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第一章 再会、そして日常
5.空を飛ぶ話-1
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「第五回くらい、今日俺が考えてたこと発表会を始める」
唐突に、ベッドの上で枕をこねていたレオが言った。いつも通りの夜だった。
「正確には七回だな」
「第七回今日俺が考えてたこと発表会を始める」
ソータの指摘で律義に言い直したレオは軟体動物かのようにベッドからフローロングへと滑り降り、机を挟んだソータの前に座りなおした。それをソータは悠長に、缶ビール片手に眺めていた。
朝満員電車に乗り、夜まで働いてコンビニで弁当を買って帰り、それを食い終わると就寝をする。というのがソータのルーティーンだった。しかしそれは結局全てが時間を潰すための行為であって、最近ではレオの存在がそれの代わりを担っている。なんとなく口寂しいので缶ビールだけは買っていくものだから、行きつけのコンビニでの店員に「女ができたに違いない」と噂されていることをソータは知らない。数日前に目の前の男が騒いだため、真夜中にトリートメントを買いに行くはめになったことがその噂に拍車をかけたことも。
レオは仰々しく机の上で両手を組んで神妙な面持ちで言った。
「俺、本当は吸血鬼じゃなくて天使だった説」
「……おお」
「まあ聞け」
ソータの視線と興味が自分から離れていくの感知したレオが身振りで必死に引き戻そうとする。どうやらソータもレオと同じように机に身を乗り出していないと気が済まないらしい。ソータはそれが少し面白くて、仕方なく従ってやった。
「ほら、俺空飛べるじゃん」
「……俺も飛べるけどな」
吸血鬼は飛べるものだ。普段は背中の痣の中に黒い翼を隠し持っていて、いざとなればそこから全長と同じくらいの大きさの翼を出して飛ぶ。とは言っても大昔のように狩りをする必要のなくなった現代の吸血鬼にとってその「いざ」はもっぱら逃走用である。
違うんですよソータさん、とレオが人差し指を立て彼の目の前で鬱陶しく左右に揺らすので、その指は一旦ソータに食われた。軽く歯を当てただけだったけれどレオの瞳が揺れる。
「イッ、お前やめろよ、同族食いは大罪よ?」
「お前が言うな。 何が天使だ人の肩食いちぎろうとしやがって」
「ハハハ。 まさかこんな ちゃちな歯でそこまで深く食い込むとは思わなかったよな!」
レオが悪びれもせず高らかに笑うのでソータは苦々しい顔を隠さなかった。
数日前にレオがソータに思いっきり噛みついた痕はまだ少しジンジンと熱を持っている。牙が無い分、傷跡は無駄に広くて汚かった。ソータが無意識にその熱に指を這わせたのには気づかないふりをして、レオが再び話し出す。
「話戻すけど。 ほらお前らが飛ぶときってこう、ビュンッ! シュバッ! って感じじゃん。 でも俺が飛ぶとなんかフワッ! て感じじゃね? 天使じゃん」
「お前それは」
ソータが言いかけてやめた。レオは確かに由緒正しい血筋の選ばれた吸血鬼で、それ相応の貫禄も限定的に持ち合わせているけれど、如何せん運動神経はからっきしなのである。アカデミー時代から「レオより生まれたての小鹿の方がまだ速い」と言われてきた。それでも速く飛べるようにという方向にレオが努力をしないのは、同級生たちも家族たちも、みんなして彼を甘やかし続けてしまった結果である。
「なんだなんだ、言いたいことでもあんのか」
レオの手が、苦し紛れにソータが口を付けようとした缶ビールの上を一瞬早く覆った。その曲がりなりにもソータと同じ年月を生きてきた手をひょいと掴んで、机の上に移動させながらソータが言う。
「そういうレオのアホなのか馬鹿なのか分からないところは嫌いじゃない」
「ざけんなどっちにしろ馬鹿にしてんじゃねぇか」
ソータの歯が缶に当たって音を立てたけれど、レオの耳はソータの喉奥がクツクツと笑ったのを聞き逃さない。まだレオの手の上にあったソータの手の骨を粉砕してやる気概で手に力をこめるがしかし、ソータにゆるゆると握り返されて終わった。その事実に絶望してレオは机の上に突っ伏す。手の大きさも、まだソータの方が一回り大きかった。
「俺さぁ~~~~~、まだ身長伸びてたんだぜぇ???」
「本気で言ってるのか?」
「まじまじ! なんならオウサマの呪いも、身長伸びてなくてことの重大さに気付いたもんね」
どちらからともなく指が一本ずつ机の上で絡んでいった。二人ともそこに視線は落とさなかったし、取り付かれたようにうわべだけの会話を続けた。
「まだ毎朝測ってんのか」
「あたぼうよ。 呪いがなけりゃ、あと50年もすればソータも抜いてたね」
「そりゃ残念だ」
「いやもう、ほんとに」
窓の外には隣の建つ立派なマンションのオレンジっぽい明かりが見えていた。自然に囲まれているわけでもないのにどこに潜んでいるのか美しい鈴虫の声が網戸をすり抜けて、幕のように二人に触れてくる。
「飛んでないな」
いつの間にか缶を机の上に置いて頬杖を突いていたソータが言った。
「何が? ソータが?」
「ああ」
「マジ? 俺たちもういつ飛べなくなるか分かんねぇんだぜ?」
「もう飛ばなくたって、困らないからなぁ」
珍しくソータがあくびをした。レオはそのふわ、という音につられることはなく、ダメ元でぎゅっと手に力をこめると二人の目が合った。だからレオは言った。
「飛びに行こうぜ」
「いつ」
「今から」
「……面倒くさい」
二人の間の小さな机がレオの横暴で宙を舞った。
唐突に、ベッドの上で枕をこねていたレオが言った。いつも通りの夜だった。
「正確には七回だな」
「第七回今日俺が考えてたこと発表会を始める」
ソータの指摘で律義に言い直したレオは軟体動物かのようにベッドからフローロングへと滑り降り、机を挟んだソータの前に座りなおした。それをソータは悠長に、缶ビール片手に眺めていた。
朝満員電車に乗り、夜まで働いてコンビニで弁当を買って帰り、それを食い終わると就寝をする。というのがソータのルーティーンだった。しかしそれは結局全てが時間を潰すための行為であって、最近ではレオの存在がそれの代わりを担っている。なんとなく口寂しいので缶ビールだけは買っていくものだから、行きつけのコンビニでの店員に「女ができたに違いない」と噂されていることをソータは知らない。数日前に目の前の男が騒いだため、真夜中にトリートメントを買いに行くはめになったことがその噂に拍車をかけたことも。
レオは仰々しく机の上で両手を組んで神妙な面持ちで言った。
「俺、本当は吸血鬼じゃなくて天使だった説」
「……おお」
「まあ聞け」
ソータの視線と興味が自分から離れていくの感知したレオが身振りで必死に引き戻そうとする。どうやらソータもレオと同じように机に身を乗り出していないと気が済まないらしい。ソータはそれが少し面白くて、仕方なく従ってやった。
「ほら、俺空飛べるじゃん」
「……俺も飛べるけどな」
吸血鬼は飛べるものだ。普段は背中の痣の中に黒い翼を隠し持っていて、いざとなればそこから全長と同じくらいの大きさの翼を出して飛ぶ。とは言っても大昔のように狩りをする必要のなくなった現代の吸血鬼にとってその「いざ」はもっぱら逃走用である。
違うんですよソータさん、とレオが人差し指を立て彼の目の前で鬱陶しく左右に揺らすので、その指は一旦ソータに食われた。軽く歯を当てただけだったけれどレオの瞳が揺れる。
「イッ、お前やめろよ、同族食いは大罪よ?」
「お前が言うな。 何が天使だ人の肩食いちぎろうとしやがって」
「ハハハ。 まさかこんな ちゃちな歯でそこまで深く食い込むとは思わなかったよな!」
レオが悪びれもせず高らかに笑うのでソータは苦々しい顔を隠さなかった。
数日前にレオがソータに思いっきり噛みついた痕はまだ少しジンジンと熱を持っている。牙が無い分、傷跡は無駄に広くて汚かった。ソータが無意識にその熱に指を這わせたのには気づかないふりをして、レオが再び話し出す。
「話戻すけど。 ほらお前らが飛ぶときってこう、ビュンッ! シュバッ! って感じじゃん。 でも俺が飛ぶとなんかフワッ! て感じじゃね? 天使じゃん」
「お前それは」
ソータが言いかけてやめた。レオは確かに由緒正しい血筋の選ばれた吸血鬼で、それ相応の貫禄も限定的に持ち合わせているけれど、如何せん運動神経はからっきしなのである。アカデミー時代から「レオより生まれたての小鹿の方がまだ速い」と言われてきた。それでも速く飛べるようにという方向にレオが努力をしないのは、同級生たちも家族たちも、みんなして彼を甘やかし続けてしまった結果である。
「なんだなんだ、言いたいことでもあんのか」
レオの手が、苦し紛れにソータが口を付けようとした缶ビールの上を一瞬早く覆った。その曲がりなりにもソータと同じ年月を生きてきた手をひょいと掴んで、机の上に移動させながらソータが言う。
「そういうレオのアホなのか馬鹿なのか分からないところは嫌いじゃない」
「ざけんなどっちにしろ馬鹿にしてんじゃねぇか」
ソータの歯が缶に当たって音を立てたけれど、レオの耳はソータの喉奥がクツクツと笑ったのを聞き逃さない。まだレオの手の上にあったソータの手の骨を粉砕してやる気概で手に力をこめるがしかし、ソータにゆるゆると握り返されて終わった。その事実に絶望してレオは机の上に突っ伏す。手の大きさも、まだソータの方が一回り大きかった。
「俺さぁ~~~~~、まだ身長伸びてたんだぜぇ???」
「本気で言ってるのか?」
「まじまじ! なんならオウサマの呪いも、身長伸びてなくてことの重大さに気付いたもんね」
どちらからともなく指が一本ずつ机の上で絡んでいった。二人ともそこに視線は落とさなかったし、取り付かれたようにうわべだけの会話を続けた。
「まだ毎朝測ってんのか」
「あたぼうよ。 呪いがなけりゃ、あと50年もすればソータも抜いてたね」
「そりゃ残念だ」
「いやもう、ほんとに」
窓の外には隣の建つ立派なマンションのオレンジっぽい明かりが見えていた。自然に囲まれているわけでもないのにどこに潜んでいるのか美しい鈴虫の声が網戸をすり抜けて、幕のように二人に触れてくる。
「飛んでないな」
いつの間にか缶を机の上に置いて頬杖を突いていたソータが言った。
「何が? ソータが?」
「ああ」
「マジ? 俺たちもういつ飛べなくなるか分かんねぇんだぜ?」
「もう飛ばなくたって、困らないからなぁ」
珍しくソータがあくびをした。レオはそのふわ、という音につられることはなく、ダメ元でぎゅっと手に力をこめると二人の目が合った。だからレオは言った。
「飛びに行こうぜ」
「いつ」
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二人の間の小さな机がレオの横暴で宙を舞った。
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