終末の吸血鬼

奥田たすく

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第一章 再会、そして日常

6.空を飛ぶ話-2

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 二人は適当な上下スウェット姿で深夜一時の町に繰り出す。ソータの靴はレオの足には少し大きくて、少し引きずるような足音が鈴虫たちの真ん中で主張した。アカデミー時代もこんな風にレオの思いつきと我儘がよく周り振り回したものだが、そこにソータは含まれていなかった。なんでこんなことになったのか溜息を吐こうものなら状況はさらに悪くなるに違いない。
 駅前は終電も丁度なくなった頃合いで、人影がぽつりぽつりといったところだった。二人は暗闇を縫うようにして辺りで一番高いビルの屋上まで外壁を造作もなく登る。全ての街灯を見下ろせば、ここが世界で一番暗い場所なんじゃないだろうかという錯覚に陥った。ビル風だけが二人を煽った。

「うっひぃ、さすがに寒いな」

 レオがスウェットの上を豪快に脱いだので夜目の利くソータにはその背中が良く見える。レオが少し身を縮こませて目を閉じると、肩甲骨のすぐ隣辺りの黒い痣から音なく翼が広がっていった。
 翼と言っても鳥のように羽が生い茂っているようなものではない。例えるのであれば煙のようにその境界が曖昧で、シーツが風にたなびいているような自由さがある。色も背中から離れるほどグレーに近い色になっていく。
 それを少し懐かしい思いで眺めていたソータにレオは脱いだスウェットを押し付けて笑った。

「おら行くぞ」
「ほんとにやるのか」
「ここまで来て飛ばない訳がないだろ」

 大通りは流石にまだ明るいが、反対側の小道には心もとない街灯が数本立っているだけ。そちらの方へとレオはソータの服を掴んでズンズン進み、躊躇なく屋上の端からもう一歩を踏み出した。案外ソータもそれに身を任せて一緒に暗闇の中へと落ちていく。一瞬の静寂のあと、風を切る音がお互い向かい合う体勢の彼らを包む。レオの翼が煽られて心細そうに身を縮めた。次第に二人の速度が上がっていき、地面が近づいて来ればレオが少し焦った声色で言った。

「おい! お前早く翼出せよ」
「言っただろ、30年は飛んでない」
「は!? おま、飛び方忘れたとか言わねぇだろうな!?」
「流石にこのまま落ちたら俺たちも一回くらい死ぬんじゃないか」
「おい!!!」

 微動だにせず淡々と言ってのけたソータにレオは目をひん剥く。レオがソータの背中に両腕を回しなんとか踏ん張ろうとするが、レオの翼では頭から落ちていく姿勢を変えることもままならない。

「必死だな」
「おまえ!!! ふっざけん」

 その面を睨んでやろうとレオが顔を上げようとしたが、ソータの手が後頭部に回ってそれを許さなかった。最後一瞬だけ見えた地面はすぐそこにあってレオが目を閉じる。ぐるんと世界が一周する。

 通りの店のシャッターが軒並み殴られたような音がして、電線が暴れてぶつかり合う音、電灯が瞬く音がその上に乗った。レオが薄っすらと瞼を上げれば立派な、レオの手くらいの大きさの羽根が視界に舞い込んできた。ソータの翼はアカデミーの誰よりも深い深い黒で、まるで世界最大級の猛禽類のように力強い翼だった。 おまけにその全長はソータとレオを覆い隠して余りあるほど。
 二人の足が地面に着いて、レオは少しよろけた。だから仕方なく、ソータは再びレオの腰に回した腕を少し引き寄せて支えてやった。

「大丈夫かバンビ」
「いやお前、そうだ、お前そういうところあったわ」

 レオは飛び出そうになる心臓を押さえるのに必死で、ソータの皮肉に気が付かなかった。おでこをソータの肩口に押し当てればほんの少し落ち着いた。二人が降り立った場所を中心に地面にあったゴミやゴミじゃなかったものや、設置されていたゴミ箱なんかが隣の隣の建物前まで転がって行ってようやく止まった。

「案外覚えてるもんだな」
「自信あったんだろ」
「まあな」
「マジでムカつくわお前」

 レオはもう一つや二つ恨み言を吐こうと思ったけれど、ガタンと近くの建物の二階部分から物音がして止まった。翼を人間に見られるのはご法度だ。人の気配にソータはレオをひょいと丸太担ぎする。

「うおっ」

 地面を踏みしめ力強く翼を大きく羽ばたく。一瞬で二人は元いたビルの屋上の高さまで上昇し、レオは再びゴミたちが巻き上げられるのをソータの背中越しに他人事のように見た。

「ほんとさ、」
「なんだ。 止めろ触るな持つな」

 目の前にあったから、ソータの翼の根元を掴んでみる。がっしりと血が通っているかのように勇ましく、急激にかかった重力にすっかり縮こまっているレオの翼とはえらい違いだ。

「ソータの方が王族っぽいよなー」
「王族のお前以外はそんなこと思わないんだよ」
「ばっかだなー。 皆思ってっからお前が怖いんだよ」

 未だ上へ上へと上昇を続けていたソータがそっと翼を止めた。担いでいたレオを一度膝の上に立たせてから、ゆっくりと自立させてやる。それでもレオはすっかり自分で飛ぶ気はないようで、ソータは溜息を吐きながら自分の足の甲をレオに踏ませた。
 やたらと月がデカい夜で、その光でレオの髪がきらきらと光るから、ソータは思わず手を伸ばした。

「で? 我らがプリンスはどこまで行きたいんだ」

 レオはふわっと顔に幸せをにじませる。レオの耳を覆ったソータの手から、いつもより早い拍動が聞こえてきたから。

「海の向こうまで!!」
「却下」
「はあ!?!?」

 もうレオが喋れないくらいのスピードで、二人の体がまた急降下を始めた。ソータはレオの体が離れていってしまわないようグッと引き寄せながら、口を大きく開けて笑った。
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