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第一章 再会、そして日常
8.休日の話-2
しおりを挟む「いってらっしゃい」
レオがベッドの上で上半身だけ持ち上げポヤポヤと言った。確かにソータは一通り身支度を済ませ、ついでに癖で腕時計までつけたところだった。なるほど、と思ったソータはそのまま無言で脱衣場へと引っ込んで行った。
「あ”!? いってらっしゃいっつったんだけど!?」
寝起きヤンキーがめいいっぱい声を張る。レオの動きがまだまだ鈍いのを良いことに、ソータはちゃくちゃくと洗濯ものを洗濯機に詰め込んでいく。ピッピッと無機質な音が聞こえてきて、最後に低い稼働音が響いてきた瞬間レオは事の大きさに気が付いた。ベッドから落ちるようにして脱衣場へと向かうが間に合わず、目の前で洗濯機が怒号のような大きな音を立てて衣類を回し始めた。
「うるっっっせぇ!!」
レオが鬼の形相でソータと洗濯機の隙間に体をねじ込む。日本語は読めないし、家事だってしたことのないレオにとって洗濯機は得体のしれない圧倒的敵だ。ピピピピとボタンというボタンを押し続けて、最後に勝利したのは洗濯機を黙らせることに成功したレオだった。
「おまっ!! 昼間っからなんなんだよ!!」
少し背伸びがちにソータに向き合ったレオが言う。ソータは微動だにもしない。
「洗濯は昼やるもんだ」
「俺がまだ寝てんだろうが!!!」
狭いところに二人ではまり込んでいるものだから、ソータが大きく息を吸って吐く胸の動きが良く分かった。とか思っていたレオの両頬をソータの両手がそこそこのスピードに挟んだ。
「ふぇ!?」
急なことにレオの色素の薄いまつげがピコピコと動いた。
「お前が俺の服を着るから、洗い物が倍のスピードでたまる。 洗濯しなきゃ俺は明日着る物がない。 分かったな?」
「う、うす」
ソータの一つずつ念を押すような言い方に、思わずレオは頷いた。それを確認して浅く溜め息をついたソータがレオ越しに洗濯機のスタートボタンを押す。この話は終わりだとその場を離れようとしたそのすんでで、我に返ったレオの腕がソータの腹部に絡みついてそれを阻止した。思わずソータの舌打ちが飛ぶ。
「い~~~~~~~~や待て!! 話し合いだ、座れ」
学習したレオが今度はピッと一発で洗濯機を止めた。それに合わせてソータは一瞬だけ白目を剥いた。
ソータは言われるがまま脱衣所と浴室の段差に大きな体を畳んで座らせられ、レオはそれを少し機嫌よく見下ろしながら言った。
「まず、服を毎日朝と夜とで変えて全部洗う必要はあるのか」
「ある」
「いやない。 つかめんどくさいんだけど毎日毎日」
交渉決裂だとでも言いたげに立ち上がろうとするソータを、レオが足を絡ませて阻止する。しかしその状態でソータが少し足を動かせばレオはバランスを崩して壁に手をついた。ソータは頬杖を自分の膝につきながら面倒くさそうにそれを見上げている。
「てかさ、ソータそんな潔癖だったっけ」
「さあ」
「そんな俺臭う?」
「……いや?」
レオが少し首を捻ったので、ソータもそれにつられる。なぜ服を着替えるのかと聞かれれば、そういうものだからだと思った。汚れたからだとか、汗が気持ち悪いからだとか、そういう理由が初めはあったような気がする。
でも確かに少なくともレオはこの部屋から一歩も外には出ず、物を食べることもしないから汚れようがないのだ。そういえば深く考えないまま、レオにも一日に二度着替えさせていたことに気が付く。ソータが丸一日家から出ないときもそうしているから。
体勢がしんどかったのか、レオはしれっとソータの左の太ももに横向きに腰を下ろした。ソータの左手は居場所を失って、とりあえずレオの腰辺りを掴んだ。
「なんで服変えてェの?」
レオが真面目に考えているソータの前髪を弄る。それがちょくちょく目に入ってウザいのでその手を捕まえて止めさせた。ソータは珍しく自信なさそうに言った。
「……着替えなきゃいけないから?」
「いけなくはねぇだろ。 暇なの?」
「暇じゃない。 どこに目付いてるんだ」
「ここここ。 こんな近くても見えねぇの? ソータこそ大丈夫そ?」
レオの煽りにちょっとイラっとしてソータが目を細める。レオがソータの顎を掴んで顔を近づけさせれば、かち合ったレオの大きな目と対照的だった。
レオはその距離のまま淡々と言った。
「わりぃけど俺もう知ってんのよ。 お前アカデミー卒業したときに俺んちから金貰ったんだろ? 人間のフリする必要も、働く必要もねぇじゃん」
ソータの瞳が揺れる。レオがソータと額を合わせて、瞼をゆっくりと下げるから二人のまつ毛が触れ合った。
「お前、何かしてねぇといられなかったんだろ。 俺のこと思い出すから」
レオの瞳が、ゆっくりと唇の方へと動いて、瞬きで戻ってくる。二人の唇は少しでも動けば触れてしまいそうな距離で、ソータの息は無意識に止まっていた。
「で? 目の前に俺がいて、俺に構わなくていいの」
なんという言い草だと、ソータは思った。でもレオの表情は真剣そのもので、そのちぐはぐさがツボに入ってしまってソータは顔を逸らした。
「あ!?」
発作みたいな引き笑い。ずるずるとソータの頭が下がって行って、レオの胸に顔を押し付けてくる。我慢してもクツクツとその振動がレオにも伝わって来たから、レオは顔を赤くして怒った。
「おっ前!! 人が珍しく真面目に話してんのに」
レオがソータの肩を掴んで引きはがす。そうしたらソータは思いっきり浴室の中折れ戸に頭ぶつけてさらに後ろに沈む。それでもソータは笑い続けた。こうなると全然帰って来ないのを知っているレオは不服を拳に乗せてソータの肩口に打ち込み続ける。あともう数秒放っておかれたら完全にへそを曲げるぞというタイミングで、ソータは色香の乗った流し目をレオに向けた。そして最後に、自虐的に笑った。
「なんだよ」
不安そうに眉を寄せるレオ。ソータはよっと反動をつけて体勢を立て直す。
「こっちのセリフだ。 俺たちなんの話してたんだよ」
「あ? なんで分かんねぇんだよ」
「洗濯の話だっただろ」
「あ?」
レオが、ふと周りを見回して「ああ」と独り言ちたあと、やっぱり腑に落ちなかったようで首を傾げた。
「レオ」
「なに」
レオがソータに顔を向ける。その声色がやたらと柔らかくて、甘かったのに気が付いたときには二人の唇が触れ合っていた。そしてそれに気が付いたときには、顔を離したソータが意地悪くレオを見つめていた。
「まいった、降参する」
「……クソが。 ならもっと悔しそうな顔しろよ」
ソータがレオを軽々と抱えて、やっと脱衣場から出て行く。なかなかのさりげなさで去り際洗濯機のスタートボタンを押したが、レオがまた暴れ出す。
「ふっざけんな!! つかお前仕事は」
「今日は休み」
「まじ!?」
ソータが抱えたレオをベッドに落とす。
「40分だけ我慢しろ」
ソータはレオがまた洗濯機の邪魔をしに向かわないよう身構えていたが、レオの興味はもうそこには無かった。
「休みってことは俺の日じゃん」
「は?」
「なにする!!」
手近にあった枕を引き寄せて満面の笑みを向けるレオは確かに王族には見えなくて、ソータは目を細めた。
「……仰せのままに」
「じゃ今から飛びに行こうぜ」
「却下」
レオの両手パンチがソータの腹筋にクリーンヒットした。
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