復讐』。
ほんわかほわほわ(?)したライトサイドの前半とのギャップを狙ったわけですが……
ライトサイドを最初だけ読んで切ってしまった人がいたら、戻ってきて欲しいなぁ(届かないだろう願い)
実は20年ほど前に、ライトサイド7話くらいで放り投げてました。
話をすっ飛ばしてシリアス展開の話だけ書いてました(それも途中までなんですけど)
……まさか20年後の俺が続き書くとはね。
自分は『魔王』を倒す『勇者』の武器となる存在だと。
女神から与えられし『精霊』と『剣』。
古来より『光の剣』と呼ばれる、魔王を倒し得る力。
自分の命を与える相手……定められた勇者。
きっと物語の王子、英雄のような人だと思っていた。
だが、現実は違った。
伝説の勇者と呼ばれるそいつは頼りなさそうで、実際本当に頼りなくって、いつもおどおどしている。
秘められた力があるらしいのに、それをうじうじといつまでも解放しない。
どうしようもなく情けない男。
そう思うと、それが腹立たしかった。
『少しは勇者らしくしろ!』
何度そんな言葉を口にした事だろう。
けれど、いつからだろうか?
そいつが少しはマシに見えてきたのは。
彼は決して『勇者』の力を望んだわけではない。
その名誉だけに憧れる者もいるが、強力な力には大きな責任が伴う。
人々を救えなければ無能と罵られ、救ってもその場だけの感謝でしかない。
『勇者』という名の生け贄。
あるいは彼を縛る重い鎖。
彼はそれを知りつつ、それから逃げなかった。
彼は歴代の勇者の中でも一番弱かった、あるいは一番優しかった。
「偽善かもしれないけど、多くの人を助けたいんだ」
戦いを重ね、精霊を得、『灼熱剣ミレニア』を得た。
彼は真っ直ぐに戦った。
戦いの相手は、目の前の敵だけじゃない。
弱い自分と、逃げ出したい自分と必死に戦っていた。
いつの間にか認めていた。
彼が『勇者』であると。
だから命を渡してあげる事が使命だった。
なのに、光の女神の神官は頷き、微笑んだ。
「四つの精霊も、すばらしい剣も手に入れました。大丈夫、あなたが犠牲になる必要なんて無いわ」
本当は私が命を捨てなければならない。
「リュークスが言っていました。運命は決められたものじゃないって……自分で切り開くものだって」
まるで自分の事のように、少女は笑った。
『百年に一人の聖女』と呼ばれる彼女が、にっこりと、胸を張って言った。
「大丈夫よ、リュークスを信じましょう? それに私たち……親友でしょ?」
その親友の顔は、記憶の中に焼き付いている。
決して忘れる事はない。
ライトサイド 12 「宿敵」
焚き火が爆ぜる。
周囲からは小動物や虫、川のせせらぎなど、森のざわめきとでも言う音が聞こえる。
「……………」
その場に居る二人からは、声は出ない。
これから彼らはたった三人で、この帝国の半分近くを制圧した男と戦わなければならないからだ。
城には多くの一般兵士たちが居るし、その男の配下には『闇の娘』と呼ばれる強者も居る。
『伝説の勇者』という名前がどこまで通用し、一般の人たちの被害をどこまで軽く出来るのか。
何より倒すべき男、『魔王』と一対一でも勝てるかどうかは不明なのだ。
やるべき事はやってきた。
だが、それでも拭いきれない不安が二人から言葉を奪う。
「……………」
そんな沈黙の中で声を出したのは、少女だった。
「いよいよ……ですね」
純白の神官服を纏った彼女の声は、夜の闇にもよく通る。
ルコナーア教、100年に一人の聖女と呼ばれるフィリスは柔らかな微笑を浮かべる。
いつもよりもやや大きめに、彼女は自信満々と言った様子で声を上げる。
「大丈夫ですよ、私たちは負けません。何と言っても私が居るんですから」
少女は軽く拳を握り、傍らの少年に笑いかける。
だがその笑顔と自信は偽りのものである。
冷静に、あるいは極めて詳細に観察すれば彼女の拳は小刻みに震えているのが分かるはずだ。
「…えっ?」
ふわり、と。
押しつけがましくなく、あくまで自然にマントがフィリスの肩にかけられる。
「ありがとう、フィリス。けど、今は無理しなくていいんだ」
リュークスは焚き火を見ながら、柔らかい口調で話す。
少女は二、三度まばたきし、少年の方を見る。
「何を言っているんですか? 私、無理なんてちっとも……」
「光の神官は嘘をついちゃいけないんだろ?」
その口調は強くはない。
むしろ穏やかでさえある口調だったが、それが少女の言葉を止める。
虚を突かれたような顔をした後、フィリスは軽く俯く。
「……………」
勇者を勝利に導く聖女として、彼女は役割を果たさなければならない。
平和と正義の象徴である彼女は笑顔を絶やすわけにはいかない。
例え内心が不安に押し潰されそうであっても、それを周囲に悟らせてはならないのだ。
「………変わりましたね、リュークスは」
ぱちぱちと爆ぜる焚き火を見ながら、フィリスは膝を抱える。
「そうかな……うん、そうかもしれない。色々な事があったからね」
言葉は少ないが、それにはこれまでの道程を噛みしめるような深い感慨がある。
「ふふっ、正直言うと、最初は間違えちゃったんじゃないかと思ってました」
「……………」
フィリスは悪戯な笑顔を浮かべる。
厳格な聖女として過ごしてきた彼女にしては珍しい笑顔。
「けれど私が病に倒れた時、敵に捕まった時、貴方は私を助けてくれた。
……それだけじゃない。貴方はいつも頑張っていました」
ゆらゆらと動く焚き火が、少女の顔を薄く照らす。
整った神々しい顔立ちの白い肌は、炎の加減なのか僅かに薄紅色に染まっている。
「……………」
「……………」
沈黙の中、二人は思い出を再確認する。
夜の闇は二人の周囲だけを避けるように、黒く広がる。
まるで世界に存在するのは二人だけのような、静寂。
そんな静寂を破るように、フィリスは顔を上げ、力強く言う。
「勇者リュークス……私は貴方を誇りに思います」
今までの微笑よりも自然な、心の底からの笑顔。
聖女としてではなく、フィリス個人としてリュークスに向ける優しい笑顔。
鼓動が勝手に高まるのを感じて、リュークスは思わず少女から目を逸らす。
「それは僕が言うべき事だよ……正直、何度逃げようと思ったか分からない。今だってそうさ……」
心臓は早鐘のように激しく鼓動する。
だが、それは恐怖や不安のようなものではなく、心地よいもの。
焚き火に向かう二人を木の陰から、妖精が覗く。
「……………」
純粋に二人を応援しているのは事実であり、紛れもない本心。
だが、それを良く思わない彼女が居る事もまた事実であり、本心。
ニアは複雑な心境を抱えながら、二人を眺めている。
「…けど、二人が居てくれたから、僕はここまで来られた。
『勇者』かどうかはまだ分からないけど、それでも僕を信じてくれている人たちの為に頑張りたいと思う………ニア!」
沈黙の後に、木の陰に向かってリュークスの声が響く。
(げっ、気付いてたの?)
気配を消しているつもりだったが、いつまでも傍観も出来ず、ニアは覚悟を決める。
努めていつも通りに、平静を装おうとする。
「……あ、あははは、ただいま~」
ふらふらと木陰から現れる。
二人を見ながら、リュークスは言葉を続ける。
「フィリス、ニア、約束しよう………この中の誰一人欠ける事なく、この旅を終わらせるって」
それがどんなに困難な事であっても、この男はそれから逃げる事は無いだろう。
そう感じさせる、力強い言葉。
「ええ…もちろんです」
フィリスは笑顔で応える。
「…………」
だが、ニアから言葉は無い。
(言わなくちゃ……私の命が必要なんだって………)
いつも陽気な彼女らしからぬ、俯きがちな表情。
「ニア?」
「えっ、あっ…もっ勿論よ! 何、当たり前の事言ってんのよ!」
(やめよう…元気出さなきゃ、二人に迷惑かける)
焚き火の爆ぜる音と、森のざわめき……三人揃った安らげる夜。
この夜が三人で過ごす最後の夜になる事を、彼らはまだ知らない。
― ◇ ― ◇ ― ◇ ―
「この近辺に一般兵士は居ない……思う存分に戦うといい」
リュークスたちの予想に反して、城の入口に立っていたのは一人の女性だけだった。
動きやすい服装に華奢な体つき。
だがそれよりも目を惹くのは、褐色の肌と銀髪とそして長く伸びる耳。
知識においては知っている、深い森に住む『ダークエルフ』と呼ばれる種族だ。
警戒する一行に対して、エルフの少女は先導するように中へと進んでいく。
罠の可能性も考慮したが、結局進むしかないと判断して、リュークスたちは彼女に付いていく。
「兵士たちが居ないですって?」
リュークスたちは周囲を警戒しながら、無防備な背中を晒すエルフの少女に問いかける。
「ああ、理由は分からないが、ジュダ…肩書きはロゼッタ軍騎士団長だったか? その命令だ」
「あの…貴女は魔王の配下では無いのですか?」
フィリスが思わずそう尋ねるほどに、彼女は淡々と話していた。
ぶっきらぼうではあるが、彼女が嘘をついている様子は無い。
「我は魔王と呼ばれる男に力を借りているが、その配下として忠誠を誓っているわけではないから……」
ダークエルフの少女はそこで言葉を止めると、わずかに振り返る。
「そちらこそ、我を疑わないのか? 我の言葉は虚言かもしれないし、この行動自体が罠かもしれない」
「…貴女が本当に騙すつもりなら、そんな事は言わないでしょう」
リュークスは微笑する。
ほんの少し話しただけだが、彼女は悪い人では無いように思えた。
少なくとも姑息な手段は用いないだろう。
「…………なるほど、納得した」
彼女の表情は変わらないように見える。
だが、恐らくは微笑しているのではないかとリュークスは感じた。
感情を表すのが下手なのか、それともそれを無理矢理に押さえ込んでいるのか。
三人の靴音が響く中、一際豪華な扉が現れる。
「ここだ………こんな事を言えた立場ではないが……いや、止めておこう」
ダークエルフの少女は扉に手をかけながら、言いかけた言葉を中断した。
代わりに、冷静な氷の表情で付け加える。
「……いずれ戦わねばならないかもしれないのだから」
「……………」
個人個人に戦う理由がなくとも、対立する陣営に属していれば殺し合わなければならない。
それは勿論、知っている。
けれど、そうならない事を願いながら、リュークスは別の言葉を口にする。
「名前を教えて貰っていいですか? 僕はリュークス、彼女たちはフィリスとニア」
「……ナーディアだ」
扉が音を立てて開かれる。
「あの…ナーディアさん……変な言い方だけど………お元気で」
ナーディアからは返答は無かったが、彼女は薄く微笑んでいたように思える。
しかし、その矛盾を含む彼女の微笑みは、その部屋の主の強大な気に掻き消される。
「っ………」
リュークスの背中を冷たい汗が流れる。
その謁見の広間に居た人物、人の姿をした人ならざる者がそこに居たから。
南方城塞都市、エルディティラ城、謁見の広間。
優雅に椅子に座る男は、絵画から抜け出た若い英雄のようにさえ見える。
誰もが見とれずにはいられない美麗の男は、親しげに少年たちを迎える。
「ようこそ。いや、初めましての方が適切な挨拶か? 勇者ご一行」
何でもない社交辞令的な言葉の中にも感じる『凄み』に抵抗しながら、リュークスは応える。
「適切な挨拶なんて必要無い。僕たちは友人じゃ無いんだから」
強大な力を持つ相手を前に、それに飲み込まれないよう、真っ直ぐに見据える。
「確認しておきます。ロゼッタ騎士団長ジュダ殿。今、帝国で起こっている争い……本当に、あなたが引き起こしているのですか?」
緊張を隠す為か、腕のメイスを強く握りながら、フィリスは男に問う。
「くくくっ……」
座っているだけの男から、陽炎のような闇が広がる。
「正確に言えば、それは違う。私はほんの少しきっかけを与えたに過ぎない。争いを続けているのは人間たちの意志だ」
落ち着き払ったその男の声は、ただ話しているだけで他者を圧迫する。
後天的に取得するものではない、生まれつき備わっているカリスマとでもいうべきもの。
「嘘ばっかり! あんたが反乱だのなんだのしなければ、もっと平和だったわよ!」
光の粒を撒きながらニアは、その男に飲み込まれまいと、叫ぶ。
「ただ一人の存在など、取るに足らないものではないか? それにも関わらず争いが続いているのは、人間たちが争いを望んでいるからだ。『魔王』『悪魔』呼び方は自由だが結局、人間は絶対悪を設定する事で責任逃れしているに過ぎない」
男の声はあくまでも静かな口調のままだ。
淀みのない男の声は続く。
「『魔王』がいるから争いが絶えない。
『魔王』が全ての元凶だ。
なるほど。自らの責任を放棄し、無責任に喚き散らすだけなら簡単に出来る。
卑小で矮小な輩が大多数存在するが故に、奴らは原因を外部へと求めるか」
玉座に肘を置き、優雅に話す様は『王者の貫禄』とでも表現しようか。
争乱の責任は『魔王』一人だけの責任ではない。
人間たちに争う心があるから、戦争は続いている。
そんなジュダの言葉を戯言だと否定する事は出来ない。
事実、全ての人間が争いを止めようとすれば、争いは収まるはずだから。
「そんなっ!……自分で争いを起こしておいてっ!!」
三人の中から、リュークスが一歩前に歩み出る。
「……あなたの言う事は、完全に間違ってはいない」
男の言うこと、それは確かな事だ。
だが、それは物事の一面に過ぎない。
「けれど、完全に合っているわけでもない。僕はここに来るまでに多くの人たちを見てきた。醜い心も争う心も、確かに人々は持っている」
静かだが、真っ直ぐな声。
男が全てを浸食する闇だとすれば、リュークスは全てを照らす光。
「だけど、それが全てじゃ無い。自分を削ってでも他人を助けようとする人は居るし、頑張って精一杯、生きている人たちだっていっぱいいる」
少年の言葉に、男は興味を覚えたような笑みを浮かべる。
「『蒼の軍師』も同様の事を言っていた。だが、それは偽善だ。人間は聖人ではない。『勇者』と祭り上げ、全てをお前たちに押しつけているだけのとんでもない悪人たちだ」
「人は確かに聖人じゃない。けど、完全な悪人でもない。僕たちがここまで来られた事、それがその証明だ」
二人の言う事はともに真実である。
方向性が真逆の、等価の言葉。
「そうか……」
長い艶やかな髪を従わせながら、玉座の男はゆっくりと立ち上がる。
それだけで周囲の空気が、重くのしかかるような圧迫感を持つ。
「ならば………ついでに証明して見せろ。人間は生きるべきだと」
男、魔王ジュダが剣を抜く。
黒い、闇よりも暗いその黒刃を。
その様は美麗であるはずなのに、恐怖を喚起する。
「私は否定してやる。人間は死ぬべきだと。
証明してやる………お前たちを殺してな」
潰されそうになる重さを振り払うように、少年、勇者リュークスも剣を抜く。
光り輝く、周囲を焼き尽くすかのような灼熱の刃。
「絶望を終わりにする。これ以上の悲しみはいらない。
大切な人たちを……僕は守る!」
襲い来る闇を迎撃する炎の刃。
決して混じり合う事の無い二つの力が、辺りを染め上げた。
To Be Continude・・・・
Go To The 「 Darkside 15」
あとがき
この後は、「ダークサイド15」へと続いて、その後しばらく時間が経ってから「ライトサイド13」(第2部)へ続きます。
「ライトサイド12」(第1部)までは、わりと軽いお馬鹿な雰囲気を心がけていました。
文章中に登場人物たちの心の声が多めだったり、ダークの方ではありえないギャグを入れたり。
実は前置きなんですよね、これら。
俺が本当に「ライトサイド」で書きたいのは、ずばり『復讐』。
ほんわかほわほわ(?)したライトサイドの前半とのギャップを狙ったわけですが……
ライトサイドを最初だけ読んで切ってしまった人がいたら、戻ってきて欲しいなぁ(届かないだろう願い)
実は20年ほど前に、ライトサイド7話くらいで放り投げてました。
話をすっ飛ばしてシリアス展開の話だけ書いてました(それも途中までなんですけど)
……まさか20年後の俺が続き書くとはね。
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