7 / 9
第一章 再会、そして日常
6.空を飛ぶ話-2
しおりを挟む二人は適当な上下スウェット姿で深夜一時の町に繰り出す。ソータの靴はレオの足には少し大きくて、少し引きずるような足音が鈴虫たちの真ん中で主張した。アカデミー時代もこんな風にレオの思いつきと我儘がよく周り振り回したものだが、そこにソータは含まれていなかった。なんでこんなことになったのか溜息を吐こうものなら状況はさらに悪くなるに違いない。
駅前は終電も丁度なくなった頃合いで、人影がぽつりぽつりといったところだった。二人は暗闇を縫うようにして辺りで一番高いビルの屋上まで外壁を造作もなく登る。全ての街灯を見下ろせば、ここが世界で一番暗い場所なんじゃないだろうかという錯覚に陥った。ビル風だけが二人を煽った。
「うっひぃ、さすがに寒いな」
レオがスウェットの上を豪快に脱いだので夜目の利くソータにはその背中が良く見える。レオが少し身を縮こませて目を閉じると、肩甲骨のすぐ隣辺りの黒い痣から音なく翼が広がっていった。
翼と言っても鳥のように羽が生い茂っているようなものではない。例えるのであれば煙のようにその境界が曖昧で、シーツが風にたなびいているような自由さがある。色も背中から離れるほどグレーに近い色になっていく。
それを少し懐かしい思いで眺めていたソータにレオは脱いだスウェットを押し付けて笑った。
「おら行くぞ」
「ほんとにやるのか」
「ここまで来て飛ばない訳がないだろ」
大通りは流石にまだ明るいが、反対側の小道には心もとない街灯が数本立っているだけ。そちらの方へとレオはソータの服を掴んでズンズン進み、躊躇なく屋上の端からもう一歩を踏み出した。案外ソータもそれに身を任せて一緒に暗闇の中へと落ちていく。一瞬の静寂のあと、風を切る音がお互い向かい合う体勢の彼らを包む。レオの翼が煽られて心細そうに身を縮めた。次第に二人の速度が上がっていき、地面が近づいて来ればレオが少し焦った声色で言った。
「おい! お前早く翼出せよ」
「言っただろ、30年は飛んでない」
「は!? おま、飛び方忘れたとか言わねぇだろうな!?」
「流石にこのまま落ちたら俺たちも一回くらい死ぬんじゃないか」
「おい!!!」
微動だにせず淡々と言ってのけたソータにレオは目をひん剥く。レオがソータの背中に両腕を回しなんとか踏ん張ろうとするが、レオの翼では頭から落ちていく姿勢を変えることもままならない。
「必死だな」
「おまえ!!! ふっざけん」
その面を睨んでやろうとレオが顔を上げようとしたが、ソータの手が後頭部に回ってそれを許さなかった。最後一瞬だけ見えた地面はすぐそこにあってレオが目を閉じる。ぐるんと世界が一周する。
通りの店のシャッターが軒並み殴られたような音がして、電線が暴れてぶつかり合う音、電灯が瞬く音がその上に乗った。レオが薄っすらと瞼を上げれば立派な、レオの手くらいの大きさの羽根が視界に舞い込んできた。ソータの翼はアカデミーの誰よりも深い深い黒で、まるで世界最大級の猛禽類のように力強い翼だった。 おまけにその全長はソータとレオを覆い隠して余りあるほど。
二人の足が地面に着いて、レオは少しよろけた。だから仕方なく、ソータは再びレオの腰に回した腕を少し引き寄せて支えてやった。
「大丈夫かバンビ」
「いやお前、そうだ、お前そういうところあったわ」
レオは飛び出そうになる心臓を押さえるのに必死で、ソータの皮肉に気が付かなかった。おでこをソータの肩口に押し当てればほんの少し落ち着いた。二人が降り立った場所を中心に地面にあったゴミやゴミじゃなかったものや、設置されていたゴミ箱なんかが隣の隣の建物前まで転がって行ってようやく止まった。
「案外覚えてるもんだな」
「自信あったんだろ」
「まあな」
「マジでムカつくわお前」
レオはもう一つや二つ恨み言を吐こうと思ったけれど、ガタンと近くの建物の二階部分から物音がして止まった。翼を人間に見られるのはご法度だ。人の気配にソータはレオをひょいと丸太担ぎする。
「うおっ」
地面を踏みしめ力強く翼を大きく羽ばたく。一瞬で二人は元いたビルの屋上の高さまで上昇し、レオは再びゴミたちが巻き上げられるのをソータの背中越しに他人事のように見た。
「ほんとさ、」
「なんだ。 止めろ触るな持つな」
目の前にあったから、ソータの翼の根元を掴んでみる。がっしりと血が通っているかのように勇ましく、急激にかかった重力にすっかり縮こまっているレオの翼とはえらい違いだ。
「ソータの方が王族っぽいよなー」
「王族のお前以外はそんなこと思わないんだよ」
「ばっかだなー。 皆思ってっからお前が怖いんだよ」
未だ上へ上へと上昇を続けていたソータがそっと翼を止めた。担いでいたレオを一度膝の上に立たせてから、ゆっくりと自立させてやる。それでもレオはすっかり自分で飛ぶ気はないようで、ソータは溜息を吐きながら自分の足の甲をレオに踏ませた。
やたらと月がデカい夜で、その光でレオの髪がきらきらと光るから、ソータは思わず手を伸ばした。
「で? 我らがプリンスはどこまで行きたいんだ」
レオはふわっと顔に幸せをにじませる。レオの耳を覆ったソータの手から、いつもより早い拍動が聞こえてきたから。
「海の向こうまで!!」
「却下」
「はあ!?!?」
もうレオが喋れないくらいのスピードで、二人の体がまた急降下を始めた。ソータはレオの体が離れていってしまわないようグッと引き寄せながら、口を大きく開けて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした
444
BL
『醜い顔…汚らしい』
幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。
だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。
その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話
暴力表現があるところには※をつけております
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
必ず会いに行くから、どうか待っていて
十時(如月皐)
BL
たとえ、君が覚えていなくても。たとえ、僕がすべてを忘れてしまっても。それでもまた、君に会いに行こう。きっと、きっと……
帯刀を許された武士である弥生は宴の席で美しい面差しを持ちながら人形のようである〝ゆきや〟に出会い、彼を自分の屋敷へ引き取った。
生きる事、愛されること、あらゆる感情を教え込んだ時、雪也は弥生の屋敷から出て小さな庵に住まうことになる。
そこに集まったのは、雪也と同じ人の愛情に餓えた者たちだった。
そして彼らを見守る弥生たちにも、時代の変化は襲い掛かり……。
もう一度会いに行こう。時を超え、時代を超えて。
「男子大学生たちの愉快なルームシェア」に出てくる彼らの過去のお話です。詳しくはタグをご覧くださいませ!
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる